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院長のコラム 2021年1月〜6月掲載分


(テキストのみ)


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*検索サイトからお越しの方は、ブラウザの<ページ内検索>を利用して目的とする用語を見つけて下さい。

*内容についてですが、動物学、生物学、医学に関する一定以上の知識、興味、関心をお持ちの方に向けてのものとなります。








羽ばたきロコモーション 海鳥A




2021年6月25日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第42回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。




エトピリカのロコモーション



 エトピリカは海鳥として勿論空中の飛翔は問題無く出来ますが、高高度を長距離渡ることはなく、或る程度の海域内に於いて、基本的に海面からそれ程離れることなく飛翔します。春になると集団営巣地となる断崖絶壁に多数が集まり周辺を群舞しますが、繁殖期以外は基本的に陸に下りず、空中か、海面のみで生活を送ります。エトピリカの飛翔がぎごちないと述べる者も居ますが、動画像を確認する限りでは、不器用だとは全く思えません。空中飛翔時には翼を左右にフルに広げて羽ばたきますが、気流に乗り、翼を広げたまま静止させて滑空する姿も確認出来ます

 水中に潜水するトリには、例えばカワセミの様に水中の小魚を確認し、それをめがけて空中から急降下して一瞬の内に餌を捕獲し、Uターンして水を蹴って飛翔する方法を取るものもいれば、矢の様に垂直急降下して或る程度の深さに潜水し、そこから羽ばたき、そして足で水を押して水平移動するタイプのケープシロカツオドリ Moruscapensisの様な潜水法も観察されます。高速度で急降下潜水する (急降下式潜水 plunge-dive) のは、潜る深さを稼ぐのに効果的ですが、これは、運動エネルギーを増大させて翼と足のヒレを使っての潜水遊泳力を補足する方法と考える事も出来るでしょう。まぁ、水中遊泳の勢い付けですね。エトピリカは、この様に勢いを付けて空中から海水に突入する様な行動は取りません。一旦海面上に舞い降りて、水面にプカプカと浮かび、そこからおもむろに頭を海水に突っ込んで潜り、翼と足で潜水して垂直方向に、また水平方向に水中遊水して餌を見つける方法を採ります。空中から低速のままに水中に飛び込んで潜水を開始する例も観察されます。



 エトピリカは空中では翼を左右に大きく広げて飛翔或いは滑空しますが、一方、水中では翼の左右の幅を縮めた上で左右対称的に力強く羽ばたいて進みます。舵取りは左右の翼の開く幅や傾き、或いは足のヒレの開閉や左右差などを調整して行っている様に見えますが、小回りの利く遊泳動作です。詳細については今後の画像解析が更に必要に思われます。水中で羽ばたいて進む姿は遠目には空中を自由に飛翔している姿を十分に想起させる姿であり、ペンギンの遊泳にもよく似ています。

 エトピリカのこの遊泳ロコモーション比較すると、ケープシロカツオドリのそれは、更に翼を縮め、より直線的な大きな動作が多く、ゆっくりと水中飛翔し、細かに方向転換する姿ではありません。ケープシロカツオドリが突入のエネルギーを利用して潜水するのに対し、エトピリカの方は、翼と足を利用した自力潜水方式とも言えるでしょう。

 因みに潜水して魚を捕獲するトリにはウの仲間 (これはカツオドリに近い仲間) が居ますが、ウミウ Japanese  cormorant Phalacrocorax capillatus の海中潜水動画を見ると、羽ばたきは一切行わず、足の動作のみで前方推進力を得ると同時に舵取りも巧みに行っています。これから類推すれば、エトピリカやケープシロカツオドリの足が遊泳中に同様な役割を果たしているのは間違いがなく、しかもそれはけして無視し得ないほどのパワーを産生していることを予想もさせます。系統的には近い カツオドリと ウ とが、水中遊泳時の翼利用の有無、水中への突入の有無などを大きく異にしていることは、形態的に近くとも、運動制御性に大きな違いを生み得る事、即ち、ロコモーションの違いを生むに際しての中枢神経系の支配の関与の大きさを物語る1つの例であると言えるでしょう。








羽ばたきロコモーション 海鳥@




2021年6月20日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第41回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。




海鳥の水中羽ばたき遊泳 概論



 トリが空中を飛翔する際には翼を左右対称式に羽ばたたかせて、前方への推進力を得ると同時に空気中の揚力(反重力方向の運動成分)を得る必要があります。空気は水や土に比較すると格段に軽く、大きな力で打ち付けないとそれに対する反作用としての移動力を得ることは不可能です。まぁ、人間が両腕で羽ばたいたところで、暖簾に腕押し状態のサマで悔しいながらも 1mmも身体は浮上もしませんね。斯くしてトリは翼に変化した前肢に面積拡大のための羽根を備えると同時にそれを羽ばたかせるための強大な胸筋群を発達させています。

 しかし、一度空中飛翔の能力を得た動物であれば、水の抵抗性−粘性−は高いものの、基本的に空中飛翔と同様のロコモーション機構のもとで、水中を<飛ぶ>ことが出来なくもありません。空気中を飛翔するには重力に抗して身体を浮上させる成分が必須ですが、一方水中ではそれは不要となる反面、媒体としての重たい水の中で進む為の前方推進力成分への要求度が格段に高まるとの違いは出ますが。皆様、始祖鳥などの化石標本で良くご存じと思いますが、トリは水中で進化を遂げた生き物ではなく、地上で進化した爬虫類の1つ (ワニや恐竜に近縁な仲間)の枝が進化した生き物です(如何にしてトリとして進化したのかに関しては後日詳しくコラム化す予定です)。即ち、水中を遊泳するのは二次的に得られた適応形態になります。一度地表ロコモーションに進化した、即ち地面を媒体として体幹や四肢を進化させてきた動物が二次的に水中に進化する様式、とは根本的に異なった遣り方で水中に進出した話になりますね。

 この水中飛翔は、よく知られているペンギンの他にも幾つかの海鳥で観察されています。以下、エトピリカをスタートとして主な水中遊泳性のトリを採り上げて、その動物学的特徴並びにロコモーションをじっくりと見て行きましょうか。



エトピリカとは



 エトピリカ Tufted puffin Fratercula cirrhata は、鳥綱チドリ目ウミスズメ科ツノメドリ属に分類される鳥類ですが、この和名は元々はアイヌ語であり、エト (くちばし)+ピリカ (美しい)の意味になります。一年の多くを外洋で過ごし、4月から8月にかけての繁殖期のみ、天敵の寄り付かない険しい断崖で営巣します。太平洋の北の端の領域に広く棲息し、絶滅危惧のレベルにまではまだまだ至りませんが少しずつ数を減らしており、日本の北海道周囲の孤島の営巣地では数が非常に減ってきています。同属の大変似た姿のツノメドリ (角目鳥、Horned puffin  Fratercula corniculata はカムチャッカ半島並びにアリューシャン列島の島沿いに、またニシツノメドリ 西角目鳥 Atlantic puffin Fratercula arctica  は、これらとは異なり、北大西洋から北海域に掛けて棲息します。これらを判別するには、例えばエトピリカでしたら、頭部の左右の各々の目の上から房 tuft の羽毛が後ろに伸びます。顔面部を除き、全身が黒い羽毛で覆われます。ニシツノメドリは tuft が見られず、体幹の腹側半分が白色です。いずれも左右から偏圧された形の大きなクチバシを持ち、足はアヒルのようなヒレを備えてオレンジ色に塗られています。とても印象的なトリです。

 web 上の投稿動画にはこの仲間のトリがペットとして飼育されている例も見られ、特に北米の北太平洋岸の人々には馴染みの強い海鳥である様に見えます。今から10年程前ですが、オークションサイトにこの仲間のトリの剥製が出品され、院長も学術標本として落札しようかと思いましたが、状態が非常に悪く、また日本以外では入手が比較的容易なトリであることから入手は止めた経緯があります。漁網に外道 (目的外の獲物)として混獲され、年間に相当数が死亡していると報告されていますが、例えばイカ漁の刺し網に絡まって死亡した個体がそのまま海中に放棄されているなどしているのでしょう。推測に過ぎませんが、近年、北海道の離島で個体数が減少して来ているのは、日本海側で盛んなイカ漁が原因である可能性もあるかもしれません。近代の大がかりな商業的漁業はターゲットとする魚以外の海鳥、ウミガメを巻き込む例が非常に多く、少しずつ漁法の改善も加えられて来ていますが、まだけして万全なものではありません。

 ウミスズメ科はウミガラス、ウミスズメ、ウミバト、ウトウなどの仲間から構成されますが、いずれも海鳥として普段は海洋上で棲息し、繁殖期のみ崖の上で営巣する特徴があります。エトピリカの属するツノメドリ属はウトウの仲間に属し、ウトウ属とは一番の近縁です。








エイのロコモーションA シノノメサカタザメ




2021年6月15日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第40回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。




本当のサメ vs. サメ型エイ



 サメは硬骨魚類などの一般的な形態と類似して、泳法も体幹を左右にくねらす方式を採っています。これに対し、広義のエイの仲間には、アカエイの様に体幹側面に連続して配列するヒレに前方から後方に向けて波動を起こして前進するもの、エイ型だが海底を尻尾の付け根にあるトゲ(これは pelvic fin 即ち腹びれです)を用いて歩行するもの、身体の前半はエイ型で偏平化しているが後半がサメ型を呈し、推進力を体幹後半を左右にくねらせてえるもの、また、トビエイの様に体幹左右に三角形の頂点のように突き出た大きなヒレを左右対称的に羽ばたかせて前方推進するもの、など様々な遊泳スタイルを持ち多様性に富んでいます。今回は、<前半エイ型+後半サメ型>の仲間の遊泳方法を見て行きます。

 再び二次的にサメ型化したエイの仲間の泳法を考えるに当たり、<本家>のサメの泳法と比較してみましょう。



サメの泳法



 肉食サメとしては最大サイズを示すホホジロザメ Great white shark  Carcharodon  carcharias  は、man-eater 即ち人食い鮫として最も有名ですが、瞬間最高時速 25-35km程度を出すと言われ、海面から体が完全に飛び出す高さまで跳躍することも出来るとされています。マグロの様に時速50km程度で遊泳する事は出来ませんが、体長 4〜5m、体重1〜1.5t 程度のボディサイズでこの速度が出せ、しかも海面上に跳躍出来ることは、相当の前方推進力を産生出来ることを意味するものでしょう。胸びれは体幹の左右に水平に突きだし、肉厚で頑丈です。遊泳動作のビデオを見ると、胸びれは殆ど動かさず、航空機の水平翼として遊泳中の水平安定性を生んでいる事が判ります。但し主翼の断面が揚力を生む形状をしている航空機と同様の機能形態を持って居るのかは院長は知識を持ちません。形状的にはイルカの胸びれ(これは前肢です)に非常によく似ています。頭部は円錐形様で尖り、水中を進む弾丸詰まりは魚雷を思わせる形状です。


 前方推進力は体幹を左右にくねらせる方式で得ますが、これは硬骨魚類を含めた一般的な魚と同じ方式です。体幹は左右に平たくは無く、断面は円筒形に近いですが、マグロなどが円筒形に近いものの幾分左右の偏平性を示すのに対して、左右の偏平性は見て取れません。尻尾を左右に振ればその反作用で体幹は左右にブレてしまい、前方推進には無駄な動作となりますが、左右に平たい硬骨魚類では、体幹構造自体がそれを打ち消す大きな機能的意義を持ちますし、背びれなどもその効果を発揮します。ホホジロザメは、体幹全長のほぼ中央に三角形の大型の背びれ(尾びれと共にフカヒレの原料)を1つ突き出し、他に小さな背びれを持つのみで、これらは体幹の左右のブレを抑制する機能はそれほど強くは無さそうです。尤も、体幹形状が魚雷様ですので、一度推進力を得ると流体力学的に左右のブレを起こさずに直進する為に、背びれはこれで足りている、とも考えられなくもありません。遊泳して新鮮な海水を開けっ放しにした口から主に取り入れ、体幹側面の鰓穴から排出する受動的な呼吸を行いますので、生涯海中を休み無く泳ぎ続ける必要があります。他方、同じ真性サメであっても底生型のネコザメなどでは、能動的な水流を起こすことが出来、遊泳せずとも呼吸が可能です。




サメ型エイの泳法



 シノノメサカタザメ Bowmouth guitarfish  Rhina  ancylostoma は、ノコギリエイに近い仲間ですが、2.7m、135kg に達します。本邦周辺海域でも稀に見られますが、東南アジア海域からインド洋の沿岸寄りの海底域を遊泳します。一見サメを思わせる姿ですが、エイの仲間であり、歯が臼状で人間が噛みつかれる危険性が無く、面白い形でアピールすることから水族館では良く飼育されています。頭部は上下に扁平で半円形を呈し、そのすぐ後方、左右に巨大な三角形の胸びれを左右に突き出します、これは偏平な頭部とほぼ一続きの構造と言え、ガンギエイなどの形態に類似しています。これらの前方の<平たい>部分以降はサメの身体を接ぎ木した様な姿を示します。前方推進力は専ら後半部分のサメ型体幹を左右にくねらせる事により産生しますが、ホホジロザメとは大きく異なり、複数の大きな背びれを持ちます。一番前方の背びれは大きくて体幹のほぼ中央に突き出ますが、他のものはややサイズが小さくこれより後方に配列します。小さい方の背びれは体幹の後方に配列する事から、体幹の左右のブレを抑制する為のものと言うよりは、尾びれを助けて推進力を産生する機能を持つように見えます。シノノメサカタザメの遊泳中には、頭部の左右のブレがホホジロザメよりは大きく見えますが、上下に偏平ゆえ、作用のブレを抑制する抵抗成分が少なくブレてしまい易いのでしょう。頭部のブレを抑制したいのであれば、背びれ様の垂直翼は頭部そのもの、或いは体幹のもっと前方に備えるのが合理的ですがそれは見られません。水中を高速に直進して獲物を目指すホホジロザメと異なり、底生の動きの少ない餌を探すには、高度な直進性の元でスピードを出す必要は無く、ブレも特に問題にはならない、いやひょっとして寧ろ餌の捕獲に役立っている可能性も考えられます。


 以上から、シノノメサカタザメでは、真性サメほどの高度勝つ強力な遊泳ロコモーションを獲得するまでには至っておらず、サメもどきに留まる生き物であると考えられそうですね。底生の生き物として高度に適応進化したエイが、後世になり海底から<卒業>し、1つはサメ型の推進力を復活させるべく進化し、もう1つは前コラムにて触れたトビエイの仲間の様に羽ばたき型水中遊泳を洗練させ、硬骨魚類にも全く真似の出来ない革新的な遊泳法を獲得した事が判ります。ロコモーションの進化とは、必ずしも中枢神経系−大脳−の高度な発達レベルとは比例しないことを示す恒例です。まぁ、人間などロクに泳ぎも出来ず、昆虫の様に飛翔する事も出来ません。山に入れば遭難事故を多発したりで・・・。

 次のコラムでは、水中羽ばたき遊泳を見せる脊椎動物についてももう少し見て行きましょうか。









軟骨魚類の羽ばたきロコモーションB エイ型ロコモーション




2021年6月10日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第39回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物をこれ以降見て行きましょう。



エイ型ロコモーション 



 サメは硬骨魚類などの一般的な形態と類似して、泳法も体幹を左右にくねらす方式を採っています。これに対し、広義のエイの仲間には、アカエイの様に体幹側面に連続して配列するヒレに前方から後方に向けて波動を起こして前進するもの、エイ型だが海底を尻尾の付け根にあるトゲを用いて歩行するもの、身体の前半はエイ型で偏平化しているが後半がサメ型を呈し、推進力を体幹後半を左右にくねらせてえるもの、また、トビエイの様に体幹左右に三角形の頂点のように突き出た大きなヒレを左右対称的に羽ばたかせて前方推進するもの、など様々な遊泳スタイルを持ち多様性に富んでいます。以下、個別に見て行きましょう。



ガンギエイ型


 平たい身体の左右に三角形に突き出た左右の胸びれに大きな波動を起こして前方推進しますが、この時体幹や尻尾は不動のままです。海底の平らな砂泥地の上を進む時には、胸びれの後方から突き出た棒状の腹びれを足として用い、左右対称的に砂泥に突き立てる様にして進みますが、船頭が棹を水底に差して進むのになぞらえ、英語ではこの動作を punting パンティング 竿差し漕ぎ、と呼称します。この間、身体の他の部分は微動だにせず、滑る様に海底を進むのですが、見ていて大変面白いです。方向転換する場合には胸びれを波動させて速度の調整などを行いもします。この桿状のヒレが陸生脊椎動物の後肢に相同なのかは興味深いところですが、ホウボウでは逆に胸びれから派生した前肢類似の構造で海底を歩行します。水中で浮力が効き体重を支持する必要ないところで、まず四肢としての前後往復運動性を獲得し、今度は浜辺に上陸する頻度を高め、抗重力性を加味したものが四肢の起源だろうと思いますが、それの初期段階が既に軟骨魚類に観察されるとの例でしょうか?



シビレエイ型


 シビレエイの仲間は尾が発達し、前方の丸い部分と後ろの尻尾の部分の長さは大方等しいです。まぁ、ウチワ型とも言えます。反肉質の、尾端に尾びれの付いた尻尾を左右に振って推進力を得ます。この時にこの動作の反作用としてエイ型の前半分が左右に振れて回転運動します。頭部に垂直尾翼の様な縦方向のヒレが無く、回転を抑制出来ないのでしょう。これは、尻尾を振っての前方推進の完成度があまり高くないことを意味するものでしょう。



アカエイ型


 体幹の周囲に広くヒレが拡大し、ガンギエイに比べるとより<円盤化>が進んで居ます。これはロコモーション的には四方いずれの方向にも滑る様に進むことが出来ることを意味しますが、まぁ、海中のUFOの様なものですね。浅海の海底面に沿っての移動運動性が基本ですが、海底から離れて遊泳も行います。この時、周囲のヒレ(胸びれ)に波動を発生させて進みますが、海底面上を進む場合などには波動の波高を小さくし速度を落として進むなど変幻自在な運動性を示します。体幹を反らして上方にターンする事も可能であり、思う以上に巧みな運動性を示します。どうもエイと言ってもけして馬鹿には出来ません。或る意味大変高度なロコモーションを行う生き物です。尻尾はトビエイの仲間の様に細い鞭状になるまでには至らず、そこそこの太さがあり、尻尾の中程付近に有毒なトゲを何本か備えます。捕食する敵に対しては尻尾を振り回して反撃します。


トビエイ型


 この仲間は他の丸い型のエイとは異なり、ロコモーション的には底生生活は完全に止め、海中遊泳して進みます。体幹の左右に三角形型に張り出した大きな胸びれを羽ばたくようにして強力な推進力を産生して進みますが、胸びれ全体を1枚のヒレとして羽ばたき、ヒレの内部で小さな波を複数作り後ろに送る様な事はしません。単に背腹に動かすだけでは無く、ヒレに回転を加えて後下方へと水を押し出す動作をします。羽ばたき遊泳中の体幹は非常に安定しており、左右にブレることなくまっすぐに前進します。鞭状の非常に細い尻尾は遊泳中にまっすぐ伸ばしたままです。尻尾の基部にトゲを備える種もあります。砂泥中の餌を採る時には尖った吻先を持つ頭部を砂泥中に突っ込みます。名前の通り、海面から飛び出して空中を飛翔しますが、この時胸びれで数回程度羽ばたきます。大型のサメなどの捕食者から逃げる為にジャンプすると考えられています。



イトマキエイ型


 これもトビエイの仲間ですが、頭部前面に左右1対の突出した装置を持ち、これが糸巻きを思わせるのでこの名前が付けられました。非常に大型化し、他のエイ類とは食性が全く異なり、プランクトンを食べますので、海面から浅いところを口を開けたまま周回します。100頭程度の群れを構成し移動します。トビエイとほぼ等しいロコモーション方式で遊泳し、空中へのジャンプも普通に観察されます。ジャンプ中に数回羽ばたきますが、この動作で浮力を得ている様には見えませんが、その内進化してトリの様に飛翔できるかも知れません。空中回転したりのアクロバティックなジャンプも示します。ジャンプは性成熟したことを示す、外部寄生虫を落とす、コミュニケーションする為などと考えられています。尻尾にはトゲを持ちますがケースに収められていて無害です。武器は持たずともその巨体或いは群泳して捕食者からは身を守る作戦です。









軟骨魚類の羽ばたきロコモーションA エイとは何か




2021年6月5日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第38回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物をこれ以降見て行きましょう。




エイとは何か



 軟骨魚類の仲間からまず4億年以上前に全頭亜綱 Holocephali (頭が身体の前半分を占める頭でっかちの魚で、現生種はギンザメの仲間のみ、鰓穴は1対のみ)と板鰓亜綱 Elasmobranchii(鰓穴は5対以上)とが分離し、次いで板鰓亜綱からサメ (鰓穴が体幹の側方に開く)と広義のエイ(鰓穴が体幹の腹側に開く)に分離し今日に至っています。エイの仲間を総称する Batoidea エイ上目は、bat + oid = コウモリみたいな、の意味の通り、海水中を羽ばたいて遊泳しますが、特に底生から二次的に脱却して海中遊泳生活に入ったトビエイやマンタでは空飛ぶ絨毯を思わせる堂々たる海中飛翔を見せて呉れ、圧巻です。

 サメなどと同様に、発達した尻尾を用い体幹を左右にくねらす方式のロコモーションを採るものも含まれますが、典型的なエイの仲間は、一般的に身体が偏平化すると同時に、胸びれが大きく発達し頭部から尻尾までの間、身体の側方に伸展しており、これを波動させて前進します。

 エイの仲間は4つの order 即ち目 (もく)から構成されます。Rajidae ガンギエイ Skate  (ガンギエイ目)が祖先系に一番近く、次いで Platyrhinidae ウチワザメ (シビレエイ目)、更に Myliobatidae (トビエイ Eagle_ray、アカエイ Stjgray を含む)  トビエイ目が分岐しました。ここまではいわゆるエイ型の体型ですが、シビレエイの仲間は尻尾が中程度に発達を遂げています。最後に ノコギリエイ Sawfish やギターフィッシュ Guitar fish を含む Rhinopristiformes目(rhino + pristi = nose  + scie 鼻がノコギリの意味ですのでノコギリバナ目とでもしておきましょうか) が派生しました。この最後の仲間は尻尾が大きく発達して体型が細長くなり、身体の前半のみ他のエイの形をしているか、或いはノコギリエイは更にサメに接近した姿をしています。Zapteryx はエイ型を呈していますが、遺伝学的解析により、最後のエイもどき風の仲間 Rhinopristiformes目に分類されています。以上、エイの仲間は4つの大きな仲間から構成されます。尚、エイの分類についてはまだ完全な定見無く、一部の分類が揺れ動いていますので、上に述べたことも今後変動する可能性があることをお含みおき下さい。



 エイの中では一番古い系統のガンギエイでは、口と鰓穴が腹面にあるものの、砂泥中に潜っても呼吸が出来る様、目のサイドに呼吸孔 Spiracle を備えて居ます。この穴から海水を吸い込み、腹面の鰓穴から吹き出し、呼吸します。アカエイの仲間にはこれは退化傾向を示します。因みに、サメでは口から海水を取り入れ体幹側面の鰓穴から海水を出して呼吸しますが、これは硬骨魚類などと同様です。

 ガンギエイとアカエイは共にポビュラーなエイの仲間ですが、違いは幾つかあります。ガンギエイは卵生で強靱な鞘に入った大きな卵を生みます。東京湾岸でも嵐の後などで浜辺でこの卵の鞘の抜け殻を拾うことも出来ます。これに対し、アカエイは卵胎生で、小さなエイを生みます。実はエイの仲間ではガンギエイのみ卵生であり、他の全てのエイの仲間は卵胎生です。アカエイでは頭部の前方左右にもヒレが発達しますがガンギエイでは頭部左右のヒレの発達は弱く、外形から2つの区別は極めて容易です。ガンギエイはやや深目の海底に棲息します。ガンギエイの尻尾は肉質でトゲはありませんが、アカエイでは stingray の名の通り有毒なトゲを備えます。アカエイは浅い海に棲息することが多く堤防釣りでも釣れることがあり、毒のあるトゲの扱いが厄介ゆえ嫌われ者となっています。尻尾を振り回しますが、刺されると重症化する場合がありますのでけして侮れません。院長も以前打ち上げられたアカエイの死体からトゲを引っこ抜いてみましたが、キチン質のオレンジ色掛かった半透明の偏平なトゲであり、鋸歯状の刃が付いていました。アカエイ類の毒素に関しては以下の記述が役立ちます:

 日消外会誌  37(2):198〜201,2004年エイ刺傷により腸管脱出をきたした 1 例、柏原  元ら

http://journal.jsgs.or.jp/pdf/037020198.pdf に拠ると、

 「エイなどの海洋生物が有する毒の成分は一般に粗毒と総称される蛋白・高分子ペプチドで,極めて不安定なため解明が進んでいないのが現状であるがserotonin,5-nucleotidases,phosphodiesterase活性が確認されており,これまでに 10 種類のアミノ酸が同定されている5)〜9).毒による局所症状としては激しい痛み,腫脹,内出血,知覚異常などがあり7)〜12),またしばしば壊死に陥る3)13)14).全身症状は,悪心,嘔吐,痙攣,血圧低下,呼吸困難,不整脈15),などで,時として死に至ることもある7)〜12).エイ毒はタンパク毒であるため,創部洗浄,デブリードマンの他に40〜45°Cの温浴を30〜90 分間かけて行うことが特異的な効果をもつ1)〜17)」


 とされており、2004年時点では毒性分の解明が進んでいないとのことです。毒素としては不安定であり、蛇毒のように完成度の高い進んだものでは無いと言うことでしょうか?

 エイ全般に見られる偏平な身体は、ほぼ海底に貼り付いて生活し、腹面に位置した口で砂泥中の餌を食べる方向に初期段階で特殊化したと考えて良く、周囲にヒレを拡大したのは、体幹を海底に接着したままその波動で前進する為の適応形態と判断して間違いでは無さそうです。

 それが後に、トビエイの仲間の様に胸びれを発達させて完全な浮遊生活性−水中飛翔−空中ジャンプまでも−を獲得したり、或いは尻尾を強大化させて前方推進力を強化するタイプ (ノコギリエイなど、これは海底に沿う性質をまだ色濃く遺しています)へと二次的な適応放散を遂げたのでしょう。日本近海にも棲息するシノノメサカタザメは大型化し、サメ型の後ろ半分の姿を左右に強力に振り前進しますが、殆どサメにしか見えません (各地の水族館で多く飼育されます)。しかしながら鰓穴は身体の腹側に開いており、また歯はサメのような鋭利な三角形のものが配列せずに、他の一般的なエイの様なすり潰し型タイプです。アカエイでは上に述べた様に呼吸孔 は消失傾向にあります。即ち、砂泥の埋没生活形態から<脱出>し始め、海中遊泳性を幾らか強化している訳です。この様に、エイの仲間は体型、またロコモーション的に多様性に富み、面白いグループに見えます。院長は大学の専門課程に進学する際に、獣医学科に進むか水産学科に進むか迷ったのですが、仮に水産学科に進学していたら、獣医学科とはまた違った面白い経験が出来ただろうと思います。今頃は魚専門コラムでも執筆しているかも知れません・・・。









軟骨魚類の羽ばたきロコモーション@ ギンザメ




2021年6月1日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第37回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物をこれ以降見て行きましょう。



羽ばたきロコモーションとは



 羽ばたきとは、体幹を水平に位置させた動物に於いて、カラダを左右対称に分割する平面 (矢状平面と言う)に向かって対称的に四肢を接近させたり(内転と言う)、そこから遠ざけたりする(外転と言う)運動です。しかし、単に背腹方向に蝶番運動をさせてもカラダを前方に進ませることは出来ず、この様な往復的な反復運動の中に、必ず媒体(空気、水、土)を後方に押し出す運動成分−カラダを左右に通過する軸回りの回転運動成分−を発生させる必要があります。例えばボートに乗って左右対称的にオールで漕ぎ進める場合にも、必ずボート船体を左右に横切る横軸回りの運動を発生させているからこそ船を進めることが出来る訳です。まぁ、当たり前の事ですが、船体の真横にオールを突き出して上下させても船は全く前進しません。

 羽ばたき運動する利点ですが、これまでにも述べて来ましたが、仮に片側の手足で漕ぎ進める場合、カヌーを片手でパドリングする時の様に、反作用で船体が右左へとブレますが(実際は鉛直軸回りの船体の回転運動になります)、両手で漕げば、互いの逆方向の力成分が相殺されて船体がぶれることなく、即ち前方推進に無駄な運動無くスムーズに進むことが出来るとの実に単純な理由からです。

 この様なバイオメカニカルな視点を頭に input して、生き物の羽ばたきロコモーションついてざっと見て行きましょう。



軟骨魚類の羽ばたきロコモーション



 脊椎動物の一歩手前の進化段階にあるナメクジウオに類似してカラダが左右に平たく、或いはヘビ様に紐状になり、体幹を左右に振って推進力を産生するのが魚類の一般的なロコモーション方式です。しかし一方、同じ魚類とは言っても、硬骨魚類に比べて進化レベルの低いとされる軟骨魚類の仲間には、体幹運動性に乏しく胸びれ動作をメインとして遊泳する変わった魚も居ます (ギンザメの仲間)し、体幹を偏平化させて周囲のヒレに波動を起こして前進するもの (エイ)もいれば、左右対称的に大きく羽ばたいて進むもの (イトマキエイ)も存在します。因みに硬骨魚類のトビウオは空中を飛翔中に左右の胸びれを左右対称的に広げますが、羽ばたいて推進力を産生することなくグライダーの翼の様に飛行中のバランスを取り浮力を得るのに利用している様に見えます。前方推進の動力として利用していないならこちらは羽ばたき型ロコモーションとは言えず、翼竜、或いは哺乳類ではモモンガ、ムササビ、ヒヨケザルなどと同様に只の滑空ですね。



ギンザメの羽ばたきロコモーション



 さて、まずは軟骨魚類の中の羽ばたき型遊泳を示す種類を見て行きます。軟骨魚類の仲間からまず4億年以上前に全頭亜綱 Holocephali (頭が身体の前半分を占める頭でっかちの魚で、現生種はギンザメの仲間のみ、鰓穴は1対のみ)と板鰓亜綱 Elasmobranchii (鰓穴は5対以上)とが分離し、次いでサメ(鰓穴が体幹の側方に開く)とエイ(鰓穴が体幹の腹側に開く)に分離し今日に至っています。

 ギンザメの名を何となく耳にされた方もそこそこ居られるのではと思いますが、実は国内の一部の地域では漁獲されて食用とされるケースもあります。伊豆の戸田(へた)漁港は相模湾の深海に棲息するタカアシガニの水揚げ港としてよく知られています(院長もそこの民宿に泊まったことがあります、タカアシガニも料理として出ました)が、深海魚のギンザメも底引き網で漁獲されます。調理して食した方に拠ると、刺身は不味いが煮付けなどは食べられるとのことです。筋肉はロウソクの様に白く水っぽい様子ですが、海流のない静かな深海域をぬぅ〜っと滑る様に遊泳する魚ですので、体幹の筋力は弱くて足り、これでは肉にコクや旨味は期待出来ませんね。始終動かしている胸びれの付け根の筋肉はまだ美味いかも知れません。

 遊泳シーンに関しては、Spotted Ratfish や Chimaera の語で youtube を検索するとギンザメの仲間の遊泳シーンが見れますのでご覧下さい。軟骨魚類の仲間であるとは言っても、サメやエイとは雰囲気がだいぶ異なり、不気味なオーラ?を発している様に感じますが如何でしょうか?まぁ、工学者がこしらえた、無表情のロボット魚を思わせる姿形、顔付き並びに泳法です。こいつら何考えて生きてんだ?と思わず考えてしまいます・・・。

 遊泳法ですが、体幹は不動のまま、大きな胸びれだけを用い推進力を得ています。一般的な魚の様な垂直方向に伸びた尾びれがなく、尻尾に向かって体幹が細っていますので、これでは体幹を左右にくねらせても推進力は殆ど得られない構造です。舵取りの際に体幹を左右に曲げる程度にとどまります。胸びれは薄く膜状で柔軟性があり、それ自体に波動を起こし、後方並びに下方へと押し出す力を産生している様に見えます。胸びれを背側に引き揚げる時はヒレを後方に回転させて傾け、次いでそれを前方に回転させながら腹方に引き下げつつその途中で今度は後方に回転させて尾腹側方に水を押し出す動作をしています。ヒレの上下動とヒレ中心軸回りの回転を組み合わせた複雑な運動ですね。実はヒトがクロールで泳ぐ際にも同様の背腹方向の上下動と腕の長軸周りの回転を組み合わせた複雑な運動を特に意識することなく行っている様にも見えます。バタフライ泳法では体幹の背腹方向の屈伸で大きな推進力を得ていますが、体幹の運動無しで前肢のみでクロール型の左右対象動作を行うとギンザメの泳法(気持?)に近づくでしょう。但し、他人からは不気味な奴だと思われかねませんのでご注意のほどを。

 ヤワな膜状のヒレを用いたこの様な泳法では潮流に抗してダイナミックに泳ぎ進める事は期待出来ず、言わば静かな深海を泳ぐ蝶と言ったところでしょうか?軟骨魚類の仲間から早期に分離し、深海域に生き残った特殊化した生き物であると考えるのが妥当にも思います。従ってギンザメの仲間の泳法が、軟骨魚類の祖先系の泳法であったと考えるのはおそらく正しくはないでしょう。

 尚、硬骨魚類のホウボウも胸びれが発達し頭でっかちであり、一見ギンザメに類似しますが、垂直な尾びれの発達から予想される通り、体幹を左右に振って推進力を得ます。胸びれは推進力産生には関与せず、身体の左右の安定性を保持する為のものであり、海底歩行時のバランサーとして機能する様に見えます。目立つ色彩模様ですので、仲間同士に信号を送る、或いは疑似目玉模様として敵を遠ざける効果もあるやも知れません。院長はホウボウ並びにこの仲間のハッカク (鱗の鎧で覆われた魚)の刺身を数回食べたことがありますが、季節によっては採食する餌の関係か、ツーンとする特有の臭みを感じる時があります。一部で珍重する向きもありますが市場価格は特に高くはありません。ホウボウもハッカクも頭でっかちでサイズの割りには身が少ないです。








ロコモーションの話 ー カメのロコモーションO




2021年5月25日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第36回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の32回目です。引き続きウミガメのロコモーションについて扱います。




カメのロコモーション進化 緒言




 これまでのコラムにて様々なカメのロコモーション、特に遊泳形態について個別に述べて来ましたが、ウミガメの遊泳方式への進化がどの様に為されたのかの視点軸で知識の整理がてらざっと一本化して考えてみましょう。まぁ、カメの特徴としての甲羅を獲得して以降の遊泳の巧緻化に的を絞っての総括です。

 話を蒸し返してしまいますが、甲羅の起源に関しては、カメは地上でのトンネル掘りへの適応として甲羅を持つに至ったとの仮説も提出されていますが、院長はこれに対してはロコモーションの視点から完全に疑義を覚えています。

 小人数の研究者が十分な論考の練りの無い思い付きと言って良いレベルの進化仮説を提出するのは、何もカメに限定されず、例えば霊長類の進化、特にヒトの二足歩行獲得の進化仮説(百花繚乱状態!)などにも多々見られる現象であり、素人はその様な仮説が大々的に発表されると飛びついてしまい、例えばすぐに解説動画を作って投稿するパターンを繰り返します。その様な者達−国内外を問わず−は研究者としての基礎がありませんので、体の良い画像、動画を交えて尤もらしい動画を投稿しますが、専門家から見れば無批判的に既存の情報をつなぎあわせたものとなり、肝心の論争のある点には何ら自分なりの見解を出すこと無く、いや、そうすることが出来ず、サッと通り過ごして終わります。この様な動画は特に古生物学を扱うものに多いのですが、幾ら参考文献を最後に紹介していても、子供の恐竜図鑑の域を超えません。見ていると却って素朴な科学的視点が封殺されてしまいミスリーディングされますので、子供には危険かもしれませんね。子供の時に図鑑などを眺めて恐竜の名をそらんじていても、何ら恐竜の進化に関しての新奇性ある素朴な疑問や萌芽的考察を持てず、成人すると全て忘れている者は多いですが、もしかするとその様な者達を量産することに繋がります。大学院生崩れの様な者が関与し、収益化を目指す目的で作成しているのではないかとも院長は感じています。本来の古生物学は、鋭い視点で読み解いて行けば、面白くて寝食も忘れるほどの学問分野ですが、「事実」(断片的な化石資料からの考察ゆえ誤っている可能性はあります)の羅列に煙を巻かれず、それらの隙間の繋り−missing link -  のあり方を考える事が何よりも大切でしょう。

 この様な次第で、特にカメの研究のような研究者間の競争が作用しにくい分野では論文審査のタガが緩く、或る意味言いたい放題でもありますので、一般の方々も批判精神を持って見るべきと院長は思います。逆に言えば、詰めた考察を行えば非専門家が参入できる場でもあるでしょうね。院長はカメのロコモーション進化の研究者ではありませんが、そもそもカメのロコモーション進化をテーマとする研究者は皆無に近いと思われ、普段は哺乳動物のロコモーションの研究に顔を突っ込んでいる院長にも参入の余地が遺されていると解釈し(誤解?)、自分が持つ方法論的視点であれこれモノを言おうと思います。

 前置きが長くなりましたが、最初に述べた様に甲羅の起源に関してはこれまで触れましたので、ここでは甲羅が完成して現生のカメの形態が獲得されて以降の遊泳ロコモーションの改変 modification についておさらいします。



カメの遊泳ロコモーションの比較




 これまでのコラムで述べて来たことを整理すると、カメの遊泳パターンには数通りの適応形態が存在することが見て取れます。



ボディサ
イズ
甲羅縦断形
前肢サイズ
後肢サイ
前肢運動
陸上ロコモーション

遊泳性

アカミミガメ
甲長30cm
浅いヘルメット様
左右交互
自発的陸上歩行
静水中で低速
スッポン
甲長50cm
強い偏平化

水かきがやや発達

左右交互
自発的陸上歩行
静水中で高速、迅速な
方向転換
スッポンモドキ
甲長60cm
やや偏平化

櫂状、柔軟
羽ばたき型

メイン
雌の産卵時のみ浜に上
静水中で高速、迅速な
方向転換
ウミガメ
甲長80cm
流滴型

櫂状、剛体化
羽ばたき型
雌の産卵時のみ浜に上
流水中で強力・高速遊
泳、方向転換巧み



アカミミガメ型


以下をご参照下さい:

*ロコモーションの話 ー カメのロコモーションB

https://www.kensvettokyo.net/column/202103/20210320/


 遊泳中の四肢の動作は地上四足歩行時と同じで、左右非対称なパドリングを行い、水を後方に掻き出す方法です。これは一般的な哺乳動物が水中で地上歩行そのままに犬掻き方式で進むのと同様です。手足のボディサイズに対する相対的なサイズも大きくは無く、強力な遊泳力は持たず、基本は池などの静水中或いはゆったりと流れる大河の下流域に棲息します。手足のサイズに大きな差は存在せず、遊泳ロコモーションに於ける手足の機能的分化が進んでいないカメになります。水中生活性をやや強め始めた段階に居るカメと捉えて良いでしょう。



スッポン型


以下をご参照下さい:

*ロコモーションの話 ー カメのロコモーションC

https://www.kensvettokyo.net/column/202103/20210325/


 甲羅が皿のように薄く偏平化し、辺縁の皮骨が退化して柔軟な革質を呈します。池などの静水中に或いは流速の緩やかな河川に主に棲息しますが、水中を切り抜けるかの様な高速な遊泳、また迅速な方向転換を行う事が出来ます。手よりも足のサイズが大きいですが、遊泳時の手足の動きはアカミミガメと同様、地上歩行の動きと基本的に同じです。手足の指間に水かきがやや発達し、足はヒレ化しています。即ち前方推進力を足で産生する割合の強いカメ(後肢駆動型)になります。鼻先−これは呼吸時のノズルとしても利用出来る−や平たい甲羅の形状は水の抵抗を減らす上で役立つのは確実でしょう。以上から、スッポンの仲間は、遊泳する為の手足の<エンジン>は、まだ地表ロコモーションの痕跡を留めるものの、<車体>の方は改良が高度に進み、両者を加味して、水中遊泳の1つの頂点に達しているカメであると理解出来るでしょう。まぁ、迅速で小回りの利く水中遊泳タイプに進化したカメと言えそうです。



スッポンモドキ型


以下をご参照下さい:

*ロコモーションの話 ー カメのロコモーションD

https://www.kensvettokyo.net/column/202104/20210401/


 甲羅の縦断面は中央部がピークとなるなだらかな曲線を描きますが、スッポンほどまでには偏平化は示しません。スッポンとは大きく異なり、足よりもサイズの大きな櫂状の手を基本的に左右対称的に羽ばたくように動かして前方推進力を得ます。手のヒネり動作−ヒレ全体が柔軟な布の様に動く様に見えます−を通じての細かな迅速な方向転換も巧みに行う事が可能です。足の方も手ほどのサイズはありませんが推進力を得るためのヒレとして機能し、こちらも手の動作と相俟って方向転換の為の舵取り動作時にも強力に機能している様に見えます。


 ウミガメの前肢がヒレとして大型化すると同時に、特に前縁半分が硬くなり、手が硬い塊の一体となって動作するのに対し、スッポンモドキの方は、ヒレ全体が柔軟な布の様に動く様に見えます。スッポンモドキの前肢のヒレは外見的にはウミガメのヒレに類似するものの、中身の骨格の構成が、ウミガメでは指骨を伸張させ、更にヒレの中に指骨を伸ばしてヒレを裏打ちしているのに対し、スッポンモドキでは指骨長がヒレの半分程度に留まり、ヒレの付け根半分寄り部分の尾側には骨性要素が配置しません。それで遊泳中に布がたなびくようなひらひらした動きを見せることになります。手指の長さをヒレの半分程度に保ち、手根部の回転動作で手を捻る動作(これは水の抵抗に拠る受動的な動きが含まれる可能性もあります)、並びに指の間隔を拡大してそれを閉じたり広げたりする動作、この2つの動作、これに足の動きが加わり、で水中での巧みな且つ迅速な方向転換、姿勢転換を可能にしている様に見えます。


 前肢の手が大型化して左右対象的にパドリングする動作は、水中での強い前方推進力を得る様に進化したことを示しますが、ウミガメほどには海流に抗して遊泳するパワーは持たず、細かな舵取りを行える様に同時に改変を受けた結果と言えるのかもしれません。まぁ、スッポンの別バーションの高度な水棲生活適応ですが、左右対称性のパドリング動作は、ボディサイズが大型化し、より強い相対的な推進力を得る必要のゆえである可能性も考えられます。



ウミガメ型


 甲羅の縦断面は前半分になだらかなピークがあり、後ろ半分でそれがダラ下がりに高さを低くする形を呈し、いわゆる流滴形となります。飛行機の翼の断面にちよっと似ている様にも思えます。オサガメには更に縦方向の大きなうねりが並列しています。前肢は強大に発達し、遊泳は前肢の羽ばたきのみで行い、後肢は遊泳中に足の平をカラダの水平面に合わせて動かさず、飛行機の水平尾翼を思わせます。前肢のヒレの中身ですが、手の指の長さが相対的に伸張する一方、前肢の近位側の骨である上腕骨と前腕骨(橈骨 radius + 尺骨 ulna)が短縮しています。また、スッポンモドキではヒレの付け根の半分は膜構造のみでひらひらと柔軟に動くことが判りますが、ウミガメではヒレが全体的に骨格要素で裏打ちされています。まぁ、構造的に剛体化が進行している訳です。この様に、手足の大きさの違いや構造から、前肢に拠る推進力産生、後肢による遊泳時の姿勢安定+舵取りへと一段と機能的分化が進んでいる様に見えます。この為か、ウミガメは手足を利用しての方向転換なども勿論可能ではあるものの、やや動作が大まかになる様にも見えます。強力な前方推進力を得る事とトレードオフに、迅速で細かな方向転換が失われ幾分不得手になったと言って良かろうと思います。




ウミガメ型への進化




 以上からウミガメ型遊泳への進化の流れを纏めると、以下の傾向が明らかになります。即ち、


@ボディサイズの大型化


A甲羅形状の流体力学的適応度上昇


B前肢サイズの相対的大型化と剛体化


C羽ばたき型前肢運動性の獲得


 これらは強力な海流に対する適応形態として合理性を持つものと考えて妥当でしょう。前肢の手の部分が大型化するだけでは無く、これを動作させる甲羅内部の筋骨格系の作りも強大なものとなっています。また、以前のコラムで個別に触れて来ましたが、甲羅の軽量化が特にウミガメに観察され、オサガメではそれが極度に進んで居ます。この軽量化は体幹構造の柔軟化をもたらしますが、これは遊泳動作を流体力学的に有利にしている可能性も考えられます。


 実はこれら4つの傾向はスッポンモドキにもそのまま観察されますが、おそらく、水なる粘性抵抗を持つ流体のなかで遊泳するには、絶対的な推進力を産生する−獲物を獲得する上で有利に作用します−上でボディサイズを大型化することが有利な適応であり(ボディサイズを大型化することは敵に襲われにくい、体熱を内部に貯めるのに有利、採食の間隔時間を空けることが可能など他の様々な理由が考えられます)、それに付随して大きな前肢で羽ばたき運動を行うのが必然となって来たのでしょう。これは外洋性の強いオサガメが、現生のウミガメの中で最大のボディサイズを持つと共に、最大相対長の前肢を持つことからも理解が出来ることでしょう。スッポンモドキとウミガメは平行進化的に同じ様な形態を獲得するに至った、即ち、収斂現象を互いに示していると考えて良さそうです。スッポンモドキとウミガメの前肢並びに後肢動作の違いについては、機能形態学観点に立ち詳細な動作解析を行うと面白ろそうです。



 次回からはワニ、更にはムカシトカゲのロコモーションついてお話を進める予定でしたが、この際?ですので、各種動物の羽ばたき型のロコモーションをざっと見て行く事にします。









ロコモーションの話 ー カメのロコモーションN




2021年5月20日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第35回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の31回目です。引き続きウミガメのロコモーションについて扱います。



ウミガメのロコモーション 羽ばたき型の意義




 ウミガメの形態、繁殖戦略、保護と、直接のロコモーションとは離れるお話が続きましたが、ぼちぼちウミガメの遊泳ロコモーションの本題に入りましょう。

 他の爬虫類、いや一般的な哺乳類に於いても、<体幹を左右に振ったり、背腹方向に曲げ伸ばしたりしたの動作>+<四肢の動作>−全ては反復回転運動から成立する−で前方推進力を産生しているのですが、カメは甲羅で覆われていて体幹(胴体)の動作が出来ず、推進力は主に四肢の動きで得る他にありません。この様に体幹運動性がほぼ完全に封じられた脊椎動物は珍しく、その特性を踏まえてロコモーションを考察する必要があります。尤も、ナガクビガメの様に頸部が伸張しているカメの場合は、首を左右に振ってウミヘビの様な推進力を得ることも考えられますが、実際には推進力を産生するのがメインでは無く、四肢の動作の反力で甲羅部分が左右にブレるのを打ち消して、まっすぐ効率的に前進するのを助ける効果を得るものではと推測します。また舵取りに利用する時はあっても、尻尾が長大化してこれを左右に振り推進力を得るカメは存在しません。折角甲羅を設けたのに甲羅に仕舞いきれない尻尾があればそこを的に噛みつかれてしまい進化した意味がありませんね。この様な事から、カメに於いては矢張り前方推進力パワーは専ら四肢の漕ぎ動作によって得られると考えるべきでしょう。

 四肢の漕ぎ進めは、純粋に前方に進む運動成分と側方また上下に、或いは体長軸回りに回転する成分とから成り、これはカメの運動特性、生息環境にも密接に関与してきますし、甲羅の形態や手足のヒレの大きさ、構造、更には水の粘性を考えるとボディサイズにも当然関連して来る筈です。まぁ、水中を「飛翔」していることから航空機の運動を理解することにも通じるところがありそうです。但し、飛行機やトリの飛翔との大きな違いは、カメには−水棲脊椎動物は皆そうですが−水中で浮力が働き、重力に抗する力成分を産生する必要が無いことです。


 単にウミガメの遊泳を見ていても、のんびりしていていいなぁ、で終わってしまいますので、他のカメや生き物の遊泳動作と比較する事、即ち比較運動学の考え方を通じてその特性を浮かび上がらせる手法を採りましょう。まずはさっと遊泳動作を見て行きましょうか。

 アオウミガメは海底の砂地に生えた植物を食べますが、海底に接しながらそろりと這い進む時に前肢を左右交互に漕ぎ進める動作を行います。浮力も利いていますので、左右交互の軽度の力でも前進出来る訳ですが、これは地表での他の爬虫類のロコモーション動作と同じです。但し、アオウミガメの成体が産卵の為に浜に上陸して前進する時には、前肢を左右同時に漕ぎ進めますが、これは片腕では重い体重を動かせないからでしょう。小型のヒメウミガメの上陸の際には、左右交互に前肢を動かして這い進めもします。左右交互の<漕ぎ進め>でも、腹甲と砂面との間に摩擦力が働き、無駄な左右方向への甲羅の回転を抑えてくれますね。

 海中を遊泳する場合は左右同時に羽ばたきますが、仮に左右交互に前肢で漕ぎ進めるとなると、体幹がその都度左右方向に大きくブレてしまい推進効率は低下してしまうでしょう。以前のコラムで紹介したアカミミガメなどは水中でも地表と同じく左右交互に前肢で漕ぎ進めますが、手のサイズも小さく、一漕ぎしても反動で体幹が大きく回転することもありません。これを考えると、ボディサイズの大型化と海流に抗して推進する必要性が強大な前方推進力を得るための手のヒレサイズを大型化させた、それと同時に、発生する左右の回転力を相殺する為に左右対称的な前肢動作で遊泳する必要が生じたことが理解出来ます。

 海中をまっすぐ前進する場合には、後肢は足の平面を腹甲とほぼ同一平面上に置きますが、平たい甲羅を含めて、前肢の羽ばたきが生じる背腹方向への揺れを抑制するのに役立ってもいそうです。まぁ、目的とする前方推進以外の身体の動きを如何に封じて滑らかに推進するかの姿勢並びに形態的な適応でしょう。これは、ロコモーションする際に、距離と速度に応じて、どの様にして無駄なエネルギーを消費せずに効率よく進むのかへの各動物の工夫でもあります。

 海棲への遊泳適応には、体幹を左右に曲げて(一般魚類、ウミヘビ、ウミイグアナ等)或いは背腹に曲げて反復回転を起こす方法(海棲哺乳類)、体幹の運動性を捨て四肢やヒレを動作させて推進する方法(カメ型)、両者をミックスする方法に大別できそうですが、カメ型は、更に左右非対称的にパドリングさせる方法(アカミミガメ型)と左右対象的に羽ばたき型で推進力を得る方法(ウミガメ型)に分けて理解する事が出来そうです。これを頭に入れた上で、周辺の生き物を含めてウミガメの遊泳性の進化の流れを次回から考えてみましょう。








ロコモーションの話 ー カメのロコモーションM




2021年5月15日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第34回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の30回目です。引き続きウミガメのロコモーションについて扱います。



ウミガメの保護活動A



(前回からの続き)

 一方、産卵に関する保護活動の方は、繁殖に直結することゆえ、種の維持には絶大な効果を発揮します。自然の浜辺の維持が何よりも大切な取り組みですが、産卵行動の周辺にヒトが介在する方法もあります。

 その様な保護活動の実際の事例については、

https://www.nationthailand.com/news/30378468

The Nation Thailand

Joy as leatherback turtle lays eggs on Phang-nga beach, November 18, 2019

Mueang National Park の Thai Mueang Beach でのオサガメの産卵への保護活動について見ていきましょう。


 タイ国のムアン国立公園にあるムアンビーチではオサガメの保護活動が行われています。

「長さ194cm、幅173cmのオサガメが国立公園の敷地から外れたPhang-nga beach に巣を掘り日曜の夕方に産卵し去って行きました。巣の中に海水が入る可能性がある場所であった為、国立公園内の浜の、より標高の高い孵化に好適な場所に卵を移動しました。全104個の内85個が受精卵でした。」

 ほぼ10年間オサガメの産卵が途絶えててのち2年連続で産卵に来て呉れてとても嬉しいと担当者のMongkol は話しています。「前年は、Phang-nga での3箇所に産卵が観察され、最初と3番目はKhuk Khak Beach、2番目はThai Mueang Beachでしたが、約95%の卵が孵化しました。最大4回の産卵を行うので、この母ガメが近い場所にまた産卵することを期待しています。国立公園はムアン地区と協力し、毎年11月から1月に産卵に訪れるウミガメ産卵の監視チームを結成する予定です。」と言う。

(院長訳)


 卵の発掘と埋め戻しの際には、卵の上下を変えない様に注意する必要があります。保護区域外でヒトの往来がある様な場所に産卵した場合などには、この様な卵の引っ越し作業は良く行われており、本邦でも一般的な行為です。埋め戻した後にそのまま放置し孵化した幼ガメが自然に海に戻るのに任せる場合もあれば、孵化した幼ガメを一定期間育ててから放流する方法もあります。孵化した子ガメは浜を下り海に入り外洋に泳ぎ出すまでのエネルギーしか持ち合わせませんので、孵化個体を集めて予定された日に子供達を集めて放流会を行うと、消耗して外洋に出ることが出来ずに死亡することが判明しており、この様なショー的な活動は実は自然保護に名を借りた偽善であるとの批判も出ています。養育してからの放流に関しては成熟後に再び同じ浜に戻り産卵した例が確認されています。ウミガメは産卵場所が好適でなくなった場合に、新たな浜に産卵する程度の適応性を保持しています。それ故、産卵場所を地磁気で記憶しているのでそれを攪乱する様な人間側の手出しは良くないとの説もありますが、そもそも産卵場所を地磁気で記憶しているとの科学的根拠が明確にされていないこと、また、新たな産卵場所を求める適応性をもっていると考えられる点、から、院長は一定サイズまで養育してから放流する遣り方は特に問題無いと考えて居ます。実際のところ、自然孵化して浜を必死に下りて海に向かう、或いは外洋に到達する途中で、子ガメの殆どが海鳥、大型の魚類等に捕食されてしまいます。1度にオサガメが100個産卵し、1シーズンで3回産卵、つまり300個を産卵しても、成体にまで生き残る個体は1頭にも達しないかもしれません。



 電波発信機を取り付けたオサガメに纏わる新たなニュースが飛び込んで来ましたのでお報せしましょう。

 STC (Sea Turtle Conservancy ウミガメ保護団体)の web サイトは情報が充実していますのでウミガメ保護に関心をお持ち方は是非アクセスして下さい。


https://www.conserveturtles.org/satellite-tagged-leatherback-turtle-hope-returns-to-nest-in-florida-for-second-consecutive-year-a-first/

STC (Sea Turtle Conservancy ウミガメ保護団体) Sea Turtle Blog

Satellite-Tagged Leatherback Turtle “Hope” Returns to Nest in Florida for Second Consecutive Year?a First!


April 6, 2021

2021年4月6日


 北はニュージャージーの海岸から南はカリブ海に至る 17000kmの丸い軌跡の旅行の後に、オサガメの Hope は、フロリダのジュピター島に産卵の為に戻りました。これは前回 2020年の 5月の産卵場所から僅か1.5kmしか離れていません。オサガメは通常は2,3年に一度産卵しますので、1個体が連続した年に産卵するのは大変稀なことです。これは2年連続して産卵したオサガメを追跡する機会を研究者が得た初めての事です。


 Hope にはウミガメ保護団体 STC 並びにフロリダオサガメ株式会社が昨年 5月に衛星送信機を取り付けたのですが、これはSTC の毎年のトゥールドタートル(= Tour of Turtle) ウミガメ移動マラソン教育プログラムの一部として行われたものです。衛星送信機は研究者及び一般の方々が Hope の現在地をオンラインで知り移動を追跡することを可能にします。


 「Hope は同一のオサガメが産卵場所からの2度目の追跡を受けたとの信じられない様な機会を与えたカメになりました。」とRTC の生物学研究者であるダニエル・エバンス博士は言いました。「彼女は昨 2020年に追跡すべき1匹のカメであると我々は関心を抱き、彼女が以前の軌跡を辿るのか否か興奮と好奇心を持って観測していたのです。」


 Hope は、ひたむきなファンの一団を拡大しましたが、彼らは彼女の現在位置を毎日チェックし、彼女が信じられない様な独特のルートを辿るのを楽しんだのです。


 ほぼ 9ヶ月に亘り位置情報を発信した後、プエルト・リコの 250マイル北付近に居た頃(2021年2月6日が最後)に Hope は位置情報を更新しなくなりました。これは幾つかの理由で起こり得ます。追跡装置が故障したか、完全に脱落したか、或いは信号を送るのを妨げる生物付着物で覆われた事も考えられました。Hope のファン達はいつの日か信号がオンライン地図上に戻ることを望んで腰が落ち着きませんでした。研究者達もまた、彼女が再び送信し始めててくれることを望んでいました。と言うのは彼女の旅程が彼女がまたフロリダに戻りつつあることを示していたからであり、このことは類いまれな記録となると思われたからです。


 Hope からの信号の途絶えたほぼ 2ヶ月が経過しましたが、フロリダオサガメ株式会社の研究者は、3月29日の夜間追跡調査の間に親愛なるカメ、そうですHope !、に出くわし驚きました。彼女の衛星発信機が脱落していたことが分かりましたが、研究者等はカメの手に取り付けた金属製のタグとPITタグ詰まりマイクロチップから彼女を同定出来たのです。そして再び衛生発信機を取り付ける事が出来ましたが非常に稀なる機会を得た訳です。


 「チームが彼女を今年に再び発見した時には我々は信じられないぐらい興奮し、また正直極めてショックを受けました。」と フロリダオサガメ株式会社のケリー・マーティンは言いました。「我々はもの凄くぞくぞくして別の衛生発信機をすぐに取り付けOK準備にさせました。これは、2年続けて産卵を経験した絶滅危惧種のオサガメを追跡出来た最初の機会になりましたし、また普段は容易には追跡できない行動を観察する極めて稀な機会となったからです。」


 2021年4月5日、月曜日附けでは、Hope はフロリダのピアースインレットの凡そ東 30kmの地点の水深 38mのところに居ます。昨年5月に標識されて以降、彼女は 18000km以上を旅行して来ました。一般の方々はHope をwww.trackturtles.com/hope よりオンラインで追跡できます。

(院長訳)




 電波発信機をカメの背甲のてっぺんに取り付けて軌跡を追い求めることを通じて、カメの習性、産卵の実態の詳細を知ることが出来ますが、これは勿論保護活動に生かすことが出来ます。例えば、産卵シーズンに浜辺に接近したらカメが産卵場所を物色し始めたと判断し、追跡を密にして産卵場所を知る事が出来ます。只、この装置の欠点としては最長2年程度で電池切れとなり、それ以上に亘る長期の追跡は出来ません。ウミガメの場合、太陽電池パネルを背甲に貼り付けて発電・充電する手も考えられますが、やり過ぎだと批判を受けるかもしれませんね。それにオサガメの背甲は平らでは無いのでそもそも取り付けが困難かもしれません。

 Hope の例では、2年連続で行われた産卵場所が僅か 1.5km しか離れていないことが判明しましたが、海中からどの様にしてほぼ同じ場所の浜を探り当てるのか不思議ですね。海水の匂いを覚えているのか、或いは実際に地磁気に反応しているのでしょうか?渡り鳥の場合は、地磁気に反応している、星の位置を見ている、景色を覚えているなどの諸説がありますが確定的なものはまだ提出されていない様に思います。元の家に置いてきたイヌやネコが数千キロ離れた引っ越し先に姿を現した事例もそこそこ耳にします。北海道の鮭の遡上をも連想させますが、一種の<帰巣本能>とも言えそうです。動物が持つこの不思議な能力に関しては後日纏めてコラム化する予定です








ロコモーションの話 ー カメのロコモーションL




2021年5月10日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第33回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の29回目です。引き続きウミガメのロコモーションについて扱います。



ウミガメの保護活動@




 過去半世紀ほどの間で自然保護活動が高まるに連れ、野生生物を保護し、自然に対する人間活動の<浸食>を適宜抑えることは崇高な理念であるとの考え方が強まり、また実際、営利企業なども自分たちが自然保護活動をしている、自然を破壊していない、或いは炭酸ガス削減に取り組んでいるなどと宣言することが企業イメージを高めるのに欠かせないことになって来ています。

 ウミガメは平和なイメージがあり、愛らしい生き物でもありますので、ヒトがこれを一段と強く保護したくなるのも十分に理解出来ることです。実際ウミガメ全種が絶滅危惧の信号が点っている動物と考えて良く、積極的に保護活動を行わなければ早晩絶滅するのは確かに思われます。

 ウミガメの保護に関しては、遊泳中の成体を保護し個体の生命或いは健康状態を向上させる活動も有りますが、ウミガメの保護に最大の効果をもたらす活動は、ウミガメの最大の弱点、即ち、<海洋遊泳にカラダが高度に適応して進化的改変を受けたが地上での産卵活動を放棄しない点>を人為的に守ることになります。これには、産卵する砂浜を自然のままに保護する環境整備と維持の仕事、上陸した母ガメを保護して自然産卵をスムーズに遂行させ、ヒトや他の哺乳類から産卵された卵を守り、或いはふ化後の幼体を外敵から守る営為の各段階での保護活動、を挙げる事が出来ます。

 以下、順にこれらの取り組みについて考えてみましょう。



 遊泳中のウミガメを助ける仕事には、例えば体表に付着した寄生生物を除去してカメの遊泳ロコモーションを正常化させる取り組みが各地で行われています。暖かで海流が穏やかな海域−これは産卵場所に接近した海域でもあります−にはウミガメの個体数が数多く観察されますが、海表面をよたよたと泳いでいるカメを見つけ、体表に余計なモノが付着している場合は捕獲して船上に引き揚げます。やや鋭利な器具を用いて体表に傷を与えぬよう注意しながらガリガリと削り落とします。ウミガメ自身には甲羅の表面を例えば岩などに擦りつけて維持する習性は無く、お互いに固着生物を取り外す知恵も残念ながらウミガメは持ち合わせません。ヘビの様に脱皮して<一皮むく>作戦を取る訳にもいかず、この様な次第で、一旦、フジツボ、スリッパ貝などに固着されて仕舞うとその増殖を抑えることが出来ません。遊泳力が低下して機敏な動きも不可能になれば、餌を採るにも不利となるばかりか、生殖にも不利となり子孫を遺せなくなる可能性もありそうです。

 淡水棲のカメの甲羅の後方に緑藻が生えた状態のものを蓑亀(ミノガメ)と呼称し、長寿を象徴する縁起良いものとされます。これはマリモと近縁な緑藻が着生したものと近年判明していますが、この程度の付着物であれば遊泳にも問題無いばかりか、人間には珍重されて大切にされ、カメにとっても損なことはありませんね。因みに院長宅で飼育しているジーベンロックナガクビガメの甲羅を綺麗な緑色の藻類が覆っていますが、甲羅の尾端部分の緑藻が伸びる事はありません。またウミガメの甲羅に海藻が生える例も見た事はありませんね。



 漁具関連の事故としては、嘗ては米国でエビ刺し網のトロール網にウミガメが捕らわれ、脱出出来ずに大量死したことがありましたが、網の改良(脱出口を設けた)でこの事故は防止出来る様になりました。残念ながら現在でも釣り具を呑み込んだり、延縄(はえなわ)漁法 longline fishing の漁具の一部を呑み込んで苦しむウミガメの事例が数多く報告されています。口から樹脂製の端を出しているところをヒトに発見されてレスキューされますが、逆流防止の為のトゲ構造を持つカメの食道の形態的特徴から、飲み下した漁網をなかなか引っ張り出す事が出来ずに非常に難儀します。釣り人が放棄した糸や針に引っ掛かり、鳥が命を失う例も多く報告されますが、実は沖の人目に付かない場所で行われる近代商業漁業も、単に魚などを捕獲するのみならず、漁獲対象としない生物を数多く無駄死にさせている事実を知り、それに対する対策を求めて行く必要があります。釣り具の後始末も出来ないアマチュア釣り人を責めるだけでは片手落ちであり、魚食する我々にも等しく責任があることを自覚すべきですね。本邦がこの分野でも先進国となることを願っています。



 ウミガメの甲羅が削り取られたり、四肢の一部が欠損した個体にお目に掛かる事があります。これはサメなどに囓られたものではなく、殆どは人為的な原因によるもので、船舶のスクリュウやイカリに巻き込まれたり、或いは定置網に四肢が絡まり脱落 (拘扼されて血流が遮断され脱落します) したことに拠る外傷に由来します。

 米国フロリダ半島南端沖に位置する細長い隆起珊瑚礁の島であるフロリダキーズ (Florida Keys) にあるウミガメ病院では、年間に約 100頭のその様なカメが持ち込まれ適宜治療を受けています。カメが回復するまで養育され、また寄付を募ると同時に一般人に対する環境保護の啓蒙活動も行われています。他の水族館等では、四肢欠損個体に適宜人工ヒレを装着する取り組みも行われていますが、耐久性などが未知数で有り、一時しのぎの対応となる可能性もあります。館内展示に留まり、外洋への放流は躊躇されるでしょう。体表面に良性腫瘍が増殖したなどの場合は簡単に外科的除去も可能ですが、腹甲を外してまでのオペ(腹甲の中央部に骨要素が存在しませんのでここに術野を設けると良さそうですが)は非常に困難そうに見えます。この様な、ウミガメ個体へのレスキュー行為は、場当たり的であり、種としてのウミガメの維持増殖には微々たる影響しかもらたさないだろうと考えます。しかしながら、その様な取り組みを世の中に紹介することを通じて、ウミガメ保護や海洋生態系の保護の気運を高める強力な効果は確実にあるでしょう。








ロコモーションの話 ー カメのロコモーションK




2021年5月5日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第32回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の28回目です。引き続きウミガメのロコモーションについて扱います。



ウミガメの産卵と生殖戦略


卵生 vs. 卵胎生 vs, 胎生




 ウミガメは、絶滅種含めて他の全ての爬虫類と同様、一旦地上に進出してから二次的に水棲化した爬虫類であり、卵胎生も獲得していませんので、雌個体は産卵の為に必ず上陸する必要があり (雄個体は終生海中で過ごす)、これまで触れた様に、そこを捕食者に狙われるのが最大の泣き所になります。雌は砂浜に上陸後、満ち潮のラインより上のところ (潮上帯)の、砂浜と海浜植物が生えている境目付近の柔らかな砂に、まず前肢で地ならしを行って平らにしてから次いで後肢で直径 30〜40cm程度のやや深めの穴を掘り、ピンポン玉大のまん丸の卵を一度に 100個程度産み落とします。発育中の砂の温度が高いと卵が雌となり、逆に低いと雄になりますので、雌は本能的に丁度良い深さに穴を掘り雌雄比を整える訳です。砂中の卵は約 2ヶ月で自然孵化しますが、砂から脱出した子ガメが安全を求め本能的に一目散と外洋に達するまでの歩行及び遊泳の間に、海鳥や魚類等に拠り、その大方が捕食されてしまいます。

 卵を100個も生むのは生存の歩留まりが悪い事への対応ですね。雌の腹に、甲羅で囲まれた制限がある中、100個もの卵を抱える容積的な余裕があるならば、卵胎生化して少ない数の幼体をそのまま外洋に生み出す方が安全に思えますが、ウミガメではその方向への進化が行われませんでした。

 海洋に進出した他の爬虫類である、魚竜、首長竜、海トカゲが卵胎生化する中、ウミガメは卵生を続けて来ましたが、魚竜、首長竜、海トカゲが全て絶滅してしまい、ウミガメが1億1千万年間生きながらえて来たことを鑑みると、卵胎生にすれば勝ち組だ、万歳!とも言えません。水棲に特化し、浜への産卵のための上陸が不可能な身体では、海中に産卵する訳にも行きませんので、水棲オンリーへの特殊化と卵胎生化獲得は同時に起きたと考えざるを得ませんが、別段、僅かに地上性を残すウミガメであっても先に卵胎生化しても不都合は無かった筈です。ウミガメは生殖生理機構の改変ではなく産卵数で対応する戦略ですが、どうして卵胎生化せずに推移して来たのか、その<頑迷さ>を考えると面白い様にも見えます。ヘビに関しては例えばニホンマムシは卵胎生ですが、ウミヘビは全て陸上 (洞窟など)で産卵します。こちらは卵胎生化すると細長い体幹の腹部が膨れ、蛇行遊泳に支障が出るからなのかもしれません・・・。



 換言すれば、海洋性爬虫類が腹の中で幼体を育てる事が、一見すると進んだ生き物へと進化したかの様に見えますが、実は母体側或いは幼体側の生存に不利となり易い状態を招く可能性、詰まりは卵胎生は海洋性爬虫類には脆弱性をもたらした<歪んだ>進化、<背伸びをした>進化であった可能性、を考えるべきかもしれませんね。逆に言えば、爬虫類は高度に水中適応して魚の様になってはマズい生き物であると言えるかもしれません。環境に合わせて運動性、ロコモーション性で最適応化すれば、その適応形態が進化的に未熟な生殖、或いは幼体の成長システムに対して適応し切れない無理をもたらし、(カメでは平気だった?)環境変動その他がその動物の絶滅への引き金を引くとの図式です。地上にて真の胎生を獲得した哺乳類が海棲哺乳類化したのとは異なり、海棲に由来する環境圧の重みが爬虫類の生殖生理には重くのし掛かる可能性です。1つには、或る程度に成長した少ない数の幼体を直接海中に産んでも捕食されてしまい、数多くの卵を地表に産んだ方がまだ個体数を維持し得た可能性もあるでしょう。また1つには、海水温の低下が<胎児>の発育にダイレクトに大きな悪影響を与えた可能性も考えられます。− この様な事を考えると、ウミガメは海中では無く砂浜を選んで正しかったと言える様にも思えてきます。まぁ、海水温の低下は、南国の楽園でこの世の春と裸で過ごして来た人間が、急に冬を迎えてセーターの存在を知らずに風邪を引くような塩梅でしょうか。

 或る動物の系統が環境に適応して、その環境に特化して進化してきた動物に似たような形態や習性を持つ事がよく知られており、これは適応放散ゆえの収斂(しゅうれん)現象と呼ばれることをこれまで何度も繰り返し述べて来ました。カラダの生理機構(中枢神経系に拠る制御も含めて)の完成度が高くないと、環境変動が生じた時にその枝先(モドキ動物)が枯れてしまうと表現すれば分かり易いかもしれません。ちなみに<劣った>哺乳類である有袋類には海棲種は存在しませんが、未熟な赤ん坊を産み袋の中で乳首に吸い付いて成長させる生殖戦略では水中生活は不可能です。母親は子供が独立するまで地表生活を余儀なくされますが、それでは水中生活への適応はストップしてしまいます。<更に下>のカモノハシの場合、卵生であり巣は水面より上に設営し、親が時々戻って授乳するとの何とも不思議な方法で子供も育てます。親の活動域と子育ての場(地表)を別とする点で、トリの生殖戦略にも類似します。卵生であることに合理性がある訳ですね。卵生−卵胎生−胎生の進化的変遷については別項でまた詳細に検討する予定です

 本邦では、アカウミガメが本州南域に、アオウミガメ -が南西諸島、小笠原諸島に、またタイマイ が南西諸島各地で産卵を行うことが知られています。オサガメが奄美諸島で産卵したことも過去に観察されています。








ロコモーションの話 ー カメのロコモーションJ




2021年5月1日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第31回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の27回目です。引き続きウミガメのロコモーションについて扱います。



ウミガメ科の形態A 頭部形態




 引き続き、以下、2001年に出版されたウミガメの解剖に関する網羅的な論文がありますので、それを参考にしながらお話を進めて行きます。

http://ibimm.org.br/wp-content/uploads/2017/05/Wyneken-2001-The-anatomy-of-sea-turtles.pdf

NOAA Technical Memorandum NMFS-SEFSC-470

THE ANATOMY OF SEA TURTLES  by  Jeanette Wyneken, Ph.D. December 2001


 頭蓋骨形態ですが、これは特にウミガメに特徴的なものではなく、爬虫類一般に観察されることなのですが、鼻腔から入った空気が直ぐに口腔の上の壁の開孔部から口腔内に入ります。人間の場合はどうかと言うと、鼻から吸った空気は舌の収まる口腔とは別のルート(口腔の上の<2階>)を通って奥に向かい、喉で口腔と初めて繋がります。まぁ、呼吸のルートと食べ物のルートが別になっていて2つの間に薄い骨の隔壁((硬口蓋)が存在する訳です。爬虫類は呼吸する事と飲食する事が同時に出来ず、時間的に交互に切り替えて行います。食道と肺に向かう弁をその都度スイッチングして切り替え、肺への誤嚥を防止する方法です。仮に人間がこの構造だとすると大きな問題が生じてしまうのですがお判りでしょうか?−答えですが、赤ん坊が授乳されている時に乳を呑みながら呼吸する事が出来ずに困ってしまう訳です。腹は満ちても顔が真っ青になりますね。口腔に乳を貯めて、肺呼吸する時は肺への通路を弁で開き、次に乳を呑み込む時は食道への通路を開きます。仮に鼻からの空気が口腔の乳と混じれば肺の方に乳が入り命取りになりかねません。口にモノ(特に液体)を貯めながら呼吸する事が出来ない訳です。この構造は哺乳類以降に得られた形質で、文字通りの哺乳する動物の特徴です。爬虫類は口にモノを貯めながら呼吸は出来ませんが、元々呼吸頻度と呼吸量は少なく、食べている間に呼吸しなくとも問題にならないカラダ!ともいえるのですが。或いは歯牙の機能分化が低く、獲物を時間を掛けて咀嚼すること無く、丸呑みにして一瞬で呑み込む作戦でもありますね。哺乳類では、餌を口に詰めて咀嚼しながら(喉でスイッチを切り替えて)呼吸も出来る仕組みで便利に出来ています。成体でも効率的に餌を食べ消化することが可能になり、活発なエネルギー産生が可能になります。但し、この切り替えスイッチが誤動作したり、動きが悪くなったりすると、飲食物が肺に入り、大変に苦しい思いを味わうことになりますね。この様な、哺乳類化に向かう過程で得られた形質とその意義については後日、哺乳類様爬虫類の進化を交え詳述する予定です。



 前回コラムにて、頭部の鱗の配列、数、形態や大きさの違いがウミガメを判別するのに役に立つ、と触れました。実は互いに似ている形態的特徴が頭部にありますが、お気づきでしょうか?− 他の爬虫類いや脊椎動物の全てを含め、眼裂−目を閉じた時のライン−はその動物の水平移動時の水平ラインに平行に位置していますが、ウミガメでは眼劣が皆斜めに位置しています。角度は45度程度に達しています。目は口ほどにモノを謂いますので、それがヒトには強烈な記憶と成って残ることになります。ウミガメ特有の容貌、ウミガメは皆同じ顔をしているとの塩梅です。どうしてその様な配置になっているのかですが、ウミガメの遊泳時に目を守る為では無いかと院長は想像しています。眼裂が水平だと遊泳時に涙が流されてしまい、また前方からの小さな障害物に対して防御するのが不利になりますが、瞼が斜めに配置していればこれらが一定程度−少ないかも知れません−は防止出来るのではないかと考えます。因みに、オサガメではこの眼裂の角度が更に垂直方に傾いています。これはオサガメの外洋性が強く、遊泳力も強大と考えられることに符合していることかもしれません。



 ウミガメの腹甲を外して内部を観察すると、強大に発達した胸筋群が先ず目に入ります。それを除去すれば内臓を観察出来ますが、横隔膜が存在しませんので肺も消化管も一緒くたに詰まっていて、初学者には<わけわからん>となるのではないでしょうか?横隔膜に拠って胸腔を独立させ、肺のフイゴとしての機能を先鋭化させているのが哺乳類ですが、酸素を活発に効率よく取り入れて常に身体の火を燃やす戦略です。体重当たりの体熱産生量が哺乳類に比べて格段に低い爬虫類では、肺呼吸の要求度も高くは無く、胸腔を独立させる要求度は弱いと考えられます。横隔膜なんぞ要らないという訳です。尤も、トリや恐竜に近い、進化の進んで居ると考えられるワニでは、薄い組織構造ながらも横隔膜もどきが存在しています。

 以前にも触れましたが、ウミガメの食道内部には逆流防止用の胃の方向に向かうトゲがびっしりと配列しています。この構造で一度呑み込んだ餌は腹圧が掛かろうとも口に戻らずに確実に胃に下すことが可能になります。これは特にクラゲなどのツルツルする獲物を食べる際に有効と考えられますが、間違って海中に浮遊するビニール袋を呑み込んだ場合に吐き戻すことが困難となり、生命の危険に晒されます。この様な、ウミガメの生物学的特性を踏まえてウミガメ保護の為の啓蒙活動を展開することが今後ますます重要になるでしょう。








ロコモーションの話 ー カメのロコモーションI




2021年4月25日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第30回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の26回目です。引き続きウミガメのロコモーションについて扱います。




ウミガメ科の形態@ 甲羅と四肢




 前回コラムに続き、以下、2001年に出版されたウミガメの解剖に関する網羅的な論文がありますので、それを参考にしながらお話を進めて行きます。

http://ibimm.org.br/wp-content/uploads/2017/05/Wyneken-2001-The-anatomy-of-sea-turtles.pdf

NOAA Technical Memorandum NMFS-SEFSC-470

THE ANATOMY OF SEA TURTLES  by  Jeanette Wyneken, Ph.D. December 2001


 まずは骨格形態ですが、背中側、腹側共に骨格成分の退化傾向は見られるものの、オサガメほど迄には達していません。アオウミガメの背甲ですが、スッポンとよく似ていて、肋骨の間の隙間が完全に埋まらずに、辺縁域に肋骨が櫛の歯の様に突出しています。それと距離を置いて、全体として楕円形を呈する皮骨が甲羅を縁取りしています。一方、腹甲側ですが、中央部に穴が開いていてその周囲を骨要素が繋ぐ構造です。オサガメでは、この骨要素の幅が非常に狭く、桿状になりますが、アオウミガメでは特に体幹の中央域部分 (これは元々は腹甲と背甲を連結する部分)の幅が大きくなっています。しかし、腹甲の骨要素は背甲とは連結せずに宙に浮いています。2つの<甲羅>は結合組織で連結していますので、解剖の際にはここにメスの刃を入れれれば簡単に分解が出来る訳です。この構造は、体腔容積の変動を或る程度は許容しますので、潜水時の水圧変動、呼吸、食物の飲み込み、卵の保持に役立つ可能性がありますし、雌個体が産卵の為に上陸する際には体重を減らして歩行に幾らか有利に作用するかもしれません。この様な現生ウミガメ科の甲羅の退化傾向はアーケロンなどにもよく類似しています。オサガメは背甲に頭尾方向に走る隆起がありますが、ウミガメ科の甲羅は丸味を帯びて平滑です。これは前方推進と言うよりは左右方向への回転運動、即ち方向転換をより容易にする筈です。小回りの利く動作が可能になりますがこの辺はスッポンなどにも類似しますね。

 孵化中(卵から出る前)の骨格像では、肋骨が各々独立して側方にまっすぐに伸びており、互いに癒着するに至っていません。個体発生が系統発生を繰り返す、とのヘッケルの説に従えば、ウミガメ(カメ)の祖先が元々はバラバラの肋骨構造を持ち、それが進化の過程で幅を拡大して互いに癒合したことを如実に物語ります。実はこの状態はオサガメの成体によく似ており、オサガメでは、肋骨幅を拡大して互いに癒着させる遺伝子を元々持っていないのか、失ったのか、或いは遺伝子を持っていても発現させていないのか、それらの可能性を示唆し興味深く思います。

 四肢骨については、足に比して手のサイズが拡大していますが、オサガメ程の大きさの違いは見られません。特筆すべきは、前肢骨を支えるベースとなる肩帯の3方に伸びる枝 (腹甲の体正中前方に向かう枝、背中に向かい脊椎骨のサイドに接着する枝、後内側方に向かい腹甲に貼り付く枝)の内、後内側方に向かい腹甲に貼り付く枝が強大で、身体の中央のレベルにまで後方に伸びます。この部分と上腕骨の間を筋肉が結び、上腕骨を後方に引いて推進力を得るものと思われますが、機能形態学的な解析を加えると面白ろそうですが、海流の中で強力に泳ぎ進む為には必要な構造なのでしょう。








ロコモーションの話 ー カメのロコモーションH




2021年4月20日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第29回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の25回目です。引き続きウミガメのロコモーションについて扱います。



ウミガメ科の仲間




 先ずウミガメ科の全6種についてざっと概観してのちに、オサガメを含めたウミガメの遊泳ロコモーションついて纏めて扱いますね。

 ヒメウミガメ Olive ridley turtle Lepidochelys olivacea は各海洋の熱帯〜亜熱帯域及び北米大陸西岸沿いに、アオウミガメ Green turtleChelonia mydas タイマイ Hawksbill turtle Eretmochelys imbricata は各海洋の熱帯から亜熱帯、アカウミガメ Loggerhead turtle  Caretta caretta は亜熱帯から温帯域に見られますが、一方、ケンプヒメウミガメ Kemp's ridley turtle Lepidochelys kempi は北米大陸東岸沿いの熱帯から温帯域に掛けて、また  ヒラタウミガメ  Flatback turtle Natator depressus はオーストラリア北部海域から東西沿岸部に掛けての熱帯、亜熱帯、温帯海域に局在して見られます。ウミガメの幼体は外敵を避けるべく外洋に棲息し、成体になると沿岸域で生活するようになると言われていますが、アオウミガメとアカウミガメは成体も外洋で生活することがあると報告されています。まぁ、沿岸域の方が餌が抱負であり、強力な海流に押し流される虞も無く、生活し易そうなのは想像出来ます。日本周辺海域は世界的な漁場として知られていますが、魚類が棲息し易い大陸棚地形に加え、海流のぶつかり合いも発生し、餌となる小さな生き物が大量に存在するからです。それらを増やしているのは結局は陸地から流れ落ちる栄養分であり、海洋のど真ん中では食物連鎖の最初の生き物の蔭薄く、従って食物連鎖の上位に位置する肉食性動物も生存は困難になりますね。魚を増やしたいなら森を増やせ、との塩梅です。

 前回述べた様に、オサガメは体熱保持機構などの寒冷適応が一定程度進み、寒帯を除く外洋に広く分布しますが、これに対し、ウミガメ科の6種は、内温性化を進めておらず、寒いところは基本的に苦手であり、この為ウミガメと言うと、暖かいところの海域をのんびり遊泳していて、ヒトがダイビング中に、ウミガメが珊瑚礁やカラフルな魚と共に過ごしているシーンに出くわす、とのイメージが強いですが、実際大方その通りです。アカウミガメは他種に比べると、温帯域への分布を幾らか強めている様に見えます。



 現生 6種のウミガメ科のカメは 5属に分類され、その内のヒメウミガメ Olive ridley turtle Lepidochelys olivaceaケンプヒメウミガメ Kemp's ridley turtle Lepidochelys kempi のみが同じ属に属します。英名のridleyなる言葉の由来については各説が唱えられてはいますが、人名由来(実際、Ridley は人名に有ります)では無い模様です。米国ニューオリンズの Tulane University (オーデュボン動物園のすぐ近くにあり、院長もキャンパス内を散策したことがあります)の H.A. .Dundee 氏に拠れば、これはフロリダでの土着語として現地の爬虫類研究者に使われていた用語の可能性が高いが、由来の詳細は今もって不明、との見解です。日本語の和名でヒメが使われていますが、毎度の如くでサイズが小さいからでしょう。タイマイ の hawksbill は鷹のクチバシの意味ですが、他のウミガメに比較すると確かにトリのクチバシのように前方に突きだしており、これは珊瑚をバリバリ砕いてその隙間にある海綿を食べる為の適応です。餌由来の毒を体内に貯め込んでいることがあり、タイマイの肉は有毒となり食中毒事件を起こす例がありますが、これは他のウミガメでも起こり得ます。自身が毒を産生せずとも餌由来の毒素を貯め込む例は各種動物に見られますが、例えばフグ毒がそれに該当します。トラフグを完全養殖すれば無毒化することが知られています。アサリ、ホタテ、ハマグリなどの二枚貝が季節に拠っては基準以上の貝毒を持ち、漁協側の検査を通じて出荷停止になる時がありますが、これは有毒プランクトン由来の毒を蓄積するからです(下痢を起こす毒と神経毒)。この意味からも管理区域外での貝採りをして食べるのは命の危険となる場合があり、皆さんもご注意下さい。

 ウミガメはサイズ以外は互いに似た様な外見であり、ちょっと見には判別が困難な場合も多く、実際、別種同士で交雑が容易な面があります。これらウミガメ科の6種は実際似たもの同士と言う次第です。上記の様にタイマイはその特徴的な突き出たクチバシ形状、並びに頭部天頂のコウモリを思わせる形の鱗、松かさの様に重なる背甲の特徴から判断することがまだ容易な種です。このタイマイに関しても他種との交雑種が見付かっています。



ウミガメ科 どうやって区別するのか?




 ウミガメ科の現生種6種は、互いに交雑も可能なほど系統的には近いのですが、それ故、基本的な形態的特徴も互いに類似しています。すぐにお気づきかと思いますが、顔付き(目付き)も似ていますね。既にご紹介したオサガメに倣い、一通り見て行きましょうか。

 以下、2001年に出版されたウミガメの解剖に関する網羅的な論文がありますので、それを参考にしながらお話を進めて行きます。

http://ibimm.org.br/wp-content/uploads/2017/05/Wyneken-2001-The-anatomy-of-sea-turtles.pdf

NOAA Technical Memorandum NMFS-SEFSC-470

THE ANATOMY OF SEA TURTLES  by  Jeanette Wyneken, Ph.D. December 2001


 ウミガメ 6種を互いに外見的に明確に区別する為の方法が実は有ります。頭部背側の両目の間にあるprefrontal scale  (前前頭鱗)の数と、背甲の中央部並びにそのサイドの甲羅(各々vertebral scute 脊椎鱗甲, lateral scute  外側鱗甲)の数、それと腹甲のinframarginal scute ( 辺縁下鱗甲)の数と穴の有無を組み合わせて判別が可能です。タイマイの場合はクチバシや松かさ様に重なる甲羅からも容易に判別出来ますが、アカウミガメやアオウミガメなどは甲羅の色調からも大方は分かりそうですが、これは実は決め手にはなりません。アカウミガメとアオウミガメで迷った場合は、 lateral scule (外側鱗甲)の数が 4枚ならアオウミガメ、5枚ならアカウミガメと判断できます。アカウミガメの一番正先頭の lateral scule (外側鱗甲)は、一見すると背甲の周囲を取り巻くものの一部に見える時もありますが、注意して観察すると区別が出来ます。迷った時は両目の間の prefrontal scale  (前前頭鱗)が単純に左右一対では無く、細かく分かれていればアカウミガメと判断できます。因みに院長宅の剥製標本の場合、甲羅の色調は赤茶色でアカウミガメかと一見思える個体ですが、 lateral scule (外側鱗甲)の数が 4枚であることに加え、大きめの prefrontal  scale  (前前頭鱗)がスッキリと左右一対両目の間にありますので、アオウミガメであることが分かっています。

 因みにヒラタウミガメは現在は独立した属に分類されていますが、嘗てはアオウミガメと同一の属とされ、実際のところ、上記分類法ではアオウミガメと同じ特徴を有します。甲羅の高さが低いこと、またオーストラリア北岸域に分布することからアオウミガメとは判別可能です。ヒラタウミガメはまだ実態が良く判っておらず、今後の調査が俟たれるところです。外形からのみの判断になりますが、ヒラタウミガメはアオウミガメの同属別種扱いで良い様にも院長は感じています。院長宅の標本は、甲羅の高さが低いのでアオウミガメでは無く、ヒラタウミガメの可能性もあるかもしれません・・・。









ロコモーションの話 ー カメのロコモーションG




2021年4月15日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第28回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の24回目です。引き続きオサガメのロコモーションについて扱います。



オサガメの寒冷適応戦略




 ボディサイズを大型化すると、体重当たりの体表面積を減らすことが出来、これは体熱が冷水により奪い取られる率を減らし寒冷環境では有利になります。生物学の教科書にはベルクマンの法則なる用語が必ず出て来ますが、これは、恒温動物に於いては寒冷地に棲息するものほどボディサイズが大型化するとの法則です。オサガメは恒温動物ではありませんが、酸素を取り入れて呼吸している以上、必ず体熱は産生されますので、矢張り大型化することは寒冷水域を遊泳する際には有利になります。

 ボディサイズの大型化以外にも、オサガメの寒冷水適応と考えられる幾つかの特徴があります。これには、広範囲に亘る皮下褐色脂肪細胞の分布、海水温に左右されずに作動する遊泳筋群、前肢のヒレと体幹部との間の熱交換血液対抗流の存在、それと気管を取り巻く熱交換血液対流網の存在です。

 オサガメは、現生の爬虫類の中では、熱代謝制御システム、即ち内温性に拠る高体温維持能力を持つ唯一の動物であると考えられて来ています。初期の研究は、オサガメが同ボディサイズの他の爬虫類に比べて基礎代謝が凡そ3倍であることを発見しました。しかしながら、個体発生中の全てのサイズのオサガメを使った最近の研究では、大型サイズの基礎代謝量は、アロメトリーの考えから事前に予測計算されていた値とは有意差が無い、即ち一致する事を発見しています。まぁ、基礎代謝が高い訳では無かった訳です。

 哺乳類や鳥類は爬虫類に比較すると格段に基礎代謝が高いですが、これは恒温性を維持すべく、酸素を多く吸い込んでエネルギー源を燃やし、特に肝臓や、筋肉、大脳で熱を産生し、それを血流を介して身体の各部に<配熱>する仕組みを採るからです。まぁ、エネルギー高消費型の生き物ですが、その分、活発な運動性が可能であり、脳での情報処理能力も向上しています。呼吸を効率化する為に、肺の組織構造が密になって表面積を増やし空気中の酸素を効率的にキャッチできる他、横隔膜を備えて胸郭内の肺に対して効率よくフイゴ運動をさせる事が出来ます。何よりも、筋肉中の酸素呼吸のカナメとなるミトコンドリア数を大幅に増大し、筋収縮の活動性を高めています。この様な、組織レベルまた肉眼解剖レベルでの改変を成し遂げていますので、これとは異なるオサガメの基礎代謝が基本的に高いものでは無かろうと最初から予想はされます。



 実際のところ、オサガメは高い基礎代謝システムでは無く、高い活動性を上手く利用しています。野生下のオサガメの研究の結果、1日の内の休息している時間は僅か0.1% であり、詰まり前方に漕ぎ進める為の筋肉は始終熱を産生していることになります。筋肉に拠るこの熱産生とオサガメの熱交換対流システム、皮下脂肪、大型サイズとの組み合わせで、オサガメは周囲の海水よりも高い体温差を維持出来る訳です。成体のオサガメは周囲の海水温を超えて体中心部が18℃を示したことが知られています。まぁ、中身はホカホカですね。

 哺乳類が祖先の爬虫類から<改造>を受けて、如何に恒温性を獲得するに至ったのかについては、爬虫類と哺乳類とを繋ぐ哺乳類様爬虫類の解析が鍵を握るのですが、これに関しては後日扱います。ボディサイズが大型化して、内温性への進化を進めて来たオサガメの姿は、哺乳類や鳥類の恒温性獲得の道がどのようなものであったか、その1つのヒントを与えるのは確かだろうと院長は考えて居ます。

 オサガメは最も深海域に遊泳する脊椎動物の一つであり、海面下 1280m迄潜水したことが記録されています。通常は3−8分に一度呼吸しますが、時に、30−70分間無呼吸で潜水します。非鳥類型爬虫類 (トリを含めない爬虫類)の中では最速で移動する動物です (トリではダチョウが地上走行で最高時速 70km、平均時速 60km、ハヤブサで垂直降下時に時速 390kmが記録されています)。1992年のギネスブックに拠れば、オサガメは水中では時速 35kmで移動したと記録されますが、通常は時速 1.8−11km程度で泳ぎます。筋肉中のミトコンドリア数が他の爬虫類と大差ないとすれば、高速遊泳は短時間で不可能になると想像され、長時間での遊泳は期待出来ないでしょう。








ロコモーションの話 ー カメのロコモーションF




2021年4月10日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第27回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の23回目です。引き続きウミガメを中心に扱います。




オサガメ Leatherback sea turtle Dermochelys coriacea




 ウミガメの現生種は数が少ないので全種についてざっと概観していきましょう。まずはオサガメからです。

 ウミガメ上科 (ウミガメの仲間)はオサガメ科とウミガメ科から構成されますが、要するにオサガメ科が他のウミガメ科とはちょっと毛色が異なるカメだと言いたい訳です。実際、顔付きも身体の様子も明らかに違っています。オサガメ科に属する現生種はオサガメ1種しか有りませんので、分類的にはオサガメ科オサガメ属オサガメの、1科1属1種のカメとなりますが、他とは孤立して生き残っている生き物であると考えて良いでしょう。

 オサガメの仲間は他のウミガメ同様、1億1千万年前に出現しましたが、オサガメの仲間の内6種が絶滅し現生種1種はその生き残りとなります。学名は英名と同じ意味ですが、ラテン語の corium =  leather. 皮革の形容詞 coriacea は、その派生語が現代英語の coriaceous 革質の、丈夫な、フランス語の coriace 丈夫な、タフな、としても使われています。属名 Dermochelys は dermo = skin  + chelys = turtle 詰まりは皮のカメの意味、即ち Dermochelys coriacea = leather like skin turtle 皮革みたいな皮膚のカメ、の意味になります。他のカメの様にケラチン質の板様の構造では無く(オサガメは爬虫類の中では唯一、βケラチンを持つウロコを作りません)、皮革様構造で覆われている点でスッポンやスッポンモドキに類似しています。この皮革様のカバーには微少な皮骨が埋没していますが、これはナマコの骨片−ウニの殻が極小化して結合組織に多数埋没する−を連想させます。オサガメ科の近縁な科である Protostegidae 科 (絶滅しました) のカメには、オサガメ同様に硬い背甲を持たない種が居ましたので、スッポンの様に甲羅を退化させる傾向を持った一群である、或いはひょっとすると甲羅を形成する以前のカメの原始型を維持しているカメの可能性が有る、とも言えそうです。

 全ウミガメ種に於いて、オサガメは最も水力学的な適応形態を示すカメであり、甲羅は流滴形で、前肢は偏平化した櫂形状を呈し、爪は失っています。甲羅に縦方向の畝(うね)が7本走っていますが、水力学的に、遊泳時の甲羅の左右のブレを抑制し効率よく直進するのに役立っている様にも見えます。遊泳力が強大ゆえ、特定の海域に限定されるこことなく、寒冷水域を除き汎世界的な分布を示します。まぁ、海洋に限定はされますが地球上最も世界広範囲に分布する爬虫類です。このことは、或る地域の産卵場所が自然災害により失われたとしても、大きな回遊性で別の場所に産卵場所を開拓できることを意味しますので、それなりにしたたかに生存している生き物と言えますが、この様にして1億年以上を生き抜いて来た訳です。1つの意味に於いて、文字通りの オサ、長のカメですね。尤も、近年では最大の産卵場所であったマレー半島−1万箇所の営巣が嘗ては確認されていた−で現地人に拠る根こそぎの採卵が行われるなど、人為的要因に拠る大きな脅威を受けるに至っています。



オサガメの形態と甲羅の起源




 オサガメは現生最大種のウミガメであり、成体では背甲のカーブに沿わせた長さ( curved carapace length, CCL) で平均 1−1.75m、全長で 1.8−2.2m、体重は250−700kg、前肢長は大きな個体では 2.7m に達することがあります。海中では浮力が得られますので、重力に抗して身体の位置を保つのにエネルギーは殆ど消費しないと思われますが、雌が産卵時にその巨体で砂浜を遡上するのには困難が伴い、カルシウムを沈着させての重い背甲を形成しないのは、1つには上陸産卵行動への適応かも知れません。


 米国スミソニアン博物館にはオサガメの交連骨格標本が展示され、多くの者が撮影した静止画が web 上に見られます。それだけ人々の関心を集めているのでしょう。

 その画像を参考にしての考察ですが、脊椎骨から真横に突き出す肋骨は、驚くべき事に、互いに全く癒合することもなく、独立しています。脊椎は肋骨との間の関節構造も維持されている様に見え、各肋骨を独立的に背腹方向にスウィング出来そうです。脊椎骨+肋骨から形成される上半分だけの<胸郭>に対し、その背部を覆う<甲羅>は、これも脊椎骨に癒合することなく、独立的に上に被さっているだけの様です。このカバー中には、微少サイズの皮骨が埋没していますが、これは棘皮動物のウニの殻が微少化して結合組織に埋没、散在するナマコの<皮膚>を連想させます。尤も、最後頸椎の背側付近に蝶型の骨が浮かんでいますが、背甲の中に存在する特異な骨化点に見え面白く感じます。この<甲羅>の骨化、即ちカルシウムの絶対的沈着量は少なく、レントゲン画像では散在する白点として観察されます。やや芯のある堅めの皮革との感触でしょうか?即ち、背甲と真に呼ぶに値する構造は持たず、この点は他のカメとは大きく異なり、一般的な脊椎動物の胸郭形態に似ています。

 ところで、哺乳類のアルマジロの<甲羅>は、皮膚が骨化した由来のものであり、皮骨そのものですが、下層の胸郭とは全く癒合することなく浮いています。一方、アルマジロにやや近縁なオオアリクイに於いては、各肋骨の幅が拡大しており、これなら外部からの攻撃に対し、背と心臓をがっちりと守る事が出来そうです。まぁ、半分甲羅化した胸郭です。どちらも歯牙の発達弱く、前肢の爪以外に武器は持ちませんが、その分、体幹の武装を強化した動物と言えそうです。因みに、国内であれば日本平動物園の資料室にオオアリクイの交連骨格標本が展示されていますので、お近くの方は是非現物を目にして下さい。

 これらに対し、一般のカメでは、胸郭の肋骨+脊椎骨同士が癒合して一体化し、その上に骨化はしていないケラチン質の薄い板が配列する構造ですが、オサガメでは、胸郭が独立的な構成を保ち、微少サイズの皮骨を含んだ皮革様のカバーが覆う構造、となります。まぁ、<甲羅>の起源にもバリエーションが存在する訳です。


 一方、オサガメの腹甲の方ですが、周辺を取り巻くように複数(8本)の骨化した桿状構造が輪となって連結しています。各々、独立性があり、これから判断すると腹甲側は、或る程度の柔軟性を保持し、これは遊泳性時に有利に作用しているのかもしれません。前肢骨を支える基部となる肩帯の骨要素は、幅太く、もの凄く頑丈そうに見えます。他のカメ類と同様に三叉型に枝を伸ばし、その1つは椎骨の側方に接着し、他方、腹側の2つの内の外側の1つは桿状の腹甲に接着しているものの、体矢状面近い(=体中心寄りの)残りの1つは、骨化していない柔らかい腹甲にアンカーしています。しっかりとした板様に骨化した腹甲に結合していないと、アンカーとして前肢骨の動きの起点となり得ないように思えますが、実際、オサガメは強力な漕ぎ出しを可能としていますので、この様な造りでも問題無いと言うことなのでしょう。結合組織で腹甲に結合していると思われますが、柔らかな腹甲をも含めた肩帯の柔軟な動きが寧ろ前肢の円滑な往復運動には好適である可能性もあります。前肢骨の中では、上腕骨が幅を拡大し頑強そうに見えます。強力に土を掘り進むモグラの上腕骨にも類似していて院長は面白く感じました。その幅広い面積に、肩帯また体幹(肋骨)との間に多くの筋を付着させて強力な漕ぎ出しを行うのでしょう。

 腰帯の骨構造も頑強な造りをしていますが、これに連結する大腿骨は、短く且つ幅も狭く、前肢ほどには強力な推進力を産生出来る様には見えません。後肢は補助的な推進ブースターとしての役割の他、航空機の水平尾翼の様に、遊泳時の姿勢維持、方向転換に利用されるのでしょう。

 運動器以外では、オサガメを含めウミガメの食道の表面には胃の方向に向いた無数のトゲが密生しており、一度呑み込んだ獲物を逆流させない仕組みになっています。これは水圧の変動に拠る胃の膨張に抗する為の形態と思われますが、腹甲が柔らかであり、水圧変動の影響をより強く受けるオサガメでは、特に重要な構造であり得るでしょう。








ロコモーションの話 ー カメのロコモーションE




2021年4月5日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第26回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の22回目です。引き続き水棲カメのロコモーションについて扱います。



 ウミガメとは




 ウミガメとは文字通り海洋生活を送るカメの総称ですが、全種がカメ目ウミガメ上科 Chelonioidea に属し、現生種はウミガメ科とオサガメ科の 2科・ 6属・ 7種のみとなります。白亜紀には各地で多数種に分化、繁栄していましたが、その多くは絶滅し現在の種数に絞り込まれています。他の系統のカメの仲間で海洋性の種は存在せず、棲息域と系統が一致している訳ですが、元々は地表生活性であったカメの祖先が水圏に進出し、その中の単独系統が海洋に進出して水中生活性に向けての高度な進化、分化を遂げたと考えて妥当であり、事実、皆似た様な外観を呈しています。お互いに親戚と言う訳です。前回のコラムで触れたスッポンやスッポンモドキは海洋では無く、淡水、汽水域での水中生活への高度な適応形態を示しますが、ウミガメの仲間とは系統が違っています。まぁ、幾らかは他人のそら似と言いますか、似た様な環境に棲息すると進化圧を受けて似た様な形態機能を持つとの話です(収斂 しゅうれん 現象と言う)。

 現生 7種の全てが絶滅の危機に瀕していると考えて良く、これはウミガメの産卵場所へのヒトの進出に拠る環境悪化、減少に加え、食用用途の捕獲などが主な原因ですが、核実験や海洋汚染などの原因で脳内のセンサーが攪乱され親ガメが産卵場所に戻ることが出来なくなるからだなどとも院長はだいぶ昔に聞いたことがあります。魚竜の様に卵胎生化し、上陸せずとも出産出来る様に進化すれば、産仔数が減っても子供の生き残る歩留まりが増え、個体数が維持出来る様にも思えますが、水棲カメの仲間は皆浜辺の砂浜などに穴を掘って産卵し、後は自然に任せたよと生み捨てするに留まり、幼体が敵から簡単に狙われてしまうとの一見不器用な生き方をしています。これではより進化した生き物の知恵の前には太刀打ちできません。卵胎生化に進化し得ないのは、1つには硬い甲羅で覆われている為、肥育する胎児を入れる十分な空間が確保出来ないこと、また肥育した幼体を出産する産道を確保出来ないなどからですが、硬い甲羅で外敵から身を守る選択が、産卵以外の道を塞いでしまったことになります。実は、これはトリなども同様で、飛翔する道を選んだために腹に重い胎児を抱えるわけには行かず、産卵するのみです。尤も、トリは敵の手の届かない場所に営巣し卵を守り、雛が成長するまで世話をするとの高度な解決法を見つけましたが。他の卵胎生の海棲爬虫類が滅びてしまった中で、ウミガメは何故かしっかりと現代に至るまで長らえていますが、これに関しては後のコラムでもう少し考察を加える予定です。

 浜辺を備えた南洋の絶海の孤島は最早殆ど存在せず、必ずヒトなる霊長類が流入し、これブラス引き連れてきた哺乳類が住み着きますので、カメとその卵は彼らの格好の栄養源としてホイホイと捕獲されてしまう訳です。詰まり、ヒトと隔絶して生きた来たからこそ、ウミガメはこれまで命脈を保って来れた訳で、これが崩れるとすぐさま絶滅に向かう生き物の1つでしょう。と言う次第で、ヒトが立ち入り禁止の保護区を積極的に設ける以外にウミガメを絶滅から救う方途は無い様に見えます。

 現在でも、オーストラリア北岸に居住するアボリジナル及び トレス海峡諸島民(パプア・ニューギニア人)に対しては、彼らの伝統漁法並びに食文化を維持するとの名目でオーストラリア政府がウミガメやマナティの一定数の捕獲を許可していますし、法制度は不明ですが、本邦も東京都管轄の小笠原諸島などの様にカメ肉が伝統食として食べ続けられている場所があります。特にカメ肉食に禁忌を設けていない地域であれば現在でも世界中で広く食べられているでしょう。この様な事よりも、浜辺などの生息環境の破壊、或いは大規模な換金・商業目的でのカメの卵の採取などが絶滅への最大の要因でしょう。以前動画で見たことがあるのですが、さるカリブ海の小島で、繁殖期のウミガメが一斉に浜への上陸を開始すると、現地民がワッと押し寄せ、数百等頭のカメを捕殺し、解体して取りだした卵を一斗缶に詰めていました。特に産業も無く貧しい彼らにとっては年に一度の換金性のあるボーナスが降って湧く訳ですが、この様な事を続けていれば短期間に絶滅するしかありません。残念ながら、数の維持の為に少しは残そうとの考えを持つ者が皆無であり、全てを捕り尽くします。まぁ、これでは浦島太郎の話などそれこそ夢物語で終わります。



昔のウミガメ アーケロン




 上でも触れましたが、現生種はウミガメ科とオサガメ科の2科・6属・7種しか棲息しません。嘗ては、世界各地に多数種が棲息しており、例えば古生物学の教科書や子供向け図鑑には必ず掲載されるアーケロンは、現生ウミガメに近縁な仲間ですが、7500万年前−これは恐竜絶滅の凡そ1000万年前−の、現在の米国のサウスダコタ付近に位置する内海に棲息していた最大種であり、全長約 4m、甲長 2.2m、頭骨長約 80cm、全幅 5メートル弱。体重は 2t に達したろうと推定されます。この内海周辺でのみしか発掘されないところから、外洋を回遊する習性或いはそこまでのは能力を持たなかった可能性が示唆されています。外洋の荒波に抗して遊泳する力が無かった可能性もありそうです。化石には手足を欠損した個体が多く、これは同時代に生きていた海洋性の大型トカゲのモササウルスに襲われたからだろうと考えられています。因みに、海洋に進出して高度に水中性に進化した恐竜は存在せず、彼らは基本的に陸生です。と言う次第で、一時は大トカゲが海洋での捕食者としての頂点に君臨していたのでしょう。同じくトカゲに近い仲間の大型爬虫類に首長竜−モササウルス同様に卵胎生と判明しています−も棲息しており、こちらもモササウルスと同じく恐竜絶滅時まで棲息していましたが、頭が小さく魚食がメインだったろうと考えられています。これでは当時のカメを襲うことは困難だった筈です。と言いますか、首長竜自体がモササウルスに補食されていた存在です。

 アーケロンの背甲の肋間には隙間があり、少ない材料で機械的強度を維持した可能性が考えられ、また腹甲は各板の分離傾向が強いです。アーケロンも産卵時には浜に上陸した筈ですが、この時に重い甲羅を背負っていると砂浜を這い進む事も出来ず、軽量化に向かったのかもしれませんね。興味深い話ですが、巨体のクジラが丘に引き揚げられると自身の重みで肺呼吸が困難となり死ぬと言われています。甲羅が有れば肺は潰れずに済みますので、逆にこの点から、浜辺に上陸しても呼吸自体は確保出来ます。アーケロンの甲羅はこれに役立っていたのかもしれませんね。アーケロンの背甲はケラチン質の爪の様な板では無く、現生種のオサガメの様な革質様のもので覆われていた可能性があります。

 次回コラムではウミガメの現生種について概観します。








ロコモーションの話 ー カメのロコモーションD




2021年4月1日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第25回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の21回目です。引き続き水棲カメのロコモーションについて扱います。



 スッポンモドキ Pig-nosed turtle Carettochelys  insculpta




 本種はカメ目 スッポン上科 スッポンモドキ科 スッポンモドキ属に属する一属一種のカメとなります(口を噛みそうになりますね・・・)。スッポン上科は スッポンモドキ科と スッポン科から構成され、本種と他のスッポンは系統的に近い存在です。オセアニアからニューギニアに掛けての淡水域、汽水域に棲息し、最大で甲長80cmに達するとされています。産卵時を除いて地表に上がらず(詰まり雄個体は孵化した直後に砂浜を歩くのが最後の歩行になります)、ウミガメ同様に高度な水中生活性の動物です。スッポンは甲羅干しの為に岩に登ったり、或いは自発的に地表を散歩する事が有りますが、これに対してスッポンモドキは格段に水中生活性を強化している訳ですね。現地では水辺環境の破壊を受けたり、食用に捕獲され、また一頃はペット用にも乱獲され激減しています。嘗ては野生個体の卵を採取し、人工孵化させた幼体が日本にも輸入されていましたが、それが禁じられ価格は高騰しているとのことです。スッポン自体が養殖に成功していますので、スッポンモドキも工夫をすれば繁殖まで持って行けると思いますが、本種が大型化して巨大水槽が必要となる上に、産卵場所となる陸地を併設する必要もあり、水族館等が多大な手間暇を掛けた上で、使命感に基づき細々と繁殖維持する以外に無さそうです。現地で保護区を設けて自然に繁殖させるのが矢張り一番ですね。ウミガメなどと同様、元々個人が飼育すべき、飼育できる対象種ではありません。

 一般的な話になりますが、カメをペットとして飼育したいのであれば、必ず国内で飼育繁殖に成功していて(自然保護の為でもあり、また飼育が容易な面から)、性質が大人しく(咬傷を避ける為)、成長してもそこそこのサイズに留まる種類(大型化すると維持出来ない)、を飼育すべきです。それに加え、カメは長寿ですので自身が飼育困難となった時のことを想定し、他の者にカメをバトンタッチ出来る人間としてのコミュニケーション力も同時に必要になります。この様な事を考えると、経済的にも余裕のある20代〜60代+家族を交えたチームが面倒を見るのが望ましいでしょう。その内、亀カフェが登場し、カメを飼育しないで我慢している?愛好家が集う様になるかもしれません。



スッポンモドキの形態とロコモーション




 スッポンモドキの骨格を見てすぐに気が付く事ですが、背甲、腹甲ともに頑丈に出来ており、スッポンの様に、背甲の周囲の縁近くの肋骨が分離して櫛の歯の様に突き出る事が無く、また腹甲も後方部分は幾分左右のサイズを縮めて甲羅からの後肢の出口を拡大しているものの、基本的にスッポン以外の他のカメと変わらない構造を保っています。これなら、肩帯と腰帯の骨は腹甲側の頑丈な板の上にしっかりとアンカー出来るわけです。足よりも手の平が大きい事もスッポンとは対照的です。この様な造りであれば、前肢で強力なパドリングが出来そうです。

 実際の水中遊泳時の動画を見ると、前肢を左右対称的に羽ばたくように動かして前方推進力を得ると同時に、手のヒネり動作が容易であり、細かな迅速な方向転換も巧みなことが理解出来ます。また足の方も手ほどのサイズはありませんがヒレとして機能し、こちらも手の動作と相俟って細かな方向転換に寄与している様に見えます。ウミガメの前肢がヒレとして大型化すると同時に、特に前縁半分が硬くなり、一体となって動作するのに対し、スッポンモドキの方は、ヒレ全体が柔軟な布の様に動く様に見えます。スッポンモドキの前肢のヒレは外見的にはウミガメのヒレに類似するものの、中身の骨格の構成が、ウミガメでは指骨を伸張させ、更にヒレの中に指骨を伸ばしてヒレを裏打ちしているのに対し、スッポンモドキでは指骨長がヒレの半分程度に留まり、ヒレの付け根半分寄り部分の尾側には骨性要素が配置しません。それで遊泳中に布がたなびくようなひらひらした動きを見せることになります。これは空中を巧みに方向転換しながら飛翔するコウモリの翼の構造に一見類似します。筋肉の配置を実際に観察しないと正確な事は言えませんが、手指の長さを半分程度に保ち、手根部の回転動作で手を捻る動作(これは水の抵抗に拠る受動的な動きが含まれる可能性もあります)、並びに指の間隔を拡大してそれを閉じたり広げたりする動作、この2つの動作で水中での巧みな且つ迅速な方向転換、姿勢転換を可能にしている様に見えます。まぁ、水中ツバメ返し泳法と言って良いかもしれません。これに対し、ウミガメの方は手足を利用しての方向転換なども勿論可能ではあるものの、やや動作が大まかになる様にも見えます。

 スッポンモドキは英名 Pig-nosed turtle と呼称され、鼻がブタの鼻に似ているのですが、身体付きの方も成体ではどっしりと肉厚化してブタを連想させなくもありません。それにも拘わらず、水中では浮力に助けられはするものの、俊敏な3D方向の自在な姿勢制御が可能であり、この点は忍者風に水中を切り裂くように遊泳するスッポンに似ていると感じてしまいます。

 次回からウミガメの話に入りますが、高度に適応した水棲 vs. 海棲のカメとして、最後にスッポンモドキとウミガメの遊泳戦略の違いについてお話しする予定です。一見似た様なヒレ状の手、即ち flipper フリッパーを持つカメ同士ですが、果たして何処までが同じでどこからが違っているのかを更に深く考える予定です。








ロコモーションの話 ー カメのロコモーションC




2021年3月25日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第24回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の20回目です。引き続き水棲カメのロコモーションについて扱います。



 スッポン Chinese softshell turtle  Pelodiscus sinensis




 スッポンと言えば本邦では食用とされ、養殖物が料理店に出回ります。甲羅の形から丸鍋と称して調理しますが、どちらかと言えば、精力剤、薬膳料理としての色彩が強いでしょう。スッポンの生き血を強い酒で割って呑むシーンも院長はTV番組で目撃したことがありますが、自分では経験は有りません。香港の裏通りのヘビ屋で、頼めばその場でヘビを裂いて貰い生き血を呑むことも出来ますが、こちらの方は養殖個体では無いゆえ何の寄生虫を持って居るか判らず・・・。ヘビの養殖は聞いたことが有りませんが(勝手にうじゃうじゃ増える?)、一方、スッポンは養殖技術も確立され、ウナギの養殖 (こちらは正確には幼魚シラスウナギの肥育) と大差ない環境と手間でイケる様に見えます。野生の個体も日本の河川などに棲息していますし、人工的に持ち込まれたものと思われますが、明治神宮の池 (代々木公園側)の周囲の地面を大きなスッポンが散歩しているのを見た事もあります。院長に気が付くと急いで池に突進し、すぽんと水に入りました!すぐ隣が原宿ですが、こんな近くにスッポンが棲息していることを知る者は少なそうです。勿論、神域ですので捕獲することは許されません。

 スッポンは、日本、中国を含め、東アジア域に棲息します。漢字では鼈 スッポンと表記され龜 カメとは違っていますが、古来中国でも区別されて来たのでしょう。スッポンが静かに産卵できる川や沼の天然の砂浜が開発によって失われて、残念ながら野生個体は各地で数を減らしているとされます。養殖技術が確立していますので、完全に絶滅する事は考えられませんが、矢張り野生個体に生き延びて欲しく思います。




スッポンの形態




 形態的にはスッポンは英語で softshell turtle と呼称され、確かに骨格を観察すると、背甲の周辺部の肋骨が互いに癒合することなく、分離して櫛の歯の様に突き出ており、詰まりはスッポンの甲羅の周辺は柔らかく、皮革様を呈します。時々、古道具屋の店頭に額入りのスッポンの甲羅が並んで居る事が有りますが、初めて見た人は、何か人工的な造りものと勘違いするかもしれません。腹甲も退化的で、腹側を覆う面積も小さくて、腹の前後端はこれまた皮革様で柔らかいのです。この様な甲羅の柔軟性−甲羅の皮骨由来の部分の退化・後退傾向−は水中遊泳する時に、甲羅周辺に発生する水の乱流を抑えて滑らかな遊泳に寄与する可能性はありそうです。ガチガチに固めた甲羅で水中をゆっくり泳ぐ戦略に対し、捕食者から身を守る為の装備を軽くしても素速く泳いで逃げる道を選んだとも言えるでしょう。まぁ、戦車に対する装甲車の様な位置づけかもしれませんね。その分、人間が調理加工し易い訳でもありますが。

 腹側で硬い甲羅で覆われるのは身体の中域の部分がメインですので、その頭側と尾側は甲羅が退化的で、細い箸の様な構造であったり、左右幅を縮めていたりしており、ヘリの付近は柔らかい状態です。詰まり、前後肢はその付け根の骨である肩帯、腰帯まで<剥き出し>であり、この点は、それが肋骨で構成される胸郭の背側部分に覆われている以外は、他の爬虫類と同様と言えます。尤も、肩帯の腹側端にアンカーを与えるべく、その部分の骨要素は遺している様に見えます。特に前肢の付け根の骨である前肢帯が腹側の腹甲の骨要素どの程度に力学的な連結をしているのか問い直すと面白ろそうに思います。この辺をスッポンの異なる種同士間の、また他のカメとの比較を交え、機能形態的な解析を試みて前肢−肩帯構造の進化を語ると面白そうです。志有る若者に対して、スッポン業界が材料の提供並びに資金援助をして戴けたらとも思って居ます。

 尚、スッポンのこの様な骨格の様相が、カメが甲羅の無い生き物から進化する途中の状態を示すのか、或いはカメとして完成したものが甲羅を二次的に退化させている段階にあるのかは、判断が分かれるところと思いますが、院長は、退化説を採りたいと考えます。これは1つには、肩帯が胸郭に取り込まれる過程に於いて、背側、腹側共にまず堅固な構造体の中に取り込まれ、両者との癒合によって前肢支持のアンカーとして機能し得た可能性を考えるからです。この際に、カメ固有の簡略化した肩帯構造も得ていますが、腹側の甲羅が無い状態では、この様な肩帯の構造的改変が起こり得なかっただろうと考えるからです。各種スッポンで、腹甲の退化の程度が異なりつつも、一応は肩帯のアンカーポイントを遺している姿からも、甲羅を固める進化の途中にあるのではなく、必要な構造をギリギリまで遺している退化過程にあると考えるべきと思います。まぁ、三叉状に完成された肩帯の形状−カメとしての完成形を示している−がモノを言っているとの判断です。



スッポンの泳法




 スッポンは水中生活者のイメージが強いですが、院長が明治神宮で目撃した様に、単なる甲羅干しをするのみならず、意外や地表も歩き回る様です。

 泳法としては、左右の前後枝を交互に漕ぎ進める型であり、アカミミガメなどの水棲カメ一般に観察される泳法と同じです。詰まりは地表ロコモーションの歩容を基本的に変えること無く、そのまま水中を漕ぎ進めるスタイルです。また、手足の平がウミガメほどでは無いにしても指間に水かきを持ち、ヒレ化しています。ロコモーション機構的には、水中遊泳性に向けてウミガメなどに見られる羽ばたき型の高度な特殊化を遂げて居るレベルでは有りませんが、そこそこに水棲環境への適応を示しているカメであるとは言えそうです。後ろ足の方が面積が大きく、足の馬力が幾分大きい様に見えます。ウミガメの強大なヒレ様の前肢は潮流に抗して強力に遊泳するに適応的と思えますが、一方、スッポンの様にそこそこの大きさの手足にて左右交互に漕ぎ進めるタイプは、流れに抗する大きな力は持たないものの、細かな方向転換に有利に作用する事も考えられます。

 他方、外見的には、尖った鼻先−これは呼吸時のノズルとしても利用出来る−や平たい甲羅の形状は水の抵抗を減らす上で役立つのは確実でしょう。上にも触れましたが、柔軟性のある甲羅は、甲羅周辺に発生する水の乱流を抑えて滑らかな遊泳に寄与する可能性はありそうです。実際、スッポンの遊泳動画を見ると、非常に素速く且つ敏捷な方向転換を示し、恰も忍者を連想させる様な動きを示します。甲羅が円形ですので、身体の水平方向の方向転換は確かに抵抗少なくラクそうです。

 以上からは、スッポンの仲間は、遊泳する為の<エンジン>は、まだ地表ロコモーションの痕跡を留めるものの、<車体>の方は改良が高度に進み、、両者を加味して、水中遊泳の1つの頂点に達しているカメであると理解出来るでしょう。








ロコモーションの話 ー カメのロコモーションB




2021年3月20日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第23回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の19回目です。



水棲カメのロコモーション




 現生のカメは、生活様式からは、完全に陸生で一生を地表で過ごす種、淡水或いは海洋に棲息して雌個体が産卵時のみ浜辺に上陸する種、水辺を好むが地表生活性も示す水陸両棲の種の3種に大別されます。当然乍ら、生息環境に応じたロコモーションスタイルを採っていることになりますが、全てが甲羅を抱えているとの形態的な制約の中で、おのおのがどの様なロコモーション上の<工夫>をしているのか、そしてそれがどの様な基本形から派生したのかを理解する姿勢が鍵となります。

 まず最初に、幾つかの実際の水棲のカメのロコモーション、詰まりは遊泳の方法を見ていきましょう。



アカミミガメ Pond slider  Trachemys scripta




 数十年前に幼体の甲羅模様の美しさから、アマゾンのミドリガメなる名前で大量に輸入されていたのがアカミミガメの仲間ですが、現在では本邦のみならず世界各地で野生化して生態系に悪影響を与えるまでに至っています。以前、三代将軍の源実朝 (1192−1219) を暗殺した甥っ子の公暁 (くぎょう) が隠れていたとされる大イチョウが倒れる (2010年に倒れた) 前の話になりますが、 鎌倉の鶴岡八幡宮に詣でた時に藤棚近くの小池を覗いたところ、大半が成体のアカミミガメで驚いた記憶があります。ここはタイワンリスが人に馴れて出没するなど外来勢に浸食されている場所に見えますが、実はイチョウ自体が13世紀に中国から渡来した<外来樹>とされており、当時に公暁が隠れるほどの大きさに成長していたのか、或いはそもそも植えられていたのかどうか疑わしいところもあります。院長が出掛けた当時、既に鎌倉は観光客で溢れており、裏道などでも住民の方が車を出せない程の混雑ぶりでした。こちらは<外来歩行者>と言う按配です。

 本種は、実際はメキシコから米国南部のミシシッピ川流域などに極く普通に棲息しているカメであり、アマゾンとは関係がありません。ミシシッピアカミミガメ、カンバーランドキミミガメ、キバラガメの3亜種から構成されます。成体になると甲羅が灰緑色〜黒褐色の地味な色彩になるに加え、甲羅の縦方向の長さが30cm程度に達し、飼育するに持てあまして勝手に河川や池・沼に放たれた個体が増えている訳です。

 ペットとして飼育する以上、どんな種であっても一生面倒を見る覚悟と経済力が必要ですが、長命なカメの場合は大人を交えたチームとして飼育する態勢を構築出来ない場合は手を出すべきではないと院長は考えます。子供が好奇心から手を出すのは止めるのが正解です。水棲のカメの場合、大量に餌を食べ、大量に排泄しますので、水が汚濁し易く、水替えを含めた管理を厭わない者−子供はこれが出来ません−が飼育する必要があります。また、水棲のカメ一般に当てはまることなのですが、腸内細菌として病原性の有るサルモネラ菌を持つ事例が多く (これは相当の昔に家畜伝染病学の講義で習いました)、小さな子供の居る家庭、免疫力の低下した者や調理人の家族を持つ家庭での飼育は止めるべきです。冬場の水温管理も必要になり、そこそこの設備が無いとカメの健康を保つことが出来ません。まぁ、水族館に出掛けて眺めるだけにするのをお勧めします。

 院長宅では国内繁殖ものの セマルハコガメ Cuora flavomarginata と ジーベンロックナガクビガメ  Chelodina  siebenrocki  を飼育して20年弱経過しますが、ワイヤーラックを組み立てて周囲を断熱材で囲い、ヒーター、温度調節器、照明、タイマーなどを完備して飼育しています。最初の設備投資に万単位を要しましたが、一旦システムが出来上がると維持費は余り掛かりません。水替えする時にさすがに重さが腰に来ますが、まだ堪えられます!年間でラック内の気温を25℃程度に保ち(水槽内にはヒーターは入れず、ラン育成用のヒーターを空いた棚に設置します)、カメは元気そのものです。もし飼育出来なくなった場合は、ペット店に依頼して次の飼育者を探しバトンタッチする積もりですが、特にセマルハコガメの方は家人に懐いており子供達が手放さないかも知れません。



 前置きが長くなりましたが!ロコモーションの話に入ります。アカミミガメは殆どを水中で過ごし、時々甲羅干しに石の上などに上がるだけで、地表を歩いて探検する習性は持って居ません。まぁ、相当に水棲の強いカメになります。

 アカミミガメの水中遊泳ですが、時々左右の前肢を合わせてから左右同時に開くような動きを示すものの、基本的には、左右の前肢を交互に<漕ぎ>、その時前肢と同じ側の後肢を前後反対方向に動かします。詰まり、前肢を前方に伸ばす時に同側の後肢を後ろに伸ばし、前肢を後ろに引く時には後肢を前に突き出します。この動作をほぼ左右逆位相で行います。この動作は実はトカゲ、ワニなど他の爬虫類、はたまた哺乳類の一部の歩容としての地表ロコモーションで示される手足の繰り出しと基本的に同じ仕組みです。カメはトカゲやワニなどと異なって胴体自体を左右に折り曲げて蛇行させる事が出来ませんが、この手足の漕ぎ出し動作により、甲羅全体が軽度に左右に振れ、典型的な水棲カメのちょこまかした遊泳動作となります。院長宅のナガクビガメを改めて観察しましたが、アカミミガメの泳法と同じ遣り方でした。四肢の漕ぎ出しに伴い甲羅が左右に揺れますが、ナガクビガメでは首を左右にくねらせて甲羅の左右のブレを緩和し、まっすぐに水中を進むのに役立てている様にも見えます。水棲齧歯類のマスクラットが水面を遊泳中に、小刻みに尻尾を左右に振り、体幹に発生する左右方向のブレを抑えるだろう仕組みを想い起こさせ、面白く感じます。

 マスクラットの遊泳ロコモーションに関しては、

https://www.kensvettokyo.net/column/202011/20201115/


をご参照下さい。








ロコモーションの話 ー カメのロコモーションA




2021年3月15日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第22回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の18回目です。




カメの進化




 他の爬虫類との関係を見ると、昔の分類とは異なって、現在のところ、カメは、主竜類の仲間とされ、詰まりは恐竜、ワニ、トリに幾らか近い仲間であって、ヘビやトカゲを含む有隣目−こちらは鱗竜類−とは系統的に離れるとされています。爬虫類の系統分類は、1つには頭蓋骨の構造の違いに拠り従来より行われて来ていますが、これに拠ればカメの頭蓋骨の構造は眼窩以外に穴が無く(無弓類 Anapsida)、原始的な特徴の爬虫類とも考えられて来ました。遺伝子の解析の結果は主竜類−頭蓋骨に眼窩以に2つの窓が開いている(双弓類 Diapsida)−に近いとの結果をもたらしましたが、これからカメの頭蓋骨が二次的に特殊化した、詰まり2つの穴が閉じたのだろうとの結論に達した訳です。尤も、カメの系統分類的な位置に関してはこれで確定した訳では無く、個体発生の研究からは、現生の他の爬虫類とは異なった系統であるとの仮説も提出されています。カメの系統に関しては、まだ、謎を孕んでいる訳です。形態学徒である院長としては、二次的に頭蓋骨が別の爬虫類に近似したとの説はまだ納得が行かず、寧ろ、遺伝子の比較の方に問題があったのではとも考えてしまいます。因みに<弓>とは穴と穴との間のブリッジ状の構造を言い、哺乳類の頭蓋骨の場合は眼窩以外に穴が1つ開いていますので、詰まりは弓が1つの単弓類  Synapsida と呼称する事になります。

 ロコモーション的には、鱗竜類が爬虫類の基本形である這いつくばりの蛇行方式で進むのに対し、主竜類の方は、四肢は体幹の下方に保ち、哺乳類に接近した動かし型でロコモーションする傾向が強いので、この分類が正しいので有ればカメの祖先もその様な歩容だったのかもしれませんね。

 実際のところ、蛇行方式がメインのロコモーションである鱗竜類では、胴体を左右にくねらせる必要性から、そのままでは、<カメの甲羅の様な一体構造+それからはみ出した四肢での推進力産生>のスタイルへは進化しにくかった様にも思います。少なくとも途中の段階に、体幹をくねらせる蛇行方式では無く、四肢を主たる<漕ぎ手>として利用する祖先が介在し、それが次第に体幹を重武装化して行ったと考える方が自然です。

 即ち、S字蛇行方式を軽減し、四肢を利用してのロコモーションに傾いた系統がカメの進化を考えるに祖先として妥当性がある事から、カメが主竜類の仲間であると考えるのはロコモーションの観点からは合理性がある訳です。



カメの水中起源説




 ところで、板歯類なるグループが存在するのですが、系統的にトカゲなどに近い鱗竜類に含める者も居れば、主竜類に属するカメに近いとの説も提唱されています。まぁ、分類は兎も角として、この仲間にはカメの様な甲羅構造を持つものが一部存在していました。板歯類は全て水棲であり、体幹を細長く伸ばして肋骨を発達させて胸郭を堅固化した化石種 Placodus プラコドゥスが得られています。これの復元交連骨格標本(交連骨格標本とはバラバラの標本では無く組み立てた標本のこと)は、プラコドゥスが四肢の骨格構造を随分と哺乳類に近いものとしているとの感想を抱かせるに十分です。長大な尻尾の存在を考えると体幹の蛇行運動性は残しつつも、四肢を櫂にして水中を遊泳する大きなパワーを得ていた動物である事が理解出来るものです。この様な種が、更に肋骨を強化し幅を拡大化して胴体を紡錘形に固め、飛行機の胴体fuselage フュースラージ化し、カメと似た様な一体化した構造、即ち甲羅を得たのではないかと考えます。即ち、胴体の蛇行方式を捨て、ロコモーション的には四肢を櫂として専ら利用するのがメインとなる様に進化し、更にその一部がカメもどき化したのではないかとの可能性を院長は想像します。有隣目はおしなべて体幹が細長いのですが、海洋に進出して巨大化したトカゲであるモササウルスでは水中生活性への適応として体幹が飛行船のように<胴体化>していますが、板歯類も同様の進化を遂げ、更には一部は甲羅を背負うに至ったのでしょう。体幹即ち甲羅が偏平化したのは遊泳時の安定化に有利だった可能性はありそうです。まぁ、哺乳類ですらアルマジロの様に甲羅(但しダンゴムシの様に背腹に可動性を持つ)を背負い込む種が出てますので、爬虫類にカメぐらい居ても悪くはないかと・・・。

 カメの祖先も板歯類と同様の進化を遂げ、甲羅を背負い込むに至ったと考えて良いだろうと考えます。即ち、、カメの水中起源説です。尤も、最初に肋骨の幅の拡張が起きて互いに癒着し始めたのは穴掘り性への適応であり、それが後に自身を守るための甲羅となったとの説もあります。穴掘りして進むには抵抗を減らすべく、体幹は出来るだけ円筒形に近い紡錘形である方が有利ですので、その様な形態の内に肋骨の癒合が開始した筈ですが、体幹の柔軟性を失い、<弾丸構造>化することが真に穴掘りに適応的で有ったのか更に説明が欲しいところです。

 カメは全て左右方向に幅を広げて偏平化した甲羅を持って居ますが、この様な形態では地中に穴を掘り進めるのは困難となります。これは水中遊泳時の安定性が得られるなどの機能的合理性に向けての改変だったと考えるのは合理性があります。何よりも四肢の基部を胸郭の内側に引っ込めていますので、上腕骨と大腿骨は水平化し、体重を支えるには不利な配置ですが、水中で浮力を得ながら四肢の先の方でパドリングするには悪くありません。以上から院長はカメ形態の水中起源説を提唱します。

 僅か数名の古生物学関与研究者が思いつきレベルのことを述べて論文化する様を見ていつも苦々しく感じていますが、カメの進化に関しても運動性の進化の視点を持たずして場当たり的な解釈を加えているものと感じ、疑義を抱いています。カメの系統分類、形態学、生理学などに細分化した研究者が殆どですが、ロコモーションから進化説の妥当性を論じる者は大変少ない様に見え、残念に思います。








ロコモーションの話 ー カメのロコモーション@




2021年3月10日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第21回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の17回目です。



カメとは




 現生のカメ類は、亜種を含めて356種程度とされますが、水中棲息性或いは地表陸生或いは水陸両棲のものが見られますが、英語では水棲のカメをturtle タートル、また陸棲のカメを tortoise トーテスとよぶのですが、後者には陸棲のハコガメを含んだりと、生物学的な分類に完全に一致する呼び名ではありません。 重くて丸い甲羅を備えていて体幹の柔軟性は消失していますので、木登りする、地中にトンネルを掘って住む、滑空する!などのカメは存在しませんね。また、一生の殆どを海洋で過ごすカメであっても産卵は地表(砂浜)で行う事を余儀なくされ、そこを人間その他の動物に狙い撃ちされます。まぁ、母カメの成体が捕獲されたり、卵を横取りされたり、孵化した子ガメが水中に戻る間をトリに捕獲されたりと各種の受難を受けます。直接子ガメを産む卵胎生のカメは存在しません。詰まり、一旦成長して甲羅を抱えれば敵は最小限度になりますが、代替わりの繁殖時に大きな弱点を抱えている生き物と言う事になります。ワニ(そしておそらく一部の恐竜、そして恐竜の子孫とされるトリ)の様に巣作りして子供を養育することはなく、只産卵して立ち去るのみです。

 カメは自分を守る強固な<外骨格>を抱えている点で、或る意味、進化的には相当の知恵者と呼ぶことが出来ます。哺乳動物のアルマジロもその名の通りの鎧を着ている状態であり、またアルマジロとはやや離れた哺乳類になりますが、センザンコウも松かさ様の<外骨格>を備えて居ます。恐竜の仲間のアンキロサウルスも厳ついまでの重武装スタイルです。カメ以外のこれらの動物は、骨格形態は他の哺乳類や爬虫類の基本形から大きく外れることは無く、体表の、主に背側の体毛や鱗(これらは同一起源です)が二次的に硬くなって体表を覆っているものと見倣す事が出来るのですが、一方、カメの方は、ホネそのものが変化した、即ち各肋骨が幅を増して互いに接着し合い、更に腹側の甲羅も含めて一体となったボックス構造を取っている、との大きな違いがあります。カメ以外の動物で腹を露呈させると柔らかいままであり硬い鎧構造はありませんが、カメは腹面もがっちり武装している訳です。

 カメの背中側の甲羅 carapace カラパスは、10個の脊椎骨とそれから各々延びる左右10本ずつの肋骨が癒合して出来ていて(軟骨性骨 endochondral bone 由来)、またそれを取り巻く縁の骨は皮膚由来の骨(膜性骨  dermal  bone と言う)となります。一方腹側の甲羅 plastron プラストロンの方は、4枚の大きな骨板と、前方の小さな1枚の骨板から成り、これら5枚はいずれも膜性骨です。ここで説明しておきますが、骨の出来方には2通りがあり、骨化点の周囲に軟骨が増殖しそこにカルシウムの沈着が起きて骨化するタイプの軟骨性骨(手足など含め多くの骨)と、皮膚由来の組織に直接カルシウムが沈着して形成される膜性骨(頭蓋骨、膝蓋骨など)とがあります。カメの背中側の甲羅と腹側の甲羅は由来が異なると言う訳ですね。尤も、一番手前側の小さな腹甲は前肢の肩帯の要素も含んでいる可能性が有ります。



 甲羅の前後の出口から前肢後肢が突き出る形になっていますが、前肢の方ではその付け根の骨となる肩帯(肩甲骨など)が、本来は肋骨の外側に位置していたのが、肋骨の内側に取り込まれてしまっています。例えばヒトの場合は、胸骨柄(第一胸骨)の先端から肋骨の作る胸郭の外側へと鎖骨が延びる構造ですが、カメでは鎖骨が胸郭の内部に向かうと同時に胸郭の出口が左右に拡大し前方にも拡大したものと考えると理解し易いかもしれません。後肢についても然りです。詰まり前肢後肢は胸郭の前後の出口からおのおの顔を出す構造ですが、進化的に徐々にこの様な位置変化が起きたのでしょう。実は哺乳類のモグラでは肩甲骨は胸郭に内側に取り込まれることこそ有りませんが、掘削行動に高度に適応し、その形態及び胸郭との位置関係が他の哺乳類とは大きく異なっています。これについては別項で詳細に解説したいと考えて居ます。



 骨で固められたボックスの表面を爪と同様のケラチンを主たる成分とする薄い甲羅(いわゆる背甲、腹甲)が覆う形になります。因みにタイマイの鼈甲細工とは、この様な背甲、腹甲を材料として剥がし、水分を含ませた上で、熱したコテで圧着して厚い板状に整えてから、ヤスリ掛けして細工物を作る工芸ですね。薄くて黄色い腹甲は特に価格が高く、以前に関西の落語家が黄色い縁の眼鏡をトレードマークにしていましたが、院長はこれがもし本物の鼈甲フレームであれば当時で軽く150万は行くだろうと眺めていました。東京の浅草界隈、長崎にも鼈甲細工師の店構えがあり、いずれも立ち寄った経験が有ります。院長宅には学術標本としてタイマイの剥製を抱えていますが、これは法律制定以前に国内に大量に流通していた中古品をオークションで入手したもので、腹甲側に、1976, Beirut の記述がありますので、そこら経由で国内に持ち込まれたものなのでしょう。現在の法律では商行為として第三者に譲渡すると法令違反になりますので、手放すとすれば基本的に大学や研究機関に譲渡、寄贈する以外にはありません。この際にも環境省に相談して何か譲渡証の様な書類を整える必要があるのかもしれませんね。実はセンザンコウややや珍しい種類のアルマジロの剥製標本も保有していますが、こちらも同様の手続きが必要と思われ、扱いが面倒そうです。



 体表の殆どを硬い甲羅に覆われてしまい、肺を膨張したり縮めたりして呼吸を行うには、手足の付け根の皮膚の部分或いは喉の筋肉を用いて陽圧と陰圧を交互に掛けねば成りません。換気の面では効率が悪く、これでは重い甲羅を抜きにしても、哺乳類のような活発な動きは期待出来ません。種類によっては寒冷時に水没したまま数ヶ月に亘り冬眠を続けるものが有りますが、身体の代謝を落とすと同時に、酸素消費の少ない解糖系の呼吸(ブドウ糖を燃やして乳酸を作る家庭でエネルギーを得る)にスイッチングして過ごします。身体に有害である血中の乳酸を甲羅のカルシウムに吸収させて処理する方法が採られることが明らかにされています。詰まり、例えばヒトの骨も運動器としての機能のみならず、カルシウムを出し入れしてカルシウムの血中濃度を一定に保つ役割なども明らかにされていますが、それと同じく、運動器や防御具としての機械的な機能のみで形態を見てはいけないとの例ですね。

 院長宅に国内繁殖もののセマルハコガメを飼育していますが、腹側の甲羅が前後に二分して柔らかい蝶番で連結されています。、手足頭を引っ込めた状態でこの2つの甲羅を背中側にそれぞれ曲げれば、全身を覆う完全な一体化した甲羅となります。これに対し、セオレガメの仲間では背中側の甲羅の最後方に蝶番構造があって、尻尾側の縁の部分を幾らか曲げることが可能です。また、偏平なカメとしてパンケーキリクガメが有名ですが、これは岩の平らな隙間に隠れ、捕食者が引き出そうとすると柔らかな腹甲部分(5枚の骨板間に隙間があり互いの結合が弱い)を膨らませて隙間にピッタリと填まり、それに抵抗する事が出来ます。カメもそれなりに?進化・工夫している模様です。









ロコモーションの話 ー ミミズトカゲのロコモーション




2021年3月5日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第16回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の12回目です。



ミミズトカゲとは




 爬虫類の仲間の内、トカゲ(トカゲ亜目)とヘビ(ヘビ亜目)は有隣目なるグループに分類されます。ミミズトカゲの仲間は以前はこの中のトカゲ亜目に分類されていたのですが、現在ではトカゲとは別のグループの動物(ミミズトカゲ亜目)として分離・独立して扱われます。外見的にも、輪ゴム(環節)を積み重ねたような特異な形態を呈し、環形動物のミミズの外見に類似します。しかも前肢2本のみが遺る種(腰の骨は痕跡的に存在する)、四肢を完全に欠く種、など四肢の本数も変異を示します。ちょっと奇妙な生き物であるのは間違いがありません。特に、前肢2本だけ遺る種は現生種として3種存在するのですが、これは素人を驚かすに十分なインパクトがあります。

 トカゲがヘビ化したアシナシトカゲの仲間は、トカゲと同じくトカゲ亜目に分類されますが、これと比べても全く異なる外見であり、トカゲの仲間に加えるのには意義が申し立てられて当然だ、と感じます。

 地中生活性に高度に特異化した進化を遂げており、四肢の退化傾向に加え、地面に穴を掘削するに適した尖った頭部形態、視覚と聴覚の退化傾向、体表の環節様構造の発達、皮膚色素の消失傾向が見られます。化石記録に乏しく、どのようにしてミミズトカゲがトカゲから分岐・進化したのかはまだ不明です。

 まぁ、ここで強調しておきますが、ヘビ型動物ではあっても真のヘビではありません!似て非なるものです。有隣目にはアシナシトカゲ、ヘビ、ミミズトカゲと、<足無し系>の三兄弟が揃う訳です。



ミミズトカゲのロコモーション




 ミミズトカゲは地表では軽度にS字蛇行して進む事も出来ますし、水中でも同様に軽度にS字蛇行します。何もミミズの様に体幹の各部分を伸縮させて進む遣り方のみに限定されることはありませんが、矢張り地表でもS字蛇行よりは直進で進むのが本分の様に見えます。当然乍ら地中のトンネルを移動する際には、体幹の背面、側面、腹面の全てを取り巻く環節様の皮膚を伸縮させ、縮めて直径が太くなった部位をトンネル壁面に接触させ、そこをアンカーポイントにして隣接する部位を伸ばして前進する機構で進みます。これは地表型の直線型ロコモーションを示すヘビの方法を、腹面に限定せずに体幹の全ての表面を用いて行う点で、確かに地中生活性への強い適応を窺わせる形質です。違う点は、地表型の直線ロコモーションのヘビが、腹鱗−屋根瓦状に配列し方向性を持ちます−を立てて地面に食い込ませて進む関係上、バックには進めないのですが、ミミズトカゲの場合は環節様の皮膚隆起で接触するゆえ後進が出来る分、優れています。直進型ロコモーション関しては、ヘビのそれよりはミミズトカゲの方が完成度がずっと高い様に見えてしまいます。

 因みにミミズトカゲ亜目の学名 amphisbaena ですが、

https://www.etymonline.com/word/amphisbaena

fabled serpent of ancient times, with a head at either end, late 14c., amphibena, from Medieval Latin, from Greek amphisbaena, from amphis "bothways" (see amphi-) + stem of bainein " to   go,  walk, step," from PIE root *gwa- "to go, come."

 ギリシア語の amphisbaena (amphis "both ways" + stem of bainein "to  go, walk, step,"、即ち、前後両方向に進む、に発し、14世紀後期に  amphibena (前後に頭を持つ寓話上のヘビ)の言葉が現われた、とあります。上手い学名を付けたものと感心します。


 ミミズと異なり背骨を持ち、体幹の真の長さを変動させる事は不可能です。従って脊椎骨を取り巻く筋肉+皮膚のみを伸縮させて推進の為の波動を作り、それを前後に送ることで前進、後進をするしかありません。勿論、肋骨も前後に動かしている筈です。外見的には似た様なロコモーションですが、実際にはミミズよりは遙かに高等な機構で制御されている様に見えます。



 前回のコラムで、ヘビの直線型ロコモーションの詳細な機構を解明したとの論文をご紹介しましたが、どうせならミミズトカゲで行っても良かったのにと院長は思います。尤も、その論文はヘビの第四のロコモーションを解明したとの触れ込みゆえ、ヘビでは無い生き物を扱う訳には行かなかったのかと、斜めに考えてしまいました。ヘビに限定されず、何故ヘビ型動物にまで視野を広げないのか多少訝しくも感じてしまうのです。その内、ミミズトカゲ、アシナシトカゲ、ヘビの間の比較機能形態学を実証のベースにした進化の仕事を誰かが遣ってくれる事を期待します。院長は仮説までは構築し得てはいるのですが・・・。

 因みに2本の前肢の遺るミミズトカゲのロコモーションも、四肢の無いものと大差なく、前肢は補助的に利用する程度に留まります。地中生活でトンネルを進むには前肢は寧ろ邪魔になりますので、裏を返せば、フタアシミミズトカゲは地中生活性への適応度からは幾らか劣る生き物だ、との解釈で間違っていないと思います。

 系統発生は個体発生を繰り返す、とのエルンスト・ヘッケルの反復説に拠れば、ヘビや、アシナシトカゲ、ミミズトカゲの発生途中の胚を<卵の殻割り>して観察すれば、魚に似た段階から次に四肢が芽生え、それが再び失われる過程が観察されるのかも知れません。研究方法的には古典的に近い手法ですが、実際に計画を組む手間が大変そうです。院長はこの辺の発生学に関する知識を欠いていますが、ご存知の方がおられましたらご連絡戴ければと思います。

 ヘビ並びにヘビ型動物のロコモーションの話は今回で終わり、次回からは再び手足のある爬虫類のロコモーションに戻しますね。次はゴツい甲羅の奴にしましょうか。








ロコモーションの話 ー ヘビの rectilinear locomotion A




2021年3月1日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第19回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の15回目です。




rectilinear locomotion は如何に獲得されたか




 如何にしてこの様なロコモーション様式が得られたのかを考えてみましょう。爬虫類の体幹運動性の基本は左右方向への反復回転運動にあると考えられます−水中生活で推進力を得る魚の遣り方の名残−ので、ヘビのロコモーションの当初の基本形も体幹をS字型にくねらせて前進する方式だったでしょう。尤も、砂上のマンバの様に大きく蛇行するのでは無く、浅いS字カーブを描きつつ、次第に四肢が小さくなり体幹が長くなったのでしょう。

 アシナシトカゲのロコモーションを観察すると、ヘビと同様にS字蛇行で進みますが、ヘビの様に体幹に沿って伸縮の、即ち疎密の波動を生成する遣り方が見られない様です。尤も、実際には幾らかは発生させているのかも知れませんが。身体にヘビに見られるビロード布様のしなやかさも無く、これらからアシナシトカゲは体幹が硬いと表現されるのかもしれません。体幹は確かに伸張して四肢も失っていますが、まだトカゲの面影を<引きずって>いて、ヘビほどの完成度には達していない生き物に見えます。

 これに対し、ヘビのロコモーションを観察すると、例えば樹上で水平な枝を這い進む場合などに、軽度のS字蛇行に加え、明らかにこの rectilinear  locomotion 方式が同時に行われていますので、爬虫類の基本形としてのS字蛇行方式に加え、ヘビに分岐する初期の内にこの方式が獲得され併用されて居た可能性はあります。この方法はミミズの様にトンネルを抜けるのも適応的ですので、ヘビ形態への進化が<隙間産業>への適応をやや強く目指すものであったとすれば、初期の段間にこの習性を獲得し得ていたことは合理性がありそうです。それが後に、直線型を捨てたS字蛇行強化の高速タイプと、逆にS字蛇行を捨てた直進低速タイプに特殊化して更に枝分かれした可能性も考えられます。強度S字蛇行高速型が、砂地への適応として、おそらくはS字の左側と右側のカーブ付近に掛かる押し出しの力の不均衡を作り sidewinding へと進化したのでしょう。




 S字のカーブを次第に緩く浅くして身体全体が直線に近くなる様にまで移行させる場合ですが、地面の上の着地点、即ちアンカーポイントも直線的に配列する様に至ります。従ってスケートの刃が斜めに出来ませんので刃にエッジを効かせてそれに対して90度方向の押し出し力を得ようにも、その力の前方方向の力成分が非常に少なくなります。まぁ、頑張っても前方には進めない訳です。

 これに対する解決法としては、各太鼓橋を錦帯橋の様に直線的に配列し、尺取り虫の様に縦方向にS字で波打たたせ、地面を下後方に蹴り上げ、その反作用の力の内の前方推進成分で進むことになります。まぁ、長崎くんちの龍の様に体幹を上下方向に波打ちながら進行させる−哺乳類型のロコモーション−事になりますね。多重バタフライ方式です。ところがヘビの椎骨は背腹方向にダイナミックに曲がる機構に無い為、体幹の上下動を自ずと極く小さいものとすべく、このアンカーポイント間の幅を小さくし、更に脊椎骨の動きでは無く主に筋肉+肋骨の動きで腹鱗の波を作り送り、下後方に対する押し出しの力を産生すれば、その和として、静かに滑らかに前進する直線型ロコモーションの出来上がりとの按配です。

 院長は高校生の頃に晴海埠頭から那覇まで46時間の航路で出掛けたことがありますが、途中イルカの群れに出会いました。複数頭が体幹を背腹方向に屈して海面を泳いでいるシーンは、遠目には一体の龍が体幹を波打たせて泳いでいるシーンを思わせ。龍伝説がこの様にして成立したとの従来からの説に合点もした次第です。爬虫類の体幹構造の特徴を考えれば龍方式は成立せず、骨格構造抜きでのロコモーションを獲得するしかあり得ません。詰まり直線型ロコモーションはヘビに取っては苦肉の策でもあった訳です。

 以上のの進化シナリオは院長の考えになりますが、直線型ロコモーションの成立並び各ヘビ型動物のへのロコモーションの派生・分化の詳細は、論文発表前につきこの場で述べるのは控えますね。




 ヘビの rectilinear locomotion への進化は、以上の様にメカニカルな観点からシミュレーションは可能です(実際のヘビを探って実証する必要があります)が、院長の感想としてはカタツムリの rectilinear locomotion の機構の解明自体の方が余程難しい様には感じています。

 哺乳類に於いては、肋骨は胸郭を構成し、肺と心臓を守ると同時に、内腔の容積を変動させて陰圧−陽圧を繰り返し発生させて呼吸を行うのに欠かせない構造体ですが、ヘビがほぼ体全長に亘り肋骨を発達させているのは、肋間の筋を収縮させて肋間距離を変動させる装置としての役割が大きそうです。S字に蛇行する場合は左右サイドの肋間の距離を異なものとし、一方、直進型では左右の肋間距離を等しく保ちながら変動させるように、体幹軸に沿い波動の刺激信号を送る機構ですね。考えて見れば、肋骨がヤスデの脚の様な動きをしている訳で、肋骨を<間接的な脚>化させた生き物がヘビである、とも言えそうです。


 次回は更にミミズの動きに近づいているヘビもどきを採り上げましょう。








ロコモーションの話 ー ヘビの rectilinear locomotion @




2021年2月25日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第18回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の14回目です。



rectilinear locomotion 直線型ロコモーションとは




 ヘビのもう一つのロコモーションとしては、 rectilinear locomotion 直線型ロコモーションと言う、身体をまっすぐにしたまま筋収縮の一種の粗密波を体幹の表層に沿って発生させて前進する方法があります。体幹を左右にくねらせること無く、腹鱗を次々と立てて波として送る、要はギャロップ時のウマの前肢後肢の役割を、多数の分節的運動として鱗に行わせる方法です。この方法であれば進行方向の左右幅が自分の身体の幅以上に必要なく、一本のパイプの中もスムーズに進める筈です。2018年にNewman らがこのロコモーションに付いての詳細な機能形態学的解析を行っています。興味の有る方は以下をご参照下さい:


Newman, Steven J., and Bruce C. Jayne. “Crawling without Wiggling: Muscular Mechanisms and Kinematics of Rectilinear Locomotion in BoaConstrictors.” Journal of Experimental Biology, The Company of Biologists Ltd, 15 Feb. 2018, jeb.biologists.org/content/221/4/jeb166199.


https://jeb.biologists.org/content/221/4/jeb166199 ここから無料で読めます


 節足動物の多足類の中にヤスデが居ますが、長い体幹の下に配置した多数の各脚(各体節ごとに左右2本ずつ)を遊脚させて前方に送り、媒体に着地してから着地点をアンカーポーイントにして脚を後方に送り前方推進力を得ます。この遊脚の波が体幹の後方から波動として前方に伝わります。また節足動物に近い仲間に有爪(ゆうそう)動物なる聞き慣れない仲間が存在し、カギムシがこれに該当するのですが、長い体幹の下に伸びたイボ脚を利用して波動を起こして前進します。

 直線型ロコモーションのヘビも似た様な神経制御機構で体幹筋に伸縮の波動を送り、浮かせた鱗(遊鱗?)の波が後方から前方へと伝わる様に見えます。まぁ、鱗をヤスデやカギムシの脚の様に地面に接触させて利用している訳です。脊椎骨同士の間の距離を大きくは伸び縮みはさせられない筈ですので、基本は脊椎骨間の距離をほほ保ったまま、体幹の筋肉+肋間の距離を伸ばしたり縮めたりの伸縮波を送りながら進むことになる筈です。これに異なり、ヤスデやカギムシは体幹自体に疎密波は発生させずに、脚のみで前進する動きであることです。ヘビが直線的に滑らかに前進する姿は、機構は全く異なりますが、カタツムリが前進する姿を彷彿とさせ面白いです。




 但し、ヘビのこの方法ではS字蛇行型と異なり、水中で推進力を得ることが理論的に期待出来ませんので、これを専ら地上で行うヘビを水中に投げ込んだ時にどの様な反応を示すのか興味深いです。左右に体幹をくねらせた蛇行型ロコモーションに<戻って>泳ぐのかどうかですね。或いはひょっとしてそのまま溺れてしまったり・・・。因みにヤスデとカギムシは地上性が強く、これらの仲間には水中生活者はひとつも見られません。水中ではこのロコモーションのメリットは無さそうで、矢張りヘビ同様地表表面を這うのに特化した体型+ロコモーションと言えそうです。水中ではこの方法では空回りしてしまい、推進力をとても得られそうにはありません・・・。




 爬虫類の脊椎骨並びにその周囲の筋の配置は、体幹を左右方向にくねらせる関節機構 (joint mechanism) が基本ですので、脊椎骨を背腹方向に屈伸するシャクトリムシの様なロコモーションが執れずに筋肉のみでの動きとせざるを得なかった可能性もあるでしょう。

 以前、20年程前の話になりますが、付き合いのあったペット店から飼育中のヘビが死んだので学術標本として寄贈したいとの申し出を受けました。貰ったヘビはボールニシキヘビでしたが、これは性質も大人しくペットとして一般的に飼育される種です。死体に触れて驚きましたが、体幹が左右にくねくねとしなる一方、背腹方向には僅かにしか動かせず、脊椎骨の関節構造が左右方向の動きしか許容しない構造となっている事に改めて気が付きました。基本は二次元平面上を這い進む構造と言う訳です。骨格構造からしてS字型の運動に特化していることになりますが、昔から伝わる竹細工のヘビそのものでした。この様な事から、直線型ロコモーションのヘビの椎骨の関節構造がどの様なものなのか、機能形態学的に興味があります。と言うか実物を手にして観察すればすぐに結果は分かりそうですが。








ロコモーションの話 ー ガラガラヘビの sidewiding ロコモーション




2021年2月20日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第17回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の13回目です。



ガラガラヘビの  sidewiding ロコモーション




 身体をS字型にくねらせて進む場合には進行方向軸に対する回転運動が発生しますが、これにも拘わらずに滑らかに前に進めるのは、これを複数のS字(カーブが逆方向)をほぼ同時発生させることで相殺し、体幹の背骨の長軸に沿った進行方向のみの運動エネルギーを出力して進む事が出来る訳です。まぁ、巨視的に見て、左右に進む運動のベクトル成分を作用+反作用に拠り帳消しする訳ですね。

 では、この左右のバランスを崩したらどうなるでしょうか?サイド方向に向かう運動成分が帳消しにされなくなり、ヘビの身体全体が側方に移動することになります(正確には前方斜め側方)。

 1つの考え方としては、左側のS字カーブのアンカーポイントに、より大きな摩擦力を生じる様に体重を掛け、右側のそれを弱くしてバランスを崩せば、左右方向への運動ベクトルが相殺されず、自ずと右サイド(実際には右前方方向)に進む  (sidewiding サイドワインディング) 事になることが予想されます。アンカーポイントに掛かる体重を違ったものにするには、左右のS字カーブの曲率を変える(右に進むには右側のS字カーブを浅くする)、或いは進行方向反対側のアンカーポイント間の体幹を浮かし、その重量をアンカーポイントに強く掛ける、進行方向側のアンカーポイントを浮かせ気味にする、などすれば可能かも知れません。まぁ、右カーブと左カーブ周辺で産生される左右方向の力成分の差に拠り、砂なる媒体の上で横方向に身体が押し出され、滑りを惹き起こすと原理的には単純に考えられそうです。

 この方式では、体幹の前半が作ったネジの溝の上を後半がなぞる様なことは出来ず、S字カーブ付近のアンカーポイント自体がヘビがS字波を後方に送る過程で側方にずれて進む事になります。従って砂の上には横方向への連続的なアンカーポイントの軌跡が描かれるでしょう。この点で、大げさな表現かもしれませんが、一般的なS字型のヘビのロコモーションとは一線を画する異なるロコモーションと言えるかと思います。即ち、ここにスケートモデルは成立しません。静かに身体をくねらせて悠然と進むヘビの神秘性は消え、騒がしい機械の様なロコモーションになります。身体の前方が描いた軌跡上をなぞりながら前方推進力を産生する一般型のヘビのロコモーション機構とはまた異なった複雑な制御性に基づく訳です。エッジを効かせて踏ん張る時のみ腹鱗横のウロコを立たせ、横滑りするときはウロコを寝かせるなどを迅速に切り替えを行っている可能性もありそうです。横滑りしますので、砂漠のような粒子の細かい滑らかな地表以外では行うのは困難でしょう。即ち、エッジを効かせる事が出来、且つ滑りやすい地表面である必要があります。もしかするとガラガラヘビは雪上でもサイドワインディングが可能かもしれません。寒さで動作不能になる可能性もありそうですが。凸凹の大小の岩が散在する様な場所では身体が引っかかってしまいますので sidewiding は出来ませんね。



 進化的には、左右非対称性の運動が先に起きたと考えるのは<不自然>であり、S字カーブで前に進む左右均衡ロコモーションからの派生としての sidewiding と考えるべきでしょうね。

 ヒトの二足歩行性の傍流と言えるかと思いますが。マダガスカル島に棲息するシファカと言う原猿 (キツネザルの仲間)がいます。因みにマダガスカル島は、原始的な哺乳類が生存した時期にそれぞれ大陸から切り離され、新たに進化した競争相手が侵入しないが故に古いタイプの動物が独自の発展と現在に至るまでの生存を迎えた点で、オーストラリアに似ています。シファカは樹木の垂直の幹の間をしがみつきながら跳躍して移動するのですが、地面に下りると、体幹のいずれかのサイド方向に二足でスキップして進みます(side-ways bipedal hopping サイドウェイズ バイペダル ホッピングと呼ぶ)。時々左右を交替してスキップしますが、ガラガラヘビの  sidewiding が同じ様に進行方向を左右に切り替えるのかどうか知りたいですね。或いはヒトの利き手の問題と同じく、個体または種としてどちらに進むのかが決まっている、好みがあるのとか?

 さて、S字蛇行の前方推進力が体幹各部の円滑な協調性を持ち集積され、ヘビの一本の体幹長軸に沿う推進力を生むのに対し、サイドワインディングでは体幹の各節が産生するパワーを複数箇所纏めて推進力として(横方向に)一気に纏めて発動出来る点で、滑らかな地表があればですが、速度も稼げ、1つの進化した這いつくばり式ロコモーションと言えると思います。まぁ、電車がところどころに動力車を挟んでそれらの協調的な出力和で線路を進む場合は、各動力車が最大パワーを出力するに至るのは制御が容易ではないと思いますが、各動力車が横方向を向いて緩く連結し、各々最大パワーを最初からフル出力して進む様な感じでしょうか。ガラガラヘビの場合砂上を時速 33kmで  sidewinding 出来ると報告されています。ウマの高速ロコモーション即ちギャロップになぞらえてヘビのギャロップと呼ぶ例も見られますが、機構は全く異なっています。この横滑り方式のロコモーション映像を見ている限り、動きが速すぎて混乱してしまい、一般の方はどの様な機構で進むのか全く理解が出来ないのではないでしょうか?上から二次元的に俯瞰して機構を考えようとしても判らないままで、3D的なデータ、特に腹側からの挙動を観察してデータを得て、初めて理解が可能になるでしょう。



 ガラガラヘビ(本邦のハブとマムシにやや近い)の sidewiding の機構の詳細並びにその進化的獲得について再検討すると面白そうに思います。院長も圧力センサーの板を敷き詰めた上にヒトを歩行させてパターンを解析した経験が有りますが、より高感度な感圧センサーを床に敷き詰め(滑らか且つウロコのエッジが効く素材)、ガラガラヘビを歩行させたらと思います。四方からから3D運動性を記録し、電波式の筋電センサーを体幹の各部に複数植え込み、筋骨格系の形態機能、更には神経系の制御機構まで解明出来れば大論文の大方の出来上がりとなりそうです。・・・只一つ老婆心ながら申し添えますが、マーカーや電極の取り付け中、或いはデータ収集中などに怒ったガラガラヘビに噛まれて殉職することの無きよう呉々もご注意の程を!麻酔を掛けたつもりが相手が寝た振りをしていていきなり噛み付いた、ではちょっと洒落になりません。

 因みに沖縄に棲息するハブProtobothrops  flavoviridis  は世界3大毒蛇の内の1つとされ、噛まれるとその血液毒に拠り、組織がぼろぼろになり壊死して脱落するとの惨状を呈します。結果として大方は切断を余儀なくされますが、早めに血清治療を受ければまだしも軽く済みますが、それでも1ヶ月程度の入院が必要になります。他方、ブラックマンバ  Dendroaspis  polylepis の方は神経毒であり、獲物が痺れて抵抗性を失っているところを丸呑みするとの作戦で、毒が解毒されれば後遺症なく終わりますが、無治療だと致死率100%になります。まぁ、呼吸筋麻痺か心臓麻痺でしょう。

 因みにガラガラヘビは水中ではS字に身体をくねらしながら他のヘビと同様に前方に進みます。水中では左右非対称的に力の掛かるアンカーポイントを作ることが出来ずに空回りしてしまい、側方移動は実質困難と言うことなのでしょう。また水の横方向からの抵抗を大きく受けることに成りますので、進めたものでは無くなりそうです。ウミヘビ同様、魚スタイル、船の櫓漕ぎ方式に素直に戻る訳です。逆に考えれば、サイドワインディングロコモーションは、ヘビの地上(地表)生活性、特に砂漠生活性への高度な適応と工夫!に拠って二次的に獲得されたロコモーションと言えるでしょう。

 次回にて別の方式のヘビ型動物のロコモーションに触れます。ヒントは、身体全体としてS字カーブを次第に小さくしていったらどの様なロコモーションに切り替わるのか、です。ちょっとカタツムリのロコモーションに似ています。








ロコモーションの話ー ヘビの水中ロコモーションは効率が良いのか




2021年2月15日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第16回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の12回目です。



ヘビの水中ロコモーションは効率が良いのか




 ヘビの地表蛇行型ロコモーションの効率性について前回お話をしましたので、今度は水中での蛇行型ロコモーションについて考えてみましょう。

 さて、海洋に進出したウミヘビも地表性のヘビ同様に、S字型に体幹をくねらせて前進しますが、水中ゆえ特定の確固たるアンカーポイントは有りません。魚と同じく体幹全体で水を後方に押し出す波動発生方式になりますね。水の抵抗性、粘性が柔らかなアンカーとなり、それを押しのけようとする反作用で進む訳ですが、まぁ、船頭の艪漕ぎと基本的に同じ推進力産生方式です。S字の蛇行を複数回同時発生させて水を後方に押せば、それだけ前方推進力は産生出来ますが、今度はカラダの左右のブレを持つ事が水の大きな抵抗を発生させます。この様な兼ね合いからヘビは水中では最大効率的に進める、種としての最適な波動生成を行っている筈です。まぁ、そこそこの振幅のS字蛇行ですね。筋断面積当たりの収縮力、ボディサイズ、水の粘性抵抗など、詰まりは生体機構と流体力学の兼ね合いからの最適解が出るのでしょう。

 カラダを鯛やエイの様に平たくし体幹全体を左右或いは上下に反復運動させるのか、或いはマグロの様に弾丸のような紡錘形として尻鰭を振って水中で速度を得るのか、が矢張り適応的と見え、前にも触れましたがウミヘビの尻尾(総排出口、クロアカ)は左右から偏圧された様に平たくなって尾鰭化しています。パドル役の鰭が無い状態の、ヘビそのままの横断面が円形の紐の様な体型は、矢張り水中でも推進効率が悪そうだと言うことになります。



 脊椎動物の少し前のご先祖様的な生き物に脊索動物門と言うグループがあります。骨化していない芯(脊索、=背中の棒)が身体を貫くように発達し(成長の途中で発現するが生体では消失するホヤ類もある)、神経や筋肉がこれに沿いますがいわゆる頭がありません。この動物の仲間の1つにナメクジウオと呼ばれる海産の、魚の出来損ないの様な小動物が棲息しています(頭索動物)。これは国内の一部の海域(山口県、有明海など)にも棲息しています。普段は口先を出して砂の中に隠れているのですが、時々海中を泳ぎます。やや平たい身体を小刻みに振動させて水中を進みますが、体幹に複数のS字蛇行を発生させてのロコモーションになります。この生き物の左右に扁平化した体幹は水中への適応、特殊化として獲得された可能性はありますし、更には砂に刺さる様に潜ることへの適応から体幹長が伸びている可能性もあります。このナメクジウオの様な複数のS字蛇行方式を数を減らして遊泳力を強力化したのが現生の魚類であるとも言えそうですが、真の魚類とは平行進化的に得られた形質の可能性がありますが、既にナメクジウオレベルで体幹の扁平化が獲得されている訳です。

 因みに、ホヤ(尾索動物)は院長は函館の炉端焼き店で食した経験が有りますが、夕張メロンに似た色の、特有の味の食べ物でした。大量に食べるのは無理と感じましたが少量ならイケます。東京のスーパーでも時たま1個100円程度で並ぶときがありますが殆ど売れていない様に見えます。食べ方も判らず手が出ないのでしょうね。ホヤは幼生時にはオタマジャクシ様で眼点や脊索も備えますがやがてそれらが消失し植物のような固着生活に入ります。これが脊椎動物に近い生き物とはとても思えませんが、脊椎動物の生理機構の進化的獲得を考える際の重要な生き物になります。まぁ、前にもコラムで書きましたが、周辺の動物と比較することでターゲットとする動物の実態が理解出来るとの按配です。ナメクジウオ含めどうも頭部の発達が弱い様で、違和感を強く覚える生き物ですが、脊椎動物のご先祖様は身体の方が先に割かししっかり作られ、後に制御コントロール機関としての脳が先頭に発達した模様です。下にも触れますが、円口類のヤツメウナギになると脳を備えてアタマは発達しますが、まだ下顎(下顎のホネは鰓が転用されて作られます)が無く、口は巾着様にすぼめる方式のままです。

 体長軸方向の摩擦=ゼロ、それに直角方向の摩擦=ゼロ、のぬるぬる滑るウナギでも水中ではS字蛇行方式で推進力を得る事が出来ます。尤も、ぬるぬる故に、ウナギはざらざらな場合を除いては地面上を効率よく進む事は出来ませんね。体長軸に直角方向に<エッジ>を効かせることが出来ないからです。浅瀬を進むときは小石などの固定された物体をアンカーポイントとして利用し、S字蛇行すれば前進は可能です。この、固定物を利用する方法はヘビでも普通に観察されます。ヘビとウナギの地表蛇行式ロコモーションを比較すれば、ヘビの地表ロコモーションに何が必要であるのかが明瞭に浮かび上がる訳です。



ウナギ型の魚類




 ウナギがウナギの細長い姿形をに進化したのは、ヘビ同様に前方推進速度を捨て<隙間産業>化への道を歩んだからでしょう。何も、脚が速くて獲物を捕ったりするのに有利、敵からの逃げ足が速いのが有利だからとその方向にのみ進化が進む訳ではありません。<隙間産業>的に生きるのも生態学的ニッチ(Ecological niche、生態学的地位、niche は仏語の nicher = to make a nest 巣作りする、から)を上手く見出しての、立派な進化・生き残り戦略と言う訳です。

 真の魚の1つ前の進化段階に留まる生き物に円口類と言われる仲間が棲息し、これにはヤツメウナギやヌタウナギが含まれます。東京の巣鴨にヤツメウナギの専門店がありますが、古くから目に良いとされ、実際に多量のビタミンAを含みます。院長は東北地方の日本海側 (秋田県由利本荘市)でヤツメウナギをぶつ切りにした鍋を1月に食した経験がありますが、バターに血を混ぜた様な特有の味でした。他の魚にヒルの様に吸い付いて吸血しますのでそれの味かもしれません。進んで賞味する対象と言うよりは薬膳風な食べ物と感じました。正月などに現地の魚屋の店頭に生きた個体が売られていますが、これは付近を流れる子吉川で捕獲されたものでしょう。発泡スチロールの箱の中で、水も無いのにふいごのように呼吸をしていて驚かされました。生命力が強い様に見えました。サイズは5,60cm はありました。

 これも名前通りウナギ様の体型であり、S字蛇行型で遊泳します。普段は砂の中に潜んでいますので、その体型は<隙間産業>生活への適応と考えて良いと思います。真性の魚類では、ウナギ以外にアナゴやウツボ、タウナギ、ドジョウなどもウナギ型でS字蛇行式ですが、いずれも好んで穴にもぐります。まぁ、ヘビ同様、全て<隙間産業>的生き物です。地上のヘビ、水中のウナギなどはロコモーションよりは隠れ家を採った生き物と言えそうですね。円口類で生き残っているのはウナギ型のヤツメウナギとヌタウナギだけで他は全て絶滅しましたが、泥中に隠れるように生きて来たお蔭で、現在まで生き残って来れたのかもしれませんね。尚、ヤツメウナギには尾部に近く背鰭、腹鰭が、また尾鰭も軽度に発達しています。ウナギにも勿論鰭が備わっていて、単にヘビ型である訳ではありません。

 ナメクジウオやヤツメウナギを材料に用いて研究するのも、脊椎動物の進化解明のヒントを得る為に大変有益な様に思いますが、矢張り水産学の<縄張り>かも!?








コモーションの話 ーヘビのロコモーションは効率が良いのか




2021年2月10日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第15回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の11回目です。



ヘビのロコモーションは効率が良いのか




 前回コラムでも触れましたが、エネルギー効率が悪いとは言うものの、それでもマンバ(アフリカに棲息するコブラの仲間)では短距離ですが最大時速16km/s (11.25s/50m)で走るとされています。自転車並ですがこの速さでマンバに追い掛けられたら、楳図かずお氏のヘビ女ではありませんが、恐怖で脂汗を流しそうですね。更に、次回コラムで触れますが、横方向に進むガラガラヘビなどのヘビ(サイドワインダーと呼ぶ)では時速33kmで砂の上を進むとされ、ヒトが砂に脚を取られている内にガブリと遣られそうで・・・。

 S字カーブを小さくすれば左右方向の余計な運動エネルギー消費は抑えられますが、今度は蹴り出しのエネルギー出力の絶対値が小さくなって速度が低下してしまいます。これはスケートも同様です。おそらく、個体のサイズに拠って、最大の前進速度を許容するS字の振幅(横方向の揺れ幅)と波長(S字カーブの進行方向の間隔)が決まり、ヘビはそれに従って高速ロコモーションするのでしょう。前回ご紹介したスピードスケート種目でのパシュートでは、身体の左右の揺れが発生し、複数人が連なるシーンではヘビの動きによく似た運動になりますが、これに際しても集団として最大効率的に最大速度を得られるS字の振幅と波長が自ずと定まるのでしょうね。コーチ側は各選手の体格、脚力、スタミナなどのデータを元に、最適解を科学的に算出(計算法はおそらく機密扱い)して利用しているのかもしれません。

 S字カープを少なくして幅の狭い場所をするりと進む為には別の推進機構を取り入れその比重を高めるしかありません。ロボットで言えば、胴体の下に付けたタイヤそのものを能動的に回転して電車化すれば済む話ですが、ヘビではそうもいきませんね。この方法に基づくヘビのロコモーションについては後のコラムにて解説します。




 さて、ヘビが前方推進の為の馬力を得る為には盛大な無駄なエネルギー消費も必要になることから、ブラックマンバなどは相当のスピードで地表を進めるものの、ヘビは地表を迅速且つ長距離走行する地球上のチャンピオンにはなれそうにありません。詰まりは、四肢を失うメリットがあったがゆえにヘビはヘビ型に進化したのは当然ですが、それは本来的には地表を効率よく迅速に移動する方向の進化では無かった訳です。マンバの様な蛇行ロコモーションで進むのは二次的な高速化への適応形態だろうと言う事です。


 無駄なエネルギー出力を少なくし、高効率且つ高出力の地表ロコモーションとするには、

@四肢を体幹の下に配置して左右軸回りの反復回転運動をさせる事(筋肉を四肢の付け根に配置し四肢末端を伸ばす)、


A体幹の左右のくねりを極小化し四肢と同じく背腹方向の屈伸方法に切り替える事(この背腹方向の揺れも低減させる)、


 の2点が重要ですが、恐竜が凡そ@+初期段階のA、哺乳類が@+Aのほぼ完成形に相当すると考えます。更に哺乳類では筋細胞中のミトコンドリアが大量に存在し、酸素呼吸を通じて筋収縮力も格段に高いレベルで出力出来ます。外見的な機能形態のみならず中身の生理機構からして既に違っている訳です。温暖で植物が繁茂し、空気中の酸素濃度が高ければまだ良いとしても、肺機能も高度化する必要があり、哺乳類のようなしっかりした横隔膜が出来て肺をふいごのように運動させ、更には心臓も2心房2心室化を完成させていたのかどうか。因みにワニは薄い膜様の横隔膜類似構造を持つとされ、心臓の改良も進んでいる様です。院長はワニの液漬標本を1体保持していますが、観察もせずに20年程そのままにしています・・・。




 肝心な点ですが、何故、体幹並びに四肢の運動(回転反復運動)を横軸回りの背腹屈伸型にするのかですが、重力に対して左右方向の、明らかに無駄な運動を行う事よりも、重力に対して反重力方向即ち跳躍と重力方向への下降運動を採用し(実はこれも無駄な運動)、重力に対して鉛直な平面上にて、進行方向に対して直線的に進むのが脊椎動物のカラダの造りを持つ生き物には様々な意味−特に地上四足歩行生活−に於いて合理的でもあるからでしょう。例えば、胴体を地表から lift up していますので、凸凹の障害物のある地表でも進めてしまいます。ウマの走行を見ればお判り戴けると思いますが、体幹部の背腹運動自体をも小さくして高速走行時には一種の剛体化(固まった一個のものとして前進)が見られます。四肢の付け根に筋肉を配し、四肢を長くして、体幹部自体は空気中を浮遊しながら前方に切り進む様な按配ですね。船体が海面から浮上する水中翼船みたいな感じでしょうか。魚時代には水中を浮力で浮遊し海底からは切り離されていましたが、陸上進出に伴う地表との濃厚なコンタクトから、ここに来て抗重力性を強化した体幹と四肢構造を得、再び独立する事が出来たことになります。爬虫類にはここまでのロコモーションは為し得ません。この様な、哺乳類化に伴うロコモーション進化については後のコラムにて詳述する予定です。








ロコモーションの話


ヘビロコモーションのジグザグスケート進化仮説




2021年2月5日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第14回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の10回目です。




ヘビはジグザグスケート式に進むのか




 ヘビが地表でS字を描きながら蛇行するだけで前方推進出来てしまうのが直感的に理解出来ない方々が多いのではと思い、より分かり易い例えで考え直そうとのコラムの回です。・・・前にも述べましたが、普通に四肢を使ってロコモーションする生き物を理解する方が遙かにラクと正直感じますね。

 さて、院長は子供の頃からアイススケートが好きでそこそこには上達しています。残念ながら、スケートリンクは各地で閉鎖の憂き目に遭っていますが、近頃流行?の路上で遊べるスケートボードでは身体を左右交互に傾けてヘビの軌跡の様に蛇行して進むことが可能です。ボードの上に乗ったままで足は一歩も地面に着ける必要はありません。ボード上の身体を左右、左右とスウィングさせるだけで進みます。実は院長は経験がありますが、これと同様にスケート靴の刃を氷面に接したまま、身体の重心を順に左右に振らし、それと同時に足首に回転力を加えることを通じて氷上にS字を描きながら進むことで、前方推進力が実際産生出来てスイスイ進めてしまいます。実は左右への方向転換−これはスケート者が能動的に行う−の直前にはスケートの刃は斜め前方を向いていますが、この時に氷面に対して自ずと体重が強く掛かりその反動で前進(正確には斜め前方)する事になりますが、これはヘビの進み方に似ている様にも思います。カーブしようとする時に意識せずともスケートの刃を前方に滑らかに進めながらスケートの刃の直角方向への力が同時に掛かる訳ですね。因みにスケートでブレーキを掛けて停まる時は、進行方向に対してスケートの刃を一気に90度回転させ、やや横滑りして氷を削りながら最終的に刃を氷にしかと食い込ませます。この停止動作はスキーも同様ですが、平地をクロスカントリーで進む時もスキーの板をスケートの刃と同じ様に斜めに雪面に着地させ、エッジを効かせて前方推進力を得る仕組みです。ストックを用いて腕の力でも推進力を得てはいますが。スキーの場合ですが、同じ傾斜角度の斜面であれば、重力のみに拠る直滑降に比べると、S字蛇行では理論的には更に前方推進力を加味することが出来る訳ですが、S字蛇行分だけ滑走距離が伸び、またS字を描く際の、雪面とスキー板の間の余計な摩擦力発生で速度が減じられる効果も出てしまい、絶対的なA−B2地点間を滑り降りる速度は寧ろ低下するのかもしれませんね。




 複数のスケーターが連なり、前方の者の軌跡を辿りながら進めば、複数人が体重を掛けた箇所の氷が次第に深く削れて立派なアンカーポイントになりそうに見えます。ここに、ヘビロコモーションのジグザグスケート風理解の完成との按配です。まぁ、ローラースケートで滑ると考えれば、前々回にご紹介したヘビ型ロボットに同じで、なぁんだとお感じの方々もおられるかもしれません・・・。

 スケート方式になぞらえた解釈ですので、ヘビの腹面と媒体(地表など)との間の体幹長軸方向の摩擦力が限りなく小さいものであることが必要で、と同時に、ヘビが体幹長軸に直角な方向の摩擦力を(能動的にエッジを効かせて)大きくし得ることが前提になります。これは実際のヘビの身体を利用して計測すれば数値として表すことが出来るでしょう。

 ヘビは、アンカーポイントにて能動的に体幹側面の鱗を強く立てて、更に摩擦係数を高める工夫をしている可能性もありそうですね。ヒトがアンカーポイントで更に能動的に蹴り出しを加える場合には、その直前で脚を縮めて体重心を下げておき、アンカーポイントで縮めた脚を伸ばして蹴り出すことになります。同様にヘビがアーチ状に体幹を浮かせるのは、アンカーポイントに集中して体重を掛ける意味も有りそうです。これで蹴り出しを強めてダッシュを掛ける作戦です。

 以上から、ヘビのS字くねらせロコモーションは、進行方向に一致しない方向の体幹の振れが盛大に発生し、エネルギー効率的には芳しく無いものの、S字カーブを作るがゆえに初めて脚の無いヘビは前進出来る、ヘビはくねって当たり前だ、とも言えます。スケートで言えば、S字に進むが故にスケートは滑れる、と言う訳です。


 実際、スピードスケート種目でのパシュートでは、身体の左右の揺れが発生し、複数人が連なるシーンではヘビの動きによく似た運動になります。各メンバーがネジの溝を進む様な統一された動きを示します。これは均一に統制を取ることがチーム一丸としての前方推進力産生に有利に作用するからでしょう。最後はバラケて各人がゴールにまっしぐらですね。

 言われてみればなぁんだ風?の解釈かもしれませんが、この様な観点を元に更にロボットの開発を進めると面白いかもしれません。

 ヘビロコモーションのジグザグスケート進化仮説は理論化して完成に漕ぎ着けましたが、具体的内容は論文発表前なので本コラムでの開陳は控えたいと思います。ご了承下さい。まぁ、これまで述べて来たことをベースに他の問題も含め考察した仮説になります。つまり、サワリは公開していることになります。








ロコモーションの話 ー ヘビは二次元ねじ切り式で進むのか?




2021年2月1日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第13回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の9回目です。



ヘビは二次元ねじ切り式で進むのか?




 ヘビのロコモーションを別の角度から見て、より理解を深めようとのコラムです。ヘビのコラムを執筆している内に、幸いなことに生卵が呑みたいなどの症状は出ていません!が、探究心がしつこくなって来たのを正直覚えます。執念深くなって来たのでしょうか・・・。どうぞビビらずにお付き合いのほどを。

 さて、ねじ式と言うと、院長ぐらいの世代の者には、雑誌 GAROに掲載された、つげ義春氏のシュールな漫画をまず思い浮かべる筈です。小学生の時に町の本屋で現物を手に取り立ち読みしましたが、ある種の衝撃に加え、見てはいけないものを見た時の様な名状し難い気持に襲われました。今でもはっきりと漫画の各シーンは良く覚えています。これは楳図かずお氏のヘビ女がくわぁ〜と口を大きく開いて追いかけてくる恐怖のシーンとはまた別の、強烈な記憶の一コマとなっています。さて、ねじとヘビとで上手く話が纏まると良いのですが取り敢えず?始めますか。

 前回、へピのロコモーションはジグザグ錦帯橋ロコモーションモデルとして捉える事が出来ると提唱しました。これは、四肢を持つ動物が手足で接地してそこをアンカーポイントにして蹴り出すのと一見似た様な機構を、胴体のみを用いて迅速に行っている事を強調した解釈です。ヘビの祖先が次第に四肢を失う過程で地面を踏ん張る四肢の役目をこの様な方式の体幹運動に徐々に置き換えて行ったのだろうと思います。しかしながら、この段階が具体的にどの様に進化して獲得されたのかに関しては院長は:現況は明確なシナリオを想い描く事が出来ていません。後のコラムにて説明する、直線型ロコモーションつまりはミミズの様な、体幹中心軸即ち脊椎骨に沿う方向に粗密波を発生させて進む方式が先に得られ、S字くねり方式が寧ろ後に大きく発達した可能性もあるのではと考えてもいます。これは地震の縦波と横波の関係にもちょっと似ていますね。まぁ、正直なところ、体幹+四肢を用いる動物のロコモーション進化のシナリオを考える方がずっとラクに思えます。四肢を持つトカゲに始まり、四肢を失い胴体が長くなるまでのロコモーション推移のシミュレーションを理論的に明確且つ詳細に示せたら面白いと思います。何が言いたいのかと言えば、ヘビの運動性の動作解析の仕事は数多く見られますが、個々の事象面の解析に留まり、ではどうやってその様なロコモーション様式が獲得されたのかの進化シナリオの考察が見られないのを残念に思うと言う話です。数学者や工学者が関与する例が多いのでこれは仕方無い面も確かにはありますが。

 ヘビは身体の先頭の方が作った進路のカーブを身体の後ろの方が大方なぞって進む習性を持つ様に見え、この様な、滑るようなヘビの動きを見る度にいつも不思議な気持にさせられます。これは特に何らの障害物の無い砂の上を這う時には明瞭な複数S字型として観察されます。或る意味、ネジ切り役の体幹の前半が作ったネジの溝に体幹の後半がネジとなって填まって進む様な方式ですが、外見的には二次元ねじ切り式ロコモーションとも呼べそうです。このネジ溝のところどころに体幹を接触させて対地面への蹴り出しの力を発生させる作戦です。レプトスピラ症、ライム病、回帰熱、腸管スピロヘータ症、また梅毒等の原因菌を含むスピロヘータの仲間は螺旋状の菌体(ヘリックス、螺旋近似体)をネジの様に回転させながら進みます。この運動を側方から二次元平面に投影すると正弦波のS字カーブとなり、くねくねとヘビの様に進む像が得られるのですが、これは明らかにヘビの蛇行式ロコモーションとは表面的に類似するだけであって、ヘビの蛇行運動の推進機構を考察する為のヒントも得られません。まぁ、螺旋式に仮に進むとなるとそもそも頭部がぐるぐると回転してしまい、目が回ってしまいます・・・。



 アンカーポイントに接する以外の身体の部分は、特に高速走行時には明瞭に宙に浮くことになります。即ち、体幹は実際にはネジの溝を辿るのではなくそれから浮いている訳です。まぁ、真上、天空から眺める、即ち、地表平面に投影して考えると、同じ周期と波長で身体をくねらせて進む様に見える、と表現した方がより正確ですね。河川の蛇行のような、単なる平面上のくねりとして考えるのは大きな間違いであって、ヘビのS字くねり動作は、錦帯橋モデルとして考えた様に3D動作であることを再認識すべき、と言う事です。

 では、どうして一定のS字の間隔と横幅で進むのかですが、1つには体幹の各部を頭部から尻尾に至る連続的な筋収縮の波動として産生するのが制御的に有利なこと、また各アンカーポイントが出力する前方推進力を均等にして、一匹の蛇として systematic (無駄なく整然と)歩む為のリズム作りなのだろうと予想はされます。これはヘビの胴体が同一の径を持ち、即ち単位長さ当たりの筋張力の産生量並びに重量が同一であるとの前提に立ちますが、アタマと尻尾の径の細い部分を除けばこれが成立すると考えることは可能でしょう。

 ところで、ヒトが直立二足歩行を如何にして獲得したのかを考えるに際し、以前は歩行運動性の三次元的理解から離れ、例えば、歩行のあり方を側面から見た二次元投影図として得、体幹を水平位にした四足歩行のサルが、次に体幹を斜めにした大型類人猿のナックルウォーキングに移行し、遂に体幹をまっすぐに立てて歩行するに至ったとの、特定平面に投影したロコモーションの解釈が行われてもきました。一般的な話ですが、3Dの運動性を2Dに限定して考える過程で、本質的な、重要な情報を切り落としてデータを比較する危険性を抱えていますが、これは進化の一面しか理解出来ない事に、いや、進化仮説のミスリーディングにさえ繋がるでしょう。ヘビのロコモーションの理解にもこの様な2D化して考える解釈、視点−平面的な蛇行運動との認識−を知らずと行ってしまうことに注意すべきと考えます。実際、ヘビはその伸張した体幹を巧みに用い三次元空間に大きく進出した爬虫類であり、それは三次元的に動ける体幹機能を有するがゆえのことです。木登りするヘビは居ても木登りするワニは存在しません。


 この様な事を再確認しつつ、次回コラムにてS字くねらせ式ヘビロコモーションを、ヒトのスケート動作から更にしつこく!また見ていきます。








ロコモーションの話 ー ヘビのジグザグ錦帯橋ロコモーションモデル




2021年1月25日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第12回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の8回目です。




ヘビ型動物のロコモーション




 前回のコラムで各種ヘビ型動物について触れましたが、ウミヘビなどを含めて彼らのロコモーションの基本は体幹を左右にくねらせて推進力を得る方法にあります。この方法にも幾つかのバリエーションが存在するのですが、この方法は進行方向に対して直角の左右方向に体幹を運動させる成分を抱えるだけエネルギーが無駄に消費されることに加え、その横の揺れ幅が大きいほど通行に必要な場所の横幅が大きくなるマイナス点があります。対外的には身体をくねらせることで、敵がヘビを捕まえて捕食するのを攪乱し困難にさせる利点などはありそうですが。この方法で平らな砂漠の上や水中を進み、或いは柔らかな土壌や砂の中を潜る際には問題となりませんが、例えばミミズやウナギ(鰭を利用)の様に既存の1本の内径の狭いトンネル内をくぐり抜ける動作、或いは木の枝の上などの狭い場所を通過するには困ったことになります。この様な事をまず頭に入れてからヘビ型動物のロコモーションをじっくり見て行きましょう。


 一般に観察されるヘビ型の左右くねらせ式のロコモーションとしては、

@体幹をS字型に左右にくねらせて前方に進む一般的な方法 (serpentine  locomotion ヘビ式ロコモーション)、


Aこの遣り方を取りながら側方に移動する方法 (sidewinding  locomotion 側方進行ロコモーション、ガラガラヘビがこれを行うことでよく知られる)、


B体幹をS字に畳み、バネの様に前進する方法  (concertina locomotion アコーディオン式ロコモーション)


 に、外見的に区分されます。実際にはこれ以外の様式(後のコラムにて触れます)も含め、互いにオーバーラップするところがあり、厳密にきっかりと分かれる性格のものではありません。最近では垂直の丸太を登るときに身体を輪の様に巻き付けながら上に進むヘビが発見されたとの事ですが、それは単なる習性であって、生体機構的には上記分類の機構で説明出来るものではないかと院長は考えて居ます。



ジグザグ錦帯橋ロコモーションモデル




 体幹をS字型にくねらせ媒体(地面)を後方に押し、その反作用で前方推進力を得て前に進む訳ですが、前方推進のパワーはS字カーブを作ったり緩めたりする、鉛直軸回りの体幹の往復屈伸運動が産生することになります。横方向の運動成分は前方推進には貢献しません(左右のS字の動きで相殺されます)が、往復屈伸運動の中に、前方に身体を進ませる運動のベクトルがしっかりと含まれている訳です。ヘビの体幹が同じ地表の軌跡をなぞって進む様に見える為、一見、地表でのS字カーブが空間的には不動に見えますが、身体は前進して居ますので、体幹各部が次々と筋力を用いて<曲率>を変動させている事になります。

 この場合、体重を掛ける媒体(地面)上のアンカーポイントがあり、その上を連続的に体幹を滑るように接触させ(押しつけ)ながら進みます。腹全面を常に地面に接触させ等しく体重を掛けている居る訳ではありません。このアンカーポイントは砂の上に固有の<足跡>としての窪みとなります。凹みが付いていることはそこにより大きな体重が掛かっていることを意味しますが、これはその部分で摩擦力(一種の動態滑り摩擦力)が大きく掛かっていることを意味します。詰まりはこの<足跡>以外の場所ではヘビの胴体は<普通に体重が掛かっている>話になります。静かに地表を進む時は殆ど認められないレベルですが、高速移動中のヘビではこれが明瞭になり、S字カーブ全体が地表から持ち上がり摩擦力ゼロとなります。どう言うことかと言えば、こちらに蛇行しながら向かってくるヘビを腰を落として真正面から観察すると、左右のアンカーポイントの間は体幹が浮いて軽度のアーチを形作る訳です。真横からも同様に前後のアンカーポイントの間にこのアーチが観察される筈です。これは或る瞬間を考えれば、錦帯橋の複数の太鼓橋がジグザグに配置する形に似ているでしょう。橋脚がアンカーポイントになります(ジグザグ錦帯橋ロコモーションモデル)。この橋の上をヘビが滑っていくことになります。但し、実際のヘビのアンカーポイントはS字カーブの頂点(ここが一番体重が掛からない)とはズレています。




 実際のヘビのS字くねらせ式のロコモーションも、実は結構高度な運動制御方法に裏打ちされてのものの様に見えます。ヘビ型ロボットの開発が進められていますが、S字蛇行式のモデルとしては、受動車輪を備えたリンクを能動関節で直列に連結し、体を屈曲させることで車輪による摩擦の異方性を利用して推進する車輪拘束ヘビ型ロボットが各種開発されてきています。

 これに関する詳細は、

中島 瑞氏に拠る電気通信大学大学院 情報理工学研究科博士(工学)の学位申請論文(2020年3月)

『拘束切り替えを利用したヘビ型ロボットの2平面移動と2点同時制御に関する研究』

https://core.ac.uk/download/pdf/323561114.pdf


 に分かり易く解説されています。身体の関節を左右に能動的に振るだけで車輪には能動的な推進力与えず、この状態でS字に蛇行させると、進行方向に大きく角度を持つ位置の車輪が媒体表面に対して大きな摩擦力を持ち、その反力として前方推進のエネルギーを得るとの機構の様ですね。制御的には身体の各節の関節の屈曲度(曲率)を頭から尻尾へと滑らかに変動させて蛇行を行わせるだけで済む様にも思えます。蛇行の波の波長や振幅を変えることによりヘビの進行のシミュレーションも可能なのでしょう。中島 瑞氏は、単なる二次元平面的な蛇行の再現に留まらず、三次元的なヘビの動きを得られないかとの考究を行った旨が要旨に書かれています。従来の制御点が1点で有ったものを2点制御式に改良し更に実際のヘビの動きに近づけたとの業績ですね。

 上の錦帯橋モデルで触れた様に、生身のヘビはアンカーポイントを各所に定め、単に進行方向への摩擦力を大きく発生させて推進力を得る以外にも、体幹をアーチ状に浮上させたりと脊椎骨の背腹方向への制御性も有しています。まぁ、このアーチの部分の摩擦力は完全にゼロになります。ピンポイント的に体幹の重さをを媒体表面に強く押しつける一方他は浮かすことで、高速な前進を可能としている様に見えますが、これをロボットで再現するのはラクではないでしょうね。

 中島氏の説明では、リンクを能動関節によって直列に連結しロボット胴体で直接環境に接触するタイプのロボット(非車輪型ロボット)もあります。これは摩擦の異方性を再現する機構を有していない為に屈曲運動では推進できず、体を体幹軸周りで回転させる捻転動作や,体全体で歩容動作を生成することによって推進するものです。このタイプは youtube 動画でもよく見かけるものですね。これは災害時やパイプの通過障害などに際して狭い空間に入り情報を得たり障害物を取り除いたりするのに利用されますが、外科用ロボットとしての用途も拡大していくのではと思います。要するにこのタイプは一見ミミズに似た動きをさせる目的であって、真のヘビのロコモーションを再現する方向性にはありません。

 アフリカに棲息するコブラの仲間のマンバは、身体をS字にくねらせながら時速16kmで前進可能ですが、身体を滑らかにくねらせながら良くこの様な迅速な走りが出来るものと驚嘆させられます。この動きをロボットでそのまま再現出来たらと思いますが、話は単純では無く、奥が深そうに見えます。イヌの様な四肢型ロボっト、或いはヒト類似の二足ロボットは、Boston Dynamic 社の各種動画に見られる様に、体幹を数個に分けて関節させ、手足の関節と共に、プログラミングして運動性とバランス能を維持すれば巧みな動作をさせることが出来ますが、脊椎骨の多関節構造のヘビ型ロボットはまだ序盤の段階にある様に院長の素人目には映ります。まぁ、<四肢+少ない体幹関節数>のロボットの方が動作理論的には制御がずっと楽そうに見えます。

 次回で、このS字くねらせ方式の機能的意義についてもう少し迫ってみましょう。








ロコモーションの話 ー ヘビ型化の利点




2021年1月20日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第11回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の7回目です。




  ヘビがどうしてヘビになったのか、その理由を次に考えましょう。

 身体が細長くなると岩や土中の隙間などの狭い空間に入ることが容易になり、また地表に於いても自分の頭が通る程度に隙間が空いていれば全身をつるりとくぐらせることが容易になります。ヘビの仲間(ヘビ亜目)にブラーミニメクラヘビと言う世界最小のヘビがいるのですが、サイズに加え姿もミミズにそっくりで地中生活性への特殊化を一段と進めているヘビと考えてよいでしょう。ヘビの祖先はここまでには地中生活性の進化淘汰圧を強く受けることは無く、<隙間産業的>にヘビ化したのだろうと院長は考えます。まぁ、ブラーミニメクラヘビは二次的に地中生活性を強化し、サイズも縮めたとの解釈です。

 因みにこのヘビは雌個体のみが存在し、単為生殖をして子孫を遺すとの、高等脊椎動物にしては珍しい生殖法を採ります。1匹飼育していれば子孫を遺し増えて呉れる訳です。単為生殖は爬虫類では一部のトカゲ、ヘビに観察され、ニューメキシコハシリトカゲの仲間の15種が完全に単為生殖のみで継代することから詳しく研究されています。コモドドラゴンは偶発的に単為生殖で子孫を遺す時があります。七面鳥や鳩でも偶発的に単為生殖で子孫が産まれるケースが知られています。ブラーミニメクラヘビは本邦にも棲息しますので単為生殖研究の良いモデルになりそうです。尤も、既に研究が行われているかもしれません。それ以外にも院長は飼育してみたい気持は抱いています。但し、院長の専門の形態学にはサイズが小さすぎてちょっと扱いにくいですね。元々院長は細かなものを対象とする組織学(光学顕微鏡や電子顕微鏡)が苦手で、目に見える大きなものを対象とする肉眼解剖学、機能形態学の道を進んだ訳でもありますし・・・。

 話を元に戻しましょう。

 現生の大方のヘビがカエルや野ネズミを主食とすることから判りますが、音も立てずに忍び寄り(足が無いので足音が立たない!)獲物を捕獲するスタイルが取れ、これは生態学上の大きな利点をもたらしたでしょう。顎の骨を単純化して口を大きく開き自分の頭より大きい獲物を呑み込む事が出来ます。これが故に陰険で腹黒いおぞましい生き物との烙印を人間から押されることにもなりますが。尤も、この改造に従い、耳の機能が単純化し鼓膜も失い音が殆ど聞こえません。目には瞼が無く見開いたままですが透明な皮膚に覆われています。これならどこに潜るにしても目にゴミが入って困る!こともありません。この特有の目のあり方、目つき−目は口ほどにものを謂う−も人間を気味悪がらせる一因に違いなかろうと思います。

 ブラーミニメクラヘビとは反対にアナコンダ(南米アマゾンに棲息する親水性のヘビの仲間)、ボア(南米大陸)、ニシキヘビ(旧世界)などはいずれも巨大化していて文字通りのウワバミですが、地表で潜るべき隙間や隠れ家を見つける事が困難になるのと引き替えに(二次的な)ボディサイズ大型化の何かしらのメリットがある筈です。まぁ、ここまで大きくなると事実上敵無し状態であり、即ち生態学上の一勝者の地位に到達したと言えるでしょう。因みに洪水にたびたび襲われるアマゾン域には、カピバラやヤブイヌの様に親水生物化した動物も散見されますね。ナマケモノに加えネコ科のジャガーも泳ぐぐらいで・・・。これならヘビの一匹や二匹、泳いでも驚きはしませんね。




 ヘビがヘビになったのは、地上での隙間生活への適応の結果との考え−これも誰でも思いつくレベルの話ですが−以外に、水中生活性への適応に由来するとの考え(ヘビの水中起源説)もありますが、現生のヘビ型動物であるアシナシトカゲやミミズトカゲが水中適応性を強めずにヘビ化を遂げて居ることからこれは誤りだろうと院長は思います。ヘビは肺呼吸を行いますので、水中の岩の隙間や砂泥中に潜って身を潜めたり餌を捕獲する事は困難となりますし、また水中を泳ぐのに円筒形の胴体をくねらせて進むのが特に有利とは考えられません。海洋に進出したウミヘビでは尻尾(総排出口、クロアカより後ろの部分)が縦方向に平たくなり、魚の尾びれと同様に左右に振ることで前方推進力を強化していますが、これは、断面が円筒形であるヘビの姿そのものが扁平化や鰭無しでは水中で泳ぐには十分に適応した姿では無い事、即ち地上で進化したヘビが飽くまで二次的に水中(海洋)に進出した事を自ずと物語る事でしょう。

 因みにヒトがどの様にして立位を取り二足歩行する様になったのかについてですが、これに関しても水中起源説が提出されています。これを議論する学会も存在し、院長は参加の案内を貰ったことがありますが遠慮したままです。これは、学説の粗筋としては、水の浮力で筋力の弱い状態の後肢でも立ち易くそれで立位の習性を獲得するに至った、との説ですが、そもそも四足歩行性の哺乳類は水中で立位姿勢を取ろうとすることは全く無く立位の起源を言う事が不可能でしょう。浮力の効いたような状態では立位を取る方向の進化は進みませんし、浜に上がればすぐに四足歩行に戻らざるを得ません。そして水中で立位を取る動物は元々地上でも立位を取り得る動物になります。例えば地上で二足歩行性を示すケナガクモザルが池の中で腰まで水に浸かりながら二足歩行するシーンを院長は撮影しています。即ち以上から、水中生活性では無い別の場所で立位の二足歩行性(直立二足歩行性)が獲得され、その様な動物が二次的に水中で立位を取ると考える方が無理がありません。これに関してはヒトの二足歩行成立のコラムについて詳述する予定です。

 まぁ、思いつきレベル、或いは希望的観測を背景に仮説を構築するとほころびが出るとの例でしょう。仮説の構築とは、自説に都合良いところのみをピックアップして牽強付会を図るのではなく、寧ろ自説にそぐわない事実こそを重んじ、自説の修整を図り理論の筋道を強化していくことだからです。








ロコモーションの話 ー 各種ヘビ型動物




2021年1月15日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第10回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の6回目です。



 さて、爬虫類のヘビはどうしてヘビになったのかですが、ヘビ型の両棲類であるアシナシイモリがそのまま爬虫類に進化したのではなく、手足の備わった爬虫類としてまず進化し、そこから何らかの理由で手足を失ったと考えるのが正しいです。これは例えば、イルカが魚竜からそのまま進化したのでは無いことに同じで、進化レベルの違う系統の内部に、それぞれ似た様な動物が発生する現象です(収斂 しゅうれん現象と言います)。同じ様な環境に適応すると系統が離れていても同じ様な姿・形に進化する訳ですが、1つの祖先系が様々な環境に適応して拡大(適応放散)し、その結果として収斂を示す場合がある訳です。

 ではどうやって手足を退化させて胴体を細長くする様に進化したのか、ですが、ヘビの仲間(ヘビ亜目)とは少し系統的に離れるトカゲの仲間(トカゲ亜目)の内にアシナシトカゲ科があり、そこには四肢の揃ったものもいれば、四肢を失い痕跡的な後肢を遺すものも存在します。まぁ、手足が退化消失し同時に体幹が長く伸びた推移の経過が温存されていることになります。但し、体幹部の柔軟性はヘビほどには持たず、<身体が硬い>と言われています。トカゲの仲間ですので、ヘビとは異なり瞼や耳孔があり尾を自切可能です。南ヨーロッパから中央アジアに掛けて最大種(全長135cm に達する)バルカンヘビガタトカゲが棲息し現地の人々には知られていますが日本人には全く馴染みは無い生き物でしょう。顔がトカゲで胴体がヘビゆえちょっと違和感のある生き物に感じます。ペットとしても飼育されますが寿命は50年とも言われて、カラダを含めて長〜いお付き合いになります。覚悟の程を!



 他方、有隣目の中にはミミズトカゲと言う更に変わったヘビ様の生き物(ミミズトカゲ亜目)が存在します。昔はトカゲの仲間に分類されていましたが、現在ではトカゲからは独立させています。これは地中性を強めている仲間ですが、確かにミミズに似た外見です。前肢2本のみを遺し後肢を退化させた(痕跡的な腰の骨は遺っています)種類もいれば四肢全てを失ったものもあります。二本足のヘビ(もどき)ゆえ素人を驚かすには十分な存在です。

 まぁ、四肢の退化傾向のある生き物として、有隣目の中には、トカゲの仲間のアシナシトカゲ、ミミズトカゲの仲間のミミズトカゲ、それとヘビの仲間のヘビの3系統 (ヘビ三兄弟?)がヘビ型動物として存在する事になります。おそらく、有隣目の身体を左右にくねらせる運動性が四肢の退化傾向を生み出し易いところがあるのでしょうね。換言すれば、有隣目自体がロコモーションの主体は体幹にあって、四肢は形態的並びに機能的発達弱く、これを退化し易い傾向を持った生き物だ、とも言えそうです。

 現生の他の爬虫類の仲間である、カメ、ワニ、ムカシトカゲにはヘビ化した動物は存在しません。特にカメは体幹運動性を完全に失い、四肢を利用しての歩行や泳法のみですので、今更ヘビ化しようが有りませんね。ワニの方は四肢がやや哺乳類に接近し体幹を地上から離してすたすた歩行するなど、系統的にも恐竜に近い仲間であり、ロコモーションに於ける四肢の重要性を高めている動物群と言えます。手足を主として利用してロコモーションを行う<味を占めた>動物となっては今更四肢を失う利点は無いでしょう。哺乳類も然りで、海棲輪乳類として四肢を退化させてきた動物は除き、地表で四肢を失いヘビ化するものはこの先もおそらく現れないだろうと思います。尤も、胴体を伸張させているテンやカワウソがひょっとして?ヘビ化しないとも限らず・・・。毛皮のままでは地面にペグとしてのエッジが立てられず滑って前進出来ませんので、オポッサムの尻尾に見られる様なウロコを再び前進に纏うことも必要に見えます。これに加え、背腹方向の運動性を持つ脊椎の構造を左右方向の振れに有利な構造に改造する必要もありますね。

 ヘビの仲間は、アシナシトカゲやミミズトカゲの仲間以上に、四肢消失と体幹の伸張化、そしてそれを生かしたロコモーションの洗練、への特殊化が著しく進んだ有隣目の中の1つの仲間だと考えて間違いではないと思います。まぁ、言うなればヘビ型動物のプロ中のプロです。








ロコモーションの話 ー ヘビ恐怖症




2021年1月10日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第9回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の5回目です。トカゲに続きヘビのロコモーションに入る前に、ヒトがヘビと聞くと何故か落ち着かなくなり、対象を冷静に捉えにくくなる要因について考察を加えて行きましょう。その第2回となります。正月休みの番外編とご理解下さい。



ヘビ恐怖症 snake phobia




 1970年代の話ですが土居まさる氏が司会を務める日本テレビ 『TVジョッキー』 なるヤング向けの番組があり院長も毎週見ていました。その中に視聴者が参加する奇人変人コーナーがあったのですが、或る時、ヘビ風呂に入る父子が登場し、空の湯船に放たれた大量のゆらゆら動くヘビを湯のようにすくって身体に掛けており、その光景には文字通り魂消ました。大人しいヘビを首に巻くこと自体不可能な者は少なくない筈ですが、ヘビ風呂は奇想天外の想定外!でした。この父子の様なヘビ愛好家?のユニークな例はさておき、上述の様にヘビの言葉を聞いただけで落ち着かなくなる方々が殆どだろうと思いますが、さてどうしてそうなのかこれについて考えてみます。

 ヒト以外の良く知られた話として思い浮かべる方も居られると思いますが、ヘビ−カエル−ナメクジの三すくみの組み合わせの1つ、ヘビに睨まれたカエルなる言葉があります。実際のところ、大変面白いことに、ヒキガエルの前に細長いものをくねらせるとカラダが固まってしまい、スイッチが切り替わったようにいつもとは違う妙なぎごちない歩行をするようになります。院長は径3cm程度のフレキシブルパイプ(排水用のパイプ)の先端に目玉を取り付けてヒキガエルの目の前でくねらせてみましたが、話の通りに妙なガクガクした動きとなり驚嘆したことがあります(残念ながら動画記録していませんでした)。正にヘビに睨まれたカエルですが、これはヘビに対する恐怖反射とも言うべきものがおそらくヒキガエルの脳に生得的にインプットされていることを意味します。春が近づきお湿りがあるとガマが冬眠から目覚めて動き始めますので、もし捕獲したらこれを実験して見て下さい。但し強烈な毒(ブフォトキシン)を頭の後ろの左右の腺から分泌(白い乳液)しますので手袋着用の上触れることをお勧めします。ガマの油売りの口上ではありませんが、鏡を見せると己が醜い姿を見て脂汗をタラ〜リタラ〜リと流すのかについては試したことはありません・・・。




 恐怖症を表す接尾語は phobia フォビア ですが、例えば学校嫌いは school phobia、狂犬病に起因する恐水病は hydrophobia などと自由に造語出来ます。因みにphobia の逆の愛好 loving を意味する接頭語、接尾語は philo フィロ ですが philosophy: philo+ sophy 知識、知識体系を愛する = 哲学、philharmony: phil + harmony ハーモニー、音楽を愛する=交響楽団となります。hydrophilic で親水性の、の意味になります。

 ヘビ恐怖症は一般的には snake phobia で通じますが、学術的には Ophidiophobia オフィディオフォビアと呼び、また爬虫類嫌いは  Herpetophobia ヘルペトフォビアと呼びます。

 ヒトなどが生得的にヘビに対する恐怖心を持っているのか、即ちガマガエルと同様のヘビに対する<認識−忌避 or 恐怖反射系>が中枢神経系内に構築されているのか、に関してはこれまでに数多くの研究が行われてきました。近年のものでは、2001年に、哺乳類は生得的にヘビ(とクモ)に対する忌避反応性を持つ可能性があり、これは命に関わる脅威を直ちに知る点で生存に必須なものであることがスウェーデンのカロリンスカ研究所の研究で示唆されました。2009年の報告では、これは40年間継続する研究計画のものですが、ヘビに対する強い恐怖の条件反射の成立並びにヘビの姿に関する無意識下の素速い処理過程がヒトに存在する事が示されました。これらは扁桃体を含むヒトの脳内の恐怖ネットワークに拠り取り次がれます。また2013年には、霊長類(マカク、ニホンザルの仲間)にて、迅速にヘビを察知する為の神経生物学的な自然選択が起きていたとの証拠が提出されました。

 オランウータン保護施設では、担当者がオランウータンの子供達の前に生体のヘビを示し棒で叩いて<やっつけねばならない悪い奴>であることを示します。するとオランウータンの脳内にはヘビが危険であるとの条件反射が成立すると同時にヘビを素速く認識する処理のネットワークが構築されると謂う訳です。この学習を通じて、仲間がヘビに噛まれて死ぬのを目撃し恐怖の条件反射が成立するとの流れ無く、貴重種の個体数が守られます。まぁ、一種の危機教育です。

 上述のガマガエルの場合、捕食者のヘビを前に妙な動きをする個体の生存率が高く(自然選択の存在)、次第にヘビを察知して妙な動きを行う脳内の回路が固定されたと考えれば良さそうです。同様の事が哺乳類に存在する可能性が示唆されていましたが、マカクにて証明されたとの話ですね。と言う次第で、ヒトにも生得的にヘビを察知する強い傾向がある可能性が、そして怖い思いを経験することでヘビを忌避する条件反射のネットワークが実際に成立することが判って来たことになります。最後に答えが出ましたが、これがヘビ恐怖症の実態ですね。まぁ、ヘビ女の漫画を読んでヘビが奇っ怪で恐ろしく忌まわしいものと子供が学習し、更にその様な漫画を繰り返し読むことでその念(やっぱりヘビはコワいんだ)が強化されていく訳です。ヘビを本能的に察知するにしても、「特に慌てることも無いよ、毒蛇には注意しないといけないけれど全てが怖い訳ではないんだ」、と科学的に学習させれば、この恐怖の条件反射の輪を打ち壊すことも出来ます。








ロコモーションの話 ー ヘビの民俗




2022年1月5日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第8回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 爬虫類についてのお話の4回目です。トカゲに続きヘビのロコモーションに入る前に、ヒトがヘビと聞くと何故か落ち着かなくなり、対象を冷静に捉えにくくなる要因について、2回に亘り考察を加えて行きましょう。正月休みの番外編とご理解下さい。




ヘビの民俗




 <蛇蝎の如き>なる形容句があり、ヘビとサソリみたいにイヤなものだとの喩えになりますが、ヘビに関しては何か本能的な恐怖心を覚えさせるものがありそうです(次回コラムにて扱います)。院長が子供の頃に楳図かずお氏のヘビ女などの漫画が各少年少女誌に掲載され震えながら読んでいた記憶があります。自分のお母さんがいつの間にかヘビ女に入れ替わっていたとの恐怖譚ですね。寝床にウロコが落ちていたり、くねくねと床を這ったり、裂けた口元を隠しながら卵を呑みたいとか言い始める訳です・・・。目を見開きクワァ〜ッと口を開いた形相は子供には刺激が強すぎました。と同時に楳図氏の鬼才ぶりを子供心にも感じていました。

 ヘビに纏わる民俗に関しては、下記論文が秀逸ですのでご参考までに。

https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/3/33769/20141016194912731713/HABITUS_16_1_kondo.pdf

昔話・神話にみる蛇の役柄−知恵・生命・異性の象徴となる蛇−近藤良樹

平成24年3月『HABITUS』(西日本応用倫理学研究会・広島大学倫理学研究室)

第16巻1〜25頁




 ギリシア神話に登場する怪物メデューサは元々美少女でしたが、神殿中で海神ポセイドンと愛の交歓をしていることを女神アテナに知られ怒りを買い怪物に変えられました。頭髪がヘビであり、見た者を石に化する力を持つため誰も近づけずに困っていましたが、寝ている間にペルセウスが首を掻き切り漸く退治が出来ました。この様に西洋古典の世界でもヘビが不気味で禍々(まがまが)しい存在と見做されていたのは間違い無さそうです。

 しかしその一方では異形の存在としての神秘性を感じ取り、知恵の象徴ともされました。医療や医術の象徴のアスクレピオス(ギリシア神話に登場する死者をも蘇らすことの出来た名医)の杖、には彼が飼育していたヘビ(クスシヘビ 薬師蛇 Zamenis longissimus  成体はアオダイショウに似ています)が一匹絡まっていますし、WHOのロゴマークにもこれが取り入れられています。因みに薬師 くすし、とは日本の古い言葉で医者(漢方薬の専門家)を差す言葉です。薬師(やくし)如来は病を治す法薬を与える医薬の仏ですが、病に苦しむ衆生がこれに縋ったのでしょう。と言いますか、奈良の大仏(天平勝宝4年4月9日、新暦 752年5月26日開眼)自体が旱魃飢饉、地震、反乱等の社会不安に加え当時大流行した天然痘を鎮圧したいとの祈願を籠めて造立された経緯があります。薬師如来は医療に特化した仏様と言う事になりますね。

 日本でもアオダイショウ(Elaphe climacophora) に対する崇拝があり、これを傷つけたりすると祟るとの言い伝えも各地で根強く遺っていると思います。院長も子供の頃に目の前の木の枝に茂った葉の中から突然現れ横切り消えたアオダイショウを見たときには神秘なものを感じると同時にその迫力に身動きが取れなくなったことを思い出します。岩国のシロヘビはアオダイショウの白化型ですが1972年に天然記念物に指定されていますし、岩国白蛇神社も有名です。この神社のご神体は宇賀弁財天ですが、弁天様の頭の上に宇賀神(農業、福の神、人頭蛇身)を乗せています。




 この様にヘビの民俗についてモノを語れば本が何冊も書けてしまいそうです。執筆を続けている内に、左右にスウィングして歩いたり、しきりと卵を丸呑みしたくなったりして・・・。








ロコモーションの話 ー トカゲの泳法




2021年1月1日

 皆様、新年明けましておめでとうございます。KVC Tokyo 院長 藤野 健です。本年もどうぞよろしく本コラムにお付き合い戴ければと思います。本コラムが、皆様が動物学の大海に泳ぎ出る為のささやかな湊となることを願っています。

 さて、カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第7回目です。

 運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。<動>物ゆえ、動物の運動を本質的に理解する為には文章や静止画のみでは矢張り限界がありますね。文章での記述で分かり難いことが、動画を見ればドンピシャリで理解出来る面もあるでしょう。これはいわゆる従来の活字、図表のみに頼る成書或いは論文としての刊行形式(動物の運動性に関するもの)が、web 上での動画媒体の入手が容易になってきた現今ではその本質的な欠陥を改めて明らかにしつつあるのではと院長は考えて居ます。論文執筆者の主張している事が正しいのかを判定するベースとしての動画をまずは基礎資料として提示すべき筈です。三次元的な多様なデータを含む運動性からなぜ著者が自説を主張したのかの妥当性をレフェリー(査読者)や読者から問わせる為の前提と言う訳です。既に動画データを url で指定可能な論文も増えていますが、指定先の動画が消える可能性もあり、それでは正式な資料と為し得ません。やがては論文そのものの中に動画資料を収める電子媒体としての刊行が当たり前のものとなるのでしょうね。勿論、それらは必要にして十分な量に留めるべきで、ひょっとするとレフェリーから、お前の動画は不要なところがあるから削れ、などとの物言いが入る事などもありそうです。

 爬虫類についてのお話の3回目です。


 

トカゲの泳法



 

 砂漠に棲息するトゲトカゲ(モロクトカゲ)などが果たして一生の間に泳ぐ機会を持つのかは不明ですが、島嶼から島嶼へと渡ったり、敵から逃れたり、或いは水中の餌を得る為に水泳や潜水を行うトカゲが散見されます。コモドドラゴンは海中を泳ぎ隣の島に渡ることが可能ですし、ウミイグアナは海中の岩の表面に生えた海藻を食べるために冷たい水の中を潜水します。前回ご紹介したバジリスクは泳ぐと言うよりはすぐに水上二足歩行に切り替え、水面を俊敏に移動しますので敵も手が出せないでしょう。また、絶滅してしまいましたが、モササウルスと言う海中生活に特殊化したトカゲの仲間が居て、四肢も魚類の鰭の様な形をしていました。

 現生トカゲの陸上移動ロコモーション時の四肢の動きは、魚類の鰭の動きを遺していると理解する事も出来ます。しかし、水泳時には四肢を身体の側面にピタッと据えて、体幹の左右へのくねり動作だけで進みます。詰まり、水中での四肢の、鰭としての役割は明確に捨てていることになります。魚の鰭と四肢は相同(=起源が同じ)ですが、一度歩行用に作り変えられた四肢が、両棲類では多少とも水中では役に立っている様に見えるのに対し、爬虫類では水中で用を果たさなくなる(カメの場合は体幹が甲羅で固まっているため四肢を利用するしかない)、即ち、陸と水で明確な機能の切り替えが進んでいるのが面白く感じます。

 これを考えると、モササウルスが四肢を鰭化してそれでパドリングして推進力を得、或いは舵取りをしていたのは、四肢をばたばたさせて推進力を得るバジリスクの様なトカゲが更に水棲に特殊化したものであって、同じトカゲの仲間ではあっても、四肢機能を水中と陸上とで切り替える他のトカゲとはちょっと違った方向に進んだ(この分化が生じる前に枝分かれして進化した?)生き物なのではと推測する訳です。モササウルスは体幹を左右にくねらせることで推進力を得ていたろうと思われますが、鰭化した手足は、推進力産生よりは舵取り役の比重が強かったかもしれません。モササウルスが恐竜と同時期に絶滅せずに生き残っていた場合、クジラの様に後肢を退化させる道を辿ったろうかと考えるのも楽しいですね。新たな魚竜の誕生と言う次第です。

  因みに水中生活に特殊化してイルカに似た身体にまでになった魚竜は、モササウルスとは全く系統の異なった爬虫類になります。恐竜やモササウルスが今から6600万年前に絶滅しましたがその2500万年前に魚竜は既に絶滅しています。