院長のコラム 2021年1月〜6月掲載分
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ロコモーションの話 ー カメのロコモーションO |
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2021年5月25日 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第36回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。 爬虫類についてのお話の32回目です。引き続きウミガメのロコモーションについて扱います。 カメのロコモーション進化 緒言 これまでのコラムにて様々なカメのロコモーション、特に遊泳形態について個別に述べて来ましたが、ウミガメの遊泳方式への進化がどの様に為されたのかの視点軸で知識の整理がてらざっと一本化して考えてみましょう。まぁ、カメの特徴としての甲羅を獲得して以降の遊泳の巧緻化に的を絞っての総括です。 話を蒸し返してしまいますが、甲羅の起源に関しては、カメは地上でのトンネル掘りへの適応として甲羅を持つに至ったとの仮説も提出されていますが、院長はこれに対してはロコモーションの視点から完全に疑義を覚えています。 小人数の研究者が十分な論考の練りの無い思い付きと言って良いレベルの進化仮説を提出するのは、何もカメに限定されず、例えば霊長類の進化、特にヒトの二足歩行獲得の進化仮説(百花繚乱状態!)などにも多々見られる現象であり、素人はその様な仮説が大々的に発表されると飛びついてしまい、例えばすぐに解説動画を作って投稿するパターンを繰り返します。その様な者達−国内外を問わず−は研究者としての基礎がありませんので、体の良い画像、動画を交えて尤もらしい動画を投稿しますが、専門家から見れば無批判的に既存の情報をつなぎあわせたものとなり、肝心の論争のある点には何ら自分なりの見解を出すこと無く、いや、そうすることが出来ず、サッと通り過ごして終わります。この様な動画は特に古生物学を扱うものに多いのですが、幾ら参考文献を最後に紹介していても、子供の恐竜図鑑の域を超えません。見ていると却って素朴な科学的視点が封殺されてしまいミスリーディングされますので、子供には危険かもしれませんね。子供の時に図鑑などを眺めて恐竜の名をそらんじていても、何ら恐竜の進化に関しての新奇性ある素朴な疑問や萌芽的考察を持てず、成人すると全て忘れている者は多いですが、もしかするとその様な者達を量産することに繋がります。大学院生崩れの様な者が関与し、収益化を目指す目的で作成しているのではないかとも院長は感じています。本来の古生物学は、鋭い視点で読み解いて行けば、面白くて寝食も忘れるほどの学問分野ですが、「事実」(断片的な化石資料からの考察ゆえ誤っている可能性はあります)の羅列に煙を巻かれず、それらの隙間の繋り−missing link - のあり方を考える事が何よりも大切でしょう。 この様な次第で、特にカメの研究のような研究者間の競争が作用しにくい分野では論文審査のタガが緩く、或る意味言いたい放題でもありますので、一般の方々も批判精神を持って見るべきと院長は思います。逆に言えば、詰めた考察を行えば非専門家が参入できる場でもあるでしょうね。院長はカメのロコモーション進化の研究者ではありませんが、そもそもカメのロコモーション進化をテーマとする研究者は皆無に近いと思われ、普段は哺乳動物のロコモーションの研究に顔を突っ込んでいる院長にも参入の余地が遺されていると解釈し(誤解?)、自分が持つ方法論的視点であれこれモノを言おうと思います。 前置きが長くなりましたが、最初に述べた様に甲羅の起源に関してはこれまで触れましたので、ここでは甲羅が完成して現生のカメの形態が獲得されて以降の遊泳ロコモーションの改変 modification についておさらいします。 カメの遊泳ロコモーションの比較これまでのコラムで述べて来たことを整理すると、カメの遊泳パターンには数通りの適応形態が存在することが見て取れます。
アカミミガメ型以下をご参照下さい:*ロコモーションの話 ー カメのロコモーションBhttps://www.kensvettokyo.net/column/202103/20210320/遊泳中の四肢の動作は地上四足歩行時と同じで、左右非対称なパドリングを行い、水を後方に掻き出す方法です。これは一般的な哺乳動物が水中で地上歩行そのままに犬掻き方式で進むのと同様です。手足のボディサイズに対する相対的なサイズも大きくは無く、強力な遊泳力は持たず、基本は池などの静水中或いはゆったりと流れる大河の下流域に棲息します。手足のサイズに大きな差は存在せず、遊泳ロコモーションに於ける手足の機能的分化が進んでいないカメになります。水中生活性をやや強め始めた段階に居るカメと捉えて良いでしょう。スッポン型以下をご参照下さい:*ロコモーションの話 ー カメのロコモーションChttps://www.kensvettokyo.net/column/202103/20210325/甲羅が皿のように薄く偏平化し、辺縁の皮骨が退化して柔軟な革質を呈します。池などの静水中に或いは流速の緩やかな河川に主に棲息しますが、水中を切り抜けるかの様な高速な遊泳、また迅速な方向転換を行う事が出来ます。手よりも足のサイズが大きいですが、遊泳時の手足の動きはアカミミガメと同様、地上歩行の動きと基本的に同じです。手足の指間に水かきがやや発達し、足はヒレ化しています。即ち前方推進力を足で産生する割合の強いカメ(後肢駆動型)になります。鼻先−これは呼吸時のノズルとしても利用出来る−や平たい甲羅の形状は水の抵抗を減らす上で役立つのは確実でしょう。以上から、スッポンの仲間は、遊泳する為の手足の<エンジン>は、まだ地表ロコモーションの痕跡を留めるものの、<車体>の方は改良が高度に進み、両者を加味して、水中遊泳の1つの頂点に達しているカメであると理解出来るでしょう。まぁ、迅速で小回りの利く水中遊泳タイプに進化したカメと言えそうです。スッポンモドキ型以下をご参照下さい:*ロコモーションの話 ー カメのロコモーションDhttps://www.kensvettokyo.net/column/202104/20210401/甲羅の縦断面は中央部がピークとなるなだらかな曲線を描きますが、スッポンほどまでには偏平化は示しません。スッポンとは大きく異なり、足よりもサイズの大きな櫂状の手を基本的に左右対称的に羽ばたくように動かして前方推進力を得ます。手のヒネり動作−ヒレ全体が柔軟な布の様に動く様に見えます−を通じての細かな迅速な方向転換も巧みに行う事が可能です。足の方も手ほどのサイズはありませんが推進力を得るためのヒレとして機能し、こちらも手の動作と相俟って方向転換の為の舵取り動作時にも強力に機能している様に見えます。ウミガメの前肢がヒレとして大型化すると同時に、特に前縁半分が硬くなり、手が硬い塊の一体となって動作するのに対し、スッポンモドキの方は、ヒレ全体が柔軟な布の様に動く様に見えます。スッポンモドキの前肢のヒレは外見的にはウミガメのヒレに類似するものの、中身の骨格の構成が、ウミガメでは指骨を伸張させ、更にヒレの中に指骨を伸ばしてヒレを裏打ちしているのに対し、スッポンモドキでは指骨長がヒレの半分程度に留まり、ヒレの付け根半分寄り部分の尾側には骨性要素が配置しません。それで遊泳中に布がたなびくようなひらひらした動きを見せることになります。手指の長さをヒレの半分程度に保ち、手根部の回転動作で手を捻る動作(これは水の抵抗に拠る受動的な動きが含まれる可能性もあります)、並びに指の間隔を拡大してそれを閉じたり広げたりする動作、この2つの動作、これに足の動きが加わり、で水中での巧みな且つ迅速な方向転換、姿勢転換を可能にしている様に見えます。前肢の手が大型化して左右対象的にパドリングする動作は、水中での強い前方推進力を得る様に進化したことを示しますが、ウミガメほどには海流に抗して遊泳するパワーは持たず、細かな舵取りを行える様に同時に改変を受けた結果と言えるのかもしれません。まぁ、スッポンの別バーションの高度な水棲生活適応ですが、左右対称性のパドリング動作は、ボディサイズが大型化し、より強い相対的な推進力を得る必要のゆえである可能性も考えられます。ウミガメ型甲羅の縦断面は前半分になだらかなピークがあり、後ろ半分でそれがダラ下がりに高さを低くする形を呈し、いわゆる流滴形となります。飛行機の翼の断面にちよっと似ている様にも思えます。オサガメには更に縦方向の大きなうねりが並列しています。前肢は強大に発達し、遊泳は前肢の羽ばたきのみで行い、後肢は遊泳中に足の平をカラダの水平面に合わせて動かさず、飛行機の水平尾翼を思わせます。前肢のヒレの中身ですが、手の指の長さが相対的に伸張する一方、前肢の近位側の骨である上腕骨と前腕骨(橈骨 radius + 尺骨 ulna)が短縮しています。また、スッポンモドキではヒレの付け根の半分は膜構造のみでひらひらと柔軟に動くことが判りますが、ウミガメではヒレが全体的に骨格要素で裏打ちされています。まぁ、構造的に剛体化が進行している訳です。この様に、手足の大きさの違いや構造から、前肢に拠る推進力産生、後肢による遊泳時の姿勢安定+舵取りへと一段と機能的分化が進んでいる様に見えます。この為か、ウミガメは手足を利用しての方向転換なども勿論可能ではあるものの、やや動作が大まかになる様にも見えます。強力な前方推進力を得る事とトレードオフに、迅速で細かな方向転換が失われ幾分不得手になったと言って良かろうと思います。ウミガメ型への進化以上からウミガメ型遊泳への進化の流れを纏めると、以下の傾向が明らかになります。即ち、@ボディサイズの大型化A甲羅形状の流体力学的適応度上昇B前肢サイズの相対的大型化と剛体化C羽ばたき型前肢運動性の獲得これらは強力な海流に対する適応形態として合理性を持つものと考えて妥当でしょう。前肢の手の部分が大型化するだけでは無く、これを動作させる甲羅内部の筋骨格系の作りも強大なものとなっています。また、以前のコラムで個別に触れて来ましたが、甲羅の軽量化が特にウミガメに観察され、オサガメではそれが極度に進んで居ます。この軽量化は体幹構造の柔軟化をもたらしますが、これは遊泳動作を流体力学的に有利にしている可能性も考えられます。実はこれら4つの傾向はスッポンモドキにもそのまま観察されますが、おそらく、水なる粘性抵抗を持つ流体のなかで遊泳するには、絶対的な推進力を産生する−獲物を獲得する上で有利に作用します−上でボディサイズを大型化することが有利な適応であり(ボディサイズを大型化することは敵に襲われにくい、体熱を内部に貯めるのに有利、採食の間隔時間を空けることが可能など他の様々な理由が考えられます)、それに付随して大きな前肢で羽ばたき運動を行うのが必然となって来たのでしょう。これは外洋性の強いオサガメが、現生のウミガメの中で最大のボディサイズを持つと共に、最大相対長の前肢を持つことからも理解が出来ることでしょう。スッポンモドキとウミガメは平行進化的に同じ様な形態を獲得するに至った、即ち、収斂現象を互いに示していると考えて良さそうです。スッポンモドキとウミガメの前肢並びに後肢動作の違いについては、機能形態学観点に立ち詳細な動作解析を行うと面白ろそうです。次回からはワニ、更にはムカシトカゲのロコモーションついてお話を進める予定でしたが、この際?ですので、各種動物の羽ばたき型のロコモーションをざっと見て行く事にします。 |
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ロコモーションの話 ー カメのロコモーションB |
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2021年3月20日 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第23回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。 爬虫類についてのお話の19回目です。 水棲カメのロコモーション 現生のカメは、生活様式からは、完全に陸生で一生を地表で過ごす種、淡水或いは海洋に棲息して雌個体が産卵時のみ浜辺に上陸する種、水辺を好むが地表生活性も示す水陸両棲の種の3種に大別されます。当然乍ら、生息環境に応じたロコモーションスタイルを採っていることになりますが、全てが甲羅を抱えているとの形態的な制約の中で、おのおのがどの様なロコモーション上の<工夫>をしているのか、そしてそれがどの様な基本形から派生したのかを理解する姿勢が鍵となります。 まず最初に、幾つかの実際の水棲のカメのロコモーション、詰まりは遊泳の方法を見ていきましょう。 アカミミガメ Pond slider Trachemys scripta 数十年前に幼体の甲羅模様の美しさから、アマゾンのミドリガメなる名前で大量に輸入されていたのがアカミミガメの仲間ですが、現在では本邦のみならず世界各地で野生化して生態系に悪影響を与えるまでに至っています。以前、三代将軍の源実朝 (1192−1219) を暗殺した甥っ子の公暁 (くぎょう) が隠れていたとされる大イチョウが倒れる (2010年に倒れた) 前の話になりますが、 鎌倉の鶴岡八幡宮に詣でた時に藤棚近くの小池を覗いたところ、大半が成体のアカミミガメで驚いた記憶があります。ここはタイワンリスが人に馴れて出没するなど外来勢に浸食されている場所に見えますが、実はイチョウ自体が13世紀に中国から渡来した<外来樹>とされており、当時に公暁が隠れるほどの大きさに成長していたのか、或いはそもそも植えられていたのかどうか疑わしいところもあります。院長が出掛けた当時、既に鎌倉は観光客で溢れており、裏道などでも住民の方が車を出せない程の混雑ぶりでした。こちらは<外来歩行者>と言う按配です。 本種は、実際はメキシコから米国南部のミシシッピ川流域などに極く普通に棲息しているカメであり、アマゾンとは関係がありません。ミシシッピアカミミガメ、カンバーランドキミミガメ、キバラガメの3亜種から構成されます。成体になると甲羅が灰緑色〜黒褐色の地味な色彩になるに加え、甲羅の縦方向の長さが30cm程度に達し、飼育するに持てあまして勝手に河川や池・沼に放たれた個体が増えている訳です。 ペットとして飼育する以上、どんな種であっても一生面倒を見る覚悟と経済力が必要ですが、長命なカメの場合は大人を交えたチームとして飼育する態勢を構築出来ない場合は手を出すべきではないと院長は考えます。子供が好奇心から手を出すのは止めるのが正解です。水棲のカメの場合、大量に餌を食べ、大量に排泄しますので、水が汚濁し易く、水替えを含めた管理を厭わない者−子供はこれが出来ません−が飼育する必要があります。また、水棲のカメ一般に当てはまることなのですが、腸内細菌として病原性の有るサルモネラ菌を持つ事例が多く (これは相当の昔に家畜伝染病学の講義で習いました)、小さな子供の居る家庭、免疫力の低下した者や調理人の家族を持つ家庭での飼育は止めるべきです。冬場の水温管理も必要になり、そこそこの設備が無いとカメの健康を保つことが出来ません。まぁ、水族館に出掛けて眺めるだけにするのをお勧めします。 院長宅では国内繁殖ものの セマルハコガメ Cuora flavomarginata と ジーベンロックナガクビガメ Chelodina siebenrocki を飼育して20年弱経過しますが、ワイヤーラックを組み立てて周囲を断熱材で囲い、ヒーター、温度調節器、照明、タイマーなどを完備して飼育しています。最初の設備投資に万単位を要しましたが、一旦システムが出来上がると維持費は余り掛かりません。水替えする時にさすがに重さが腰に来ますが、まだ堪えられます!年間でラック内の気温を25℃程度に保ち(水槽内にはヒーターは入れず、ラン育成用のヒーターを空いた棚に設置します)、カメは元気そのものです。もし飼育出来なくなった場合は、ペット店に依頼して次の飼育者を探しバトンタッチする積もりですが、特にセマルハコガメの方は家人に懐いており子供達が手放さないかも知れません。 前置きが長くなりましたが!ロコモーションの話に入ります。アカミミガメは殆どを水中で過ごし、時々甲羅干しに石の上などに上がるだけで、地表を歩いて探検する習性は持って居ません。まぁ、相当に水棲の強いカメになります。 アカミミガメの水中遊泳ですが、時々左右の前肢を合わせてから左右同時に開くような動きを示すものの、基本的には、左右の前肢を交互に<漕ぎ>、その時前肢と同じ側の後肢を前後反対方向に動かします。詰まり、前肢を前方に伸ばす時に同側の後肢を後ろに伸ばし、前肢を後ろに引く時には後肢を前に突き出します。この動作をほぼ左右逆位相で行います。この動作は実はトカゲ、ワニなど他の爬虫類、はたまた哺乳類の一部の歩容としての地表ロコモーションで示される手足の繰り出しと基本的に同じ仕組みです。カメはトカゲやワニなどと異なって胴体自体を左右に折り曲げて蛇行させる事が出来ませんが、この手足の漕ぎ出し動作により、甲羅全体が軽度に左右に振れ、典型的な水棲カメのちょこまかした遊泳動作となります。院長宅のナガクビガメを改めて観察しましたが、アカミミガメの泳法と同じ遣り方でした。四肢の漕ぎ出しに伴い甲羅が左右に揺れますが、ナガクビガメでは首を左右にくねらせて甲羅の左右のブレを緩和し、まっすぐに水中を進むのに役立てている様にも見えます。水棲齧歯類のマスクラットが水面を遊泳中に、小刻みに尻尾を左右に振り、体幹に発生する左右方向のブレを抑えるだろう仕組みを想い起こさせ、面白く感じます。 マスクラットの遊泳ロコモーションに関しては、 https://www.kensvettokyo.net/column/202011/20201115/をご参照下さい。 |
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