Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               
























































































































































































































院長のコラム 2020年10月10日 カピバラ@ 和名に物申す






 

カピバラ@ 和名に物申す




2020年10月10日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ネズミのハンタウィルス感染症、Q熱、そしてペスト菌感染症のお話が続きました。ネズミを介するヒトの重要な感染症としては、まだ取り上げるべきものが数多あるのですが、このまま続けて行くと、当分の間は感染症関連の話ばかりになってしまいそうです。ヘタをすると再来年の寅年になってもまだネズミの話を続けていることにもなり兼ねず・・・。

 それ以前に読み手の方々、また実際書き手共に!飽きも来るかと思いますので、ここで、一度感染症絡みの話題を離れ、再び哺乳動物学としてのネズミ関連、また更に拡大して齧歯類全般に目を転じてのトピックスを、まったりと採り上げようと思います。



 さて、年頭に本邦各地の動物園での新年ネタの取り組みがマスコミ等で報道されていたのですが、皆様ご存じの通り今年の干支はネズミゆえ、話題作りにと大きなネズミと小さなネズミを対比させて展示したところが少なからず見受けられました。ネズミ(実際は他の齧歯類を含む)に絡めてのいささか安直な発想とも言えますが、展示動物種並びに予算もそれぞれ限定されているとなると、どこでも カピバラ vs. アフリカンピグミーマウスの展示となるのは致し方無いところもあるでしょう。大きい方のカピバラは飼育しているところも多いですし他からレンタルも不可能ではありません。小さいネズミの方は格安でペット店で購入も出来ます。実は、院長も全然偉そうなことは言えず、昨年末にネズミのコラムネタを考えて居た時に、この2種の組み合わせを考えていました・・・。まぁ、思いつくことは皆同じですね。



以下、本コラム作成の為の参考サイト:


テンジクネズミ科

https://en.wikipedia.org/wiki/Caviidae


https://ja.wikipedia.org/wiki/カピバラ

https://en.wikipedia.org/wiki/Capybara


https://ja.wikipedia.org/wiki/和名類聚抄


国立国会図書館デジタルコレクション 『倭名類聚鈔』

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2544216?tocOpened=1


https://ja.wikipedia.org/wiki/反切







https://cdn.pixabay.com/photo/2019/06/05/21/02/capybara-4254528_960_720.jpg


サイズと被毛の毛づやと長さから判断するとコドモ〜ヤングアダルト個体

でしょうか?丸っこいズングリした体型、一般的なネズミに比して小さな耳介

と目、ごく短い尻尾などからこの動物の生息環境、運動性を考えてみて

ください。また何故種として巨大化したのかも考えてください。





カピバラ Capybara  Hydrochoerus  hydrochaeris


ビッグサイズ = オニでいいのか?




 本種はネズミと同じく齧歯目の動物ですが、テンジクネズミ科 Caviidae に分類され、ラットなどの真性のネズミ類とは幾らか系統的に離れています。いわゆるモルモット guinea pig の巨大化した動物と考えればあながち間違いではありません。齧歯目中最大のボディサイズになります。和名はオニテンジクネズミとの事ですが、同系統の種の中でサイズが大きい種に対してオニなどの語を安易に付けるのはいい加減止めたらどうかと言いたいところです。どうして最大サイズのものが「オニ」なんでしょう?オニヤンマにオニオコゼ、オニフスベにオニハコベと幾らでも出て来ます。キツネノなんとかだのの植物和名も多く、教養と芸術性に長けていない、閉ざされた狭い組織の中の特定少数名が和名付けに関与するが故に、辟易させられるような和名のオンパレードとなりがちなのでしょう。







国立国会図書館デジタルコレクション 『倭名類聚鈔』

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2544216?tocOpened=1

巻第二鬼神部第五、鬼魅類第十七の項に「鬼」の記述があります。


しかし海外では15世紀以前に自前の文字も記録も持たない

国が大半である中、日本は1000年以上前からこの様な辞典

を刊行するなど大したものと改めて思います。言葉の読み方

なども現代とほとんど変わってもいません。右端の稲魂に、

日本紀に云う宇介乃美太萬ウケノミタマ、俗に言う宇加乃

美太萬ウカノミタマの読みを与えていますが今も同じです。





 因みにオニとは、承平年間 (931年 - 938年)、源順(みなもとのしたごう)が編纂した辞典、『倭名類聚鈔(わみょうるいじゅしょう)』の巻第二鬼神部第五、鬼魅類第十七の項に「鬼」の記述が有り、「四声字苑云鬼居偉反和名おに或説云隠字音おぬの訛也鬼物隠而不欲顕形故俗呼曰隠也人死魂神也・・・」(四声字苑<当時の字引>に云うに鬼はきゅいと発音し和名はおにである。また云うに隠の字<おぬ>の訛りである。鬼は物に隠れそのナリを顕すのを欲さず俗に呼んで曰く隠である。人の死んだ魂である。・・・)とあります。因みに鬼居偉反とは、鬼とは居 kyoの子音 ky +偉 wi の母音  i  で発音するとの意味(漢文の反切用法)ですので kyi 、きゅい、だったのでしょうか?因みに現代中国語の鬼の字の発音は グゥイです。

 巨大なキノコのオニフスベの場合、怪異なものが見付かった、鬼神や天狗の仕業との畏怖の念からオニの名を付けたとすればまだ得心もしますが、オニテンジクネズミの命名は鬼神などとも無縁で、単にサイズが特大との意味で安易に付けられたのでしょう。どなたが命名したのか存じませんし、院長も多忙(本当は暇?)ゆえ探りだそうとも思いませんが、日本語の起源を弁えた上で和名を付けないと素性が疑われるのではないでしょうか?こんなことをいつまでも続けているようでは国内の博物学の底の浅さを知り優れた若者が逃げますね。動物に関わる者こそ教養高くあるべきです。因みに中国原産のフルーツであるキウイの和名はオニマタタビです。これでは何だか食思が失せるどころか毒に遣られて体中がシビれ悶絶しそうです。他方、本当にオニの形相を甲羅に背負うヘイケガニの仲間にキメンガニ(鬼面蟹)Dorippe sinica  も居ますが、こちらは正しい和名ですね(恐ろしいので見ない方がよろしいのではないかと)。

・・・と、フレンドリーで大人しく可愛いカピバラに対し、オニの名を付けた和名に大きな違和感を覚え、ちょっと物謂い?してしまったようで。