Ken's Veterinary Clinic Tokyo
哺乳動物学・獣医療・自由研究・学術 相談専門 動物クリニック

          








最新のお知らせ






ホームページ開設のご挨拶


2019年2月5日






















カテゴリー





院長のコラム


























 

院長のコラム 2020年7月〜12月掲載分(テキストのみ)


(記事のリスト表示並びに画像付きフルバージョンへのリンクはPCサイトからどうぞ)


*検索サイトからお越しの方は、ブラウザの<ページ内検索>を利用して目的とする用語を見つけて下さい。

*内容についてですが、動物学、生物学、医学に関する一定以上の知識、興味、関心をお持ちの方に向けてのものとなります。








ロコモーションの話 ー トカゲの地上ロコモーション




2020年12月25日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第6回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。<動>物ゆえ、動物を本質的に理解する為には文章や静止画のみでは矢張り限界がありますね。

 爬虫類についてのお話の2回目です。



トカゲの地上ロコモーション




 現生の爬虫類は、有鱗目(トカゲ、ヘビ、ミミズトカゲ)、カメ目、ムカシトカゲ目、ワニ目の4つの仲間から構成されていますが、順にロコモーションを紹介して行きましょう。

 さて、有鱗目のトカゲは、ヤモリ、イグアナ、スキンク(カナヘビ、アオジタトカゲなど)、それとオオトカゲ(ミズオオトカゲ、コモドドラゴンなど)の大きく分けて4つの仲間から成ります。基本的に、いずれも爬虫類の名にふさわしく、胴体を地面からあまり浮かせずに、体幹の側方に突き出した四肢を、体幹の左右へのくねり動作と共に前方に降り出し、手足の爪などで媒体を引っかけ前進する方法のロコモーションスタイルになります。これはヒトが地面上を匍匐前進する時或いはロッククライミングする時(これは垂直方向への一種の匍匐前進動作と言って良いでしょう)にも見られることなのですが、手足をより前方に到達させるために体幹を左右にくねらせてストライド長を稼ぐ動作と言えるでしょう。身体全体としては、媒体表面に対して身体を平坦化し、言わば二次元平面に接近したロコモーションです。




ヒトの匍匐前進との比較




 因みにヒトは胸郭が扁平化し、肩甲骨がその背側に乗る形になりますが、肩関節窩が側方を向いて上腕骨が体幹の側方に突き出すのが本来的な動作になります。この状態で腹這いになり、肘を90度曲げればコモドドラゴンの前肢の配置に類似します。胸郭が扁平化したのは腕渡り(ブラキエーション)への適応形態と考えて良いと思いますが、他の一般的な哺乳類が苦手な匍匐前進が割かし楽に遂行できることになります。実はヒトの赤ん坊が這いつくばいから這い這いの第一歩を始めるのもその様な身体の造りがそれを許容するからです。一般的な哺乳類では這い這いなどせずに、いきなりよろよろと四肢を体幹の下に立てて立ち上がり歩行を開始します。

 ヒトが腹這いが可能だとしても、肩甲骨は自由度が大きく胸郭の上を動いてしまいますので、周囲の筋肉が肩甲骨の位置を保ちつつ動作させることになります。また肩関節窩が側方を向いているところに上腕骨頭が関節することから本来的に体重を支えるには苦しい姿勢です。脱臼を防止する為にはこれまた肩関節周囲の筋肉を動員して関節を固める必要があります。この様な按配で、筋を収縮させる為のエネルギー消費が大きく、ヒトの匍匐前進はすぐに疲れてしまいますね。一方、トカゲでは肩甲骨のワンセット(肩帯)は胸骨をベースとしてしっかりと胸郭に連結しており、また肩関節はヒトの様にボールが狭いお皿に乗る構造ではなく、前後の往復運動に限定された構造になります。この様に、骨の構造が体重の一部を負担してくれることになり、肩甲骨や上腕骨の自由度は格段に落ちますが、前肢操作にあずかる筋のエネルギー消費は上腕骨の前後への往復運動に大きく振り向けることが可能になり、這いつくばり前進に適応的だと言えます。このトカゲの骨の造りに関しては後のコラムで他の動物との比較で解説する予定です。








ロコモーションの話 ー 恐竜のロコモーション




2020年12月20日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第5回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。爬虫類についてのお話です。



爬虫類とは何か?




 漢字の「爬」の意味ですが、

公益財団法人日本漢字能力検定協会が運営する漢字ペディア

https://www.kanjipedia.jp/kanji/0005528700

 では、@掻く、引っ掻く A這う、這って行く、の意味が当てられ、爬行(ハコウ)、掻爬(ソウハ)などの熟語も掲載されています。この文字自体に身体を左右にくねらせて進むとの意味は有りません。


 他方、爬虫類の英語名、reptile レプタイルの方は、

https://www.etymonline.com/word/reptile

reptile (n.)

late 14c., "creeping or crawling animal," from Old French reptile (early 14c.) and directly from Late Latinreptile, noun use of neuter of reptilis (adj.) "creping, crawling," from rept-, past participle stem of repere "tocrawl, creep," from PIE root *rep- "to creep, crawl" (source also of Lithuanian r?plioti "to creep"). Used ofpersons of low character from 1749.


 ラテン語のreptile 由来の言葉で、crawl 這いつくばる, creep 這うを表す動詞  repere レペーレに由来、とあります。因みに卑しい人間を指す言葉としては1749 年が初見とのことです。


Precise scientific use began to develop mid-18c., but the word was used as well at first of animals now knownas amphibians, including toads, frogs, salamanders; separation of Reptilia (1835 as a distinct class) andAmphibia took place early 19c.; popular use lagged, and reptile still was used late 18c. with sense "An animalthat creeps upon many feet" [Johnson, who calls the scorpion a reptile], sometimes excluding serpents. TheOld English word for "reptile" was slincend, related to slink.


 「reptile の科学的に正しい使用は18世紀中頃には始まったが、最初は両棲類を含めての用語で、18世紀後期にも「手足が沢山有って這いつくばる生き物(ジョンソンはサソリも含めた)の意味で使われた。時にヘビは含めない時もあった。」


   And the terrestrial animals may be divided into quadrupeds or beasts, reptiles, which have many feet, andserpents, which have no feet at all. [Locke, "Elements of Natural Philosophy," 1689]


 「地上の動物は、四つ足類即ちけもの、それと reptile に分けることも出来そうだ。これらは多くの手足を持って居るがヘビには全く手足が無い。」


 確かに、哺乳類とそれ以外(爬虫類+両棲類+その他)の分け方ですね。


 因みに、Elements of Natural Philosophy. by John Locke, Esq.はアマゾン Kindle 版が100円で入手出来ます。


 漢字表記、英語表記共に、彼らのロコモーション様式、詰まりは腹を地面に擦りつけて手足で地面を引っかけて前に進む方式に由来する言葉であることが判ります。




恐竜のロコモーション




 現生の爬虫類は、ヘビ・トカゲ・ミミズトカゲ(有隣目)、ムカシトカゲ(ムカシトカゲ目)、カメ(カメ目)それとワニ(ワニ目)の4系統から構成されていますが、嘗ては恐竜、翼竜、首長竜、魚竜、海トカゲ(モササウルス)など様々な方向に進化の枝を伸ばして大繁栄していた時代がありました。子供の時に図鑑などでその様なイラストを目にして強い印象を抱いた方も多かろうと思います。院長も勿論その内の1名です!小学館の学習図鑑シリーズの中の『地球の図鑑』が小学生の頃の愛読書でした。だいぶ傷んでいますが今も持っています。

 恐竜は地上で大型化した爬虫類の一派ですが、這いつくばりのロコモーションから、バジリスク(水面を後肢で2足歩行する)の様に後肢での2足歩行性にまず進化し、腹面が地面から浮くことで凸凹した土地にも進出が可能となり生存圏を拡大したのでしょう。大型化する過程で後肢を体幹の下に位置する様になりましたが、これは関節面で体重を支える点で有利な改変です。後肢2本から前方の頭部+体幹と、後肢2本から後方の尻尾で重さのバランスを取りながら後肢を片側ずつ進めて歩行したのでしょう。

 この時に、どうしても鉛直軸回りの回転が発生します(アヒルの歩行時にお尻が左右に振れる様に)ので、歩行中に体幹の左右へのくねりは必ず発生していた筈ですが、それ以上に後肢各関節の左右軸周りの反復回転運動に拠る前方推進力産生がモノを言い、這いつくばりに比べて遙かに効率的なロコモーションを取り得たろうと思います。換言すれば鉛直軸回りの反復回転性優位型から水平軸回りの反復回転性優位型への馬力切り替えが起きた訳です。



 一見哺乳類のような四足歩行型の恐竜もいましたが、体重の増大に伴い二次的に四足歩行化したとの考えも提出されています。これに関しては例えばトリケラトプスの前肢帯(=肩帯、肩甲骨とその周囲の骨要素のワンセットで上腕骨と胸骨の間に介在する)が簡素化せずに古い爬虫類の形態を示していることから、果たして二次的にこの様な構造を再現し得たのかの疑問が残ります。

 ここまで改変が進むとロコモーション様式的には現生の哺乳類と大差なかったようには見えますが、脊椎骨の可動性並びににその周囲に付着する筋の配列が哺乳類とは違っていた可能性があること、また肩甲骨並びにその周囲の骨要素と筋配置が同様に哺乳類と異なっていた可能性があること、以上から哺乳類と全く同じ四足歩行であったと断言することは出来ないと院長は考えて居ます。言える事は、地表への進出に於ける適応として、恐竜と哺乳類との間で、持てる素材が異なり質的な違いは有るものの、平行進化的に似た様な改変が進んだと考えると面白いです。これを深い視点から解析できるのは機能形態を専門とする形態学者に軍配が上がり、骨を見て想像をたくましくし、さっとモノを言ってしまう者達にはちょっと不可能だろうと思います。

 因みに恐竜が我が世の春で地表を<跋扈>していた時代には、既に哺乳類は体幹の下に四肢を配置する進化を遙か以前に獲得していました(これに関しては哺乳類のロコモーション進化の項にて後述します)。恐竜の方が先に地上四足歩行性を高めたとの見解は誤りです。後肢2本でのロコモーションは翼の無い鳥(但しトリは尻尾を退化させています、後のトリのロコモーションのコラムにて触れる予定です)が地上を歩行している姿からは或る程度は思い描くことが可能でしょう。



 現在では過去に栄えた多くの爬虫類の系統が滅んでしまい、サイズも大方は小型となり大人しく生きているとの印象でしょうか?逆に言えば特殊化して大型化した各種爬虫類が気候変動に適応できず滅亡(恐竜の仲間の一派は鳥類として生き残った!)してしまい、基本形を維持していた小さい爬虫類が生きながらえた、とも言えそうです。

 そもそも爬虫類が如何にして誕生したのかについては大変興味深いテーマですが、それは後日に譲るとして、次回からは現生爬虫類のロコモーションに焦点を当てて話を進めます。








ロコモーションの話 ー 両棲類のロコモーション




2020年12月15日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第4回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。両棲類について扱います。



両棲類のロコモーション




 過去には、エリオプスなるカエルの出来損ない?の様な馬鹿デカい!両棲類も地球上に棲息していましたが、現生の両生類はオオサンショウウオを除いては皆小型となり、イモリ、アシナシイモリ(共に水中生活性が高い)、それとカエル、の3つから構成される生物群です。幼生(カエルではオタマジャクシ)の時には尻尾を左右に振って前方推進力を得ますが、イモリとアシナシイモリでは成体となってもそのまま体幹を左右にくねらせて進みます。オオサンショウウオの尻尾を見ると縦方向に扁平化しているのが明瞭ですが、左右に振って推進力を得ると同時に方向舵としても利用出来る筈です。四肢も媒体に引っかけて前方推進力を得ます。尚、オオサンショウウオは上野動物園の水族館(不忍池の北側)の水槽内に観察出来ます。

 因みにペット店で販売されているアホロートルはメキシコサンショウウオ  Ambystoma   mexicanum  の幼型成熟(ネオトニー)タイプとして有名です。別名は Mexican walking fish メキシコの歩く魚、です。要するに、幼生が成体に変態することなくそのまま性成熟して子孫を遺すことが出来ます。鰓呼吸のままですので一生水中生活を続けます。空気呼吸はしません。冷水中に住み、代謝は低く、言わばとろ火でゆっくりとお湯を沸かすような成長ぶりですが、これに実験的に甲状腺ホルモンのサイロキシン(チロキシン)を投与すると成体のサンショウウオに一気に変態します。或る意味、甲状腺機能低下症気味のサンショウウオですが、性腺(のみ?)がまともに成熟するのが不思議です。アホロートルは性腺の発達を司るホルモン系の生物時計の進み具合が身体を発達させる甲状腺<系列>より早く進むとのアンバランスが顕著化した生き物と言えるのかも知れませんね。ヒトでは思春期早発症が知られ、身体が子供の時代に性毛の発生を見たり乳房が肥大化するなどして親が慌てて大学病院に駆け込むに至りますが、性腺を司る臓器の腫瘍に起因する事例がそこそこあります。

 アシナシイモリは、ウナギにも非常によく似ています。ヘビと同様に、四肢が邪魔となる場所、詰まりは地中や泥中、狭い隙間に活路を見出して進化した動物と考えれば宜しいと思います。四肢の小さくなった個体の生存率が高まり、四肢の退化傾向が強化され、遂には消失した、との進化シナリオを描けば間違いでは無いと思います。ここら辺を遺伝子発現の機構を元に解明すればノーベル賞一歩手前ぐらいの業績になりそうに院長は思っています。まぁ、医学生物学の研究にネズミばかりを使うのは止めて!両棲類にシフトすべきとも考えます。



カエルのロコモーション




 ご存じの様にカエルは左右対照性に運動し、後肢利用の跳躍で地表を進みます。尤も、ガマガエルは地表を跳躍せずに四肢を左右交互に用いてのそりのそりと歩行します。カエルの頭部+体幹は脊椎骨の数も大幅に減少するなどして一体化構造していますので、ガマガエルが歩行しても体幹の左右へのくねりは殆ど発生しません。この様な一体化は、飛翔するトリの体幹部が一体化して飛行船の本体の様な形状を呈するのと同様、跳躍への適応であり、後肢が産生したパワーを無駄なく前方推進へと利用する為の適応でしょうね。まぁ、ロコモーション的に特殊化を遂げた両棲類と言えるでしょう。上にも述べましたが、幼生のオタマジャクシが尻尾を左右に振って泳ぎますが、これが子ガエルに変態する際には大きくロコモーション様式が切り替わる訳です。身体の筋骨格系が大きく変化して左右対照性の跳躍運動に切り替わる過程で、筋肉の運動を制御する脳(小脳に相当する部分)の制御システムも大きく変化する訳ですが、このシステム変化がどのように切り替わるのかを研究したら大変面白ろそうです。それ以外にも幼若時には手足を再生する能力も持ちますので研究対象としてはあれこれ使えそうな生き物に見えます。上にも述べましたが両棲類の研究が大きな成果を生む用には感じます。

 20年近く前に研究の為に自宅で一時期ウシガエルを飼育していたことがありました(研究目的等の特別な許可を得ている場合を除き、現在は法律で飼育が禁止されています)。その時はプラスチック製の巨大な漬け物樽を風呂場に置き、中に数頭のウシガエルを放ち、木の蓋で押さえていたのですが、鳴き声に加え、ジャンプして頭を木の蓋にぶつけるボコボコ言う音には困りました。一般人が飼育できるサイズではありません。これから想像すると、世界最大種のゴライアスカエルの飼育はただ事では無さそうで、専用のプール付きの頑丈に設計された温室を構える必要がありそうです。因みに、カメもカエルもそうなのですが、院長は餌食い拒否の個体に対する、餌を食わせて呑み込ませるノウハウは持っており、この点は子供の時から各種生き物飼育に明け暮れてきた自分の十八番ですね。餌食い拒否でお困りの方は早めにご相談ください。まぁ、哺乳類相手オンリーの獣医師にはこれは難しいかもしれません。








ロコモーションの話 ー 魚類のロコモーション




2020年12月10日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第3回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。その分、文章量は少なくなります!がご了解ください。



なぜ屈伸方向が違うのか?




 前回に、哺乳類とそれ以前の段階の動物との間で、軸の方向性の違いが生じている事に触れましたが、ではなぜこの様な違いが起きたのかについて解説しましょう。

 爬虫類では地面に腹を接地し、体幹を左右にくねらせながら体幹の横に突き出した四肢を地面に引っかけて漕ぎ進める様に前進する方式、言わば匍匐前進型のロコモーションを色濃く遺しています。これは、実は水中からなだらかな浜辺へと陸上に進出した両生類のなごりとも言えます。水中生活では浮力が生じますので、四肢(四肢もどきとしての鰭)は舵取りや歩行には利用しますが、重力に対して体幹を浮かせて支える力が基本的に足りません。カエルウオやハゼなどの仲間に<水中歩行>するものが居て確かに海底の上をとことこ歩行するのですが、これも浮力に大いに助けられての歩行ですね。


 因みにシーラカンス(ラチメリア)は生きている化石と言われ、院長が子供の頃にも読売新聞社が主体となってシーラカンスの標本を本邦に持ち込み、センセーショナルに報じられました。シーラカンスは、魚と陸上脊椎動物を繋ぐ生き物としてよく知られている生き物です。現在に至るまで生体記録がなされ、また標本としても捕獲されています。生体の動画像を見る限りでは、一部の鰭の基部への筋肉の付着量が大きく、強力な漕ぎ出し或いは方向転換が可能に見えます。但し、全体的な泳法を見ると、それらの鰭が地上脊椎動物の四肢としての萌芽状態の機能形態を持つ様には全く見えません。

 今から30年程前には、当時東大農学部水産学科の名誉教授であり非常に高名だった末広恭雄先生がシーラカンスの解剖を行っています。ちょっと言わせて戴ければ、これは矢張り陸上動物の四肢の進化を本分とする形態学者のチームの参加を得て解剖させるべきでは無かったのかと感じています。まぁ、魚類学と獣医学との線引き、縄張りを巡る熾烈な(実際は水面下の穏やかな)競争、対立も背景にはありそうです。因みに私の居た獣医学科は農学部本館3号館の2F、水産学科はその上の3Fを占めていました。端からの院長の無責任な意見となりますが、そもそもシーラカンスとはそれほど騒ぎだてすべき生き物なのか、との感触を抱いています。学問的事大主義が介入しているのではないかとの疑義です。変化しないままに3億年生きている姿は確かに驚嘆ものなのですが。


 斯くして、<進歩派で冒険好き>の魚類が浜の上に進出した時には、腹を地面に付けて、体幹の横に突き出した四肢を利用して、体幹を時々地面から浮かせながら、よっこらしょと漕ぎ進めるロコモーションを採らざるを得ませんでした。これは魚時代の体幹の左右屈伸方法をそのまま地上歩行に利用した形になります。このロコモーションの欠点としては、砂泥地の上を歩行するムツゴロウを見れば分かりますが、腹這い歩行ゆえに基本的に平らな表面を持つ媒体上を進むことしか出来ません。基本、凸凹の土地には進出、利用が出来ないことになります。それには体幹の腹面を地表から浮かすロコモーションの導入が必要になる訳ですね。

 次回は両棲類の解説に入ります。








ロコモーションの話 ー 体幹の屈伸方向の違い




2020年12月5日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきましたが、最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察する前に、途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第2回目です。




体幹の屈伸方向の違い



 時々間違ってクジラの尻尾の向きを魚と同じ様に縦方向に描く子供さんが見受けられますが、実際にはクジラの尻尾は水平方向に配置しています。勿論、イルカの尻尾の向きもクジラと同じく水平です。体幹(頭+胴体の一体構造)を背腹方向に往復(屈伸)させ、その動きを尾びれに伝えて前方推進力を産生します。船頭が艪を漕ぐ動作と基本的に変わりません。

 哺乳類の往復運動の屈伸は背腹方向にあり、蝶番(ちょうつがい)の回転の軸は身体の左右を貫く軸になります。

 これに対し、爬虫類以下は基本的に往復運動の回転軸が身体の背中と腹を貫く向きに配置しています。エイなどを除く一般的な魚に関しては、その尾びれは縦方向に配置しており、また魚竜−これは一度陸に上がった爬虫類が再び高度に水中適応した生き物−の尾びれもそれと同じです。尾びれを左右に振って推進力を得る機構です。

 まぁ、推進力を得る往復運動の蝶番の回転軸が哺乳類では身体の左右を貫く軸、一方爬虫類以下では身体の背腹を貫く軸であり、方向が直交する事になります。爬虫類と哺乳類とで体幹の動作が根本的に異なっていることは、昔から良く認識されていた事象であり、この場で院長が強調するまでもないことです。只、それを蝶番の軸性の向きの違いとして改めて強調したのは院長かもしれません。

 因みに、トリでは頸椎より下の椎骨である胸椎と腰椎は、体幹を飛行船の胴体の様に一体化すべく互いに癒着して動きが封じられています。これは飛翔への適応でしょう。体幹がぶよぶよしていては、翼を往復させる胸筋のアンカーとしての土台が安定せず飛翔には不利になるでしょう。ラグビーボールの様な一体化した胴体に左右の翼を配し、情報センターとしての頭部を前方に付きだし、華奢に作った地上歩行用の脚を付属させる構成です。頸椎はハトやニワトリの首の動きから分かる様に背腹方向に屈伸可能です。短い尾椎の動きも同様です。




 尚、空間中に於ける物体の回転運動は、原点で交わる適当な3方向の軸のベクトルの合成で瞬間瞬間の回転軸を表すことが可能です。通常は、前方に向かう軸、体幹の左右を貫く軸、上下を貫く軸(鉛直軸)の3軸で、例えば剛体(ひとかたまり)と見做した航空機の運動(各ローリング、ピッチング、ヨーイングと呼ぶ回転動作)がこの3軸の合成で表現出来ます。動物の場合は胴体自体が多関節構造の椎骨から構成され、内部で分割的な運動が起き、それの総体プラス四肢の動きとして、外部に対するロコモーションの漕ぎ出しの出力動作となります。飛行機の操縦と違って理解するのは容易ではありません。しかしながら大まかに言えば。哺乳類の胴体は左右軸回りの反復回転、即ちピッチング動作を起こす造りに、一方、爬虫類以下では鉛直軸回りの運動、即ちヨーイングを基本とする運動になっていると理解出来ます。








ロコモーションとはなにか − 風変わりなロコモーション




2020年12月1日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきましたが、最終的に尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察を行う前に、動物の移動運動性について周辺の話を交えながらまったりとお話しして行きましょう。最初にロコモーションとは何のことかを説明して行きます。動作に関することですので動画を多めに利用しますね。




風変わりなロコモーション




 ロコモーションとは動物が移動する動作そのもののこと、或いはその移動の方法、様式などを差す言葉です。特に手足を持つ動物の場合には<歩容>とも表現されますが、四肢を持たないヘビの各種の前進方法、或いは巻き貝の仲間のカタツムリが腹足の筋肉の収縮波 (運動波)を後ろから前へとエスカレーターの階段の様に次々と送りながらヌメヌメと這う場合には、この言葉は適当では無い様に見えます。尤も、巻き貝でもサザエやカサガイの仲間は腹足が左右に分かれていて、右左、右左と交互に滑らせながら進みますので<歩容>でも良いかもしれません。院長は中学生の頃に礒の生物の飼育に夢中になっていたのですが、その時にガラス面を這うサザエ科のスガイやアクキガイ科のイボニシが左右交互に摺り足で<歩行>するのを知り驚いたことを思い出します。残念ながら youtube ではその様な画像を見つけることが出来ませんでした。思い出しましたが、腔腸動物のウメボシイソギンチャクもガラスの上をゆっくりと移動可能で、翌日に観察すると別の場所に貼り付いていることもありました。

 以前に沖縄の海岸で細長い蓋を杖にして砂上をひょっこりひょっこり歩く巻き貝(名前が分からないのですがソデ貝の仲間でしょうか?)を見つけたのですが、身体の軟らかい動物の多様なロコモーション様式には驚嘆するばかりです。イカの高速遊泳然り、また二枚貝のホタテ貝も殻を羽ばたいて水中移動することもあるぐらいですし。




脊椎動物のロコモーションの特徴




 ホネを身体の芯に持つ脊椎動物の身体には無限回転可能なタイヤの様な前方推進装置は存在せず、従って、前に進む動力を得るためには、基本的に関節回りに配置した筋肉を収縮したり延ばしたりさせ、身体の一部を往復運動させて(これ自体波動と言えます)推進力を得るしかありません。体育館のマットの上ででんぐり返しを繰り返せば屈伸なしで進めるのではないかと考える方も居られるやも知れませんが、実は手足や体幹を一見分からない様に反復屈伸させて前方推進のための馬力を得ています。

 敵に襲われたアルマジロが丸まって坂道を転がって遁走すると聞いたことがあるのですが、この場合は重力により落下運動をしていることになります。他にクマやアザラシが斜面を自分から転がるシーンも時々は観察されますが、これは知能が高い動物に良く観察されることですが遊びの色彩が強いですね。この様な、その種にとって共通に、普遍的に観察される移動様式では無く、個体レベルでの遊びと見做せられる類いの移動方法はロコモーションとは呼べません。

 他方、種として共通に観察される移動様式であり、重力或いは空気からの揚力を上手く利用する為の姿勢保持を元にして行われるトンビやムササビの滑空は、ロコモーションと呼んでも良さそうには見えます。この様な場合を除き、通常は身体の一部を媒体と接触させつつ関節回りの往復運動を行いながら前に進むのが動物のロコモーションの基本になります。まぁ、簡単に言えばボート漕ぎと同じ原理です。但し、rectilinear  locomotion と呼称される一部のヘビに観察されるロコモーションに於いては、体幹筋の筋収縮の粗密波を発生させて前進する方法が採られますが、これには関節運動は関与していない可能性がありそうです。

 ヒトの二足歩行を思い浮かべても、左右交互の脚を前後に往復運動させてている事が理解出来ると思います。

 斯くして、脊椎動物のロコモーションの進化を理解する事とは、


@どの部位の筋骨格系を利用してどの様な往復運動、即ち波動生成を行うのかの機能形態学的解析、


A<足掛かり>となる媒体空間に対し、なぜその様なロコモーション様式を選択するに至ったのかの考究

 

 この2点に絞り込めるでしょう。









カピバラI ビーバーの泳法との比較U




2020年11月25日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。院長の専門分野であるロコモーション絡みの話ですが、カピバラの比較対象としてビーバーの泳法を採り上げましょう。ビーバーの形態と泳法の核心に迫りましょう。




ビーバーの形態と泳法




 ビーバーの交連骨格標本を見て第一に思うことは、身体の後ろ半分の骨要素の頑丈さです。太い骨要素の周囲にはそれに見合う大量の筋肉が配置すると考えて良いのですが、ビーバーに於いては地上及び水中での前方推進力産生に<下半身>が強力に関与していることを示します。<上半身>の方は、工具の「食い切り」にもよく似た、削るマシーンに特化した頭蓋骨と、進行方向選択と小物握りに役立つ短く骨細な前肢の組み合わせです。

 指の数は前後とも5本ずつ有りますが、前肢の手には水かきがなく後肢の足には水かきが良く発達しカモの足にも類似します。これは前肢の手を推進力を得るためのパドルとして利用するのではなく、小物を把握するのに利用することを明確に示しています。web 上の複数の投稿動画を見ても、ビーバーの前肢は推進力産生には殆ど関与していない様に見えます。前後枝の機能的分化の程度が弱く、四肢を用いた犬掻き型で水中での前方推進力を得るカピバラやヌートリアとはこの点が大きく異なっている訳です。

 潜水時には体幹を背腹方向に屈伸し聖徳太子の持つ杓の様な形の扁平な尻尾を強力にスイングさせ、後肢の蹴り出しと併せて前方推進力を得ています。これはクジラや海牛類の水平に張りだした尻尾(正確には尾びれ)と同じ機能的意義を持ちますが、クジラや海牛の尾びれと類似する構造をビーバーが獲得していることへの言及は院長は見た事がありません。ビーバーは、水中での前方推進力産生に当たり、哺乳類の特徴である背腹方向への屈伸力を<尾びれ>を備えて効率良く利用している動物の1つと言う訳です。

 この様に、効率的且つ特殊化したな潜水泳法と形態を獲得している点に於いて、ビーバーは齧歯類中最強の水中生活適応ロコモーション性を示す動物と言えます。

 尚、各種動物の尻尾の扁平化が意味するところについては、次回、番外編として扱う予定です。




齧歯類の水棲環境への適応戦略




 齧歯類の水棲環境への適応性を考えて来ましたが、齧歯類で親水性を持つ動物には、

@いずれもそれが属する同一系統群の中でボディサイズが最大級である

A水中での推進力を得る際に、前後枝の機能的分離の程度に違いが見られる

B尻尾の形態に違いが大きい

C祖先系動物に掘削型の動物が居たものがある

 などの特徴が観察されました。

 今回考察を加えた、カピバラ、ヌートリア、マスクラット、ビーバーは、各々独立的に水中生活性を高める方向に進化したものと考えて居ますが、齧歯類ではない他の目、例えば食肉目の動物でもイヌ科のヤブイヌが潜水を得意としたり、カワウソが水に遊ぶ、また少し離れたアザラシの一派(鰭脚目)が高度な適応形態を示したりと、様々な、<水の入り方>の像を示しています。偶蹄目では、カバが居ますし、やや離れてクジラが完全に魚類体型を獲得しました。ハイラックスの仲間が海棲のマナティやジュゴンになったり例もあります。はたまた所属不明?のデスモスチルスの様な絶滅種もいます。まぁ、一度丘に上がって進化した哺乳類が再び水中に戻る姿に関しては、面白ろおかしい、また進化とは何かを考察するに当たり、非常に有益な書き物が出来そうですが、のちに纏めることが出来ればと考えて居ます。

 院長の専門は霊長類の運動性がどのようにして変遷し、最終的にはヒトの二足歩行能獲得に至ったのかを解明することにあります。言わば、高いところが好きで木に上った霊長類、ヒヨケザル、コウモリの様な互いに近い一群を視野に入れた仕事ですが、この中でヒトを対象とすることは再び木から下りた生き物の進化の道筋を解明する事に他なりません。同じ様に、陸地から重力の反対方向の<水たまり>に踏み出す動物の進化を考えるのも大変に面白ろそうですね。哺乳類の食虫目を含めた幅広い目から水中に進出した動物が出ており、その有りようも各々異なってもいますので、霊長類なる1つの目のロコモーション進化を考えるよりは、動物学的には遙かに豊かな考察をもたらしそうです。

 その内、水棲哺乳類学会などが立ち上がるととても面白いと思います。ヒトの直立二足歩行は水中で立ち上がったことに由来するとの考えも提出されていますので、霊長類も扱われるのかもしれません。








カピバラH ビーバーの泳法との比較T




2020年11月20日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。院長の専門分野であるロコモーション絡みの話ですが、カピバラの比較対象としてビーバーの泳法を採り上げましょう。2回に分けてお話しますが最初はまずビーバーの習性について概観しましょう。実はこれも泳法の進化適応と密接に関連しています。




ビーバー Beaver


アメリカビーバー North American beaver  Castor canadensis


ヨーロッパビーバー Eurasian beaver  Castor fiber




 ビーバーは擬人化され、様々な企業のロゴマークにも採用されている、人気をマウスと二分する?齧歯類界屈指の愛されものですが、実態となると何だか良く判らないと感じられる方々が多いのではないでしょうか?せいぜいのところが、樹木をガリガリと前歯で削り倒し、ダムを造り水流をせき止める動物だ、程度の認識かと思います。ベラルーシの男性が撮影中に突然ビーバーに襲われ、その強力な鑿の様な切歯に咬み付かれ出血多量で死亡したなどの話も web 上には流れています。実はその文字通りの最強の<齧歯>のみならず、齧歯類の中で最強と表現して良い水中適応性を示す進化を遂げた動物なのですが、これは後ほどに。

 北米大陸並びにヨーロッパ〜北ユーラシア(全北区と言う)に棲息する半水棲の大型齧歯類で、齧歯類の中ではカピバラに次ぐボディサイズの持ち主です。頭胴長は80−120cm、尾長は25−50cm、肩までの高さは30−60cm、体重は11−30kgに達します。大型個体に挑まれたらヒト側に勝ち目はなさそうですね。現生種はアメリカビーバーとヨーロッパビーバーですが、これら2種は毛皮目的で乱獲され一時は激減しましたが、100年程前からの保護策が実を結び、現在では保護の対象とはならない程までに個体数が回復しています。アメリカビーバーの染色体数は40個、一方、ヨーロッパの方は48個で、前者は頭蓋骨が大きく尻尾もより幅が広く、鼻頭形態が四角であるのに対し、後者では三角形です。元々は北米に起源を持つ動物ですが、ベーリング海峡が陸続きだった750万年ほど前にユーラシアに亘り分化を遂げました。

 ビーバーは地中に広大なトンネルを作るホリネズミや前肢が小さく後肢が発達したカンガルーラットに極く近い仲間で、齧歯目Castorimorpha 亜目に属しますが、ラットなどを含むネズミ亜目にも近い仲間です。

 祖先系の仲間の1つである Palaeocastorinae (昔ビーバー)亜科は、相対的に大きな前肢を持つ掘削性の動物で、低く幅広の頭蓋骨と短い尻尾の持ち主でした。2400万年前にはビーバー科は半水棲動物へと進化し、樹木を切り倒し一連の構造物を造る能力を発達させましたが、このお蔭で高緯度地域の過酷な冬を生き延びることが出来たのです。これは樹木を囓り食餌とする習性に副次的に派生した習慣ものの様に見えます。現生のビーバー並びにジャイアントビーバーの仲間はこの頃に出現しましたが、ジャイアントビーバーの仲間は現生のビーバーほどには水棲生活には特殊化を遂げて居なかった様に見えます。


 1万年ほど前迄は北米大陸に Giant beaver が棲息しており、体重は 100kg にもなりましたが、尻尾が現生のビーバーと異なり平たくなく鞭状である −これは潜水時の前方推進力を強力に産生できなかった点で上述の様に水棲に向けての特殊化の程度が低いことを意味します−点に於いて、また歯牙、特に切歯の形態が現生のビーバーとは幾らか異なります。現生ビーバーに最も近い別属に属する絶滅種との扱いです。詳しくは以下をご参照下さい。

https://theconversation.com/why-giant-human-sized-beavers-died-out-10-000-years-ago-117234




ビーバーのダム造り





 良く知られていることですが、川をせき止めて池を造り、その中央に木を積み上げて巣を作る習性があります。巣の室内に入る出入り口は水面下に有り、これで大方の外敵の侵入を防止する事が出来ます。ビーバーが繁栄したのは矢張りこの様な極めて高度に防御性の高い営巣を行う習性からと思われますが、その様な習性の強い個体が生き延びて、一層ダム造り行動が強化される方向に進化したのでしょう。当然乍ら、太い樹木を口で咥えながら潜水移動し強力に遊泳する必要性から、固有の水中運動性への適応的改変を受けています。単に自己の身体の身一つで遊泳したり潜水したりするのとは違い、荷物を運ぶ<水中土木事業家>ならではの強力な推進機構を持って居る訳です。

 木の枝や石を積んで後、藻や泥で丹念に隙間を埋めてダムを造り、また維持します。縄張り意識が強く、尿や海狸香(肛門近くの嚢腺から分泌されるマーキング物質、Castoreum カストレウム)でダム含め各所に匂い付けを行います。池は次第に富栄養化し水鳥含め様々な生き物の生活場ともなり、最終的には土砂で埋まり草原化、次いで森林化します(遷移、Ecologicalsuccession と言う)。カナダや北ヨーロッパ〜北ユーラシアの地形をグーグルマップの衛星写真で眺めると、ヒトがなかなか立ち入れないような、うねった川と小さな湖沼だらけの広大な林地が広がるのが確認出来ますが、その様な場所でビーバーがせっせとダム造りに励んでいるのでしょう。完全に草食性で、木の皮始め何でも食べてしまい、その大きなボディサイズを維持します。








カピバラG マスクラットの泳法との比較




2020年11月15日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。院長の専門分野であるロコモーション絡みの話ですが、カピバラの比較対象としてマスクラットの泳法を採り上げましょう




マスクラット Muskrat  Ondatra zibethicus




 マスクラットとは麝香ラットの意味ですが、ジネズミの仲間に和名ジャコウネズミが居り、混同を避けるため、英名のままにマスクラットと呼称するのが良さそうです。南米産の齧歯類とはゆかりが無く、北米原産であり、キヌゲネズミ科ミズハタネズミ亜科に属し、ハタネズミ (ヤチネズミやレミング等含む)に近い仲間ですが、現在では人工的な移入の結果、ヨーロッパからシベリアに掛けて、また本邦でも一部地域に生息が確認されています。毛皮の色調や質を見ると実際レミングなどにもよく似ていると感じます。ヌートリアが寒冷地には棲息出来ないことに対し、本種はより寒いところでも棲息可能です。

 全長は40−70 cm ですが尻尾がその半分を占めます。体重は 0.6−2kg程度ですが、キヌゲネズミ科の中で最大種となります。キヌゲネズミ科は種数も多く、生息環境も多岐に亘りますが、本種は水中生活性を高めた種(但し流水中ではなく池や沼などの静水域がメイン)と言えるでしょう。特に寒冷な場所では、ボディサイズを大型化することは体熱の放散を防ぐのに適応的ですが、マスクラットのボディサイズはそれに当てはまります。但し、尻尾は寒冷地では不利な形態ですが、ビーバー同様(後のコラムで詳述します)、体熱放散防止の為の何か特異的な血液循環機構を保持している可能性はありますね。水温は零度以下には下がり得ませんが、低い温度の水中で活動できる秘密を探ると面白ろそうです。

 因みに、マイナス70℃でも棲息可能とされるホッキョクギツネの四肢には体熱放散を防止すると同時に足の裏を保温する為の特殊な血管配置と機構が備わっています。詳しくは、以下をご参照下さい。

2019年9月20日 『キツネの話E 本家のキツネ 寒暑対決』

https://www.kensvettokyo.net/column/201909/20190920/




 手足の指間に水かきは認められませんが、尻尾の断面が左右から押された様に縦長方向に扁平化し、水中でスイングさせれば舵取りに役立ったり、或いは幾らかの前方推進力が得られそうにも一見見えます。尻尾で推進力を得るとすればビーバー型への進化のプロトタイプ(原型、雛形)と一見考える事も出来そうですが、実はビーバーでは尻尾は左右に幅を拡大して偏平化しており、偏圧の向きがマスクラットとは90度異なります。哺乳類の椎骨の構造並びに機能は、基本的に背腹方向の往復屈伸を行うことにあり、鯨類、海牛類などを含め、皆この屈伸運動で前方推進力を産生しており、ビーバーもこれに違いません。因みに魚や魚竜の尾びれは身体の矢状面(身体を左右真っ二つに割った面)上に位置し、体幹を左右にくねらせて前方推進力を得ますが(まともな尾びれの分化していないナメクジウオもこの方法で泳ぐ)、海洋性哺乳類では尾びれは水平に配置しています。従って、マスクラットが左右に尻尾をくねらせて運動させ強い推進力を得ることは、哺乳類の基本的機構として期待出来ず、あったとしても極く補助的な推進力産生能に留まるだろうと予想されます。

 実際のところ、水の表面を遊泳中に、マスクラットは尻尾を小刻みにぶるぶると動かしていますが、鞭状に左右の水を大きく打って前方推進力を得ている様には見えません。寧ろ、飛行機の垂直尾翼の様に、体幹の左右のブレを抑えて、まっすぐ進むべく前方推進への安定化(一種の舵取り)を図っている様に見えます。この動作の為に小刻みなブレが生じている可能性があります。体幹の向きを変えるときには尻尾をカーブさせますのでこの様な時には方向舵として明らかに機能させている様に見えます。まぁ、飛行機の垂直尾翼仮説と言う次第で。

 マスクラットの尻尾の椎骨(尾椎)の構造並びに運動機能を明らかにしたペーパーがないか現在検索しているところです。一部のアザラシやラッコではこの様な、左右に体幹を振る動作で推進力を得る姿を院長は確認し、一部ビデオ撮りもしていますが、これも補助的動作に留まるものだろうと考えて居ます。例えばラッコは水面に<へそ天>姿勢で浮かび、捕らえた貝を腹の上に載せて食べたりしますが、この際に体幹と後肢を左右に軽度に振り、水流に抗して身体の位置を保ちます。体幹を背腹に動かせば腹面の水平性を維持出来なくなりますので、その様な運動性を得たのだろうと院長は考えて居ます。

 以上からマスクラットは、一見形態的にはヌートリアと大差が有りませんが、縦方向に偏平な尻尾を方向舵また前方遊泳の為の安定舵として機能させているだろう点で、ヌートリアよりは一枚上の親水性、水中生活適応性を持つ動物と言えるのではないでしょうか。マスクラットの毛皮も確かに美麗且つ保温性が高そうで、サイズは小さいですが利用価値はありそうです。







 

カピバラF ヌートリアの泳法との比較




2020年11月10日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。院長の専門分野であるロコモーション絡みの話ですが、カピバラの比較対象としてヌートリアの泳法を採り上げましょう




ヌートリア Nutria  Myocastor coypus





 米国では Nutria とは呼ばずに Coypu (コイペと発音します)と呼ぶ動物です。元々は南米産ですが、毛皮を目的とする養殖のために北米、ヨーロッバ、アジア、アフリカの各地に移入され、その後、毛皮価値の暴落に伴い現地で遺棄され、繁殖した個体が各地の河川に棲息し生態系を破壊し大きな問題になっています。本邦では特定外来生物に指定され駆除の対象とされています。勿論、ペットとして飼育することは出来ません。昔は生態系を守るとの意識無く、例えば養殖の為にウシガエルを移入し、またその餌用としてアメリカザリガニが持ち込まれましたし、院長が子供の頃にはボウフラを食べて呉れる「益魚」の名目でカダヤシ(タップミノウ)なるグッピーの一種が大量に放たれ、在来種のメダカが絶滅に追いやられたところもありました。当時の者達は自分がマズいことをしているとの意識が全く無く、心の底からの善意或いはゼニ勘定からこの種のことを平然と行って来た訳です。この様な外来種の移入には、例えば東大の動物、水産関連の教授が事業の助言を勧めるなど積極的に関与して来たのですが、これらについては、何故外来種が導入されたのかのテーマで、後日シリーズコラム化する予定でいます。

 属名 Myocastor は、ギリシア語の myo (rat, mouse) + castor  (beaver)の組み合わせで、beaver rat の意味になります。漢字で表記すれば海狸鼠です。確かにネズミとビーバーの合いの子の様な姿形です。新熱帯区(新世界の熱帯)のトゲネズミを含む Echimyidae 科に属しますが、カピバラの属するテンジクネズミ科 (モルモット、マーラ、カピバラ、モコから成る)とは同じく南米同士の齧歯類の仲間関係にありますが、これらとは幾らか離れています。Echimyidae 科は南米系統のネズミ型動物集団の一派と考えて良く、ヌートリアはその中で水中適応性を高めたネズミであると見做して間違いではありません。齧歯類に関してもそうですが、霊長類で言えば新世界ザル、イヌ科で言えば南米キツネの一群など、南米大陸の動物相 fauna は矢張りちょっと面白いところがあると感じます。

 尻尾が鞭状で扁平化が見られず、水中での推進力産生或いは舵取りなどに役立っている様には見えません。地上移動時のバランサーとしては機能しそうに見え、只のネズミの尻尾に見えます。後肢の足の一部指間に水かきが見られます。被毛の撥水性能が弱く水から上がるとずぶ濡れです。泳法はカピバラ同様に犬掻き型です。これらから考察すると、相当程度に親水性のネズミではあるものの、水中生活への形態的適応度はまだ高くは無いままに留まっていると言えそうです。

 1つのロコモーション進化のあり方として、行動が先に変化し、後になって形態的な適応進化がそれに追いついて行くとの概念を、特に霊長類のロコモーション進化の面で院長は考えて居るのですが、これに立つと、化石種を見てもその動物がどの様なロコモーションを採っていたのか正確には不明となりますし、形態変化は新たなロコモーションを採用するに至ったそもそもの理由を教えては呉れません。まぁ、冷静に考えれば当然とも言えることなのですが、形態的適応は後から着いてきたと言う考えです。

 ヌートリアの大方の形態的特徴はこの1例を示すものではないかと考えます。只のネズミ風の動物がしっかり水に親しんでいる訳ですので。尤も、ヌートリア類似の動物の化石を見た者が、現生のヌートリアの形態機能をちゃっかりと参照しつつ、後肢の足の中足骨が(扇子を開く様に)開き易い関節構造を呈しており、長さも長い、従って指を開いてその間に存在したであろう水かきを利用して水中で泳いだだろう程度の、誰でも思いつくような考察を鹿爪顔で行うかも知れませんが。そして次に別のロコモーション学説が有力になると、骨を解析し直したらそれも言えるなどと主張し始める者も出るのかも? 骨は何ら変化しませんがそれを扱う人間の主張が変化してくる訳で、或る意味、形態学徒−自分もその一味で!−とは、真面目顔した剽軽者の集まりなのかもしれません・・・。

 成体の体重は通常4.5〜7 kg程度、頭胴長は40〜60 cm 、尾長は30 〜 45 cm  程度に達し、結構な大型齧歯類と言えます。ビーバー同様、噛み付かれたら深手を負いそうですね。








 

カピバラE なぜ半水棲なのか




2020年11月5日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。院長の専門分野であるロコモーション絡みの話の第二段として、泳法についてお話しましょう。




カピバラのロコモーション


なぜ半水棲なのか?




 モルモットに近い仲間のカピバラとヌートリアは好んで水に入る齧歯類です。河川や沼などの水域に近い場所で食物が豊富に存在する土地であるものの、しばしば雨期には洪水に見舞われ水浸しになってしまう様な土地であれば、水を嫌って樹上に生活するか、洪水の度に高地に移動するか、或いは進んで水に慣れ親しむ道を選ぶのかの3択になります。カピバラの祖先系動物は、<水に対してつべこべ言わない>道を選んだのでしょう。ここら辺は、水中生活性を高めたヤブイヌなどとも似た選択だったとも言えそうです。

 水中ならではの栄養に富む食物を採取することも出来ますし、地上肉食性哺乳類からの襲撃の危険性から逃れることも可能になります。尤も、カピバラと同じ場所に生息するジャガーはネコ科で唯一泳ぎが得意であり、視力の弱いカピバラは犠牲になりがちです。嗅覚は優れていますのでジャガーの体臭を風下で察知し、急いで濁った水中に没して姿を隠す、或いは川から岸に退避して土手の樹林帯に身を潜めもします。岸から近い水中に居る場合、ジャガーが狙いを付けて飛び込み襲撃されますのでので、水中は100%安全とは言えませんが、相当程度に避難場所として機能しています。但し、ワニなどに襲われる危険性も生じてしまいます。カピバラはちょっと鈍くさいところを感じると言うか、彼らからの襲撃を完全にかわせる迄の俊敏な水中活動能力を得ている動物ではないと言う事になりますね。

 水陸両棲性を持つ他の利点としては、広大な大河を、自由に行き来できる平地の延長として手に入れることも出来ます。河川に分断されることもなく生息域を拡大できることになります。




水中生活への適応形態とは




 水中生活性を高めるに当たり、素潜り時に抵抗となる耳介などの突出部を減らし、体型もサツマイモの様な紡錘形に接近させているのが適応的です。尻尾はビーバーやカワウソなどの様に扁平化させて遊泳に利用する以外では基本的に不要ですね。パドルとなる手足を大きくしたり指間に水かきを備えるのも良いことですし、潜水時に耳介を縮めたり鼻孔を閉じたり出来れば格段に快適になる筈です。一般的には、ボディサイズを大型化して体重当たりの体表面積を減少させて水温、特に寒冷からの影響を低下させるのも有利です。断熱材としての被毛層を分厚くしたり皮下脂肪を貯留する−これは浮力を増す−のも役立ちます。但し、カピバラの場合は、特に気温の上がる乾期に水中に入っていた方が涼しくて良いとの意味もあり、寒冷適応としてのボディサイズの大型化ではなさそうです。浮力の効く水中生活性が大型化−生存に有利な面がある−へのタガを打ち破ってくれた可能性もあるかもしれません。大型半水棲動物であるカバについての考察がカピバラ大型化への何かヒントを与えて呉れそうにも思えます。

 まぁ、水中生活性への究極の姿形は鯨類や海牛類の様な魚類形態への接近、或いはアザラシなどの様なイモムシ系への改変ですが、カピバラの場合は四肢を用いての地上疾走性も維持していますので、まだ水中生活性への適応度は幕下と言った立ち位置でしょうか。以前にクジラのコラムにて触れましたが、クジラでは筋肉中のミオグロビン濃度を高め(それゆえ赤黒い肉になる)、ここに酸素分子を貯留してアクアラングの様に利用し、長時間の潜水を可能としていますが、魚類型の姿形への進化に留まらず、<中身>の生理特性までも改変している訳です。

 同じ齧歯類の仲間ですが、ヌートリアやビーバーの他に、ネズミに近い仲間にマスクラットと言う水中生活性を高めた動物が存在しています。

 次回コラムにて水中生活性を持つ齧歯類を紹介がてら、その泳法を一通り観察し、最後にカピバラの立ち位置を再び考えてみることにします。







  カピバラD ウマのロコモーションとの比較



2020年11月1日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。今回からは院長の専門分野であるロコモーションの話としましょうか。




カピバラのロコモーション


平地走法 −ウマとの比較−




 水陸両棲動物であるカピバラは地表ではどの様なロコモーション(移動に際しての運動特性)を示すのでしょうか? − 骨格像からも判断できますが、ウサギほどではありませんが前肢に比べて後肢が長くまた強大で、更に後肢はつま先で接地するだけですので、踵(かかと)までの長さが後肢長に加味され、四足姿勢時には:結構な腰高の姿勢になります。

 この様なプロポーションの為、ゆっくりと平地を歩行する場合には、幾らかよたよたした歩容になりますが、基本イヌの歩行などと大差は見られません。一方、走行時には後肢2本を揃え、体幹を背腹方向に屈伸させて跳躍する要素を加え前方推進力を得る方式に切り替わります。ウマの全力疾走時にもこの様な後肢を揃えて走る歩容である  gallop ギャロップが採られますが、それにウサギの跳躍を幾らか足した様な走法ですね。

 <究極の>cursorial animal 地表疾走性動物であるウマの疾走時のギャロップ走法では、体幹の背腹方向の屈伸は目立たず、体幹はほぼ水平に保たれます。鞍に腰掛けての上下動はせいぜい15cm程度でしょうか。これ故、人間が騎乗出来る訳ですが、ウマとしては上下動方向の無駄なエネルギーを使わず、重力とは90度方向の水平方向への移動効率を最優先するロコモーションとして完成させたのでしょう。それゆえ時速60kmで安定して長時間疾走が出来る訳ですが、ズングリした姿形のカピバラの上記の様な走法では、長時間の疾走は苦しく、ジャガーやハンターから逃げ去る時の短時間の走法に限定されるだろうと想像出来ます。尤も、ジャガー自身が全速力疾走を可能とするのは極く短時間に限定され、ジワジワ型の策略に立脚するヒト祖先系の執ったであろう持久走型ハンティングとは形態が大きく異なります。


 因みにウマの歩容パターンですが、速度が低速から高速に移行するに連れて、walk  (なみあし)< trot (はやあし)<canter (かけあし)< gallop (襲歩 しゅうほ)へと切り替わるのですが、各速度に於けるウマとしての<巡航>走法、詰まりは無駄なエネルギー消費を抑え、最大効率的で疲れの少ない走法に切り替えると考えて良かろうと思います。多段のギアシフトですね。カピバラの場合は、ここまでの違いは無く、walk なみあしと  gallop しゅうほ、の2パターン程度と見なせそうです。他の多くの哺乳類の地表ロコモーションも大まかな括りとして2パターンから構成されると見なしても大きな間違いでは無いと院長は考えて居ます。ヒトの二足歩行についても通常の歩行と駆け足の2通りがメインで有り、持って生まれた本質としては一本通してジョギングしたりマラソンする習性はない−後付けとしての運動性である−様に院長は考えて居るのですが如何でしょうか?他に、子供がおそらく学習した歩容として行う、スキップ(片足を2歩連続し左右交互に行う)やウマのgallop に類似した歩容も観察されます。また、霊長類の一部のものに前肢2本でぶら下がりながら前進する腕渡り brachiation ブラキエーションと言うロコモーションが観察されるのですが、<低速腕渡り>と<高速腕渡り>時で何かこの様なロコモーションの切り替わりが発生するのか、或いは1つの種に於いては腕渡りの速度の差と呼べるものが存在しているのか否か、興味深いです。

 カピバラの後肢が何故強大化し長くなったのかについてですが、皆さんお考えの通りで、1つには水中での推進力を得る装置としての目的があったからだろうと想像します。




 次回から数回に亘り、水陸両棲動物であるカピバラのもう1つの方の重要なロコモーション、即ち泳法について比較・検討して行こうと思います。








  カピバラC 骨格形態



2020年10月25日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。



カピバラの骨格形態




 骨格形態ですが、ラットのものを骨太にし、尻尾を短縮した様な姿形です。第二頸椎(軸椎、じくつい)の背側方に突出する三日月型の突起(棘突起)が目に付きますが、これは、この突起と胸椎(肋骨を従える脊椎骨を胸椎と定義します)の棘突起とを項靭帯(こうじんたい)が連結し、重い頭部をコラーゲンの弾力ある帯で支える仕掛けになります。尾椎の長さは全脊椎骨長の1/5程度ですが、頭側方半分程度には背側に棘突起が発達し、この左右に強大な筋肉が付着することを示しています。詰まりは普段下垂している短い尻尾を強力に背側に反らすことが可能な訳です。前肢の手指は4本、後肢の足指は3本で、手首や踵(かかと)を地面から浮かして歩行します。指の間には軽度の水かきが観察されます。

 頭部から後ろ (post-cranial)の骨格形態は、哺乳動物としての基本形から大きく外れる事の無いものですが、頭蓋骨に関しては、齧歯類固有の特徴を保持しています。歯牙は、生涯に亘り伸び続ける上下各2本ずつの切歯、その後ろの犬歯があるべきはずの空隙、その後ろに続く臼歯列、から構成され、歯式 dental formula は 1.0.1.3/ 1.0.1.3 で合計20本です。顎関節の構造から、カピバラは植物を臼歯ですり潰すときには下顎を前後に動かして行い、ラクダのように下顎を左右に動かして咀嚼する事は行いません。側方から観察すると、ラットなどとは異なり、全体として長方形を示します。後頭骨の脊髄が出る孔(大後頭孔)の左右に顆傍突起と呼ばれる下方に伸びる突起が著しく発達しているのが特徴的です。これは近縁なヌートリア Coypu  Myocastor  coypus  にも観察されます。顆傍突起はモルモットにも存在しますが、サイズはだいぶ小さくなります。



 カピバラの頭蓋骨形状に関しては以下の論文が最近発表されましたので苦言も交えつつご紹介しましょう。とは言うものの、無料で手に入るのは抄録と付図のみになります。

『レントゲン並びに3D CTを用いたカピバラ頭蓋骨の解剖』


https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/ahe.12531

Anatomy of the skull in the capybara (Hydrochoerus hydrochaeris) using  radiography and 3D computedtomography

F. Pereira, et al., First published: 25 January 2020

Anatomia Histologia Embryologia, Volume49, Issue3, May 2020, Pages 317-324

https://doi.org/10.1111/ahe.12531


Abstract

The capybaras (Hydrochoerus hydrochaeris) are the largest rodent found  throughout South America and arepresent in almost all the Brazilian  territory, however, still lack basic descriptions about the species, such  as  about their cranial anatomy. This study was carried out to  investigate  the anatomical features in thecapybara skull. Eight skulls  and two heads, without sexual distinction, were used for the  osteological,  radiographic and tomographic identification of their  structures. The skull of the capybara could be dividedinto a  neurocranium and a viscerocranium. The capybara had a more robust and  rectangular skull, elongatedface caudally, thinned in the nasal region  and  slightly convex in the parietal region. The zygomatic arch was  expanded and wide, the orbit had a circular shape, the infraorbital  foramen was well developed, externalacoustic meatus and tympanic  bulla   were relatively small, and the paracondylar process was large.  Theseanatomical characteristics are compatible with the eating habit  and  semi‐aquatic life of capybaras, whichcan be compared with  characteristics reported for animals of similar habits. The radiographic  image allowedto identify structures such as the frontal sinus, whereas  3D tomographic reconstruction was essential tohave a spatial view of  the skull of the capybara.


抄録

 カピバラは南米大陸を通じて観察される最大の齧歯類であり、ブラジルのほぼ全土に棲息する。しかしながら、本種については例えば頭蓋形態と言った、基礎的な記述が依然として欠けている。本研究はカピバラ頭蓋骨の解剖学的特徴を調べるべく遂行された。性別判定を欠く8個の頭蓋骨並びに頭部を用い、レントゲン画像と断層画像からそれらの骨学的な構造同定が行われた。

 カピバラの頭蓋骨は神経頭蓋と内臓頭蓋に区別し得た。カピバラ頭蓋骨はより頑丈で長方形を呈し、顔面部は尾方に伸張し鼻領域は骨質が薄く、頭頂部は軽度に凸状を示した。頬骨弓は拡張して幅が広い。眼窩は円形で眼窩下孔は良好に発達し、外耳孔及び鼓室胞は相対的に小さいが、顆傍突起は大きかった。

 これらの解剖学的特徴は、カピバラの食性並びに半水棲に対応しているが、同様の習性を持つ動物に報告されている特徴に比較検討され得る。レントゲン像に拠り例えば前頭洞と言った構造を同定することは可能だが、一方、3D 断層像を元にしての復元像はカピバラ頭蓋骨の立体像を得るのに必須である。(院長訳)




 若手の院生などが執筆したペーパーかと思いますが、要は、CTスキャンしてみました、との業務報告の域を出ないものと感じます。院長はこの論文のタイトルと抄録含め全面的に書き直したい衝動に駆られてしまいました。付図も正しい側方 aspect の図が無かったり、コントラストの悪いX線像を載せたりと形態学に対する緊張感に不足するものと率直に感じました。

 抄録を目通ししただけの感想に過ぎませんが、特に形態学面で重要な発見や新奇な考察を行い得たものではなく、観察された特徴がカピバラの食性並びに半水棲に関与している可能性があるとの凡庸な、浅い考察に留まります。院長が指導教官であれば、「君、せめて同じ南米大陸に棲息する齧歯類の、カピバラの近縁種のコモ、半水棲のヌートリア、地上性のマーラ、ついでに?モルモットで比較を行うなどして、系統並びに運動性、食性等含めもう少し深い物言いは出来ないかね?」となりそうです。可能ならば顔つきや形態的特徴の類似するモンゴル平原に棲息する掘削性の大型齧歯類マーモットとの比較も行うと面白いでしょうね。特に、冒頭の、「基礎的データが無いので記載してみました」云々の文言を一目見て、もう少し工夫して洒落た表現に出来なかったのかと思わされます。



 解剖学はメスとピンセットがあれば出来るなどと宣う者も見受けられますが、それは利用する道具に過ぎず、全ての学問分野と同様、高度な頭脳が無ければ深い考察には繋がりません。これを勘違いして、第三者が検証しにくい珍奇な動物種を用い、面白い動物を<メスとピンセットで>解剖しましたと、誰もが考えつく程度の月並みで浅い考察もどきを行い、ペーパーをさっと仕上げる者が出現したりもします。院長も過去にその手の投稿論文の審査を担当し辟易したことがあります。論文にとって最重要なキモである考察の分量が極く少なく、どの様な視点から解剖を執り行ったのかの根源的な説得性−これこそが形態学の学問としての神髄−を持たないのです。メスとピンセットで剖出すること、或いはCTスキャンで画像を撮影したところで、それは単なるdissection 切り刻みの類いに過ぎず、morphology  形態<学>ではありません。この様な勘違いな遣り方を続けていると、素人さんやマスコミには受けるかも知れませんが、仲間内では、<こいつ、形態学の土俵に乗り、敵方とがっぷり組んで討論しようとせず、いつも土俵外であれこれ次から次へと切り刻んでいやがる>と軽蔑を買うことに繋がります。 まぁ、いつまで切手収集のような調べ物を右から左に続けるのではなく、考えを深めることが大切です。。

 ヒトの医学部などでも一頃解剖学教室など潰してしまえとの嵐が吹き荒れた様に朧に記憶していますが、学問・哲学ではなく、dissection を行うに留まる craftsman 集団と医学部内部で低く評定されたからかもしれません。仲間内から弁護すれば、解剖実習の負担だけでももの凄く、少しは勘弁して遣ってくれとは言いたくはなるのですが。







   カピバラB カピバラの仲間



2020年10月20日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」カピバラに関するトピックスを採り上げますが、ぼちぼち真面目に?動物学の本題に入りましょうか。




カピバラ Capybara Hydrochoerus  hydrochaeris


カピバラ と レッサーカピバラ




 カピバラはつの見解としては齧歯目テンジクネズミ科  Hydrochoerus 属に属しますが、各研究者に拠る分類の違いは兎も角も、齧歯類の中で最大の種になります。齧歯類と言うと、一般的には小型でちょろちょろ動く動物とのイメージですがそれとは全く異なりますね。哺乳類の各目 (もく) の中で巨大化した現生の、或いは絶滅した動物種が出現した例は少なくは有りませんが、その内それらを纏めてコラム化したいと考えて居ます。その中でけして巨大化し得ない動物群が存在しますが何か判りますか?−答えは翼種目、コウモリの仲間ですが、大型化すると羽ばたき飛行は困難になり、必然的に地上歩行化或いは滑空型ロコモーションの動物に移行せざるを得ません。以前、沖縄こどもの国動物園を訪問した折りに、多数頭飼育されているオオコウモリが時々地面に這いつくばって歩行する姿を撮影したことがありますが、野生下ではすぐに敵に捕食されてしまうでしょう。尤も、この先、地上性のコウモリの化石が発掘されるかも知れず・・・。

 因みに、ダチョウやキウイ、ヨウム、ドウドウなどの様に地上歩行性化した、或いはペンギンのように水中遊泳に特化した類いの鳥類は、基本的に全て敵の居ない孤立的環境下で初めて進化し得た鳥類になります。飛べなくなった鳥類については後日コラム化したいと考えて居ます。

 属名  Hydrochoerus  はギリシア語の hydor, water + choiros, pig ですが、水豚、水豚属と言う次第です。その名の通りに半水棲で、湖、川、沼地や時々洪水に洗われる草原地帯に姿を現します。体重は65kgに達し、妊娠期間は 130〜150日に及び、産仔数は 2〜8頭ですが、通常は 4頭を産みます。家ネズミなどのいわゆるネズミの妊娠期間が 3週間程度であることを考えると、だいぶ長期化していますが、細胞の分裂速度には限界が有り、大器ハ晩成ス、ではありませんが、基本的にボディサイズの大きな子供を産む動物ほど妊娠期間は長くなる訳です。それゆえカピバラは鼠算式に短期間に増える訳でもありません。




 Hydrochoerus 属は現生種としては本種カピバラの他、レッサーカピバラ   Hydrochoerus isthmius  の2種から構成されます。カピバラのアダルトが最低でも 35kgを超えるのに対し、レッサー(より小さい、の意味)の方はその名の通りで最大でも 28kgを超えません。まぁ、仮に同じペットにするとすれば、レッサーの方がまだ良さそうです。レッサーカピバラは、南米大陸の北端の狭い領域並びにそれに繋がる中央アメリカ(パナマに多い)に分布し1912年に発見されたのですが、一時はカピバラの亜種として扱われました。現在、狩猟や運河造成などで棲息が脅かされています。前回、コロンビアの市場でカピバラを食する米国人の話を採り上げましたが、ひょっとするとレッサーの方を食べていたのかもしれませんね。1980年代に入り、形態並びに遺伝的特徴から別種として扱われ始めますが、亜種に過ぎないと主張する研究者も存在する様です。 しかし、レッサーの核型(カリオタイプ、その生物の持つ染色体の1セットのこと)は 2n = 64、 染色体腕数 (fundamental number,  FN ) FN = 104 に対し、カピバラでは 2n = 66、FN = 102 ですので別種として良い様に思います。と言いますか染色体数が異なるので交雑しても基本的に子孫は出来ませんね。因みに FN  とは1セットの染色体の持つ腕の総数で、ヒトのY染色体の様なものが存在するとその数が減ることになります。

カピバラ vs. レッサーカピバラの関係は、カバ vs. コビトカバの関係を連想もさせます。因みにカバの属名は Hippopotamus ですがこちらはウマ+川の意味です。potamus の用例は例えば、メソポタミア Mesopotamia の、meso 中間の + potamia  川、詰まりはチグリス川とユーフラテス川に挟まれた中間の土地との意味です。




 これらカピバラとレッサーカピバラ 2種の生息域は重なりません。アンデス山脈なる自然の隔壁で分けられています。アンデス山脈の最高峰はアコンカグア(6960m)で、6000mを越える高峰が20座以上聳えていますが、この地形的隔壁により、山脈の壁の北側及び西側の弱小種が守られ存続したと考えられる例もそこそこあります。これに関しては、例えば院長コラム

2019年9月5日 『キツネの話B 南米のキツネU』 

https://www.kensvettokyo.net/column/201909/20190905/ 

をご参照ください。カピバラとレッサーカピバラとは共通祖先が基本的に地理的隔離で種分化したと考えれば良かろうと思います。

 例えばカピバラとレッサーカピバラなどの異なる動物種の生息域の違いがなぜ起きたのかの理由を考える時に、単なる平面的な地図ではなく、立体的な地形を元に考えると理解が進む場合があります。そのような地形図に、気温、日射、植生、水資源の状況を重ね、更には食物連鎖や習性、行動特性のことも併せると、動物の生き生きとした生態のイメージが得られると思います。これは何も哺乳動物に限定されず、他の生き物全てについて当てはめることが出来ますし、この考え方を使う事で生き物に対する理解−その来し方、即ち進化の有りようまでも−が格段に深まるだろうと思います。院長の専門は筋骨格系の形態を元にした霊長類の運動進化を探ることに有りますが、<木を見て森を見ない>ことの無きよう、常に自分を戒めています。専門性を手放す必要は有りませんが、常に生き物を取り巻く総体を専門分野にフィードバックして、考察の風通しと深化を図る手法ですね。




 今や水無しでは苦手な生き物であるカピバラとレッサーカピバラですが、水好きの共通祖先が造山運動由来の地理的隔離で隔絶され、<大小の水豚>におのおの進化したとの進化シナリオも描けますが、共通祖先は山岳性の動物であって、それがアンデス山脈の2つのサイドに下lり、おのおの大小の水豚 (もはや山を越えられない!)に進化、分岐したとのシナリオを描くことも出来ます。

 実際、カピバラに最も近縁であると判明した動物仲間に コモ  Rock cavy  Kerodon   rupestris  なる動物が存在し、現在ブラジル東部に棲息しています。草の混じる乾燥した岩石地帯を好み、<プール無し>でも遣っていけます。体重は最大で 1kg 程度になります。尻尾はカピバラ同様に短く痕跡的なのですが、これを考えるとカピバラが水中生活性を高める進化過程で<邪魔な>尻尾を消失したのではなく、元々無かった訳ですね。山岳性(山岳穴居性)への強い適応圧で尻尾を失ってしまっていたとも考える事が出来そうです。耳介も小さく、モンゴル平原の掘削穴居性齧歯類であるマーモットにも類似します。耳に関しても水中生活性への適応で耳介が縮小したのではなく、おそらくは元々の穴居性への適応だった可能性が考えられますね。まぁ、穴に潜るのも水に潜るのも抵抗性や引掛かりを減らす為に類似した適応形態を持つとも言えそうです。以前のコラムで水中生活性に進化したモグラの仲間であるデスマンに触れましたが、土に潜るのも水に潜るのもおんなじだぁ!とのことかもしれません。コモは系統が遠く離れるものの生活形態が類似するアフリカハイラックスに類似するとの指摘もあります。








  カピバラA 食用 or ペット?



2020年10月15日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、カピバラに関するトピックスを、まったりと採り上げようと思います。




カピバラは食用なのか?


 以前には法的整備も整わなかったのか、各種獣肉ミンチを混ぜたハンバーグが堂々と売られていましたが、三、四十年前にオオネズミの肉が混ぜられているのが問題だと幾らか話題に上ったことを院長は記憶しています。巨大なラット様のネズミの肉が混ぜられ喰わされているのかと腹を立てた者も居た模様ですが、これはカピバラの肉のことだったのではないかと考えられます。牛豚などの肉の増量用途に南米から大量に輸入されていたのかもしれませんね。当時の通産省或いは農林省の貿易統計記録を探れば「大ネズミ、XXトン輸入」などと記録されているかもしれません。

 ラットをそのまま大きくしたような姿形のアフリカオニネズでも 1.0−1.5kg程度に留まりますので、容易に手に入るにしても、丸焼きで食す以外には肉部分を得るのに手間ばかりで効率が良くないでしょう。一方、中国で食用とされるタケネズミはもう少し食べる部分も有りそうに見えますが、当時中国から日本にタケネズミの肉を輸入していたことはあり得なさそうに見えます。

 カピバラの方はボディサイズが兎に角大きくなり、院長も「現物」に接したことがありますがブタを思わせるほどに肥大しますので、得られる肉量も多く、また草食性ですので基本的に肉味に大きなクセもなかろうと想像されます。youtube でコロンビアの市場で米国人男性がカビパラの料理を試し喰いする動画が見付かったのですが、いかにもマズそうに食べていました。単に現地料理の味付けが口に合わなかっただけの様にも見えますが、狩猟後に血抜きをしっかりと行い、新鮮な内に調理し、香辛料で工夫を加えればそこそこイケるのではないかと思います。

 安価な増量用食肉としては、他には例えばオーストラリアのアカカンガルーなども挙げられますが、以前院長の娘が現地からの土産としてカンガルー肉のジャーキーを持ち帰り、食してみましたが、強烈な胡椒の味ばかりで食べてられませんでした。肉味にクセが有り、或いは面白みに欠け、香辛料漬けで加工したのかも知れません。牛豚に比べれば下肉扱いですね。ドッグフードなどには利用されているのかもしれません。

 少し前のコラムで、モンゴル平原で地元民が大型の掘削性齧歯類であるマーモットを狩猟しペストに感染したと記しましたが、これも肉を食べたのでしょう。カピバラと同系の味だろうと想像します。まぁ、南米では確かにカピバラが食用として市場で売られている訳です。因みに中南米では小さい方の仲間のモルモットはご馳走扱いですね。

 院長も前回のコラムでカピバラが可愛いと言ったり今回喰えると言ったりで結構いい加減かも?・・・。




ペットとしてのカピバラ


 齧歯類ですのでつべこべ言わずに?数も増えて呉れ、本邦各地の動物園等で多数飼育されています。本邦でも特に制限も無く個人で飼育可能ですが、飼育元から脱走した個体が神奈川県下の河川に住み着いて捕獲作戦を繰り広げたことが少し前にニュースにもなりました。泳ぎも得意で、また地上でも疾走時には<脱兎の如く>に相当のスピードが出ますので生け捕りするのはなかなか大変になります。

 基本的に非常に大人しく、また人に馴れる動物ですが、これはカピバラが野生状態では100頭に達するまでの集団で生活し社会性を持つことにも関係しているでしょうね。互いの立ち位置が理解出来る訳です。尤も、齧歯類ゆえ上下2本ずつの鋭い切歯(門歯)を備えており、ちょっかいを掛けて怒らせた場合、噛み付かれて大怪我を負う可能性はゼロとは言えません。前にyoutube 動画で見たことがありますが、野生のビーバーが突然撮影者に接近し襲い掛かり、噂ではその後に大腿動脈を食い破られ死亡したとの話が流れました。野生動物含め動物を舐めてはいけません。


 安全性が相当に高いとしても、ボディサイズを考えると飼育場所の管理と餌代、清掃等の作業負担も大変でしょう。脱走すると警察にこってり油を絞られそうでもありますね!

 米国の富裕層は個人で牧場を所有し、週末にそこに出掛けて家族で遊ぶことも普通ですが、馬に加え南米の家畜ラクダであるラマを飼育するのも流行しています。しかしカピバラを富裕層が一般的に飼育しているとは聞いたことがありません。飼育用のプール(冬場は加温する)や泥浴び場を整えて維持する等が負担なのでは、と院長は想像しています。米国では個人宅で飼育している例も散見される様ですが、巨大サイズになることを覚悟の上飼育する必要があります。アダルトになると屋外でハーネスを付けて散歩させようにも人間の方が引きずられてしまうでしょう。まぁ、牧場を抱え維持し得るだけの財力や意欲は無いが、そこそこの経済的余裕が有る、面白ろ好きや目立ちたがり屋には向いているのかもしれませんね。

 動物公園などでカピバラと触れ合えるところが国の内外にありますが、取り敢えず!はその手のところに出掛けて実地検分すると良さそうです。

 因みに、サイズが小さい方のモルモットを飼育することは米国の子供達の間で極く一般的です。




 次回からぼちぼち動物学としての本題に入りましょう。院長もカピバラの動画を見ている内に、ペストのコラム執筆の疲れもだいぶ癒えてきましたので。







  カピバラ@ 和名に物申す



2020年10月10日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ネズミのハンタウィルス感染症、Q熱、そしてペスト菌感染症のお話が続きました。ネズミを介するヒトの重要な感染症としては、まだ取り上げるべきものが数多あるのですが、このまま続けて行くと、当分の間は感染症関連の話ばかりになってしまいそうです。ヘタをすると再来年の寅年になってもまだネズミの話を続けていることにもなり兼ねず・・・。

 それ以前に読み手の方々、また実際書き手共に!飽きも来るかと思いますので、ここで、一度感染症絡みの話題を離れ、再び哺乳動物学としてのネズミ関連、また更に拡大して齧歯類全般に目を転じてのトピックスを、まったりと採り上げようと思います。



 さて、年頭に本邦各地の動物園での新年ネタの取り組みがマスコミ等で報道されていたのですが、皆様ご存じの通り今年の干支はネズミゆえ、話題作りにと大きなネズミと小さなネズミを対比させて展示したところが少なからず見受けられました。ネズミ(実際は他の齧歯類を含む)に絡めてのいささか安直な発想とも言えますが、展示動物種並びに予算もそれぞれ限定されているとなると、どこでも カピバラ vs. アフリカンピグミーマウスの展示となるのは致し方無いところもあるでしょう。大きい方のカピバラは飼育しているところも多いですし他からレンタルも不可能ではありません。小さいネズミの方は格安でペット店で購入も出来ます。実は、院長も全然偉そうなことは言えず、昨年末にネズミのコラムネタを考えて居た時に、この2種の組み合わせを考えていました・・・。まぁ、思いつくことは皆同じですね。



カピバラ Capybara  Hydrochoerus hydrochaeris

ビッグサイズ = オニでいいのか?

 本種はネズミと同じく齧歯目の動物ですが、テンジクネズミ科 Caviidae に分類され、ラットなどの真性のネズミ類とは幾らか系統的に離れています。いわゆるモルモット guinea pig の巨大化した動物と考えればあながち間違いではありません。齧歯目中最大のボディサイズになります。和名はオニテンジクネズミとの事ですが、同系統の種の中でサイズが大きい種に対してオニなどの語を安易に付けるのはいい加減止めたらどうかと言いたいところです。どうして最大サイズのものが「オニ」なんでしょう?オニヤンマにオニオコゼ、オニフスベにオニハコベと幾らでも出て来ます。キツネノなんとかだのの植物和名も多く、教養と芸術性に長けていない、閉ざされた狭い組織の中の特定少数名が和名付けに関与するが故に、辟易させられるような和名のオンパレードとなりがちなのでしょう。


 因みにオニとは、承平年間 (931年 - 938年)、源順(みなもとのしたごう)が編纂した辞典、『倭名類聚鈔(わみょうるいじゅしょう)』の巻第二鬼神部第五、鬼魅類第十七の項に「鬼」の記述が有り、「四声字苑云鬼居偉反和名おに或説云隠字音おぬの訛也鬼物隠而不欲顕形故俗呼曰隠也人死魂神也・・・」(四声字苑<当時の字引>に云うに鬼はきゅいと発音し和名はおにである。また云うに隠の字<おぬ>の訛りである。鬼は物に隠れそのナリを顕すのを欲さず俗に呼んで曰く隠である。人の死んだ魂である。・・・)とあります。因みに鬼居偉反とは、鬼とは居 kyo の子音 ky +偉 wi の母音  i  で発音するとの意味(漢文の反切用法)ですので kyi 、きゅい、だったのでしょうか?因みに現代中国語の鬼の字の発音は グゥイです。

 巨大なキノコのオニフスベの場合、怪異なものが見付かった、鬼神や天狗の仕業との畏怖の念からオニの名を付けたとすればまだ得心もしますが、オニテンジクネズミの命名は鬼神などとも無縁で、単にサイズが特大との意味で安易に付けられたのでしょう。どなたが命名したのか存じませんし、院長も多忙(本当は暇?)ゆえ探りだそうとも思いませんが、日本語の起源を弁えた上で和名を付けないと素性が疑われるのではないでしょうか?こんなことをいつまでも続けているようでは国内の博物学の底の浅さを知り優れた若者が逃げますね。動物に関わる者こそ教養高くあるべきです。因みに中国原産のフルーツであるキウイの和名はオニマタタビです。これでは何だか食思が失せるどころか毒に遣られて体中がシビれ悶絶しそうです。他方、本当にオニの形相を甲羅に背負うヘイケガニの仲間にキメンガニ(鬼面蟹)Dorippe sinica  も居ますが、こちらは正しい和名ですね(恐ろしいので見ない方がよろしいのではないかと)。

・・・と、フレンドリーで大人しく可愛いカピバラに対し、オニの名を付けた和名に大きな違和感を覚え、ちょっと物謂い?してしまったようで。







 

ネズミの話42 腺ペスト 731部隊と細菌兵器




2020年10月5日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第21回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 BlackDeath について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第16回目です。

 今回は<細菌兵器>としてのペスト感染症利用について、731部隊のお話を軸として解説して行きましょう。ペストに纏わるお話はこれで最終回となります。




*帝国陸軍(関東軍)の731部隊、別名石井部隊に関しては、戦後の軍事裁判記録から相当程度にはその任務内容、また何を実際に行って来たのかが明らかになっています。正式名称は関東軍防疫給水部本部であり、細菌戦、毒ガス戦、防疫、給水を担う組織だったとされています。本コラムは動物関連コラムですので、サワリのみに触れ、その詳細について論考する事は控えます。とは言うものの、そもそも院長は自分で取材して731部隊に関する一次情報を入手しそこから物事を言う力量に無く、他者からの伝聞情報を元に論評するとの域を超える事が出来そうにありませんので、遣るにしても学術的には無価値となるでしょうね。

*情報を得たい方は、例えばアマゾンにて 731 と入力すると多くの書籍が検索され入手も比較的容易です。それらを通じて本コラムにては<敢えて触れていない731部隊の別の問題>についても知ることが出来る筈です。子供の時に、フランキー堺主演の  『私は貝になりたい』  の再放送をモノクロ画面で見て、幼少時だったにも拘わらず内容のシーンの一部を鮮明に覚えているのですが、それにちょっと似た様なことでもあります。しかし731部隊のこの面での責任が戦後曖昧にされ、関係した者が医科大の学長などに平然と就任もしていたのには驚かされます。責任が曖昧にされたのは、米国側が彼らを、また彼らの得たデータを、自国の戦略に使えると判断したからなのかもしれませんね。

*毒物学者であり、かつてマスコミにしばしば登場された常石敬一氏の著作、『消えた細菌戦部隊―関東軍第731部隊』、海鳴社 (1981/5/1) ASIN : B000J7YR1W に掲載されているのですが、ハバロフスク裁判での川島清軍医少将は、陶器製の爆弾にペスト感染ノミを詰めて空中で爆発させ、対象者に被曝させたが、後に確認すると全然感染していなかった、暑さの所為でノミの活動性が弱ったためだろう、旨の証言を確かに行っています(第7章 ペストノミ、p.191)。

*ここに来て考えたのですが、本当の本当に街に単純にペストを流行させたいのであれば、ノミを空中散布すなどの迂遠な方法を採るのでは無く、ペストに感染させた人間を多数街に戻し、ヒトーヒト間の感染を図るのが最大効率的な筈ですが、その様な実験・実戦は行っていません。これは前回触れましたが、モンゴル帝国軍がカファの街の城壁内に感染死体を投げ込んだとされるのに似た遣り方です。医学のエリート集団でもあった731部隊側(因みに石井四郎大佐は京都帝国大学医学部卒)がこれを考え付かないない筈は有りませんし、嘗ての黒死病の惨状を知らぬ筈もありません。従来の731部隊に関する論評はこのことに対する突っ込みに不足している様に思います。核弾頭の保有と同様に、戦術兵器としての実証、開発を進め、相手側に対しいつでも大量に撒布してお前達を殲滅してやるとの武器、即ち高度な抑止力を持つ兵器、細菌兵器の開発の立ち位置、研究に留まるものであったと感じます。これには局地的にデモンストレーションする或いは侵入した敵側スパイを通じ、恐ろしい兵器を開発中で完成も間近であると相手側に匂わせることも必要になるでしょう。院長は米軍側並びに仁科博士の原子爆弾開発の話が頭を掠めたのですが皆さんはどうお考えでしょうか?


*病毒性、感染性の強さ、そして戦時下で十分な治療も受けることが出来ない状況を考えると、ペストを戦闘員並びに非戦闘員である一般市民の間に感染流行させて相手方の戦力並びに戦意を挫く、そうしてやるぞと脅しを掛けるとの遣り方は、銃器や爆薬利用のものとは異なった、いわば非火薬、爆薬系のウラに廻った戦争行為と成り得ますが、全て考えられる策を手元に握って置くのは、是非は別として当時の戦略の1つでもあったのでしょう。逆に敵国側が細菌兵器の開発を行っていると知れば、それに対抗する防御手段を講じるべく自国側でも一定の備えを行わざるを得ないことも、戦略的には必要になって来るでしょう。

*少し前の話ですが、米国のペンタゴン(国防省)に勤務する女性研究者が悪臭の研究を行っているとの紹介記事を目にしました。悪臭ガスを戦闘地域に放出して相手の戦意を落とすとの目的です。一時的に作動し相手兵士に身体上の危害を加えないとの策であれば、妙な表現ですが、まだ微笑ましいと言えそうです。スウェーデンにシュールストレミングなる塩漬けのニシンの缶詰があり、内部で発酵が進み強烈な悪臭を発するとのことですが、これなど良いかも知れません。

*戦争行為であれ、テロ行為であれ、感染性微生物を撒布する事は一時的に対象相手方を弱めるのみならず、当該微生物が変異して<手に負えない>型に変異する危険性も有り、自国陣営側のみならず全人類に対して、大きな禍根を遺しかねません。けして開けてはならないパンドラの箱ですね。

*バイオテロに関しては久米田裕子氏が以下に簡潔に纏められていますのでご参照下さい:

http://docsplayer.net/113724268-生物剤とは_バイオテロに備えて170207hp用-ppt.html

生物剤(Biological agents)とは〜バイオテロに備えて〜

大阪府立公衆衛生研究所 久米田裕子




 ペストに関連するお話は今回で終わります。長らくお付き合い戴き有り難うございました!

 しかし、自分の得意とする機能形態学や整形外科分野からテーマ内容が遙かに離れているとは言え、コラムの筆が遅々として進まず、正直なところ苦しみました。執筆している途中で戦慄も覚えましたし、また執筆後に一時的に体調が悪くなりました(只の猛暑の所為だったかも)・・・。この様な按配で、脈絡無く場当たり的に筆を執ってしまい、整理が出来ておらず内容的に重複したり前後するところが多々ありました。お詫び致します。

 動物学や微生物学、感染症の背景知識を持たない者が執筆した中世黒死病の考察、即ち、所謂歴史学徒やハイアマチュアが纏めた記事は、内外 web サイトにも数多見られるのですが、殆どの内容は、方法論的には、基本的に過去の文献を紐解き紹介しつつ (これだけでも相当に勉強になり有り難く感じますが)、それに <文系人間> 固有の考察を加えるに留まります。今回のペストシリーズは、それらとは幾らか違った視点 perspective で多少はものが言えたのではと思いますが、如何だったでしょうか?まぁ、人文科学的視点と自然科学的視点を混ぜ合わせた、『ペストと人類史』のテーマでの講義ですね。

 ネズミが媒介する、ヒトに対して重要な意味を持つ感染症のコラムを書き続けると、この先数年は要しそう!ですので、ここで一度切り上げ、次回からはまた哺乳動物学的な、まったりした話題に戻りたいと思います。さて、何をテーマにしましょうか?







 

ネズミの話41 腺ペスト モンゴル帝国とペスト




2020年10月1日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第20回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 BlackDeath について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第15回目です。

 今回は<生物兵器>としてのペスト感染症利用について解説して行きましょう。まぁ、モンゴル帝国絡みの話です。彼らが利用した馬も当然ながら生物兵器ですが、こちらの話も重ねます。



戦時でのペストの生物学的利用


 生物を戦争に利用した最も初期のものの幾つかはペストの産物だったと言われてきている。と言うのは、14世紀には感染死体を武器として利用し、街や村の壁越しに放り込み悪疫を拡散したことが報告されているからである。これは、ジャーニー・ベク(キプチャクハン国、ジョチ・ウルスの第12代当主)が1343年にカファの街を襲撃した時に行ったと伝えられている。


 後に、第二次大戦時の日中戦争にて、日本軍がベストを生物兵器として使用した。これは石井部隊が準備し実戦で使用する前に人体実験でまず使用された。例えば、1940年に、帝国陸軍航空部隊は腺ペストに感染したノミを寧波(ニンポー)市に投下した。ハバロフスク戦争犯罪裁判法廷で、被告の1人である川島清少将は、1941年に731部隊の40名の隊員がペストに感染したノミを湖南省常徳市にて空中投下したと証言した。これらの実験により、ペスト流行が発生した。




*ジャーニー・ベク(モンゴル帝国、元を構成する国、即ちハンの1つで南ロシア一帯を支配したキプチャクハン国、別名ジョチ・ウルスの第12代当主、チンギス・カンの直系子孫)はジェノヴァが植民地として領有するクリミア半島の交易拠点都市 カッファ を占領するため数度の攻撃を掛けましたが、1347年にカッファを包囲した際、軍内にペストが蔓延して撤退を余儀なくされました。このペストは中国で蔓延していたものがモンゴル軍に感染したものですが、それが西に拡大して来た訳ですね。

*撤退の際に、「ジャーニー・ベクはジェノヴァ軍に呪詛の言葉を叫び、ペストに感染した兵の死骸を町の中に投げ入れた」と伝えられています。 これは1343年とも主張されていますし、また伝聞情報に基づくものですのでそもそも真実と言い切れるかは不明です。これが真実との前提で話を進めると、当時、感染者の死体に触れるとペストに感染することは経験的に十分に理解されていた筈ですので、敵側をペストに感染させて弱体化させる意図を含んでいたのは明白であり、死体を立派な生物学的兵器として利用したことになります。カファを脱出したイタリア商人が黒海の西岸を南下してコンスタンチノーブル(現在のイスタンブール)に逃げ延びましたが、ペスト感染したノミを付着させたラットを船に乗せていたか、或いは船員が感染していたかですが、これがヨーロッパを蹂躙する黒死病の幕開けとなりました。

*と言う次第で、黒死病の起源は東西のカナメのポイントにて、ペスト感染症を起こそうとする人為的、意図的な要因が挟まっていたと考えることも出来そうです。尤も、この様な行為が無かったにせよ、第1波のユスティアヌスのペストの時の様に、アジアからの感染が早晩東西交易の拠点であったコンスタンチノープルに自然に伝わった事は十分に想定される様にも思います。ユーラシア(アジア側)の乾燥平原地帯の遊牧民−帝国を構築すると言えども基本は収奪の民であり、文化面での人類への貢献は現在に至るも低いままと院長は考えます−が、どちらもペストの発端役或いは媒介役を担ったことに違いは無かろうと思いますが。



*モンゴル帝国に関してですが、広大で乾燥した平原ゆえに、究極の地上疾走性哺乳類として特異的に進化してきた馬を利用し、何も無いがゆえにその馬を最大限の武器として活用し周辺の文明国からの収奪を糧として発展したのがオリジンだろうと、院長は動物学的視点から考えています。背景状況は異なりますが、黒澤明監督の『七人の侍』に登場する、百姓集落を襲撃し略奪を図る野武士集団を思い浮かべもします。

*この当時のモンゴル人は馬を戦争の為の生物兵器として利用し、一種の共存関係にあったとも言えるでしょう。但し、馬は立体的な地形には弱く、詰まりは山地なる自然の要害が自ずと彼らの勢力の限界線になりますね。自分達の拠点を中心とする二次元平面延長上の、単純な戦略の展開に留まる訳です。近代に至り、モータリゼーション発達の前には軍馬の用途は形無しとなりました。

*その時世下での最強の武力+領土的野心を握った者達或いはその支配下にある民族・国家が、異なる見解を持つ相手に対し、人権意識など毛ほども持たずに侵攻し、生物学的に抹殺・殺戮する、或いは女性を暴行して自分らの子孫を孕ませる、のがちょっと前迄の流れでしたが、先進国と他から呼ばれる国々は現在ではこの様なあからさまな遣り口は執りません。欧州では20世紀末に起きた南スラブ人同士の内戦を主体とするユーゴスラビア紛争がこの形式の最後だったでしょうか?尤も、この紛争では相手を制圧し得る<近代>兵器をいずれの側も持たず、泥仕合合戦の様相でしたが。

*同じアジア大陸南方の海側の平地−水資源が潤沢にある4大文明の発祥地−に栄えた東アジアモンゴロイドの一派である漢民族は、北狄と蔑称した異民族遊牧民の度重なる襲来に古来より苦しめられ、モンゴル人の元、満州人(女真族)の、金、清に一時は支配されるに至りました。苦肉の策として万里の長城を拵える迄にも至りましたが、特に、秦の始皇帝から漢の時代に建造されたものは草原の中を横断して建て廻らされ、これは明らかに馬侵入の防止柵と言う訳です。日本人は東アジアモンゴロイドの中では少数派として孤島に居を構えた民族ゆえ、2度の元寇襲来(元とその属国である高麗連合軍による本邦侵略、文永の役 1274年、弘安の役1281年))を除いては異民族−海戦のノウハウ並びに海洋気象データの蓄積に乏しい−からの襲撃に悩まされる事はありませんでした。尤も、:元寇が1つの原因となり、鎌倉幕府がその基盤を弱体化させ滅亡へと繋がった訳です。これは第2のペストの pandemic 発火の凡そ70年前の出来事になります。

*馬と人間との関係についてはまた後日分析を加えコラム化して行きたいと考えて居ます。







 

ネズミの話40 腺ペスト 第3のパンデミック 近代のペスト




2020年9月25日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第19回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 BlackDeath について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第14回目です。

  再び https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague 並びにhttps://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease) 、その他の記述を参考に、人類史との関係について解説を加えて行きましょう。

 前回まで中世 or 近代以前の黒死病について触れましたので、今回はその次の第3のパンデミックについてお話します。ちょっと重い内容のお話となりますので覚悟してお目通しください!




第3のパンデミック

近代のペスト


 19世紀の半ば、ペストは3度目の姿を現した。以前の2つの流行と似て、今回も東アジアに起源したが、多分におそらくは中国雲南省だったろうが、そこは過去何回かペストの自然発症地点だった。最初の流行は18世紀後半に発生した。拡散する前にペストは中国南西部に数年間局在し続けた。広東の街で1894年1月に始まったペストは6月までに8万人を死亡させた。近隣の香港との日々の水上交通を通じて、ペストは急速に香港に拡大しそこでは2ヶ月の間に2400名以上が亡くなった。


 近代パンデミック the modern pandemic  としても知られているこの第3のパンデミックは、19世紀後半と20世紀初期に航海ルートを経由して世界中の港町へと拡散した。1900年から1904年にサンフランシスコのチャイナタウンの人々に感染が起こり、再び1907年から1909には、近くのオークランドとイーストベイに感染を起こした。サンフランシスコの1900年から1904年の大流行は当局が中国人排斥法を恒久的なものとした時期である。この法律は、元々はチェスターAアーサー大統領が1882年に署名して世に出したものであり、10年間の期限で継続されることになっていたが、1892年にガーリー法を伴い更新され、そしてサンフランシスコのチャイナタウンでのペスト勃発の間の1902年に実質的に恒久化された。


 米国での最後の大きな流行は1924年のロサンジェルスで起きた。尤も、この疾病は野生齧歯類に今なお存在しておりそれらと接触した人間に伝染し得る。WHOに拠れば、世界規模での犠牲者が年間200名まで低下した1959年時点までパンデミックは残存していたと考えられている。


 1994年には、インドの5州でペストが流行し、感染者が700名(52名の死者を含む)と見積もられ、ペストを避けようとインド国内での大規模なインド人の移動を引き起こした。




*英国が植民地化し貿易港を開いたに伴い、中国本土から職を求めて20万人の中国人が香港に押し寄せました。1/2平方マイルの狭い太平山街 Tai Ping Shan  Street に彼らは居住し、家畜と共に狭い居室に同居生活する者も現れるなど、あらゆる病気の巣窟のみならず一度伝染病が始まると止まらなくなる場所とされていましたが、ペスト流行時には感染者の90%の死亡者を見ました。この街が取り壊された後に病院や医療施設が建設されましたが、現在でもこの地にはこの様な施設が遺っています。その過密振りは少し前に取り壊された九龍城砦を想像させます。

 香港のペスト騒動に関しては、以下の記事が参考になります。

https://www.atlasobscura.com/articles/hong-kong-bubonic-plague-1894

Echoes of the 1894 Plague Still Reverberate in Hong Kong

Death was not the end of the indignities the Chinese community faced during that pandemic.

by Courtney Lichterman April 13, 2020


*もともと米国に押し寄せる中国人移民に対しては低賃金労働が他の労働者の生活を低めるものとして米国の労働者関連の政党からも移民排斥の動きがありました。特に中国人は警戒感を抱かれたのでしょう。例えば下記の論文では中国人排斥法の施行後に本国から妻以外の女性を呼び寄せることが困難となり、それにあぶれた中国人労働者に対する需要の為、広東から子供〜少女に至る女性を甘言でサンフランシスコに呼び寄せ、チャイナタウンで雑用掛或いは売春婦として軟禁状態に置き、奴隷として金銭での売買が行われたとの生々しい記述があります。

https://www.jstor.org/stable/pdf/25118876.pdf

Chinese Slavery in America

Author(s): Charles Frederick

Holder Source: The North American Review,

Sep., 1897, Vol. 165, No. 490 (Sep., 1897), pp. 288-294

Published by: University of Northern Iowa 

Stable URL: http://www.jstor.com/stable/25118876


*この様な<慰安>の為に女性を監禁或いは軟禁した事に対して一方的に中国を論(あげつら)うのは公平とは言えず、例えば、熊井啓監督の 『サンダカン八番娼館 望郷』 のからゆきのさんの話、また、飢饉の為に娘を吉原に身売りしたなど、本邦を含め汎世界的に見られたことだったろう、いや現在も行われていることかもしれません。非道い話ですね。


*中国人排斥法に基づき中国人は中華街に押し込められた訳ですが、ペストは中国からハワイへと中国人移民を介して持ち込まれ、次いでハワイとの間に定期航路の通うサンフランシスコ、具体的にはチャイナタウンで感染が流行したことになります。因みに中国人排斥法は中国 (中華民国政府)が第二次大戦で連合国側に加わったことから米国は1943年に漸く廃止しています。

 サンフランシスコのペスト騒動に関しては、以下の記事が参考になります。

https://www.nature.com/articles/d41586-019-01239-x

Nature BOOKS AND ARTS 24 April 2019

Plague in San Francisco: rats, racism and reform

Tilli Tansey extols a history of California’s chaotic early-twentieth-century epidemic.

Tilli Tansey




 今回のコロナ禍を過去のペスト流行との対比で考えようとの記事は、海外 web にてごまんと検索されるのですが、なかでも130年前の第3のペスト pandemic の発火点となった中国の問題を取り上げ、その歴史的検討を加えんとするものが目に入ります。仄暗い真実も炙り出される訳ですが、せめてそこから何か教訓が得られると良いですね。







 

ネズミの話39 腺ペスト 黒死病と社会 フィレンツェの事例




2020年9月20日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第18回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病  BlackDeath について触れない訳には行きません。激烈な大流行の後にも、その残余が波及し、その度に街によっては数万〜数十万人の死者数を出しています。根本的な治療法が無く、ペスト菌のプール源として様々な都市やその近郊に常に少数の感染者が存在し、また保菌動物である小型齧歯類が棲息する状況にありましたので、他から一度街中にペストが持ち込まれ拡大すると、感染流行の再燃を止める事がほぼ不可能でした。

 今回は、その様なヨーロッパの街であるイタリアのフィレンツェの事例をメインにご紹介しましょう。まぁ、1つの街、地域から見たペストの実相を探るとの perspective (視点)です。




*フィレンツェ + ペストの語の組み合わせと来れば、ボッカチオ(1313−1375)のデカメロンを想起しない者は居ないでしょう。


*以下のブラウン大学の web site のジョバンニ・ボッカチオの生い立ちの内、ペスト並びにデカメロンに関連する記述を抜き書きします:

https://www.brown.edu/Departments/Italian_Studies/dweb/boccaccio/life1_en.php


1340-41

 ボッカチオはフィレンツェに戻る。街が前年の疫病で荒廃しているのを知るが、(ジョバンニ・ビラーニの年代記に拠れば)それで人口の1/6が死に絶えた。


1348

 フィレンツェに戻り、1348年の壊滅的な疫病(黒死病)を目撃した。数万人が死んだが、これは1340年の死者の少なくとも3倍である。犠牲者の中には、ボッカチオの父親、新たな義理の母も居た。全く突然に、家族の財産として遺されたもの、並びに養い維持すべき一家をも引き継いだ。

1349-51

 これらの年は実際デカメロン作成の年であるが、それについては我々は知る事が殆ど無い。1350年に短期間ラヴェンナ(フィレンツェの反対側のアドリア海に面した街)に戻った。これはオサンミケーレ寺院の知り合いからの使命であったが、シスターベアトリーチェ(ダンテの娘、ラヴェンナの聖ステファノ修道院の修道女)即ちそこで30年以上前に没した偉大な流浪の詩人の相続人に、遅くなったが10枚のフローリン金貨を返却したのである。



*デカメロンの創作過程については情報が殆ど得られていない模様です。ところで、下記のペストの流行の時系列では1347年に初めてヨーロッパにペストが入ったとされていますが、ボッカチオは1340年にフィレンツェに戻り、前年の1339年に疫病で街の1/6が死亡したと知ったとされています。それではこの疫病は何だったのかの疑問が残ります。詳細な記述が無く見当が付きません。スペイン風邪或いはコレラの様な感染症だったのでしょうか?


*ボッカチオがダンテを評価し、彼の詩作に『神曲』の名を付けた事はよく知られているのですが、彼がダンテの娘と実際に会い、しかもその娘の名がベアトリーチェと言うのには驚かされます。因みに、院長は大学の教養課程時代に『神曲』を翻訳されたばかりの平川祐弘先生の講義を選択し、確か試験では鎌倉仏教の地獄の構成と『神曲』のそれとを比較論考せよの設問が出ましたが、仏教の地獄の階層構造との対比を書き連ね評価Aを戴いたことを記憶しています。尤も、受講生は10数名程度でしたので全員Aが貰えたのかも知れませんが・・・。思い出しましたが、当時某学部某学科のとある講義科目では、採点前にまず教授が全員にAを点け、そののちにゆっくりと答案を見るとのことでした。




https://en.wikipedia.org/wiki/Timeline_of_plague ペストの時系列


*このサイトに掲載される表の項目の内、イタリアに関連性があるものを抜き書きして和訳します。上記との対応を見て下さい。


1347

イタリア商人が感染したラットを船に乗せ、コンスタンチノープルからシチリアへとペストを運び込んだ。この地がヨーロッパで最初の黒死病感染地となった。同じ年にベネチアもペストに見舞われた。


1347-1350

 この間の大流行時に、医者はペストの予防並びに治療について全く為す術を持たなかった。彼らが試みた治療法には、調理した玉葱、10年物の糖蜜、ヒ素、砕いたエメラルドを用いる、下水管の中に座る、室内で大きな炎に挟まれ座る、ハーブで部屋をいぶす、神が罪ゆえに病気で罰するのを止めさせようとする、などである。自身を鞭で叩きながら行進することも行われた。


1348

 イタリアの作家ジョバンニ・ボッカチオは彼の著作『デカメロン』中にペストの症状について記述している。


1361-1364

 この間の流行中に、医者は横痃(リンパ節の腫脹)を破裂することで患者の回復を助ける遣り方を知った。


1374

 黒死病の流行がヨーロッパで再び出現した。ベニスでは様々な公衆衛生的な制御、例えば健康な者から患者を離すとか病気を抱えた船舶を港への上陸をさせない、などが設けられた。


1403

 30日間の隔離は短すぎることを知り、ベニス当局は東地中海のレヴァント地域からの旅行者は病院で40日間隔離するよう指示した。イタリア語の40 quarantena 或いは40日 quaranta giorni から、英語の quarantine 検疫、隔離の語が生じた。


1629-1631

 この間、イタリアでは腺ペストの一連の流行を見た。ロンバルディと他の北イタリア領土内で28万人が死亡したと算定されている。イタリアのこのペストはその地域の人口の35〜69%の命を奪ったとされる。


*ロンドンでの1665年のペスト大流行で市内人口の1/4が亡くなりましたが、17世紀に至っても黒死病の余波、或いは小波は途切れることなくヨーロッパ各地で続いていた訳です。現在でも本邦に於いてはペストは、エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、痘そう、南米出血熱およびラッサ熱、マールブルグ病と共に1類感染症に指定されています。確定診断を受けた後で(実際には疑わしい段階で)感染症指定医療機関への入院が知事より勧告されます(強制入院!)が、1類感染症でペスト以外は全てウイルス感染症であり、細菌感染に拠るペストの特異性がここに浮上します。まさに困った感染症ですね。これで抗生剤の効かない変異ペスト菌が誕生したらどうなるのかと考えるとゾッとします・・・。




*以下の youtube 動画は、1300〜1700年の間にフィレンツェに襲来した黒死病を纏めたドキュメントフィルムです。


La peste nera a Firenze (Black Death in  Florence )

2017/01/25  Conosci Firenze

https://youtu.be/4zq_tAplFjs


 ヨーロッパの各都市は皆この様なペストとの壮絶な歴史的背景を抱えている、との認識は日本人には持ちにくいかと思います。現地では、激烈な流行のさなかにあっては生き延びるのが精一杯あり、対策や予防を行う精神的余裕や活力も持てず、かと言って近代医学の成立以前にはペストに対しては為す術が無いのが実情であり、これでは教訓らしい教訓を学び蓄積することも出来ません。今回のコロナ禍はペスト流行時の社会の反応と類似するとの指摘は方々から挙がっていますが、幸いにしてコロナ感染症の死亡率や臨床症状面ではペストに比べるまでもなく、本当に恐ろしい感染症が将来的に発生した際の予行演習と見直しが、今回なんとか幾らかは行い得た、と考えればまだ納得も行くでしょう。


*フィレンツェの例を考えても、繰り返し何度もペストの洗礼を受け、かと言って人々の免疫力や耐性が上がる訳でもなく、神に訴えても神は無言を貫き命は明日とも知れない有様でした。それでもキリスト教そのものに対する打ち壊し等の破壊行為が無かったところから判断するに、相当に頭の良い者が坊主に就き、教義の整合性を図り、事態を切り抜けたと言う事なのでしょう、と、心情的仏教徒の院長がふと思い浮かべた次第です。


*イングマール・ベルイマン監督作品 『第七の封印』 の中に、鞭打ち行者の隊列を率いる男が、老いも若きも王も庶民もいつ死ぬかは分からないと叫ぶシーンがあるのですが、これは、和漢朗詠集の「朝に紅顔あって世路に誇れども、暮(ゆふべ)に白骨となって郊原に朽ちぬ」の心境と同じですね。但し、彼らは死に神が命を奪いに来るとの視点で考えるのに対し、仏教では各人が自然に且つ勝手に死んでいくとの思想であるのが大きな違いでもあるでしょう。因みにこの映画の中に少女が魔女狩りに遭い火あぶりにされるシーンがありますが、さるロシア人youtuber の配信を見ていたところ、ギリシヤ正教下の東欧では魔女狩りが起こらず、カトリック圏のポーランドから西側で魔女狩りが起きたとのことでした。黒死病と魔女狩りは文字通りの西欧の2大黒歴史でしょう。




 ペストの第2波のパンデミック、即ち黒死病の実態を知れば知るほど、「これは非道い」以外の表現が無くなります。次回からは第3のパンデミックに入ります!もう嫌になったと言わずに事実を事実としてまずは眺めて下さい。毒を喰わば皿までも、とも言いますし・・・。







 

ネズミの話38 腺ペスト 黒死病と社会 文学




2020年9月15日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第17回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 BlackDeath について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第12回目です。

 人類史、特に社会と文化との関係について引き続き解説して行きましょう。




社会と文化





 ペスト大流行に関連する死者並びに社会変動の規模は、この疾病が最初に認識されて以降、数多くの歴史的並びに架空の物語に於いても、このテーマを突出したものとして来ている。特に黒死病は、同時代の多数の文献で記述され言及されている。これらの内の幾つか、例えば、チョーサー、ボッカチオ、ペトラルカなどは現在、西洋の古典規範と考えられている。ボッカチオのデカメロンは、黒死病から脱出せんと人里離れた別荘を求めフィレンツェから逃げ延びた者達から成るストーリー仕立てとしていることでよく知られている。


 黒死病の年代を生き抜いたと時に大々的に取り上げられ或いは小説化された実録物もまた、時間と文化を超えて人気が途切れることが無い。例えば、サミュエル・ピープスの日記は 1665年のロンドンの大ペスト Great Plague of Londonの経験当事者としてこれに数多く言及している。


 アルベルト・カミュの小説 『ペスト』 やイングマール・ベルイマン監督の作品 『第七の封印』 などの後の作品は、様々な概念を探索する為の背景として、例えば中世または現代の隔離された都市に於ける腺ペストを設定に利用している。それらの主題は、ペスト流行時の社会、組織、個人の崩壊、文化的また心理学面での生か死かに直面する問い掛け、また、その時代の道徳上の或いは精神的疑問に対して、ペストを寓話的に利用する点で共通している。




*14世紀半ばに pandemic となったいわゆる黒死病 Black Death 以外にも、18世紀に至るまでヨーロッパ各地で散発的な流行がたびたび発生し、死者の数は数万〜数十万人程度に達しました。例えば、フランス南部の地中海に面した港湾都市マルセイユでは、1720年にペストの大流行を見、その年に10万人が、次の2年間には更に5万人が、また近郊の町で5万人が死亡しました。人口が1720年レベルに回復したのは1765年になってからでした。

*1665年のロンドンの大ペスト Great Plague of London では18ヶ月の間にロンドンの人口の1/4に相当する10万人が死亡しました。それ以前にも小流行は散発していましたが、これは記録に残る英国での最後の大流行となりました。この流行は1599年から間歇的に流行を見ていたアムステルダムからの綿花運搬船が直接的にはもたらしたものとも考えられています。流行に伴い、国王チャールズ2世や貴族はロンドンから疎開しましたが、庶民階級は生活や見通せない将来への不安ももあり家を簡単に離れることもできませんでした。ロンドン市の城壁を抜けるためにはロンドン市長に拠る健康証明書が必要となりましたが、やがては近隣の村も証明書の有無に拘わらずロンドンからの者の受け入れは拒否するに至りました。この辺は、今回のコロナ禍に於ける、都市民の地方への受け入れ拒否圧力にも類似して興味深く思います。僅かに少数の医者、宗教指導者、薬剤師がロンドン市に残り、犠牲者に対応しましたが、彼らの仲間の多くも逃げ出した訳ですね。

*現在でも致死率の高い感染症ですが、当時の都市部の衛生的とは言えない環境並びに治療薬も無い状況ゆえ、一度流行を見ると鎮火させることが不可能となり、爆発的な感染拡大の前に為す術が無い事態を招いたことは容易に想像出来ます。薄情な様ですが、身を守るためには<逃げるが勝ち>しか取り得ない話になります。

*重症者への看病・移動や死体処理時に、ヒトからヒトへの感染が生じ、あとは核分裂の連鎖反応の様に一気にそれが拡大し、短時間の内に同じ街に住む者はほぼ全員が感染したでしょうね。街を逃れて流出した者が次の街へと感染をもたらす図式です。ヨーロッパの都市は城壁で囲まれている例が多いですが、有力者はさっさと脱出し、残された者には城壁の門を狭くし、<あとは頑張ってくれ>の姿勢だったとも言えます。ロンドン市内では毎日が葬列と棺の埋葬作業でしたが、これは現在ニューヨークのブロンクスのすぐ東に浮かぶハート島の無縁墓地に、引き取り手のない新型コロナウイルスの犠牲者を連日多数土葬しているシーンにも重なります。


*この様な、逃げようのないペスト禍からの重圧感は、イングマール・ベルイマン監督の作品 『第七の封印』 にも描かれていますが、この映画は寓話化を強めた作品と感じられ、阿鼻叫喚の生き地獄を生々しく表現するものではありません。但し、時間差でその恐怖がじわじわと胸に迫るところはあります。

*アルベルト・カミュの小説 『ペスト』 を、コロナ禍と絡めて読んだ方も少なくはないと思います。『サミュエル・ピープスの日記』 は邦訳されています(国文社、1987年 - 2012年。臼田昭・海保眞夫・岡照雄訳、全10巻)が、現在全巻入手するのは難しく、また価格が高騰している巻があります。因みに院長は勇んで 『ペスト』 のフランス語版をアマゾン kindle で購入(351円)したのですが、入手後に読み通す気力に足りないことに気が付きました。漫画版の 『ペスト』 も数冊出ていますので概略を手っ取り早く掴みたい方には如何かと思います。と言いますか、漫画版の方が早く絶版にもなりそうで、資料として入手したい方は早めにそうした方が良いかもしれません。







 

ネズミの話37 腺ペスト 黒死病と社会 虐殺・英語への影響




2020年9月10日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第16回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 BlackDeath について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第11回目です。

 黒死病が当時の社会に与えた影響を引き続き重点的に見ていきます。




*黒死病流行時の迫害とは、ユダヤ人に対する迫害を意味します。平時に於いてもキリストを殺したなどとの言いがかりで迫害を受けてきましたが、14世紀の科学の発達していない時代に於いては、黒死病流行の原因探索がスケープゴートとしてのユダヤ人に向かい、彼らが井戸に毒を投げ込んだのが原因ともされました。1348年にフランスのツーロンで、次いで1349年のスペインのバルセロナで起きた虐殺と居住区破壊を引き金にヨーロッパ中で黒死病関連のヤダヤ人迫害が起きました。聖バレンタインのストラスブルグ大虐殺(1349年2月14日)では、まだペストが街に拡大していない中、2000人のユダヤ人が生きたまま焼き殺されました。

*どうしてユダヤ人が<犯人>だと思われたかについてですが、彼らはゲットーに隔離されて生活し、また宗教的戒律から食事前には手を洗う、週に1度は入浴する、埋葬前に死体を洗うなどの習慣があり、清潔ゆえペストに罹患する例が少なかったことが挙げられます。他の者達は、それであいつらは何か噛んでいるに違いないと邪推したのでしょう。


以下 https://ja.wikipedia.org/wiki/ユダヤ人 から一部引用:

「レコンキスタ・十字軍時代に、ヨーロッパのキリスト教社会では、「キリスト殺し」の罪を背負うとされていたユダヤ人はムスリムとともに常に迫害された。封建制度に内属していなかった彼らはヨーロッパの多くの国で土地所有を禁じられて農業の道を断たれ、商工業ギルドに加入することができなかったため、職工の道も閉ざされ、店舗を構える商売や国際商取引も制限されていた。

 しばしば追放処分を受け、住居も安定しないユダヤ人がつける仕事は事実上消費者金融や無店舗の行商、芸能以外には存在しなかった。

 11世紀末頃にはすでにユダヤ人は「高利貸し」の代名詞になっていた。被差別民でありながら裕福になったユダヤ人は妬まれ、ユダヤ人迫害はますます強まっていった。

 14世紀のペスト大流行のころから弾圧として、ヨーロッパ中で隔離政策が取られるようになっていき、市街地中心から離れた場所に設けられたゲットーと呼ばれる居住区に強制隔離されることが一般化した。 」

 とあります。

*黒死病が終息する1350年を迎えるとユダヤ人対する黒死病関連の迫害自体は止みましたが、小規模な迫害は連綿と続きます。




*1400年以降、英語の表記と発音の乖離が急速に進み、これは  Great Vowel Shift 大母音推移 GVS と呼称され、英語にやや深い関心を抱く者には誰にでも知られている事象なのですが、これが起きた理由の1つとして、黒死病でロンドン人口が大きく減り、そこに北部からの者が大量に流入し、綴りに合致しない音をもたらしたのだ、とする説が唱えられています。まぁ、文字による音声の対比統制(正書法と言う)の出来ていない田舎訛りの者達が流入し、文字と発音が大きくズレる珍妙な言語が誕生したとの説明です。それなら新たな音と合わせて綴りを変えれば合理的ですが、既に活版印刷が普及しており、今更綴りを変更できるかとなり、元の綴りに新たな音を組み合わせて記憶することにした訳です。GVS に関して詳しくは、院長が別個に開いております英語塾コラム 2019年10月10日 『英語の綴りと発音の乖離』

https://www.kensvetblog.net/column/201910/20191010/

をご参照下さい。


*この様に、当時の、そして現在の文化に至る、黒死病の影響を考究すれば、幾らでも論文が執筆出来そうです。








 

ネズミの話36 腺ペスト 黒死病と社会 反乱・鞭打ち




2020年9月5日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第15回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 BlackDeath について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第10回目です。

 黒死病が当時の社会に与えた影響を重点的に見ていきます。




*民衆による反乱 (Popular revolts) とは、分かり易く言えば、田園地帯では領主に対する農民の一揆、また都市部では貴族や国王に対するブルジョワ階級の謀反であり、中世後期にはしばしば勃発しましたが、ペスト流行に伴う社会の混乱がこれに拍車を掛けました。域内の隣人がバタバタと死んでいく中で、碌に対策も講じることの出来ない支配階級に対する、困窮した彼らの精一杯の抵抗、蜂起とも言えるでしょう。まぁ、組織化、軍事化された米騒動みたいなものでしょうか。


*その様な Popular revolts のよく知られた例としては、黒死病の最大流行時よりは幾らか後になりますが、英国に勃発したワット・タイラーの乱が有名です。1381年にカンタベリーの農民が蜂起すると、ワットタイラーはこれを指揮しロンドン市内まで行軍しました。国王リチャード2世と交渉し、人頭税制定の廃止や経済、社会システム改善への要求を行いましたが、スミスフィールドでの2度目の交渉の際に国王側に支える者に暗殺され、反乱は潰えました。


*その頃本邦は鎌倉幕府が滅亡し室町時代が始まった頃ですが、南朝と北朝に皇統が分かれての南北朝時代の只中にありました。まぁ、或る意味日本も動乱にありガタガタしていた訳です。この頃になると、一揆の定義に当てはまる騒動も日本各地で勃発し始めます。院長も学生時代に東大史料編纂所の桑山浩然先生主催の古文書学のゼミに参加したのですが、室町時代の裁判資料を幾つか読みました。僧侶が神輿(しんよ)を奉りて市中で暴れただのの訴状も有り、世の中の血がいよいよ滾り始めたものを感じましたが、異国でも同じ様な機運に満ちていたのかも知れませんね。中世から近世への幕開けが始まったとも言えるでしょう。




*自らの身体に鞭打ちする行為は、一種の宗教的行為としてヨーロッパにて古来より行われて来ましたが、黒死病の流行中に最盛期を迎えました。これは磔刑を受けたキリストの苦しみを体現し、宗教的境地を高めようとする行為とも言えますが、インドのヨガ行者の苦行(頬に金属の串を刺しながら行進するなど)、日本の仏教の千日回峰行などの荒行などにも類似するもので、各地の宗教に様々な形で見られる様に思います。尤も、乾布摩擦などと同様に血液循環を改善し自律神経系に刺激を与え得る点で、ペスト感染に対する免疫力を上げるのにひょっとして幾らかは役立った可能性もあります。現世的ご利益としては、自分は敬虔なキリスト教徒であると苦行を通じアピールし、神に気に入って貰い、ペストから我が身を守って呉れ、とのメッセージとなります。

*西洋社会の様々なシーンに登場する鞭打ち行為は、日本人には馴染みの薄い行為です(刑罰としては明治初期まで存在はしていました)が、家畜の尻を鞭打ちする家畜文化との関連は確実にありそうに見えます。聖書に、spare the rod and spoilthe child 鞭を惜しむと子供が駄目になる(可愛い子には旅をさせよ)なる有名な言葉があります。動物としての生身の肉体を持つ人間ゆえ物理的に引っ叩くことの<効能>が肯定されている訳ですが、現在は児童虐待と訴えられそうで・・・。

*東大寺二月堂の修二会(お水取り)は悔過(けか)(過去の過ちを懺悔する)法要ですが、二月堂の礼堂に出た練行衆が、はね板に体を打ちつけて五体投地を行います。まぁ、懺悔、贖罪の気持をぶつける為の痛みを自身に与える行為ですが、西洋の鞭打ちにもこの様な懺悔の気持が含まれているのかもしれません。これは信心の証でもあるのでしょう。









ネズミの話35 腺ペスト 第二のパンデミック 黒死病




2020年9月1日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第16回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 BlackDeath について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第9回目です。

  再び https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague 並びにhttps://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease) 、その他の記述を参考に、人類史との関係について数回に分けて解説を加えて行きましょう。

 2度目のパンデミックは第1回目のパンデミックの800年後に起きたBlack Death 黒死病として知らぬ者はない西洋史上の大事件ですが、モンゴル帝国の領土拡張策と密接に関与もしてきます。今から700年足らず前の出来事であり、歴史的記録や資料も数多く残されていますので、それらを元に少しじっくり見ていきましょう。




第二のパンデミック

黒死病


 中世晩期にヨーロッパは歴史上最も致死率の高かった疾患の大流行に見舞われた。1347年に襲来した黒死病即ち悪名高き腺ペストのパンデミックであるが、ヨーロッパ人口の3分の1が死亡したのである。大量死が人命の価値を下げるに従い、社会が実質的により暴力的になり、斯くして戦争、犯罪、民衆による反乱(Popular revolts)、鞭打ち(Flagellant) の流行、迫害行為、を増大させたと信じる歴史家も居る。黒死病は中央アジアに発し、イタリアそして次に他のヨーロッパ諸国中に拡大した。


 アラブの歴史家イブン アル−ワルドゥニ (1291/1292- 1348/1349) とアル=マクリーズィー(1364年 - 1442年)は、黒死病がモンゴルに発したと信じていた。中国の記録でも、1330年代の初頭にモンゴルで莫大な流行が起きたことが記されている。2002年に発表された研究論文では、1346年初頭にステップ(草原)地域で流行が始まったことを示唆しているが、そこでは、カスピ海の北西岸から南ロシアへとペストの保菌動物が拡大したとされる。


 モンゴル帝国 は中国とヨーロッパの間の通商ルート即ちシルクロードを遮断し、これは東方のロシア側から西ヨーロッパに疫病が拡大するのを停止させるに至った。しかし、クリミヤの Caffa カーファ(現在のフェオドシヤ)にあるイタリア商人の最後の通商拠点をモンゴル人が襲撃したのに伴い流行が始まったのである。1346年の終わり近く、モンゴル包囲軍の間で流行が勃発し、彼らからカーファの町にペストが侵入した。春が到来するとイタリア商人は船に乗り込み逃げ出したが知らずに黒死病を運んだのである。ネズミに付いたノミに拠り運ばれて、ペストは最初は黒海近くの人間に広まり、次いでそこから1つの地域から他の地域へと次々に、ペストから逃げる者達に拠り、ヨーロッパの残りの地域に広がった。




*現在でもモンゴルや中国北部のステップ(草原地帯)でマーモット猟に関与していた者が、しばしばペストを発症していますので、その地域でペスト菌が維持され、それが人為活動を通じて世界にもたらされるとの考えは十分首肯出来るところだと思います。その出現と拡散の様式については、実はコロナ禍も似た様な側面を持って居ます。

*何も熱帯雨林のジャングルに潜む動物に病原体が維持され、それに接触して街中に持ち込んだ人間を起点に感染爆発するとの図式(エイズやエボラ出血熱がこれに該当する)ばかりではなく、アジア大陸内陸部の乾燥した草原地帯の動物が危ない病原体の維持・供給源となり、世界中に大量死をもたらす図式も無視出来ない、いや、こちらの方が寧ろ大迷惑である、とも言えそうです。今回のコロナ禍の出自はまだ不明ですが、野生動物の狩猟(毛皮、食肉、愛玩用途)は安全性が担保されているもの以外は全面禁止させるのも手でしょう。野生動物の狩猟で生計を立てている類いの細民らの営為が、また、感染症の管理下に無い野生動物の肉を嗜好する民俗風習並びにそれを許容している国家の姿勢が、実際のところ人類全体に巨大な災厄をもたらし得る訳です。

*ボッカチオ作のデカメロン冒頭に、フィレンツェに於いてはペストで1348年には半年間で10万人以上が死亡したとの記述があります。この第2波即ち黒死病の流行の他、小規模な流行(とは言っても数万〜100万人程度の死者を出した)がヨーロッパ各地で18世紀まで続くのですが、フィレンツェの街の記録を中心として別コラムにて取り上げる予定です。

*大流行で隣人や身内がバタバタと死んでいく中では、現世御利益型の宗教は存在を許されず、死後の復活を唱える型の宗教以外は<生き延び>られませんね。また死体は抜け殻に過ぎず、死後は魂は抜けて別なところに向かうとの教義であれば、疫病発生時の死体処理にも合理的な対応が取れます。と言いますか、感染を避けたいとの念がその様な<合理>を教義に持ち込み、強めた可能性もありそうです。これは何もキリスト教のみならず、死体への穢れの念(病気がうつると言うより死後の変容−死体現象 Post-mortem changes−への恐怖?)の強かったとされる本邦の中世−身内のみが死者の弔いを行い、それ以外の者は関与しない、使用人、貧者の身内は捨て置かれる−にも見られた事でした(中世民衆の葬制と死穢: 特に死体遺棄について、勝田 至、史林 (1987) https://doi.org/10.14989/shirin_70_358)。アフリカのエボラ出血熱の流行に際しては、葬儀時に棺の中の死体に親戚等が抱き付く習慣を通じ、感染が拡大していくことが指摘されています。死体に対する<割り切り>の念、忌避の念が薄い様ですが、これも感染症についての正しい知識の普及を通じ、この先変化していくかもしれません。







 

ネズミの話34 腺ペスト 最初のパンデミック ユスティアヌスの疫病




2020年8月25日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第15回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 Black  Death について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第8回目です。

  再び https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague 並びに https://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease) 、その他の記述を参考に、人類史との関係について数回に分けて解説を加えて行きましょう。

 初回のパンデミックはユスティアヌスの疫病と称されるものですが、単に東ローマ帝国皇帝ユスティアヌス1世統治下の時代に起き、皇帝自身も感染したことのみならず、感染拡大がそれが抱える領土、通商交易と密接に関与するがゆえの命名ですので、史料を元に少しじっくり見ていきましょう。




ペストの人類史




最初のパンデミック

ユスティアヌスの疫病


 最初に記録されている流行はササン朝ペルシャ並びにその最大のライバルであった東ローマ帝国(ビザンティン帝国、395-1453)に影響を及ぼし、ユスティアヌス1世に因んでユスティアヌスの疫病と名付けられた。ユスティアヌス1世はこれに感染したが幅広い様々な治療のお蔭で生き延び得た。この疫病は結果として凡そ2500万人 (6世紀の大流行時)から5000万人 (2世紀間の再勃発で)の死者をもたらした。


 歴史家のプロコピオスは『戦史』の第二巻にて、この疫病への彼の個人的な遭遇体験、並びに勃興しつつある帝国に対するその影響について記している。542年の春に、疫病はコンスタンチノーブル (東ローマ帝国の首都、現在のイスタンブール)に到達し、地中海を巡り港町から港町へとその道を拓いて行った。やがて、内陸に侵入し小アジアを東へと進路を取り向かい、また西方はギリシヤとイタリアへと向かった。内陸に於いてはこの伝染病は、当時の贅沢品を得、消耗品を輸出するせんとのユスティアヌス1世の施策のもと、商品の輸送に拠り拡散したが、それ故に、彼の帝国の首都は腺ペスト拡散の第一の中心地となった。プロコピオスは彼の著作『秘史』の中で、ユスティアヌス1世は、自身が疫病を作り出しその罪業の深さで罰せられた悪魔の皇帝であると明言している。




*ペスト拡散の様子について詳細な記録が残されていることに驚きますが、高度な文明を築き上げていたローマ帝国関連のことですから宜なるかなと合点も出来ますね。疫病の視点から世界史を紐解くのも非常に面白ろそうです。

*プロコピオスは皇帝ユスティニアヌス1世の名将ベリサリオスに仕えた第一の学識者ですが、『秘史』の中では皇帝並びに将軍等のスキャンダルを裏話として暴露しています。関係者が死に絶えた後に世に出たものですが、これは和訳本が出ています。一方、『戦史』全6巻については和訳本は出ておらず、英訳の完全版が History of the Wars of Justinian  (English Edition)  Kindle版 として600円弱でアマゾンにて入手可能です。

*皇帝ユスティニアヌス1世は戦争を繰り返し、領土はほぼ地中海沿岸全域にまで拡大しましたが、ペストの流行以降は帝国の力が衰えを見せ始めました。この様に、疫病の流行後に支配体制が弱体化し、それを奇貨として周辺敵対勢力が侵入、支配することは多くの歴史家が指摘していることです。

*交易の拠点である東ローマ帝国の首都コンスタンチノープルをコアとして、帝国内の通商ルートである海路、陸路を通じてペストが拡散した訳ですね。

*拡散の経路は、次回お話する第2回目のpandemic と良く似ていて、おそらくは、中央アジアに存在していたペスト菌がアジアとヨーロッパの交易のカナメであるコンスタンチノーブルに持ち込まれ、そこから海路にて地中海沿岸に拡大、内陸を通りヨーロッパに浸透するとの図式です。アルプス山脈は越えられずそれの北方域(未開のゲルマン系が居住)には影響は少なかった訳です。

*この頃本邦は第29代欽明天皇の時代ですが、百済から仏教が伝来する一方、朝鮮半島の拠点である任那を失いました。物部氏と蘇我氏の二極体制が構築されますが蘇我氏が更に絶大な権力を手にし始めます。

*15世紀以前の自らの歴史記録も遺し得ていない国や民族が非常に多い中、日本はまだしも記録を遺していますが、暴露本を出すほどまでの成熟したリテラシーの域には遠く及びませんでした。

*最初のパンデミックの際に、数千万人が死亡しましたが、この 800年後にも、為す術無く、同じ事が繰り返されることになります(その間にも小流行は繰り返されました)。この間、ペスト菌自体は僅かな変異を生じただけで病原性なども同じままでした。







 

ネズミの話33 腺ペスト 古代のDNA と最近の疫学




2020年8月20日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第14回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 BlackDeath について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第7回目です。烈しい pandemic を惹き起こすペスト菌とはそもそもどの様なものなのか疑問をお持ちの方々も多いだろうと想像し、ペスト菌の細菌学的な側面について扱います。

 ペスト菌の細菌学的な記述に関しては今回が最終回となりますが、  https://en.wikipedia.org/wiki/Yersinia_pestis の内容が国内の wikipedia の記事よりも格段に充実していますので、引き続きその記述並びに引用文献の内容をメインに、和文への訳出+解説を加えて行きましょう。尚、院長の専門である肉眼解剖学、機能形態学とは大きく離れる分野ですので、専門用語の訳出上の誤りも少なくなかろうと思いますが、ご寛恕戴ければと思います。




古代のDNA証拠


 2018年に新石器時代 (少なくとも 6000年前に遡る)の間に病原菌の出現と拡大が起きたとの論文が出版された。スウェーデンの或る場所からそのDNAの証拠が得られたのだが、人の移動そのものよりも交易のネットワークがペスト拡散の道となったろうと著者らは考察している。2015年に出版された論文では、得られたDNAを解析し、ペスト菌はユーラシアの青銅器時代となる 5000年前にヒトに感染性を持って居たが、4000年前までは高度な病毒性をもたらす遺伝的変化は起きていなかったとの証拠を提出している。


 齧歯類、ヒト、他の哺乳類を通じてノミで伝搬され得る非常に病毒性の高いバージョンは、凡そ 3800年の Srubnaya文化に関連しているロシアの Smara 地域からの1人に、それと 2900年前の鉄時代のアルメニア Kapan からの1人に見付かっている。これは少なくとも2つのペスト菌感染経路の流れがユーラシアの青銅器時代に存在していたことを示している。


 ペスト菌は、比較的大きな数の非機能性遺伝子と3つの「不格好な」プラスミドを持って居るが、これは 20000年以内に起源したことが示唆されている。


 3つの主たる系統が認識されている:6世紀のパンデミックを起こしたY. p. antiqua 古代ペスト菌、第2の波で黒死病とそれに続く流行を起こしたY. p. medievalis 中世ペスト菌、それと現在のペスト流行の原因であるY. p. orientalis 東洋ペスト菌である。


 ペスト菌はノミの前胃にバイオフィルムを形成してブロックする。バイオフィルムの形成は血液の摂取により誘導される。バイオフィルムの存在はノミからの安定的な感染成立に必要とされる様に見える。バクテリオファージYpφがこの細菌の病毒性の増大に関与している可能性が示唆されている。




* 2011年に Nature に掲載されたBos らに拠る論文:A draft genome of Yersinia pestis from victims of the Black Death (黒死病の犠牲者から得たペスト菌のゲノム概要配列)に興味深い記述がありますので、生物学としての細菌学に興味をお持ちの方はお目通し下さい。

A draft genome of Yersinia pestis from victims of the Black Death

Kirsten I. Bos, et al.

Nature volume 478, pages506-510 (2011), Published: 12 October 2011

https://www.nature.com/articles/nature10549

(図説含めた全文のpdf が無料で入手出来ます)


 14世紀半ばの黒死病犠牲者の墓地からロンドン博物館考古学部門が発掘した死体の歯牙並びに骨からペスト菌を得、現在のペスト菌とのDNA配列を比較した仕事になります。

 その結果ですが、過去600年以上の間、ペスト菌の遺伝子配列は大きく変化していないことが明らかになりました。詰まりはペスト菌の病原性は当時のままに維持されているが現代の医学治療の進歩が感染爆発抑制にモノを言っていることを意味します。ペスト菌の系統が1つに限定され、共存する複数系統間で遺伝子交換が起きて強毒性や耐性を持つ新たな系統が発生することがないのがせめてもの救いとなっている訳です。進化即ち変異する速度が遅い訳ですが、仮に現行の抗生剤に耐性を持つペスト菌が一度発生したとなると、それが変異することなく(おそらく地球上の各地域に)長期間維持されることになり、人類の存続に関わる困った事態となりそうです。

 ペスト以外の感染症に関しても、幸いにして本邦が島国である利点を生かし、新興或いは再興感染症の情報を迅速にキャッチし、躊躇無く直ちに、港湾、空港の検疫強化、封鎖などを行う事が肝要ですね。今回のコロナ禍から教訓を得、今後十分に活用すべきです。



最近のトピックス


 2008年にペストはサハラ以南のアフリカとマダガスカルで普通に見付かり、それは報告される世界での全ペスト症例の95%に達する。


 2009年の9月には、シカゴ大の分子遺伝学の Malcolm Casadaban 教授の死が、ペスト菌の弱毒化実験系統を扱う彼の仕事に原因するものと考えられた。彼の血色素沈着症が、弱体化された系統からでもペストに容易に罹患する要因となったとの仮説が唱えられている。


 2010年には、ドイツの研究者らが黒死病の犠牲者から得られた試料でPCRを行い、中世の黒死病の原因がペスト菌であることを確定させた。


 2011年には、黒死病の犠牲者から単離されたペスト菌のゲノムの最初の報告が出版され、この中世の系統は最近のペスト菌の型の祖先であると結論された。


 2015年には、Cell が古代の墓に関する研究結果を発表した。ペスト菌のプラスミドが青銅器時代のヒト7個体の歯の考古学的試料から採取されたのである。これらはシベリアの Afanasievo 文化、エストニアの Corded Ware 文化、ロシアの Sintashta 文化、ポーランドの Unetice 文化、そしてシベリアの Andronovo 文化からの試料である。


 2016年の9月8日に、ロンドンの Crossrail building の建設現場で見付かった歯のDNA試料からペスト菌が見付かった。遺骸は1665から1666年に掛けて続いたロンドンのペスト大流行 the Great Plague of London の犠牲者だったと分かっている。2018年1月15日にオスロ大学と Ferrara 大学の研究者がヒト並びにその寄生虫がペストの第一の運搬者であったことを示唆した。


 2019年11月13日に北京 Chaoyang 地区の病院で2つの症例が肺ペストと診断されたが、大流行が起こるのではないかと人々は恐怖心を抱いた。医者は発熱している中年男性をペストと診断したが、当人は10日余り呼吸困難であったことを医師に訴え、それに続き彼の妻も同様の症状を発症した。警察は、病院に緊急隔離室を設け、中国の報道関係を統制下に置いた。11月18日に、中国北部の12あるモンゴル自治区の1つ Xilingol League の55歳の男性が第3番目の症例と報告された。その患者は治療を受け、28人の無症候者が検疫下に置かれた。


 中国内モンゴル自治区の都市、Bayannur で腺ペストが確認された後、当局は予防策を増やした。患者は検疫室にて治療される運びである。中国環球報に拠ると、更に第2の疑わしい症例も調査中であり、レベル3の警報−ペストを運び得る動物の狩猟と肉の摂取を禁じ、疑わしい症例が出た場合に人々に報告するよう呼びかけるもの−が2019年末まで発効する。


(訳出&解説終わり)




  ペスト菌の生物学的、細菌学的側面の解説でしたが、途中専門的過ぎる箇所もあったと思います。院長の専門分野とはかけ離れた分野ですが、随分と細かなことも分かって来ているなぁとの感想です。遺伝子がどのようなタンパク質並びに生化学的構造を作り、機能を発現するのかの探求が進んで来て居ますが、これは動物の生体内に於ける遺伝子の機能の検索−例えば以前扱ったデュシェンヌ型筋ジストロフィーの病態の探索と治療−と何ら変わるところなく、視点を微生物に移しただけとなります。

 病原菌に感染される側との免疫応答との関係がより明確にされれば、感染症の治療、予防或いは outbreak  (= 集団感染勃発) の制圧に繋がりますが、コロナ禍の現状を見るに今回のコロナウイルスに関する既知の知見の集積は僅かに留まり、まだまだ大きな課題を抱えているように見えます。専門家と称される者達の言う事が一人一人違っている有様ですね。

 次回からはペストと人類史との関係について解説を深めて行きましょう。







 

ネズミの話32 腺ペスト ペスト菌の単離とワクチン




2020年8月15日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第13回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 BlackDeath について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第6回目です。烈しい pandemic を惹き起こすペスト菌とはそもそもどの様なものなのか疑問をお持ちの方々も多いだろうと想像し、ペスト菌の細菌学的な側面について扱います。

 ペスト菌の細菌学的な記述に関しては  https://en.wikipedia.org/wiki/Yersinia_pestis の内容が国内のwikipedia の記事よりも格段に充実していますので、その記述をメインに、和文への訳出+解説を加えて行きましょう。尚、院長の専門である肉眼解剖学、機能形態学とは大きく離れる分野ですので、専門用語の訳出上の誤りも少なくなかろうと思いますが、ご寛恕戴ければと思います。



ペスト菌とは


ペストのワクチン


 ホルマリンで不活化した成人向けワクチンは過去には米国で入手可能だったが、ペストの症状を発症する高い危険性を抱えており、FDA(食品医薬品局)に拠り市場から排除された。またこのワクチンの効果は限定的で、重篤な炎症を惹き起こした。


 F1並びにV抗原に基づくワクチンを遺伝子工学を用いて作製する試験が進行中で、見込みが有りそうである。しかしながら、F1抗原はペスト菌の菌体を欠くにも拘わらず病毒性を持ち、またV抗原は変異性が大きく、これらの抗原から作製されるワクチンは防御性が十分ではないかもしれない。米軍感染症医学研究所は、F1/V 抗原に基づく試験的なワクチンがカニクイザルを感染から守るが、他方、アフリカのサバンナモンキー種を守り得ないことを見いだした。コクラン共同計画 Cochrane Collaboration に拠る系統的なレビューは、ワクチンの効能に関して十分な質を担保する研究が全く存在しないことを明らかにしている。




*ワクチンには、病原体を適宜処理し感染性は持たないが抗原性を持つものを利用する場合(不活化ワクチン)と、病原体は生きており増殖性は持つが、病原性の極く弱い株を接種する方法(生ワクチン)の2つに大別出来ます。一長一短が有り、種類は違っていても最終的に当該の病原体に対するホスト側の免疫力を増大させ、抗体(病原体に結び付いて破壊する物質)を産生させる仕組みとなります。近年ではDNAワクチン(下記参照)の研究が進んでおり、これは従来のホストの自然免疫系を賦活化する機序に加え、DNAワクチンがホスト側の細胞内基質の未知の物質と相互作用し、炎症性サイトカインやインターフェロンなど(アジュバントと呼ぶ、免疫を強化するお助け物質)を産生するルートの存在も知られるに至っています。いずれにしても、出来上がったワクチンを人体に安全に応用できるかどうかは、最終的に人体を用いて実験するしか有りません。なかなか理論通りには上手く行かないのがワクチン開発の姿です。今回のコロナウイルスに対する安全なワクチンが早く完成すると良いですね。

*近年、何も病原体丸ごとからワクチンを作るのでは無く、抗原となる本質的な部分を取り出し、それを用いて効率的に抗体を産生させよう、との流れが出来ています。その1つが上でも触れましたDNAワクチン(プラスミドDNAと呼ばれる細菌由来の環状DNAに、病原菌側の抗原を発現する遺伝子を組み込んだもので、従来のワクチンに比べて、製法が簡便でコストも抑えられるため、各種感染症やがん、アレルギー疾患などに対する新たなワクチンとして広く研究され、その臨床応用が世界レベルで進んでいる)ですが、その生体内での免疫獲得に至る作用機序にはまだ不明なところがあります。7年前の論文となりますが、下記の総論にその当時までの知見が纏められていますので参考にして下さい。


Human Vaccines & Immunotherapeutics Volume 9, 2013 - Issue 10

Review:  DNA vaccines A simple DNA sensing matter?

Cevayir Coban, Kouji Kobiyama, Nao Jounai, Miyuki Tozuka & Ken J Ishii

https://www.tandfonline.com/doi/full/10.4161/hv.25893

(無料で全文の pdf が入手可能です)


*2008年の記事となりますが日本語の下記記事にてDNAワクチンの概略が掴めると思います。

大阪大学免疫学フロンティア研究センター

遺伝子(DNA)ワクチンの作用機序を解明

(審良拠点長・石井准教授らが Nature に掲載)

2008.02.07更新

遺伝子(DNA)ワクチンの作用機序を解明(DNAワクチンの本格開発にはずみ)

http://www.ifrec.osaka-u.ac.jp/jpn/research/20080207-0524.htm




単離と同定


 1894年に2人の細菌学者であるスイスの Alexandre Yersin  (1863-1943) と日本の北里柴三郎  (1853-1931)  が独立に香港で第3のパンデミックの原因菌を単離した。2人の研究者は共に自分たちの発見を報告したが、北里が混乱し矛盾する発言を続けたため結果としてこの菌の最初の発見者は Yersin であると認定されるに至った。Yersin は働いていたパスツール研究所の名誉に於いてそれをPasteurella pestis と命名した。1967 に、ペスト菌は新たな属に分類し直され、彼の名誉を讃えYersinia pestisと再命名された。Yersin はまた、ペスト菌の流行中のみならずヒトに感染が流行する前にもラットがペスト菌に感染していること、多くの地域でペストがラットの病気として見做されていることを注記している。中国と印度の村人達が、多数のラット死体が見付かった時に、まもなく大流行の発生が続くと主張していたのである。




*北里は Yersin の数日前にペスト菌を発見していましたが、実はこれはペストを起こすのとは異なる病原菌だった可能性が指摘されています。Yersin はヒトと同様齧歯類にも同じ菌を発見し、斯くしてネズミ−ヒト間の感染の可能性を裏打ちした最初の人物となりました。Yersin はフランスとスイスの二重国籍を持ち、両親がスイス系フランス人ですので、Yersin はイェルシンではなく、イェルサンと発音するのが正しい筈です。尤も、フランス語の姓でY( igrek イグレックと発音、ギリシヤ語由来の、の意味)で始まるものは非常に少なく、Yersin の祖先は非フランス系かもしれませんね。

*院長が学会で良くお会いする大先輩から、東京帝国大学医科大学内科学の青山胤通が香港に乗り込み、北里に対抗してペスト菌を単離しようとしたが失敗したと聞きました。北里が作った北里研究所を東大に吸収せんと動き(これは目黒にある現在の東大医科学研究所)、北里柴三郎とは激しく対立しました。世界の人々は北里の名は知っていますが青山の名は誰も知りません。また軍隊で問題となっていた脚気の原因が感染症であるとの森林太郎(森鴎外)の主張に与し、多くの兵隊を死に導いた黒い歴史も抱えています。当時の本邦の医学界 ヒエラルキーの頂点に君臨してはいても、domestic に留まる人物であったと言う事ですね。因みに、脚気の原因がビタミンの欠乏である事を明確にしたのは、東京帝国大学農科大学の鈴木梅太郎ですが、院長は指導教官から彼の著作『ビタミン』の古色然とした本を、お前、古い物を大切にする奴だから呉れてやる、と頂戴し現在も抱えています。




 1898 年に、フランスの科学者ポール-ルイ・シモン Paul-Louis Simond (第3のパンデミックと戦うために彼もまた中国に来ていた)がこの病気を運ぶ媒介者ネズミノミを発見した。病に掛かる為には病気になった者は互いに接近している必要が無いと彼は記している。中国の雲南では住民はラットの死体を見るやいなや家から逃げ出したものだし、Formosa 島(台湾)では死んだラットを手にすることはペストを拡大する危険性を高めると住民は考えて居た。これらの観察は ペストを伝達するに当たり、ノミがひょっとして仲介的要因かも知れないとの疑いに彼を導いた。と言うのは、24時間以内に死んだラットに接触した者に限りペストに感染したからである。今や古典的となった実験に於いて、シモンは、ペストで死んばかりのラットから、感染したノミが健康なラット飛び乗り、その後にペストを発症して死亡することを示した。

 

 米国での流行は1900年から1904年に掛けてサンフランシスコのチャイナタウンで広がり、次いで1907年から1909年に掛けてオークランドとイーストベイに拡大した。それ以降ペストは北アメリカ西部の齧歯類に存在し続けている。これは、通商を通じて流行が次々と起こるとの風評を危惧し、当局がチャイナタウンの住民の死を隠したからだが、そうしている間にペスト菌が周辺の辺鄙な地域に棲息する野生齧歯類に広範囲に伝搬してしまったからである。


------------------------------------

*2020年6月7日附け AFP BB NEWS の記事に拠ると、

『伝染病とマスクの歴史、20世紀満州でのペスト流行で注目』

https://www.afpbb.com/articles/-/3284745

以下引用

■ペストのヒトからヒト感染を訴え、無視された中国人医師

 (中国人の若き医師)ウーは同僚たちに対し、この病気が腺ペストのようにネズミについたノミを介してうつるだけではなく、ヒトからヒトにも感染することを信じてもらおうと必死に説いた。

 英セント・アンドリュース大学(University of St Andrews)の医療人類学者クリストス・リンテリス(Christos Lynteris)氏によると、「ウーは、ノミを媒介しなくても、肺ペストで肺が冒される患者が、空気感染でペストを直接他の人にうつす可能性を示した」「これは非常に革新的で、当時としては、とんでもない考えだった」と言う。


とあります。これは1910年の事ですが、既にノミがペストを媒介するのはシモンの業績に拠り明確となっていましたが、ウーは(広義の)空気感染経由でも感染が成立する事を見抜いていた訳ですね。







 

ネズミの話31 腺ペスト ペスト菌の病原性と免疫動態




2020年8月10日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第14回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 BlackDeath について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第5回目です。前回に続き、ペスト菌の細菌学的な側面について扱いましょう。

 ペスト菌の細菌学的な記述に関してはhttps://en.wikipedia.org/wiki/Yersinia_pestis の内容がまだしも充実していますのでその記述をメインに、数回に分けて和文への訳出+解説を加えて行きましょう。内容的にはこれまでのコラムの内容と重複する箇所があります。尚、院長の専門である肉眼解剖学、機能形態学とは大きく離れる分野ですので、専門用語の訳出上の誤りも少なくなかろうと思いますが、ご寛恕戴ければと思います。




ペスト菌とは


病原性と免疫


 ペスト菌に感染した東洋ネズミノミ (Xenopsylla cheopis) は腸管中に黒い塊を抱えるのが見て取れる。このノミの前腸(前胃)はペスト菌のバイオフィルムで遮断されており、ノミが非感染宿主から吸血しようとする際に、刺し傷に中身を戻し感染を惹き起こす。


 都市並びに森林でのペスト菌の感染棲息環に於いては、感染拡大の大半は齧歯類とノミとの間で起こる。森林感染環では齧歯類は野生種だが、都市感染環では齧歯類はドブネズミ (Rattus norvegicus) である。加えるに、ペスト菌は都市環境から森林感染環に拡大しまた都市へと戻り得る。ヒトへの伝染は通常は感染ノミに刺されることを通じてである。病勢が肺ペスト型にまで進行してしまった場合、ヒトは咳、吐瀉物を通じ、また可能性としてクシャミに拠り、他の者へと細菌を拡大し得る。




保菌者に於ける動態


 幾つかの齧歯類が自然環境下でペスト菌の主たる保菌者となる。ステップ(= 草原)では自然保菌者は第一にマーモットであると信じられている。米国西部では、数種の齧歯類がペスト菌を維持していると考えられている。しかしながら、いずれの齧歯類にても、期待されていたような疾患動態(=どの様に感染、発症が起こるのか)が見出されていないままである。数種の齧歯類は抵抗性を持つものの、その抵抗性は変動し易いことが知られているが、これはこれらの動物が無症候性保菌者の位置に立ち得ることを示すものだろう。齧歯類以外にも他の哺乳類由来のノミがヒトのペスト大流行に役目を果たすことを示す証拠がある。


 哺乳動物に於けるペスト動態の知識の欠如は、オグロプレーリードック (Cynomys  ludovicianus) と言った感受性を持つ齧歯類についても当てはまる。その様な動物ではペストはコロニーを絶滅させプレーリードッグがその構成者となる食物連鎖に重大な影響をもたらす。しかしながら、プレーリードック間に於ける感染動態は、腸管がバイオフィルムで遮断された感染性ノミの挙動動態に一致しない。その代わり、死体、非腸管遮断ノミ、或いは別の媒介者がプレーリードッグでの感染成立に重要なのかもしれない。


 世界の他の地域では、感染の保菌者がどの動物であるのかは明確には突き止められていないが、これはペストの予防並びに初期警告プログラム作成を困難なものとする。その様な1例はアルジェリアでの2003年の感染爆発時に見られた。




媒介者


 ノミに拠るペスト菌の伝搬についてはその特徴が良く理解されている。ノミの最初のペスト菌獲得は感染動物への吸血時に起こる。次いで、ペスト菌の数種のタンパク質がノミの消化管内での菌体維持に貢献する、それらの内では、ヘミン貯留システムと  Yersinia  murine toxin (Ymt イェルシニアネズミ毒) が重要である。Ymt は齧歯類に非常に有毒であり、嘗ては新たな宿主をその毒性で倒し、感染成立を確実にする為に産生されると考えられていたが、実はこれはペスト菌がノミの体内で生き残るのに重要である。


 ヘミン貯留システムは感染ノミがペスト菌を哺乳類宿主に戻すのに重要な役目を果たす。媒介昆虫内でヘミン貯留システムの遺伝子サイトによりエンコードされたタンパク質が、前胃詰まりは中腸と食道を連結する弁にてバイオフィルム形成を誘導する。バイオフィルムが集結し凝血と細菌の塊(この現象を最初に記載した昆虫学者 A.W. Bacot の名から Bacot's block バコットのブロックと呼ばれる)を作り、これがノミの血液採餌を妨害する。即ち新たに吸引された血液はノミの食道に送り込まれるが、そこで前胃に留まる細菌が鮮血中に解き放たれ、宿主循環系への吐き戻しが為されるのである。斯くしてペスト菌の伝搬はノミが吸血しようとする無駄な試みの間に起こるのである。


*前胃部と言う場所に於いて何故バイオフィルムが形成され凝結と細菌の塊が形成されるのかは不明ですが、ノミの消化液の酵素活性が関与しているのかも知れませんね。

*蚊などの吸血昆虫に拠り感染症が広がりますが、これは細菌やウイルスがホスト体内に吐き戻されることを意味します。矢張り消化管中にバイオフィルムの様なものが産生されているのかもしれません。或いは、吐き戻しでは無く、恰も狂犬病のウイルスの様に、吸血昆虫の唾液中にウイルスが分泌されているのかもしれませんね。




ヒト並びに他の感受性を持つ宿主に於いての動態


 哺乳類宿主がペスト菌に感染した時の病原性は、幾つかの要因に拠るが、これには例えば大食作用や抗体産生と言った正常な免疫応答を抑制し排除するペスト菌の能力も挙げられる。ノミの刺咬は細菌が皮膚バリアを通過するのを許容する。生体内に侵入したペスト菌はプラスミンアクチベイターを放出するが、これは肺ペストの重要な病毒性要因であり、また組織への侵入を容易にすべくひょっとして凝血能を低下させるのかもしれない。ペスト菌の有毒性要因の多くは抗貪食性を本質的に持つ。F1 (fraction 1) 並びにV 或いは LcrV と命名される2つの重要な抗貪食性抗原は共にペスト菌の病毒性発現に重要である。これらの抗原はヒトの正常体温下でペスト菌が産生する。更に、ペスト菌はそれが例えば単球と言った白血球−好中球に対しては駄目だが−細胞中に生き残り、そこで F1 並びにV 抗原を産生する。自然免疫或いは誘導性免疫は F1及び V 抗原に対する特異的なオプソニン性抗体を産生するが、これは好中球の大食作用を誘導する。


 更に、V型分泌系 (T3SS) を通じ、ペスト菌はマクロファージ並びに他の免疫細胞中にタンパク質を注入する。T3SS で注入されるこれらタンパク質は Yersinia 外部タンパク質 (Yops) と呼称されるが、宿主細胞膜に芽胞を形成し、また細胞溶解に関与すると考えられて来たがこれには Yop B/D などがある。YopO, YopH, YopM, YopT, YopJ, 及び YopE は一部 YopB 及び YopD により作られた芽胞中の T3SS を通じて宿主細胞の細胞質に注入される。注入されたYop 達は宿主側の大食作用に、並びに以下に触れる様に、宿主側の、生来の免疫システムに重要な意味を持つ細胞信号路に制限を掛ける。更に、ペスト菌の系統群は免疫信号に (例えばサイトカインの幾つかの放出を妨げることに拠って)干渉妨害する能力を持つ。


 ペスト菌はリンパ節内で増殖するが、そこではマクロファージと言った免疫系細胞に拠る菌体破壊から逃れる能力を持つ。食作用を阻害するペスト菌の能力により、菌ががリンパ節で増殖し、リンパ節腫脹を起こすのが可能になる訳だ。YopH はチロシンホスファターゼタンパク質だが、ペスト菌が免疫系細胞を回避するのを助ける。マクロファージに於いては、YopH は、p130Cas, Fyb  (Fyn 結合タンパク)  SKAP-HOM 及び FAK に相同のチロシンキナーゼである Pyk を脱リン酸化することが示されてきている。YopH はまた、ホスホイノシチド3キナーゼの p85 サブユニット、Gab1、Gab2アダプタータンパク質、及び Vav グアニンヌクレオチド交換因子を結合もする。


 RAC1 と言った GTPアーゼの Rho ファミリーのメンバーを助けるべく、YopE は GTPase賦活化タンパク質として機能する。YopT はシステインタンパク分解酵素であり RhoA −これはタンパク質を細胞膜に局在させるのに重要−のイソプレニル群を除去することに拠り RhoA の機能を阻害する。YopE と YopT は YopB/D 誘導性の細胞融解を制限する機能を持つのではないかと唱えられて来ている。つまり、これはひょっとすると、宿主細胞への Yop 挿入の為に利用される芽胞を作る YopB/D の機能を制限し、YopB/D 誘導性の宿主細胞の破裂を妨げ、また免疫応答を引きだし刺激する細胞含有物を解き放つのかもしれない。


 YopJ はアセチル基転移酵素の1つであり、MAPK キナーゼの、保護されたαヘリックスに結合する。YopJ は、正常状態では MAP キナーゼカスケードの賦活化の間に、リン酸化を受ける MAPK キナーゼを、セリン並びにトレオニンにてアセチル化する。YopJ は標的細胞のフィチン酸 (IP6) との相互作用に拠り、真核生物細胞に於いて賦活化される。宿主細胞タンパクキナーゼの活性のこの崩壊は、マクロファージのアポトーシスを起こし、また感染成立並びに宿主側免疫応答の回避に重要であると唱えられている。YopO は Yersinia タンパクキナーゼA (YpkA) としても知られているタンパクキナーゼである。YopO はヒトマクロファージのアポトーシスを誘導する力を持つ。


 どの型のペストにどの個人が感染するのかにより、ペストは異なる疾患に展開する。しかしながら、ペストは宿主細胞が免疫システムとコミュニケイトする能力に丸ごと影響を及ぼし、身体が食作用を持つ細胞を感染領域に運ぶのを邪魔するのである。


 ペスト菌は多才な殺人者である。齧歯類とヒトに加え、ペスト菌がラクダ、ニワトリ。ブタを殺すことが知られている。家畜のイヌとネコもまたペスト菌に感受性を持つが、感染時にはネコの方がより病勢を強める様に見える。いずれに於いても、症状はヒトが経験するものに非常に類似し致命的となり得る。人々は、感染動物 (死んで居ようが生きていようが)に接触したり、或いは病気のイヌネコが空気中に咳で出した感染飛沫を吸い込むことに拠り、菌に晒され得る。




 ペスト菌の生化学的な感染・増殖戦略の解説でしたが、どうやってこの菌がリンパ節内で増殖し、免疫細胞の一部を破壊し、また免疫応答に障碍をもたらすのか機序が詳細に解説されています。近年の細菌学では、この様な<微視的>視点での細菌の生理、生化学動態の理解が相当に進んで来ていることを感じ取って戴ければ、一般の方々にはそれで取り敢えずは十分ではないかと院長は思います。







 

ネズミの話30 腺ペスト ペスト菌のゲノム




2020年8月5日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第13回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 BlackDeath について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を知り、そしてそれを元にして如何にコロナ禍に対応すべきかを考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第4回目です。

 烈しいpandemic を惹き起こすペスト菌とはそもそもどの様なものなのか疑問をお持ちの方々も多いだろうと想像し、今回から数回に亘り、ペスト菌の細菌学的な側面について扱いましょう。その後、ペストに纏わる最後のコラムとして人類史との関係について触れる予定です。

 ペスト菌の細菌学的な記述に関してはhttps://en.wikipedia.org/wiki/Yersinia_pestis の内容が、未整理なところがあるものの、まだしも充実していますのでその記述をメインに、和文への訳出+解説を加えて行きましょう。これまでの内容と重複する内容がありますが、復習と思って読み進めて下さい。尚、院長の専門である肉眼解剖学、機能形態学とは大きく離れる分野ですので、専門用語の訳出上の誤りも少なくなかろうと思いますが、ご寛恕戴ければと思います。

 今回、微生物学、遺伝学の専門家以外には理解が困難な用語も頻出しますが、ペスト菌に関しその様な取り組みも為されているのかとざっと斜め読みして戴ければ十分かと思います。




ペスト菌とは


要約


 Yersinia pestis (以前の学名はPasteurella pestis) は、グラム陰性、不遊性(=非運動性)、桿状の球桿菌であり芽胞を生じない。通性嫌気性生物(エネルギー獲得のため、酸素が存在する場合には好気的呼吸によってATPを生成するが、酸素がない場合においても発酵によりエネルギーを得られるように代謝を切り替えることのできる生物、実は我々ヒトの細胞も酸素が有ればクエン酸回路経由にて酸素呼吸するが、酸素が無い場合には解糖系回路により呼吸する事も可能な場合が有る)であり、東洋ネズミノミ (Xenopsylla cheopis) を介してヒトに感染する。感染症ペストを発症させるが、これには肺ペスト、敗血症ペスト、並びに腺ペストの3型を取る。


 3つの型全て人類史を通じての致死率の高い疫病−6世紀の<Justinian ユスティニアヌスの疫病>(東ローマ第2代皇帝ユスティニアヌス1世、JustinianusT、在位527 〜 565 の名に由来)、1347〜1353年に発生しヨーロッパ人口の少なくとも1/3に死をもたらした<黒死病>、そして19世紀晩期に中国に始まり蒸気船に乗ったネズミで拡大し1000万人近くの命を奪った<近代の疫病 Modern Plague >と呼ばれるもの−の原因である。


 これらのペストは中央アジアや中国に起源を持ち貿易ルートを通じて西にもたらされた可能性があるが、2018年の研究では古代のスウェーデンの墓からペストの病原菌が発見され、これは紀元前3000年付近の新石器時代に於ける、ヨーロッパ人口の大きな減少として記述されるものの原因であった可能性がある。これは、ペスト菌がアジアでは無く ククテニ文化時代のヨーロッパに起源する可能性を示唆するものである。


 ペスト菌は香港でのペスト流行中の1894年にパスツール研究所のフランス系スイス人で内科医兼細菌学者であるAlexandre Yersin により発見された。Yersin はパスツール学派のメンバーだった。北里柴三郎はコッホの方法論を学びドイツで修行を積んだ日本人細菌学者であるが、彼もまた当時ペストの原因菌を探ることに従事していた。しかしながら、実際にペストをペスト菌に関連付けたのは Yelsin である。本菌は以前にはPasteurella pestis と命名されていたが、1944年にYersinia pestis  と改称された。


 毎年、依然として幾千例のペスト症例がWHOに報告されている。尤も、今や適切な治療が為されており、犠牲者の予後はずっと改善されてはいるが。ベトナム戦争時にアジアの症例が5〜6倍に増大したが、これは生態系が崩壊しヒトと動物との距離がより接近したことに拠るからかもしれない。現在ペストはサハラ以南のアフリカとマダガスカルで稀では無く、これらの地域で報告例の 95%以上を占める。ペストはまた、ヒト以外の哺乳類にも害を及ぼす。米国では、オグロプレーリードッグや絶滅危惧種のクロアシイタチと言った哺乳動物がペストの脅威に晒されている。




一般的な特徴


 Y. pestis は両極性の2極小体を伴う非運動性の、桿状、通性嫌気性細菌で安全ピン様の外見を示し、抗食作用性の粘稠な膜を産生する。他のYersinia 種に非常に類似して、ウレアーゼ、乳糖発酵性、インドールに対して陰性である。最も近い親類は胃腸の病原菌Yersinia pseudotuberculosis (仮性結核の原因菌)であり、これよりやや離れてYersinia  enterocolitica (エルシニア・エンテロコリティカ感染症の原因菌)がある。これらが惹き起こす感染症をエルシニア感染症と総称するが人畜共通感染症である。




ゲノム


 ペスト菌の3亜種の内の2つに対しては完全なゲノム配列が得られていた。これらはKIM 系統(Y. p. medievalis 中世ペスト菌の生物型)とCO92 系統(Y. p. orientalis 東洋ペスト菌の生物型だが米国で臨床的に単離された)の2つである。2006年時点で、生物型 Antiqua の系統のゲノム配列が完全に得られた。これらは他の病原性の系統に非常に類似しているが、機能消失の変異徴候が見られる。KIM 系統のクロモゾームは長さ4600755塩基対で、一方、CO92 系統は4,653,728塩基対である。


 Y. pseudotuberculosis 並びにY. enterocolitica  と同様、ペスト菌はプラスミド pCD1のホスト(桿状のDNAであるプラスミドを抱える宿主との意)である。ペスト菌はまた、他の2つのプラスミドである pPCP1 (pPla o または pPstとも呼称される) と pMT1 (pFra とも呼称される)の宿主であるが、これらは他の Yersinia 種では保有されない。pFra はホスホリパーゼD をコードするが、これはノミがペスト菌を運ぶのを可能とするのに重要である。pPla はタンパク分解酵素 Pla をコードするが、これはヒトホストに於いてプラスミンを活性化し肺ペストの病毒性の発現要因として非常に重要である。これらのプラスミド並びに HPI と呼称される病原性アイランドは、共にペスト菌を悪名高くする病毒性要因であるが、ホスト細胞に細菌が固着し、種々のタンパク質を注入し、細菌が (a type-III secretion system  IIII型分泌装置経由で)宿主細胞に侵入し、赤血球からの鉄を獲得し連結する (これはシデロホア 鉄運搬体に拠る) のに必要とされる。


 ペスト菌はY. pseudotuberculosis に由来する子孫と考えられ、それとは特異的な病毒性プラスミドを保有している点のみが異なっている。 


 ペスト菌のKIM系統の包括的な比較プロテオーム解析が2006年に行われた。この解析は ペスト菌が侵入した宿主細胞に於いて如何に増殖状態へと移行し、宿主細胞の増殖を模倣するのかの機序に焦点を当てたものである。数多くの細菌性の非コードRNA が調整機能を持つことが見いだされた。中には病毒性遺伝子を調整し得るものもあった。63個の新規と推定される sRNAが、ペスト菌 sRNA-ome の高重複度塩基配列解析を通じて見いだされた。


 それらの中に、Yersinia-特異的な (Y. pseudotuberculosis とY. enterocolitica  にも存在する) Ysr141 (Yersinia  small RNA 141)が見付かった。Ysr141 sRNA は III型分泌装置 (T3SS) エフェクタータンパク質 YopJ を調整することが示されている。Yop-Ysc T3SS は Yersinia が病毒性を持つのに決定的な構成要素である。インビトロで培養されるペスト菌並びに感染したマウス肺からは多くの新規な sRNA が見出されたが、これらは細菌の生理機構或いは病原性に役割を果たすものと示唆されている。これらの中では、sR035 が熱感受性レギュレーター vmoA のSD領域並びに初期転写サイトとペアを組むものと予測され、sR084 は柔毛即ち金属イオン取込レギュレーターとペアを組むと予測される。



*院長は上ゲノムの項を和訳したものの、各専門用語が実際にどの様な正しい意味を含むのかその詳細の脳内図式化が為し得ません・・・。因みに英文構成自体は文学的修辞などもなく単純明快です。病原性の発露に関しては、遺伝性疾患の発現作用機序を探る遺伝子を元にした生化学レベルの詳細な解析方法に非常に似ているとの印象を持っています。







 

ネズミの話29 腺ペスト 原因・診断・治療




2020年8月1日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第12回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 BlackDeath について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第3回目です。

 まずは https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague 並びに https://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease) 、https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/514-plague.html その他の記述をメインに、数回に分けて解説を加えて行きましょう。




原因


 グラム陰性(細胞膜の構造の違いに拠りグラム染色に染まらない)の通性嫌気性桿菌(エネルギー獲得のため、酸素が存在する場合には好気的呼吸によってATPを生成するが、酸素がない場合においても発酵によりエネルギーを得られるように代謝を切り替えることのできる生物)であり腸内細菌科に属するYersinia pestis 菌が原因菌である。吸血しこれに感染したケオプスネズミノミ (英名 Oriental rat flea、東洋ネズミノミ、中国語表記 印度鼠蚤、学名Xenopsylla cheopis)の消化管内には菌を含む黒い塊を持つのが見て取れる。このノミの消化管の胃の前方部分はペスト菌が作るバイオフィルムで通行を遮断されており、ノミが未感染の宿主に吸血しようとする時、そこからペスト菌が吐き戻され、感染を惹き起こす。


 腺ペストはリンパ系の感染をもたらし、通常は感染したノミであるXenopsylla cheopis(ケオプスネズミノミ or 東洋ネズミノミ)に刺された結果である。ごく稀なケースとして、敗血症ペストの場合の様に、感染組織に直接接触したり他人の咳に暴露されることで腺ペストの感染が成立し得る。このノミは家ネズミ及び野生ネズミを宿主とする外部寄生虫であり、通常、自然界ではペスト菌はネズミ−ネズミノミの生活環を回っているが、宿主の齧歯類が死亡すると感染ノミはその個体を離れ他の餌食を探し求める。この落ちたノミがヒトに取り付いて吸血する際に感染が成立する。菌はノミには無害のままであり、斯くしてノミは生存し続け、新たな宿主が菌を周囲に拡散するのを手助けすることになる。上述の様に菌は感染ノミの消化管内で集合体を作り、下部消化管には流れなくなる。この結果、ノミが新たな齧歯類やヒトを刺す際に、感染源となる摂取した血液を傷口に吐き戻すのである。感染が成立すると、菌は速やかにリンパ節に移行し増殖を始める。


 ペスト菌は(白血球からの)貪食に抗し得、更には大食細胞内で増殖しこれを殺すことも可能である。詰まりは免疫担当細胞を攻撃し短時間の内に著しく増殖し得る。病勢が進行するにつれ、リンパ節は出血し腫大し壊死し得る。腺ペストは致命的な敗血症ペストに進行することもある。腺ペストは肺にも拡大し肺ペストとして知られる疾患になることも知られている。


*爆発的な流行を来すには、1つには生体側の免疫系に対して積極的に攻撃を加え、免疫能を抑制して宿主側を<巣喰う>機序を持つ戦略が考えられますが、ペスト菌はこの性質を持つ細菌と言う訳ですね。この点は後天性免疫不全を起こすAIDS ウイルスやその他の白血病ウイルスにも類似します。獣医臨床面で重要なネコ白血病に関しては後日ヒトの伝染性の白血病と併せ解説する予定です。





診断


 ペストと診断し確定する為には検査室でのテストが要求される。患者試料から培養したペスト菌の同定を通じての確定診断が一番望ましい。テストの為に採取される試料は、腺ペストに特徴的である腫れたリンパ節からの注射針で得られた液体試料、血液、また肺、気道分泌物からの試料などである。

 感染の確定診断は感染初期から後期を通じての血清値の変動を調べることでも可能である(診断用抗原に対する回復期の抗体価が,感染初期の抗体価に対し4倍以上上昇していること)。ペスト菌固有の遺伝子配列をPCR法で検知すること、菌体の光顕像、化学的性状などからも総合的に診断される。現場にて手早くスクリーニングして患者を見つけるべく、ペスト菌抗体を検知する為の急速試験紙法が開発されている。




予防


 化学的予防(暴露後に抗菌薬ドキシサイクリン、シプロフロキサシンの内服)、環境面での衛生確保(家ネズミの侵入防止等)、また媒介生物(内外のネズミとノミ)の制御が2003年のオランでの腺ペスト流行の制御に役立った。誰でも思いつくことだが、感染報告地での殺蚤剤等の噴霧、忌避薬の人体への噴霧も有益である。当然ながら感染動物への接触を避けることが大切で、ペスト汚染地区には立ち入らないのが予防となる。有効性のあるワクチンはまだ作出されていない。ヒト−ヒト間の感染拡大の主たる伝搬様式である肺ペストの患者からの飛沫感染を防御すべくマスクを着用するのは意義がある。17世紀のペスト医師(公金で雇われたペスト治療専門医師)は経験的に感染防御策としてゴーグルやマスク、手袋、帽子、ロングコートを羽織っているが、これは現在の防護服、防御具着用に通じるものである。



*以下面白い記事がありますので以下一部引用:

伝染病とマスクの歴史、20世紀満州でのペスト流行で注目

AFP BB NEWS2020年6月7日

https://www.afpbb.com/articles/-/3284745?page=3

■くちばしの形をした中世のマスク

 一方で人々は、病原菌という概念が生まれるずっと前から何百年も病気を遠ざけるために顔を覆ってきた。

 中世の腺ペスト流行時、欧州の医師の何人かは腐った物質や悪臭によって空気が汚染されているのだと考え、「ミアズマ(瘴気、しょうき)」から身を守るためにくちばしのような形をしたマスクを着用した。

 エール大学の歴史家フランク・スノーデン(Frank Snowden)氏は、著書「Epidemics and Society: From the BlackDeath to the Present(伝染病と社会:黒死病から現在まで)」の中でこう述べている。「大きなつばの付いた帽子は頭を守るため、鼻から突き出したくちばしのようなマスクは致死的なミアズマの臭いから身を守る薬草を入れるために利用される場合もあった」




治療


 腺ペストの治療には幾つかのクラスの抗生剤が有効である。これには、ストレプトマイシン、ゲンタマイシン、テトラサイクリン(特にドキシサイクリン)と言ったアミノグリコシド系抗生物質、またフルオロキノロン薬のシプロフロキサシンなどがある。抗菌剤投与の治療を施した場合、腺ペストの致死率は約1〜15%であり、対するに未治療では40〜60%となる。

 ペストに感染した可能性のある者はただちの治療が必要であり、死を避ける為には最初の症状が出てから24時間以内に抗生剤を投与せねばならない。標準的な投薬期間は10-14日間,もしくは解熱後2日間までとされている。適切な抗菌剤が投与されると72時間以内に解熱を見ることが多い。補助的治療法としては、酸素補給、輸液、呼吸補助などがある。肺ペスト感染者に接触した者−患者の肺からのエーロゾルに暴露されている−は抗生剤を予防投与される。抗菌スペクトルが広いストレプトマイシン製剤の使用は感染後12時間以内であれば腺ペストに対して劇的に改善作用することが判明している。




疫学


 地球規模では2010〜2015年の間に3248名の患者が記録され内584名が死亡した。患者数が最も多い国々はコンゴ民主共和国、マダガスカル、ペルーである。

 2001年以降10年に亘り、ザンビア、マラウィ、アルジェリア、中国、ペルー、コンゴ民主共和国は最も腺ペスト発生が多かったが、この内コンゴのみ1100名を超えており、毎年1000〜2000名の患者発生が変わる事無くWHOに報告されている。2012から2017年まで、政情不安、貧しい衛生状態を反映しマダガスカルが毎度お決まりの主たる流行国になり始めた。

 1900年から2015年の間、米国は1063名のペスト感染者を数えるが毎年平均9名の発生となる。2015年には米国西部で16名のペスト発症者を見たが、内2名はヨセミテ国立公園での発症である。これらの米国での発症は、通常、ニューメキシコ北部の郊外、北アリゾナ、コロラド南部、カリフォルニア、オレゴン南部、ネバダ最西部で起きている。

 2017年の11月に、マダガスカルの保健省は、同国での、最近では前例の無い数の患者発生と死者数をWHO に報告した。感染者2,348名、死亡者が202例であるが、内肺ペストの患者数は1,791名であり、ヒト-ヒト間の飛沫感染が感染拡大の一因であると考えられている。2018年の6月は、アイダホの子供が、過去30年ほどの間で腺ペストに感染した初めての患者として確定診断された。2019年5月にモンゴルでマーモット(地リスの仲間、ペスト保菌動物)狩猟に従事する2人が死亡した。2019年11月には中国内モンゴル自治区の別の2人がペストの治療を受けた。

 本邦に於いては、1899年のペスト侵入以降1926年まで間に大小の流行が起こり,感染者2,905名 (死亡者 2,420名、致死率83%) の報告を見た。抗菌剤の発見されていない時代ゆえ致死率は相当に高度である。1927年 (大正15年)以降は国内感染例の報告はない。



ペスト多発国に出掛ける際は、ネズミの出没しない一定水準以上のホテルに宿泊し、おきまりの観光コースを辿り、「冒険」はしないことが肝要です。



 これまでの解説でペストの概略が掴めたのではと思います。次回以降はペスト菌の生物学的位置づけ、進化並びペストと人類史との関係について扱います。内容的に一部重複する箇所が出て来ますがご了承下さい。







 

ネズミの話28 腺ペスト 臨床症状




2020年7月25日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第11回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 BlackDeath について触れない訳には行きません。人間の歴史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第2回目です。

 まずは https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague 並びに https://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease) その他の記述を参考に、数回に分けて解説を加えて行きましょう。



腺ペスト




概要


 腺ペストはYersinia pestis 菌が引き起こす疫病である。この細菌に暴露1〜7日後、感冒様の症状が出現する。これらの症状には発熱、頭痛、吐き気などがある。この細菌が侵入した皮膚から最も近い場所のリンパ節が腫脹し疼痛を起こす。時に、腫脹したリンパ節が破れ皮膚に口を開くこともある。


 3つのタイプのペストである腺ペスト、敗血症ペスト、肺ペストは感染経路の違いの結果である。腺ペストは小動物からの感染ノミに拠り主に広まるが、死んだペスト感染動物からの体液への暴露の結果でもあり得る。腺ペストの形を取るペストでは、ノミが咬んだ皮膚を通じて菌が入り、リンパ管経由でリンパ節に達し、それを腫脹させる。診断は血中に或いはリンパ節内の液中に菌を見つける事により確定される。


 予防は例えばペストが流行している場所では死んだ動物を手にしないと言った公衆衛生学的手法を通じてのものになる。ワクチンはペスト予防に対しては役に立たないとされている。治療にはストレプトマイシン、ゲンタマイシン、ドクシサイクリンを含む幾つかの抗生剤が有効である。治療無しでは、感染者の30〜90%に死をもたらす。死は起きるとすれば典型的には10日以内である。地球規模では2010〜2015年の間に3248症例が記録され、その内の584名が死亡した。感染事例の最も多い国はコンゴ民主共和国、マダガスカル、ペルーである。


 ペストは14世紀にアジア、ヨーロッパ、アフリカを席巻しおよそ5000万人を殺した黒死病の原因である。これは当時のヨーロッパの人口の約25〜60%に相当した。ペストで労働人口の多数が死亡したため、労働力への要請から賃金が上昇した。これがヨーロッパの経済発展のターニングポイントとなったと考える歴史家も居る。この疾患はまた紀元6世紀の東ローマ帝国に発したユスティニアヌスの疫病、同様に、1855年に雲南省に発し中国、モンゴル、印度で流行した第3の疫病の原因でもある。




徴候と症状




腺ペスト


 最も良く知られている腺ペストの症状は1個またはそれ以上の数の感染し拡大した、有痛性のリンパ節であり、横痃(おうげん)として知られる。感染したノミの咬み傷を経由して感染した後、ペスト菌は腫脹したリンパ節にを本拠地とし、やがて周囲リンパ節に拡大を始める。腺ペストに関連する横痃は普通は腋窩、大腿上部、鼠径部、頸部に見られる。腺ペストの症状は菌への暴露後2、3日〜7日の潜伏期の後に突如現れる。


 症状には、悪寒、倦怠感、39℃以上の高熱、筋痙攣、痙攣発作、また横痃と称される表面が平滑な有痛性のリンパ節の腫れが鼠径部に通常発現するが、腋窩や頸部に現れることもある。これはノミの咬み痕や掻き傷から菌が侵入した近い場所のリンパ節(所属リンパ節)に最も見られる。腫れが現れる前にその付近に疼痛を感じる場合もある。四肢の指先、口唇、鼻端の壊疽が観察される。


 重篤化して敗血症ペスト或いは肺ペストに移行した場合、重度の呼吸困難、持続性の吐血、四肢の疼痛、咳嗽、生存中にも拘わらず分解腐敗する皮膚からの極度の疼痛などが見られる。羸痩(るいそう 極度の痩せ)、消化器の問題、全身に散在する黒斑、譫妄(せんもう 精神錯乱)、昏睡なども起こり死の転帰を取る。


 本疾患の他の病態として敗血症ペスト、肺ペストがあるが、菌がおのおの血中と肺で増殖するタイプである。




敗血症ペスト

 ペスト患者の約10%は,腺ペストの像を発現せず、ペスト菌が血液に感染し(菌血症)、更に重篤化(敗血症)することがある。治療されなかった腺ペストで、菌がリンパ流、血流を介して全身に播種し敗血症ペストに移行する場合もある。発症後3〜4日経過後に急激なショック症状、昏睡、手足指の壊死、紫斑などの症状を呈し2〜3日以内に死亡する。死を免れた敗血症ペスト並びに肺ペストからの回復患者に、鼻、口唇、指の壊死、及び両腕、或いは全身を覆う黒斑が観察される。稀に眼などの臓器や皮膚に化膿性潰瘍や出血性炎症を形成する場合があり、各々皮膚ペスト、眼ペストと呼称する場合もある。




肺ペスト

 腺ペスト末期の敗血症型ペストの経過中に肺に菌が侵入して肺炎を続発するケースである。肺胞が破壊され患者は菌を含んだ気道分泌液(血痰など)を排出する。患者の咳で飛散する体液のエーロゾル中の菌が感染源となり、ヒト-ヒト間で多菌性の濃厚な飛沫感染が起こる。経気道感染の潜伏期間は通例2〜3日であるが、12〜15時間の例もある。肺ペスト発症後は通常24時間以内に死亡する。臨床症状としては、激烈な頭痛、嘔吐、40℃前後の高熱、重度の呼吸困難、持続性の泡沫性吐血、咳嗽を伴う重篤な肺炎像を示す。歴史的に見られたヒト集団間での多数感染の成立並びに死者の発生は主にこの機序に拠るものと考えられる。


*ノミに咬まれたり感染個体の体液に触れずとも、肺ペスト患者からの飛沫感染でつぎつぎと感染拡大が起きていく訳ですね。過去に於いては、肺ペスト患者が出た時点で感染を逃れる為には、患者や街を見捨てて逃げる以外に方途は有りませんでした。



 獣医診療はまずは診察に当たる動物の外部寄生虫のノミとの戦いとなりますが、昆虫学的な側面も含め、ノミについては後日コラムに纏めて扱いたいと考えて居ます。次回はペストの原因、感染機序、診断、治療の話に入ります。







 

ネズミの話27 腺ペスト 保菌動物




2020年7月20日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第10回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 BlackDeath について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為の、そしてコロナ流行を如何にして制圧するのかのヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第1回目です。

 まずは https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague 並びにhttps://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease) 、その他の記述を参考に、数回に分けて解説を加えて行きましょう。



腺ペスト bubonic plague


 ドブネズミは黒死病を惹き起こした原因であるペスト菌の感染の源として主たるものである、と時に誤って考えられています。しかし、実際にはペストを惹き起こすバクテリアであるYersinia pestis イェルシニア・ベスティスは通常は僅か数種の齧歯類にのみ維持され、たいていはネズミノミに拠り人畜共通感染症としてヒトに伝搬されます。現今に於いては、北米での一般的な齧歯類のキャリアーは地リス(マーモット、プレーリードッグ)とウッドラットです。イヌ、ネコ、ヒトを含めた多くの非齧歯類がそうであり得る様にドブネズミ自体、ペストに罹患する可能性があります。詰まりドブネズミ自身も感染発症し死の転機を辿る訳です。人家周辺で齧歯類や家ネズミの死体が目に付く場合、周辺域でペストが拡大している危険性があります。

 ブレーリードッグに関してですが、数年前にペスト菌保菌動物と認定され、日本国内への輸入が禁止継続となりました。現在国内ペット市場で流通しているプレーリードッグは国内繁殖個体となりペスト菌に関しては安全です。院長は20年程前に研究用途で入手したプレーリードッグの冷凍標本(死因不明!)を数頭そのまま抱えているのですが、ヘタに解凍するとコワそうで、 ((((((;゚Д゚))))))ガクガクブル  (ちょっと古い?)です・・・。

 中国やモンゴルでは山間部の草地に穴を掘って棲息する齧歯類のマーモット猟(おそらくは毛皮並びに食肉用途)に従事する者の間でペスト発症が散発的に報告されますが、これはマーモットがペスト保菌動物であるからです。

 黒死病を惹き起こす原因となるペストに感染したノミをヒトの居住圏へと運ぶキャリアーと考えられているネズミは現状ではクマネズミだろうと考えられています。人家にてドブネズミがクマネズミに置き換わったことがペスト流行の衰退に繋がったとの仮説が提出されています。しかしながらこの説に対しては、この家ネズミ交替の時期がペスト流行の増大減少時にマッチしないとの理由から、異を唱えられてもいます。

 動物がペストに罹患し直ちに死に絶えればヒトに感染を与えるまでもありませんが、ペストに感染しても即座に全滅する程の臨床症状を示さず、或いは感染・発症への耐性を持ち、伝搬役の外部寄生虫−吸血昆虫−を持つ動物であり、且つ人家に接近、棲息する動物であれば、ヒトに対するペスト菌の重要な供給源となり得ます。家ネズミがそれに該当したと言う事になりますね。まぁ、野生に棲息するペスト菌のキャリアーとヒトとを繋ぐリンクとして機能する訳です。ノミがヒトに吸血したその傷口から菌が入ることで、また罹患者、動物の斃死体からの体液(流出した血液、体液が皮膚の傷口に触れる、或いは咳等で飛散するエーロゾル化した唾液、痰などを吸引)経由にて感染を引き起こす機序になります。

 bubonic とは ギリシア語の boubon (鼠径部、鼠径部の腫れ)に由来するラテン語 bubonis の所有格である bubo  から遅くとも 1795 年までに作られた形容詞で、「鼠径部の腫れが特徴的な」の意味です。性交渉を通じ性器の粘膜を通して病原菌が侵入した場合も鼠径部のリンパ節が腫れますので、bubo や bubonic はSTD (Sexually Transmitted  Disease 性行為感染症、性病)の中の、梅毒、硬性下疳(こうせいげかん)などの無痛性の、或いは軟性下疳(なんせいげかん)や鼠径リンパ肉芽腫(にくげしゅ)症由来の有痛性のリンパ節の腫脹 (無痛有痛合わせて横痃 おうげん、よこねと総称します)を指す言葉でもあります。ヒトが就寝中にネズミノミが鼠径部付近を好んで吸血し(体毛の中に潜んで吸血?)、付近のリンパ節が腫大することから  bubonic plague ビューボニック・プレイグ 鼠径部の腫れる疫病と命名されたのでしょう。この用語は狭義には腺ペスト(=リンパ腺のペスト)を指しますが、後述する様に同じペスト菌の感染であっても菌の侵入形式や臨床型の違いに拠り、腺ペスト、敗血症ペスト、肺ペストの3つに大別されます。本コラムでは狭義の  bubonic plague ではなく、いわゆるペスト全体について扱います。

 因みに pest ペストとは 英語の plague プレイグに相当する言葉ですが、これらは疫病の意味の他、ペスト菌によるペストそのものを指す言葉でもあります。この様に、ペストなる言葉、それの相当語は、疫病並びにペスト菌に拠る狭義のペスト、の重複した意味を持ちますが、大流行を繰り返した疫病=狭義のペストだった歴史が反映されているからでしょう。注意しておきますが、英語の pest とは病害虫、農業有害鳥獣を指す一般的な言葉です。ややっこしいですね。感染症のペストとは無関係ですので、英語で pest の語を聞いても、これは害虫、害獣のことだと理解し、慌てない様にしましょう!







  ネズミの話26 ネズミと病気 Q熱



2020年7月15日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第9回目です。長らくハンタウイルス感染症のお話が続きましたが、今回はラットが重要な感染源の1つとなる Q熱 のお話です。



Q熱 (Q Fever)




 一般の方でこの感染症をご存知の方はとても少ないのではと思います。名前からして不審の念を抱かせる命名ですが、実は名前の Q は query クゥィリー 疑問、不審、原因不明の頭文字から取られたものです。因みに院長の世代ではQと言えばオバQかウルトラQか、はたまた、原人ビビの動物ものの漫画家石川球太(院長は大きな影響を受けましたがここでは無関係ですね)と言うところです・・・。因みに謎や未知のものに対してはアルファベットのXを取り敢えず附けて扱う例もあり、謎の線源 X線の名はそれですが、X fever なる感染症はありません。現在、本コラムで利用契約しているレンタルサーバは xserver 社のものですが、どうしてその様に命名したのか不明です。

 本症はウシ、ヒツジ、ヤギを飼育する牧場従事者、食肉処理業者、また獣医などが罹患する可能性がある稀な感染症ですが、英国に於いては、ラットはこの感染症を起こす偏性細胞内寄生細菌(細胞内でのみ増殖可能) Coxiella burnetii コクシエッラ ブルネッティイの重要な感染源 (reservoir 保菌者)となっています。野生群のラット集団ではこの細菌に対する血清有病率が最大53%に達するものがあることが判明しています。尤も、ラット以外にも多くの野生動物や鳥、ペット等が菌を持って居ます。

 感染動物の胎盤に菌が高濃度に増殖する特徴が有り、反芻動物(ウシ、ヒツジ、ヤギ)やネコの出産、流産時に汚染された胎盤、排出物からの病原体を含むエアロゾルを吸入してヒトに感染します。出産に立ち会う産業動物獣医師は危ない訳です。家畜などに甘噛みされたりして感染もしますが、生乳からの経口感染も成立します。



  発症までの潜伏期間が変異に富み非常に長い場合もあります。心内膜炎、肺炎、肝炎に起因するあらゆる症状を示し得ることから、またいつ感染したのかその時期も不明で、なんだこりゃ良く判らんとの意味でQ熱と命名された訳ですね。感染者の6割程度は特に症状もなく感染が終了します。発症者(急性Q熱)は肺炎型、肝炎型、不明熱型の3通りに大まかには分類されますが、この感染症固有の症状の決め手に欠きます。それゆえ原因がなかなか分からず右往左往することにもなります。まず烈しい感冒様の症状に見舞われますが各種症状含め14日以内に回復します。発症者の2〜10%程度の者が心内膜炎を起こし、また  post Q fever fatigue syndrome Q熱感染後疲労症候群にも繋がります(慢性Q熱)が、難治性であり大変厄介です。癌治療中の者、臓器移植後の免疫抑制剤投与者、内臓の基礎疾患を抱える者が慢性Q熱に移行し易いと言われています。菌体1個で感染が成立するとされ、詰まりは感染力自体は非常に強力です。

 培養しての菌体の確認、菌体遺伝子の検出、或いは血清抗体価から確定診断を得、テトラサイクリン系の抗菌薬を投与して治療します。幸い本邦での発症例数は年間数例〜40例程度と大変稀な感染症となっています。感染症に対する知識の豊富な、勘所の良い臨床医に掛かり、早めに確定診断を受けて抗菌剤投与に入ることが肝要ですが、畜産業の盛んな地域にては平素から獣医師と医師とが連携を取ると良いですね。

 文字通りの、Q熱=なんだこりゃ病、ですが、そうとは言わずに特に畜産、牧場関係者は知っておくべき感染症です。ペット飼育者もペットとの濃厚接触は避け、ヒトと動物は基本違う生き物であるとわきまえて適度に接触することが大切ですが、これは実は互いの生命に対する尊敬の念の発露に他なりません。







  ネズミの話25 ネズミと病気 ハンタウイルス感染症[



2020年7月10日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第8回目です。ハンタウイルス感染症の内の肺症候群 HPS について扱います。

 以下の記事を主に参考に感染機序、症状、予防についての説明を行います。


Mayo Clinic Hantavirus pulmonary syndrome

https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/hantavirus-pulmonary-syndrome/symptoms-causes/syc-20351838


 前回までに扱った下記記事と重複するところもありますが、平易なおさらいと考えて下さい。

https://www.cdc.gov/hantavirus/outbreaks/history.html 




HPSの感染機序


 ハンタウイルスの幾つかの型が肺炎症候群を惹き起こしますが、ハンタウイスの各型はそれぞれ好みとする齧歯類のキャリアーを抱えています。deer mouse は北米で見られる肺症候群の殆どのケースに於いて、その責任ウイルスを運ぶ第1のキャリア−です。他のハンタウイルスキャリアーとしては現在 white-tailed mouse, cotton rat, rice rat が知られています。


 ヒトに対しては、ウイルスに感染した齧歯類の糞尿や唾液からのエーロゾルを通じて第一義的に感染成立します。詰まりは呼吸を通じて肺に容易に吸入されます。例えば屋根裏でマウスの糞を箒で掃除する際、ハンタウイルスを含む糞便の細かな粒子が空気中に舞い上げられ、すぐに肺に吸い込まれる訳です。呼吸で吸い込まれたハンタウイルスは肺の毛細血管中に侵入し、その結果血管の透過性が増し肺は液体で水浸しになります。これがハンタウイルス肺症候群に関連するあらゆる呼吸器障害を発現させる事になります。


 北米型のハンタウイルス肺症候群に感染した者は他の者には感染源となりません。しかし乍ら、南米での感染例ではヒトからヒトへと感染する証拠が示されており、異なる地域では変異した型が存在する訳です。HPSは春から夏の数ヶ月に掛けて米国西部の郊外地域で発生するのが最も普通ですが、南米やカナダでも発生します。他のハンタウイルスはアジアでも起こりますがこちらは肺の問題ではなく腎障害を起こします。


*感染成立の機序はユーラシア大陸のハンタウイルス腎症候性出血熱の場合と全く同様です。ウイルスが特に腎臓の尿細管に親和性を持つのか、肺の肺胞及びそれを取り巻く毛細血管に親和性を持つのかの違いになります。




 HPSの症状


 初期には感冒様症状で始まりますが急激に呼吸器障害へと進展し命に関わる危険性があります。治療法は対象療法のみに限られていますので最善の防御法はまず齧歯類とそれらの棲息場所を排除することになります。


 ハンタウイルス肺症候群は2つの明確な段階で進行します。最初のステージでは、発熱と悪寒、頭痛と筋肉痛、吐き気、下痢或いは腹痛と言った感冒様症状を示し、初期にはインフルエンザ、肺炎、他のウイルス感染症と区別するのは難しいのです。4乃至10日後に、より重篤な症状が始まります。それらは、典型像としては湿性の咳、頻拍呼吸、肺内の水分貯留(肺水腫)、低血圧、循環不全を示します。ハンタウイルスの型に拠りますが、北米の様々な型のHPSの致死率は30%を超え得ます。


 ハンタウイルス肺症候群の徴候並びに症状は突然に悪化し得、急速に生命に拘わる状態に陥る場合があります。もし周囲に齧歯類が居る、排泄物がある、そして発熱、悪寒、筋肉痛、呼吸困難を覚えるなら直ちに医者の診断を受けるべきです。


*肺炎球菌などに拠る細菌性の肺炎の場合は抗生剤で基本的に治療可能ですが、ウイルス感染症に対しては一般的に直接ウイルスを殺す療法は極く限定され、HPSの場合も肺炎等に対する対象療法(=姑息的療法)しか現状では取り得ません。コロナウイルス新型肺炎の治療とほぼ同じ対応になるでしょう。身体が酸素不足になりますので、酸素濃度の高い空気を口経由で肺に送り込むか、血液を体外に流し、そこで酸素を混ぜて戻す(Extracorporeal MembraneOxygenation 体外式膜型人工肺 (ECMO) 利用)程度のことしか取り得ず、あとは患者の免疫力がウイルスを制圧・排除することに賭けるしか有りません。少し前迄はこの様な呼吸管理機材や酸素添加の体外装置も存在せず、他の種類を含め肺炎で皆バタバタと死んで行った話になります。因みに、2020年現在、本邦では1400基以上のECMO が有りますが、米国では2019年時点で270基程度しか備わっていません。利用出来るのはごく僅かの患者のみとなりますね。HPSの方が致死率が高いのですが、こちらはコロナとは異なり、まだしも幸いなことに、一部を除き、ヒト−ヒトの伝染を起こしません。安全性の担保されたワクチンが製造されれば救いですがまだその話を耳にしません。




HPSの予防


 齧歯類が棲息する場所に住んだり働いたり或いは遊ぶ者にとってはHPSを発症する機会はより大きくなります。


以下は危険性を増す活動です:


 長期間使用されていない建物や物置を開いたり掃除したり

 特に屋根裏や人の余り行き来しない場所の掃除をしたり

 齧歯類が行き来する家や作業場を抱えていたり

 建設、設備工事、病害虫駆除と言った齧歯類に晒される様な仕事に従事したり

 キャンプ、ハイキング、狩猟をしたり


することです。


 住居と仕事場から齧歯類を遠ざけておくことがハンタウイルス感染のリスクを低減させ得ます。接近を遮断すぺく以下を試して下さい:


・マウスは僅か直径6mmの小さな穴を抜ける事が出来るので金網、金属板、コンクリートで穴を塞ぐ。


・食事場所は開放せず、皿は迅速に洗い、カウンターと床は掃除する。ペットのものも含め食物は齧歯類がアクセス出来ない容器に保存する。ゴミ箱はきっちり締まる蓋をする。


・ネズミの住処となる素材を除去する。建物の基礎部分からガラクタ等を片付ける。


・バネ仕掛けの罠を壁の下に沿って配置する。毒餌の罠を利用する時はヒトにもペットにも有害ゆえ注意する。


 齧歯類の死体が見付かった場所、齧歯類が居た場所をアルコール、家庭用除菌剤や漂白剤で十分に濡らします。これはウイルスを殺し感染した塵埃が空気中に舞い上がるのを防止する助けになります。この後、湿ったタオルで汚染物を取り上げます。更に消毒剤でモップ掛けしたりスポンジで擦ります。掃除すべき建物に齧歯類の蔓延が烈しい時には呼吸装置を装着するなどの特別な予防策を採るべきです。


*<前近代的な>木造家屋は避け、密封性の高い住居を建てるべきですが、北米での竜巻やハリケーン後に倒壊した住宅を報道画像にて見ると、郊外では重厚な建築物は見られない様に感じます。開拓農家であればそこそこの木造家屋を建てて妥協すると想像しますが、これでは幾らでもネズミ類の侵入を許してしまいそうです。この様な場所で特に古びた納屋の掃除などをするのが一番の危険因子となります。清掃、解体などは行わず、消防署と連携を取り、思い切って焼却処分する手も考慮に入れるべきでしょう。何しろ発症すると3人に1人は重篤な肺炎で死亡する感染症ですので。


*戦前の子供向けの保健衛生の本を見たことがありますが、町ぐるみで清掃したり布団を日照に当てたり、古畳を集めて燃やしたりと、伝染病に対する町内ぐるみでの警戒と対応の挿絵に強い印象を抱きました。抗生剤も開発されていない時代ゆえ、冷や奴を食べて同級生の女の子が疫痢で亡くなったなどは日常茶飯のことだったと院長の母親(海軍基地の横須賀で育つ)の言ですが、抗生剤の手に入る現代も感染症に対して甘い対応を取るべきではありません。


*北米に旅行或いはホームステイ等で滞在される方は、事前にHPSに纏わる最新の危険情報を探ることをお勧めします。




 ネズミは身体が小さく容易に人家にも侵入してしまいますが、当然、トイレの場所としても利用することになり、侵入を許せば糞便等で必ず汚染されていることになります。古い民家の屋根裏や床下などはほぼ汚染されていると考えた方が良く、公衆衛生学的観点からは、一般の民家は時々更新するのが最善でしょう。古民家を再利用する場合は徹底的な清掃と消毒を行うべきですが、専門家であっても入り組んだ屋根裏に上っての作業がどれ程行えるのか疑問が残ります。文化財に指定されるレベルの建物は別として、矢張り住居は基本的に新しく、近代的な設計のものの方が良さそうです。

 ヒトに対して致命的な感染症をもたらすネズミに関しては、容赦なく駆除対象とし、誰も殺処分には疑義を感じません。一方、ファンシーラットやハムスターを可愛がる者も大勢居ます。同じ地球上の命であるから大切にしたいと理念的な綺麗事は言っていても、現実的にはヒトは命に対して絶対性な視点を持たず、相対的な、正確に言えば、その時々の価値の上下で命を扱っていることが良く判ります。まぁ、根本は自己(人間)にとって価値の有る命と価値の無い命の単純な区別ですが、人間対人間の戦争行為然りで、同じヒトであっても敵対すれば容赦なく殺します。詰まるところは動物であるヒトの生態としての自己保存の本能、情動の発露なのではと思いますが、そこに頭で考えた、自分の側の正義の理由付けをする訳です。生き抜く上で正しくもあり、浅ましくもありますが、生物学視点に立つ人間性の洞察です。皆さん、どうお考えでしょうか?

 ハンタウイルス関連のお話は今回で終わります。







  ネズミの話24 ネズミと病気 ハンタウイルス感染症Z



2020年7月5日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第7回目です。ハンタウイルス感染症の内の肺症候群 HPS について扱います。引き続き https://www.cdc.gov/hantavirus/outbreaks/history.html からの和訳を掲載します。




Why Did the Outbreak Occur in the Four Corners Area?


なぜフォー・コーナーズ地域で集団発生したのか



 しかし何故この症例のクラスター(集団発生)が突然起きたのだろうか?この質問に対する鍵となる答えだが、この時期にはいつもよりずっと多くのマウスが突然発生していたと言うことである。フォー・コーナーズ地域は数年に亘り干ばつが続いていた。その後、1993年初めの大雪と降雨が、干ばつの手負いを受けていた動植物を生き返らせ通常以上の数を成長させるのを手助けしたのである。その地域の deer mouse は沢山の餌を得、結果として急激に増殖したが、1992年5月の10倍の数のマウスが1993年5月に棲息することとなった。沢山のマウスがいれば、マウスとヒトとが互いに接触することはより増大し得ただろう。斯くして、マウスが運ぶハンタウイルスがヒトにより多く伝染し得ただろう。




Person-to-Person Spread of HPS Decided Unlikely


ヒトからヒトへの拡散はあり得ないと断定された



 「ヒトからヒトへの(HPSの)拡散は他の既知のハンタウイルスのいずれにても記録されて来ていないものの、新たな病原体を扱っている故に我々は(この集団発生の間中)心配していた」、とCDCの医学調査官 Charles Vitek は語った。


 進行途上にあった集団発生を調査している研究者と臨床医達はこの病気に関心を抱いている唯一のグループでは無かった。最初に数名のHPS患者が死亡し、新たな疾病がその地域の住民に影響を及ぼし、それがどうやって伝染するのか誰も知らないことが明らかになったあとすぐに、ニュースメディアは集団発生に関して広範囲な報道を開始した。それに続き大衆の間での関心が拡大した。


 不幸なことに、発生の最初の犠牲者はナバホ族だった。ニュース報道はこの事実に焦点を当て、未知の病気がナバホ族にどういう訳か関わっているとの誤った認識が拡大した。結果として、ナバホ族は自分たちがメディアの強い関心の中心に居て、自分たちを恐怖の対象とする人達も居ると知った。


 1993年の晩夏までに、メディアの熱狂は幾らか静まり、病気の原因が正確に示された。研究者達は、他のハンタウイルス同様、HPSを惹き起こすウイルスは他の感染症、例えば一般的な感冒が起こすヒトからヒトへの遣り方では伝搬しないと結論した。これに対する例外は、1996年のアルゼンチンでのHPSの発生である。この発生から得られた証拠は、南米のハンタウイルスの系統がヒトからヒトへと伝染する可能性を示唆している。


 現在に至るまで、米国に於いてはこのウイルスが一人からもう一人へと伝染するとの事例報告は無い。実際、患者或いは関連するタイプのハンタウイルス(ヒトで別の疾患を起こす)の試料に晒された医療従事者を調査したところ、彼らが感染若しくは発症した証拠は全く示されていない。


 チリとアルゼンチンでは、ヒトからヒトへの伝染が、アンデスウイルスと呼ばれるハンタウイルスのタイプの発症者と濃厚に接触した者の間で稀に起きている。




HPS Since the First Outbreak


最初の発生以降のHPS


 最初の発生の後、全国レベルでの医学界が、他の原因で説明出来ないHPS類似の症状を示す疾病についてどんな事例であれ報告する様要請された。結果として、症例報告が追加された。


 1993年以降、研究者達はHPSを惹き起こすのは只1つのハンタウイルスではなく幾つかあることを発見して来ている。1993年6月にフォー・コーナーズへの旅行経験を持たないルイジアナの橋梁検査官がHPSを発症し調査が開始された。患者の組織がハンタウイルス抗体を持つかテストされた。結果としてBayou virusと命名される別の種類のハンタウイルスの発見へと繋がったが、これはrice rat (Oryzomys palustris)がキャリアーである。1993年の暮れ、33歳のフロリダ男性がHPS症候群に罹患したがのちに回復した。この人物もフォー・コーナーズ地域には旅行したことがなかった。同様の調査の結果、Creek Canal virus と命名される更に別のハンタウイルスと判明したが、そのキャリアーは cottonrat (Sigmodon hispidus).である。ニューヨークでも別の事例が見られたがこれはNew York-1と命名される Sin Nombre類似のウイルスで、 white-footed mouse (Peromyscus leucopus) がキャリアーとして関係するとされている。


 つい最近、各種ハンタウイルス由来のHPS症例がアルゼンチン、ブラジル、カナダ、チリ、パラグアイ及びウルグアイにて記録されており、HPSは地球半分規模の汎疾病となった。


(終わり)




 HPS の発生を見た後、他のネズミを調べたら別の種類のハンタウイルスが続々と発見された訳ですが、いずれも重篤なハンタウイルス肺症候群を起こし、死亡率も大変高い(40%)感染症です。Disney のキャラクターはさておき、これでネズミ恐怖症muriphobiaの米国人が増えたのかもしれません。個々のウイルスの型並びにキャリアーとなる動物については、下記サイトをご参照下さい。簡略に纏められています:

バイオテロ対応ホームページ 厚生労働省研究班

https://h-crisis.niph.go.jp/bt/other/28detail/


 次回はハンタウイルス肺症候群の臨床像、防御について概観します。








  ネズミの話23 ネズミと病気 ハンタウイルス感染症Y



2020年7月1日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第6回目です。ハンタウイルス感染症の内の肺炎について扱います。

 引き続き

https://www.cdc.gov/hantavirus/outbreaks/history.html 

 からの和訳を掲載します。




Researchers Launch Investigations

to Pin Down the Carrier of  the  New Virus


研究者達は新ウイルスのキャリアーを突き止めるための調査を開始



 研究者達は、従来の他の全てのハンタウイルスが、例えばマウスやラットと言った齧歯類を通じヒトに感染することを知っていた。それ故、彼らの重要な使命の1つはフォー・コーナーズに棲息する出来るだけ多くの種類の齧歯類を捕獲しこのウイルスを運搬する特異的な齧歯類種を見つける事となった。1993年の6月から8月半ばまで、ハンタウイルス肺症候群に罹患した者が住んでいる家の内外、また同様に彼らが働いていた松林の中や夏場のヒツジの放牧地で、あらゆる種類の齧歯類が捕獲された。近隣の家庭内外の齧歯類もまた比較のために追加捕獲された。リスクを知りつつも、研究者らは捕獲時に防御衣類やマスクの着用はしないと決めた。「我々は呼吸装置を纏って行きたくはなかったんです、皆を怖がらせてしまうし」とインディアン健康サービスの環境疾患専門家の John Sarisky は語った。尤も、CDC にて分析試料を得るべくほぼ 1700 頭の捕獲齧歯類を解剖した時には、防御衣類と呼吸装置は着用された。


 捕獲された齧歯類の中で、 deer mouse  (Peromyscus maniculatus) が従来知られて来なかったタイプのハンタウイルスの主たる宿主であることが発見された。deer  mouse は郊外、半郊外−納屋、離れ屋、材木置き場、人家の中−でヒトの近くにしばしば棲息するので、研究者達は deer mouse がひょっとしてウイルスをヒトに伝達しているのではないかと疑ったのである。調査したdeer mouse の約30%がハンタウイルスに感染している証拠が示された。幾つかの他種の齧歯類も感染していることが調査で示されたがより少ない数だった。


 次のステップは感染 deer mouse と罹患した者が住む家庭との間の関係を突き止めることだった。それ故、調査者達は症例対照調査(Case-control investigation、註:既にある疾患などの Outcome が発生している「症例」と,発生していない「対照」のそれぞれに対して,時間経過をさかのぼって特定の曝露因子をもつ割合を比較し,因果関係を検討する研究デザイン)を開始した。彼らは患者が生活していた<発症>家庭と、<発症していない>近隣の家庭とを比較した。対照家庭とは、感染者が出ていないこと以外は発症家庭に非常によく似た家庭のことである。


 結果だが、第1に、調査者達は発症家庭では対照家庭以上により多くの齧歯類を捕獲した。これは発症家庭ではより多くの齧歯類が住人に接近して棲息していた可能性を示した。第2に、発症家庭は対照家庭に比して家の周りを掃除したり、屋外の畑や庭にて手鋤きで土に触れたり植物を植え込んだりする傾向が強かった。しかしながら、HPSに罹患するリスクがこれらの作業に拠るものなのか、或いは閉ざされた部屋や納戸にこれらの作業に必要な道具を取りに入ることに拠るのかどうかは不明だった。


 1993年11月に、フォー・コーナーズにて発生した感染症の特異的ウイルスが単離された。CDCの特殊病原部局がニューメキシコの患者の出た家庭近くで捕獲された  deer mouse の組織を使用し、それからのウイルスを実験室内で増殖したのである。そのすぐ後に、これとは独立して、米軍感染症医学調査研究所 (USAMRIID) もニューメキシコの感染者並びにカリフォルニアで捕獲されたマウスから得たウイルスを培養・単離した。


 新ウイルスはムエルト峡谷ウイルス Muerto Canyon virus と呼ばれ−後日 Sin  Nombre virus (SNV) と改名された−このウイルスが起こす疾患はハンタウイルス肺症候群 HPS と命名された。 数ヶ月に亘り問題となっていたウイルスの単離は、画期的なことだった。この成功は、CDC と USAMRIID にて他のハンタウイルスに関する研究に年余に亘り従事し、調査に参加した全ての関係部局並びに個人の緊密な協力に基づいたものであるし、また近代の分子ウイルス学的検査法の絶え間ない進歩に基づものであった。Sin Nombre virus の迅速な単離に対し、来し方を振り返れば、最初に発見されたハンタウイルス即ちハンタ−ンウイルスの単離には数十年を要したのである。




HPS Not Really a New Disease


HPSは真に新たな疾患ではない



 ウイルス発生源−いつ何処で発生したのか−を特定する努力の1つとして、研究者達は説明の付かない肺疾患で死亡していた者からの肺組織保存資料を調査した。これらの試料の幾つかは Sin Nombre virus に以前に感染した証拠を示したが、これは<最初の>発生が知られる以前にこの疾患が存在していており、単に疾患が認識されていなかったことを示す。


 HPSの他の初期の感染例が、原因不明の成人呼吸逼迫症候群で死亡した者からの組織資料の調査を通じ発見された。この方法に拠り、確定されたHPSの最も早い症例は 1959年 ユタ州の 38歳男性ものと判明した。


 興味深いことに、HPS は疫学界並びに医学界には知られていなかったが、他では認識されていた証拠がある。ナバホインディアンは、多くの者が1993年の発生時に感染したが、彼らの伝統医学は非常によく似た疾患を認識しており、そして実際その発生をマウスと関連付けているのである。驚くべきことに、ナバホの信じる医学は、この疾患を予防する為の公衆衛生上の勧告に一致する策を持っている。


(つづく)