Ken's Veterinary Clinic Tokyo
相談専門 動物クリニック

                               

























本コラム作成の為の参考サイト:


https://en.wikipedia.org/wiki/Red_fox
https://ja.wikipedia.org/wiki/アカギツネ


https://en.wikipedia.org/wiki/Lysenkoism
https://ja.wikipedia.org/wiki/ルイセンコ論争

https://ja.wikipedia.org/wiki/トロフィム・ルイセンコ


https://en.wikipedia.org/wiki/Gregor_Mendel
https://ja.wikipedia.org/wiki/グレゴール・ヨハン・メンデル


http://www.bbc.com/earth/story/20160912-a-soviet-scientist-created-the-only-tame-foxes-in-the-world































































































































































































































































































































 院長のコラム 2019年10月5日 『キツネの話H 馴化とルイセンコ学説』








キツネの話H 馴化とルイセンコ学説


2019年10月5日

皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 アカギツネは1つの種でありながら、全北区(ユーラシア大陸北部並びに北米、その周辺の諸島)に広く棲息する哺乳動物であり、(ネズミを除いて)人間に次ぐ成功を収めている野生哺乳動物と言えるかも知れません。アカギツネが人間の生活圏の周りに出没する性質を考えると、人間の生活圏の拡大にお供して生息域を拡大した可能性もその1つとしてありそうですね。飼いイヌほどの人間との精神的な結びつきは無いように感じますが、人間の生活圏に近寄る点に於いては、例えばイエネコやスズメ、カラスなどと同様に親和性を持っていると言えるでしょう。人間の近くに居れば餌と寝床が確保出来、おまけに?大目に見て呉れる奇特なヒトも現れなくも無い、言わば、地球上で命を繋いできた生き物同士のシンパシーです。何も飼いイヌに限らず、元々イヌ科の動物はヒトとの親和性が高い性向や性質を有している様に院長は感じます。妙な表現ですが、<ウマが合う>と言う事でしょうか。種としてのアカギツネ自体をペットとして飼育する例は数少ないですが、フェネックギツネはそのコンパクトさもあり、愛玩動物として相当数が飼育されていますね。

 今回から3回に亘り、アカギツネを馴化させんとのロシアの有名な取り組みを紹介します。これは、院長コラムの、「飼いならす apprivoiser 」考 ー 星の王子さまを巡る解釈、の項にて以前紹介したものですが、キツネ関連の内容ですのででこちらに移動がてら改訂を加えたものとなります。






https://youtu.be/NCSsgIe0LQc

Trofim Lysenko at the Agricultural Exhibit (1939)

Seventeen Moments in Soviet History 2014/04/02 に公開

Academician Trofim Lysenko with a group of men and women

examining a experimental oat field, and showing a handful of picked

wheat. Sign: "Changing the nature of plants. The work of Academic

T. D. Lysenko." The exhibit provides a simple illustration of Lysenko's

anti-Mendelian biology.

ロシアアカデミー会員のルイセンコが男女の一団を従え、燕麦(カラスムギ)

の実験農場を調査し、摘み取った手のひら一杯の麦を示しています。「植物の

性質を変えつつある、学徒ルイセンコの成果」と札に記されています。この

ビデオは反メンデル生物学に立つルイセンコの姿を淡々と描きます。


貴重なフィルムですね。音声無しですが冒頭に雑音が入ります。






 10年近く前のものですが、Scientific American にロシアアカデミーの遺伝学の流れとキツネの馴化に関する記事が掲載されています。優しい英文ですので是非原文をお読み下さい。無料で読めます。


『人間の新たなベストフレンド登場か?忘れ去られたロシアのキツネ家畜化実験』

Man's new best friend? A forgotten Russian experiment in fox  domestication,Jason G. Goldman, 2010


https://blogs.scientificamerican.com/guest-blog/mans-new-best-friend-a-forgotten-russian-experiment-in-fox-domestication


 国内web に掲載の同様の記事をざっと検索しましたが、単にキツネを馴化したらイヌの様になったとの内容のみであり、この記事の様に、ソビエト共産党の寵児となった、獲得形質が遺伝する、とのメンデリズムに対抗するルイセンコが、反対派の遺伝学者を多数粛正した顛末については何ら触れていません。院長もこのキツネのニュースを初めて聞いた途端にルイセンコ学説との関連が頭をよぎったのですが、それを連想しない方が生物学に関与する者としては寧ろ奇妙なことだろうと思います。

 今回はキツネの馴化に纏わる話の前振り的な位置づけとして、ルイセンコ学説についてざっと触れたいと思います。






Mendel - From the Garden to the Genome Larry Gardner 2007/04/27 に公開

Film biography of Gregor Mendel (1822-1884), the Moravian monk

who became the father of modern genetics through his study of pea

plants.   One of a series of medical history films by J. Lee Sedwick,

M.D., F.A.C.S., Clinical Professor of Surgery, East Carolina University,

and Larry Gardner, President of Digifonics, Inc.

近代遺伝学の父、メンデルの生涯を紹介します。






 メンデルのエンドウマメの実験の論文自体は長い間忘れ去られていましたが、死後16年が経過した1900年に<再発見>されたことで有名です。それまで経験的には子供が親に似る事は理解されていても、形質が液体のように混じり合って伝えられるとの混合遺伝理論が主流であり、綿密な実験を通じて初めて遺伝子なる明確な単位が存在し得るとの理論を打ち立てたのはメンデルでした。尤も、遺伝を担う遺伝粒子の存在を理論的には推測出来ても、何がその現物であるのかが不明であり、DNAが遺伝子本体であるとの発見に至るまで、反対派はそこを衝く事が出来た訳です。

 遺伝子なる単位が存在すると言う事は、それの組み合わせで子孫が定まり、個人が保有する遺伝子は既に組み合わせで決まった結果であり、個人が如何に努力しようがそれが次世代に繋がる事は無く、再び遺伝子の組み合わせによって単純且つ機械的に子孫が出来ることを明示する理論でもあります。優秀で選ばれた存在である、例えば社会的成功者や容貌に優れた女優、感性の鋭い芸術家、競技会で優勝する様なアスリート、地頭の良い知識階級並びにそれに関連する職業に就く者、これらの者は、親からの優れた遺伝子が回って来た為にそう居られるわけであり、大仰に言えば、社会的に下の階級に閉じ込められて来た者(或いはその様に自認する者)達は遺伝子が悪かったからそうなのだ、自分を甘受しろと絶望的な烙印を押されることになります。その様な階級である労働者階級が打ち立てた国家に於いては、メンデル理論は、まことに都合の悪い学説となります。

  反メンデリズムのルイセンコはまさにその様な状況の中に担ぎ出されたピエロと言えるのかもしれません。頑張れば子孫の遺伝が改善されるとの幻影を与え、新体制の下での変わらず苦しい生活を余儀なくされる大衆を納得させ懐柔するには絶大な効果がある筈です。しかしながら、ルイセンコの学説に異を唱える学者など数千人が弾圧され、処刑もされました。公職から追放されたり流刑の憂き目に遭った者もいます。頭の良い人間を大切にしない国家は長くは存続は出来ませんね。






https://youtu.be/MWhA-VTXe9k

Should You Blame Genes For Your Grades? 2014/10/16 に公開

“New research, led by King’s College London finds that the high

heritability of exam grades reflects many genetically influenced

traits such as personality, behaviour problems, and self-efficacy

and not just intelligence.”

試験の成績に遺伝が色濃く作用するのは、単なる知性だけではなく、

個性、行動、自己実現能力などの遺伝子に影響される要素の反映

の結果であるとロンドンのキングスカレッジの研究が明らかにした。


幾ら地頭 intelligence が良くても遣る気が起きなければ成績が低下

しますが、その<遣る気>自体が遺伝子の規定するところであると

のわかりきった研究成果ですね。まぁ、遺伝的に<遣る気>が出な

くとも、それを如何に出させるかが教育の1つの役割と言えるのか

もしれません。他人に負けて堪るかと周囲をなぎ倒して世に出よう

と駆り立てる内なる力も全て遺伝と言う訳でね。






 キツネの馴化実験に後に手を付けることになる Dmitri K. Belyaev も吹き荒れるルイセンコ学説の旋風の中、ロシア中央研究所の毛皮動物育種部門から追放されました。スターリンの死去後、フルシチョフが権力を握った 1959 年になり、ロシア科学アカデミーの細胞学及び遺伝学研究所に復帰し、1985年に亡くなるまで所長の座にありました。

 彼は家畜化に見られる形態生理特性が行動特性の選択を基礎としている、そしてひょっとすると馴化 tameness がその鍵を握るのではと考えました。まぁ、人間に牙を剥いたり荒れ狂って制御出来ないなどの性質を、大人しく、人間にフレンドリーなものにしていくのが家畜化のキモだったのではとの考えですね。

 行動は生物学的背景を持つのだから、馴化に向けての選択はホルモンや神経科学的な変化に帰結されるだろう、そしてイヌの家畜化に見られた形態変化(毛色の変化、垂れ耳、サイズ変化、巻き尾、短尾)は馴化、非攻撃性に向けた選択を裏打ちする遺伝の変化に関連するものだろう、と考えました。

 ちなみにワトソン&クリックが DNA の二重らせん構造を解明し、遺伝の本質、即ち遺伝子が DNA であることが解明されたのは、1953年のことです。遺伝の本質が明確にされたが故に、獲得形質が遺伝するとの、<頑張れば改善できる>、との、都合の良い解釈が通用しなくなります。尤も、ルイセンコは 1976年に死去するまで公的に失脚することも無く、農民達には絶大な人気があったとのことです。まぁ、希望の星だったのかもしれませんね。しかし、あらまほしき事と真実とを厳然と区別することが science であり、常に自分自身を疑う、精神的に辛い商売が scientistですので、ルイセンコの態度は科学者からは遠いものですが、本人は最後まで自説を信じ切っていたのでしょうか。

 (話を元に戻しますが)あとは時間を掛けての選別ですが、要は tameness をキーワードにした選別を繰り返すのみです。人間に対してより非攻撃的で、親和性を持つ性質のキツネを大原則の柱として選別し、交配を続けました。この選択基準でシルバーフォックスを 40代継代した結果、イヌに見られるのと同様の形態変化が図らずも起き (形態の方は特に選別はしなかった)、また人と過ごすのを好む性格に変化したのです。

 調べたところ、視床下部-下垂体-副腎系 (HPA軸) に生理学的変化が起きていて、アドレナリンのレベルが低下していることが突き止められましたが、この説ではメラニン産生に影響して毛色が変化する程度しか説明出来ません。形態変化は、性質の馴化みならず、繁殖に対する馴化の結果もたらされたのではと考えられています。

(次回に続く)