Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               
































 























































































































































































院長のコラム 2019年2月17日


『ネコは飼育動物か?』







ネコは飼育動物か?




2019年2月17日

 皆様こんにちは、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 子ネコの拾い方の項でもチラと触れたことですが、野良ネコと称する自由気ままに外を徘徊するネコが相当数存在しています。院長の事務所周りもほぼ定時に特定のネコを頻繁に目撃もします。どうも決まったコースを回っているようですね。日中と深夜の2度、雑貨を押し込んだ暗緑色のプラ箱めがけ隣家との境界にある塀からどしんと飛び降りる音がします。そうっと窓から覗くと、天気の良い時にはそのプラ箱の上で寝転がり、へそ天(仰向け)にして気持ち良さそうに暫しの間くつろぐご様子です。

 明確な所有者、と言いますか、そのネコを所有していると主張する者(一応は飼い主らしい?)がいて首輪を着けているケースもありますが、大多数は首輪すらしていません。院長宅の周りをうろつくネコも首輪はしていません。しかし誰かが餌を与えているのは確実であり、真冬でも栄養状態は全く悪くはありません。毛づやも良い状態です。休む場所も確保出来ているのでしょう。最近ではこの手のネコを地域ネコと呼称する例もあるようですね。

 今回は、ネコは家畜なのか、飼育動物なのか、半野生なのか?などについて考察を加えていきます。






NEUTERING A CAT  Advantages and Disadvantages of SPAYING and CASTRATION

2019/12/02 AnimalWised


不妊手術を行うことのメリット、デメリットについて語られます。獣医師にとってはこのオペは

手慣れたものです。実際のところ、これを行わないと雌ネコは生後半年で次々と子供を産

み始め、雄は性格荒くマーキングのための尿を周囲にまき散らし始め、室内飼育など不可

能になります。詰まり、ネコは性ホルモンの作用を除去しないと完全なペットとは為し得な

い位置にある動物と言う事になりますね。






 ここで、ヒトが他の動物を飼育することとは、どの様なことを指すのか、検討してみます。

 飼育動物とは広く人間が飼育する動物のことを指しますが、定義も曖昧なところがあります。

 産業動物 (家畜)、実験・研究用動物、愛玩動物 (ペット)、使役動物 (警察犬、盲導犬、災害救助犬など)、展示用動物(動物園等)、獣医師法が規定する飼育動物

 などに分類可能ですが、繁殖に成功し子孫を継代し得ていることがその前提と院長は考えます。繁殖・継代が成功し得ていないと野生動物を単に捕獲して飼育しているだけに過ぎません。飼育個体が死ぬとあとに続きません。この意味では動物園で繁殖に成功していない動物種は、餌を貰い寝場所を与えられている以外は野生動物そのものですね。

 本題に入りますが、英語の domesticated animals  或いは domestic animals が飼育動物に相当する言葉です。因みにいわゆる家畜 livestock は、牧場などで飼養される、飼育動物の中の、産業用の動物となります。domesticated 、domestic とは(家の)囲いの中に居る、収まっている動物と言う意味です。人間の手の内にあり、何か人間に対して有益な役割を果たして貰う、その見返りに餌と寝場所はお世話します、ですね。基本的に人間に対して牙を剥いたり暴れたりすること無く(= social)、或いはその様に躾け(= tame)られることが前提になります。子孫を残していく為の繁殖も基本は人間の手の内に収められています。有用性を引き出す為に人間が交配を工夫(= breeding 育種)した結果、由来となった近い系統の野生動物とは外見も変化してしまっている例が大半です。

 ではネコに関してはどうでしょうか?品種として確立されたネコは別ですが、野良ネコは自由にうろつき、また交配は人間の管理下にはありません。かと言って独立自尊の生き物かと言えばそうでもなく、人間からしっかり餌を貰ったりもしますし、食べ物をくすねる事もあります。時には狩りをする事もありますね。また人間の生活圏を嫌って出て行くこともしません。

 この様に見ていきますと、どうも人間との関係を見る限り、完全な飼育動物 domesticated  animal or domestic animal とは言えませんね。各飼育動物で<家畜化>の内容やレベルは異なりますが、それらとはだいぶ離れている動物に見えます。言うなれば半飼育動物 semi-domesticated / domestic animal  或いは半野生動物 semi-wild animal と言えるのかもしれません。

 イヌが人家周りで狩りをするとすれば、人間が飼育している他の動物や家禽を襲うことに他なりませんが、それは絶体に許されません。つまりイヌは一端人間の手を介して処理された餌を食べるしかなかったのです。ここにネコとイヌの人間に対する関係性の大きな違いが存在する、と院長は考えています。動物の調教は基本は餌遣りであり、食べ物と言う生命維持に欠かせないものを人間の管理下に置き、相手をコントロールする、と言ったら身も蓋もないかもしれませんが。院長宅にはヤモリが棲息しており、時々鉢合わせするのですが、無農薬で植木を育てている関係で昆虫なども多数棲息しており、これを餌として家に<貼り付いて>いることになります。ネズミを餌とするネコは、頭脳が高等化したヤモリと見做せなくもないなぁ、と院長は思うときがあります。



院長注:日本語で「家畜化」の用語を使うとき、それは産業動物化されたとの意味合いでは無く、広義の、飼育動物化されたdomesticated/ domestic の意味で使われます。例えばイヌが家畜化された、ネコが家畜化された、などの用例です。ちょっと混乱させられますね。本項では<家畜化される>との表現は止めて、<飼育動物化される>としました。







Secret Creatures: African Wild Cat https://youtu.be/Mle5Xtckzdc


リビアヤマネコはイエネコと寸分違わない様にも見えます






 イエネコの起源についての話ですが、

http://science.sciencemag.org/content/317/5837/519.full

ミトコンドリアDNA 解析に基づくイエネコ起源の解明

The Near Eastern Origin of Cat Domestication , Driscoll,C. et al. Science Vol. 317, Issue 5837, pp. 519-523,2007

 (会員登録すると無料でフルページにアクセス出来ます)


 これは、13万1千年前にリビアヤマネコ African wildcat Felis lybica とイエネコが分岐したとの説になります。まぁ、ネコ(イエネコ)の起源は13万年前のリビアヤマネコに遡れるとの説ですね。それが人為活動により世界中に拡散したと言う事ですが、人間とつかず離れずで、餌を貰って管理下に入ったり、自前で狩りをして野良生活を送ったりの習性は変化が無いのかもしれません。これは、ひょっとするとオオカミがイヌ化した時と同様の遺伝子変化が起き、social な性質が増して人間の生活圏に接近した可能性もありそうです。或いは、単にハクビシンが人家の屋根裏に住み着くように、縁の下や穀倉に住み着いたのが始まりかもしれません。人間の方もネズミを駆除して呉れるし、見ているとなかなか可愛くて癒やされるなぁと特に排除することもなく、「馴れ合い」の長い歴史が始まったのかもしれません。実際、エジプトで農村化や都市化が進み、ネズミの発生が問題になった時に、餌や寝ぐらを与えるなどしてヒトとネコの共存関係が開始されたと考える事は容易ですね。この様に、人間の生活圏にネコが狩猟を行う対象のネズミが棲息することが、ネコが半野生獣で居続けられた大きな鍵となると院長は考えます。

  ネコがこの様な、人間界とは着かず離れずの歴史を歩んできた動物であり−嘗ては完全に室内で飼育されていた過去を持つかもしれませんが−野良ネコがその姿を伝えているのであれば、それがネコと人間との1つ出来上がった関係とも言えると思います。 

 近年、野良ネコを捕獲して生殖能力を人間の判断で奪い、室内にて飼育することを推奨する組織、団体もある様です(勿論これは室内飼育の繁殖ネコや飼い切れなくなったネコの里親を探す団体とは別個のものです)。下記の環境省の呼び掛けと後ろ盾があることも効いているのでしょう。

「猫の適正譲渡ガイドブック」

https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/pamph/h2806a.html

(自由にダウンロード出来ます)


 環境省が配布している『猫の適正譲渡ガイドブック』  に拠れば、ネコを外飼いし、不妊去勢手術を行わない飼い主は「不適正飼養者」との認識で、他のパンフレットなどを見ても環境省側はネコの室内飼育、不妊去勢手術の実施を強く訴えているようです。

 実際のところ、不妊手術をを行わないと雌ネコは生後半年で次々と子供を産み始め、雄は性格荒くマーキングのための尿を周囲にまき散らし始め、室内飼育など不可能になります。詰まり、ネコは性ホルモンの作用を除去しないと完全なペットとは為し得ない位置にある動物と言う事になりますね。

 このオペは確かにネコの衛生状態を改善させると同時に悲惨な状態の浮浪ネコや行き倒れになる子ネコ、また殺処分数や「ネコ害」を減らし、獣医療面では伝染病の蔓延を防止するには有益です。しかし諸手を挙げて賛成できるかと言えば院長は敢えて反対票を投じたいと思います。なんとなればネコは完全に人間の支配下にある動物ではないのですから。また地域ネコの概念は、これまた人間側がその意向の元でネコをヒトの管理下に置くとの気持が見え隠れします。

  ここにも人と動物との関係への鋭い問い掛けが成立するのですが、院長としては、<あっ、ネコが歩いているよ、何だか春になってギャーギャーうるさいねぇ>の余地を残す方がネコの幸福に繋がる様に考えています。大げさに言えばネコの生き方、尊厳を守るとでも言うのでしょうか。かと言って院長も考えが煮詰まっている訳ではありません。環境省はそれがネコの幸福に直結するのだと力説しますが、生き物の幸福は本質的に人間が判断、断定出来るのか、判断して良いのかとも感じます。大変難しいテーマですが、皆さんで野良ネコとはなんなのか、コイツらも人間もお互いが幸福になる方途はなんなのかと、是非今一度考えてみて下さい。