Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               





















































































































































































































































































院長のコラム 2019年6月20日


『逆立ちする動物 @ コビトマングース』







逆立ちする動物 @ コビトマングース




2019年6月20日

皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 哺乳動物には種の定型的動作の1つとして、野生環境で自発的に二本足で立ち上がったり、またトコトコと短時間歩くものが珍しくはありません。大小類人猿はいずれの種も普通に二足歩行しますし、ニホンザルなども餌を運んだりする際には短時間ですが二足歩行します。ヒグマなども巧みに立ち上がり、数歩の二足歩行が可能です。レイヨウなども立ち上がって、木の芽を食べたりします。ミーアキャットも立ち上がって見張りをするので有名です。

 この様に正立で二足立ちする動物は多いのですが、しかしながら二足立ちの180度逆方向、つまり両手を着いて体重を支え、種としての逆立ち動作を定型的に示す動物は数少なく、加えるにほとんど脚光を浴びることもありません。今回は、その内の1種、マングース科の動物 コビトマングースを採り上げます。次回以降は、マダラスカンク、飼いイヌ、そして最後にイヌ科のヤブイヌの逆立ち動作を採り上げ、逆立ち動作の持つ意義についてまとまった考察を加える予定です。



以下、本コラム執筆のための参考サイト


https://ja.wikipedia.org/wiki/マングース科


https://en.wikipedia.org/wiki/Common_dwarf_mongoose







A Day in the Life of a Dwarf Mongoose Researcher 2016/10/12

Follow University of Bristol researcher Amy Morris-Drake for the day, as sheintroduces

you to the life of a dwarf mongoose researcher. Pack your sunscreen andplenty of water,

and be prepared for an early start... https://youtu.be/DFeTBVP3YLA

英国ブリストル大学のマングース研究者 Amy Morris-Drake がその1日を紹介します。


コビトマングースは非常に小型で、ネズミの胴体を細長く伸ばした程度のサイズしかない事が

分かります。動画開始後1分45秒ころから一瞬ですが、逆立ち匂い付けのシーンが見られます。

南アフリカ共和国北東部 Sorabi Rock Lodge Reserveで撮影。






 まずはコビトマングースの逆立ち行動に関する動物行動学の論文(抄録部分)を紹介します。



Handstand Scent Marking in the Dwarf Mongoose (Helogaleparvula)

Lynda L. Sharpe Matthys M. Jooste Michael I. Cherry

Ethology Volume 118, Issue 6 First published: 16 May 2012

https://www.researchgate.net/publication/263487189_Handstand_Scent

_Marking_in_the_Dwarf_Mongoose_Helogale_parvula

コビトマングースの逆立ち匂いマーキング行動

国立オーストラリア大学の Lynda L 氏らの論文です。


 抄録部分までは誰でもアクセス可能です。それ以上は著者の承認を得て入手するか、或いは版元の Willy から有料で購入することになります。ResearchGate のメンバーである院長は、フルテキストを提供してくれないかと著者に求めましたが、残念ながら返答がありませんでした。大学の図書館に出かけてまで文献をコピーする気持にならず、かと言って web 経由でダウンロード可能なフルテキストに数千円支払う気持もなく、入手は諦めました。

 因みに、女性がコビトマングースの動物行動学関連の研究を行う例が多い様に見えます。生息場所に容易に接近でき、対象動物に襲われる心配も無いからなのではと推測します。コビトマングースは共同生活を送り、社会性が高い動物ですので、単独行動の動物とは違い、小さなテーマを見つければ、観察の容易さもあり、幾らでも論文が書けそうですね。これが例えばコモドオオトカゲの行動観察となると生きて帰れない可能性もあります・・・。イモトアヤコさんが追いかけられているシーンをTVで見た事がありますが、そんな研究は 「遣ってられねぇ」でしょう。

 ところで、研究対象とする動物の特定の行動や動作に関しては、野生環境下で観察するよりも、飼育下の特定環境の下で観察を行う方が、遙かに効率的に、また一定の条件下で観察が出来、闇雲に field に出れば良いと言う訳ではありません。

 院長のテーマとする霊長類の動作観察でも、東南アジア等のジャングルに出かけたところで、偶発的な動作を撮影するだけとなり、十分な動作の観察データが得られるかは却って怪しくなると考えています。その様な理由から動物園での観察がメインとなっています。人間の話になりますが、オリンピックの体操競技でも、与えられた一定の条件の中であれこれ工夫して新たな技を見せて競い合い、人間の身体能力への理解を高めてくれます。これがジャングルの中に於いてターザンの様に運動しても、運動性を正確に記録し解析することがそもそもできません。field に出ても、結局は定点観測となり、野生の中の切り取られたごく一部のシーンを観察することになりがちとなるでしょう。まぁ動物園での観察とは一長一短と思います。






Handstand of Dwarf mongoose.コビトマングースの逆立ち。Cute Animal Channel

2015/04/05  Ueno Zoological Gardens.上野動物園。

ネットのしじま(いたざわしじま公式blog) https://youtu.be/ZUFeYThOuzU


こちらではほぼ垂直位で逆立ちしてマーキングをしています。左右の頬を擦りつけたり、相手

が着けた匂いを確認したり、それに負けじと別の個体が逆立ちしたりとせわしないですね。

学問的に意義の高い動画と思います。






抄録



Many mammal species adopt marking postures that elevate their scent deposits. The mostextreme of these is handstand marking, in which an individual reverses against an upright object,flings its hind legs into the air above its back and balances bipedally on its fore feet. The resultinganogenital deposit is thus raised one full body length above ground level. It has been suggestedthat this energetically costly form of marking serves to provide  conspecifics with informationabout the marker's body size and hence  competitive ability. However, this explanation assumesthat the height of an  individuals’ deposit does reflect accurately its body size, an assumptionthat  has never been tested in any hand‐standing species. This study investigated  therelationship between body size and handstand mark height in a wild population of dwarf mongooses(Helogale parvula) in South Africa. We found  that although body size and marking height werecorrelated positively for female dwarf mongooses, they were not related for males. Male dwarfmongooses (who are subject to intrasexual competition from outside their group) invested moreheavily in anogenital range marking, marking at three  times the female frequency and placingtheir deposits significantly higher than  females (although they were not dimorphic). Males thatwere particularly  vulnerable to rivals (i.e. those that were small for their age) tended to markhigher than more robust age‐mates, in keeping with the predictions of Adams & Mesterton‐Gibbons’ (1995, J. Theor. Biol.175, 405-421). model of deceptive threat communication. Thesefindings suggest  strongly that the height of anogenital scent deposits is of social significance  todwarf mongooses.




抄録訳



 多くの哺乳類は匂い物質を貯留する位置を高める様にマーキング姿勢を取る。最も極端な例は逆立ち姿勢で、立ち上がった対象物に向かって逆立ちし、背中の高さを超えて両足を空中に突き出し、両手をついて二足でバランスを取るのである。その結果、肛門生殖器からの匂いを貯留する位置は、地面からその動物の体長1頭分の全長の高さにまで持ち上げられる。エネルギー的にコストの掛かるこのマーキング動作は、マーキングした個体のボディサイズの情報詰まりは競争力を、種内で示すだろうとこれまで示唆されてきた。この説明は、しかしながら、個体のマーキングの高さがその個体のボディサイスを真に反映するものとして仮定されたものであり、これは逆立ちしてマーキングするどの動物に於いても全く検証されていなかった仮定である。

 本研究は南アフリカのコビトマングースの野生集団に於いて、ボディサイズと逆立ちマーキング高との間の関係を調査した。

 ボディサイズとマーキングの高さは雌のコビトマングースでは正の相関が見られたが、雄ではそうではないことが分かった。雄のコビトマングース −他のグループの雄から種内競争に晒される− は肛門生殖器による縄張りマーキングに、より烈しく身を投じ、頻度は雌の3倍、また(コビトマングースに体格の性差はないが)マーキングする高さは雌のものより有意に高い位置にあった。ライバルに対して明らかに劣る雄(つまり同年代の雄に対して年齢の割に小さな雄)は、同じ年齢のがっしりした体格の雄よりもより高い位置にマーキングする傾向にあったが、これはAdams & Mesterton‐Gibbons らの欺瞞的威嚇行動 (1995, J. Theor. Biol.175, 405-421) の予測に違わない。

 これらの知見は、肛門生殖器の匂いの貯留の高さは、コビトマングースの社会に重要な意義を持っていることを強く示すものである。







Dwarf Mongoose twerking at the zoo Andie 2015/01/25  https://youtu.be/I5DITma_bhk

ガラス面に向かい一瞬で逆立ちし、外陰部をこすりつけてマーキングするシーンが撮影されています。






 紹介した論文は、体格とマーキング位置の高さにどの程度の確からしさがあるか調べた、との仕事ですね。雌雄で体格差の無いコビトマングースでは、雄がマーキングする高さの方が雌よりは有意に高く、また同じ年齢群の中でも体格の劣る雄の方がより高い位置にマーキングすることが分かった、との結果です。

 肛門腺でマーキングする前に、まずは別個体がマーキングした箇所に顔を近づけて匂いの確認を行い、次いで左右の頬を交互に複数回擦りつけて頬から出る匂いで匂いづけを行い、最後に逆立ちしてマーキングするとの動作がweb 上の動画からは分かります。雌雄で体格差が無いにも拘わらず雄の位置が高いことは、雄がより腕を伸ばし、体幹をより垂直化させてマーキングを行う事を意味しますが、同年代に比べて体格の劣る雄が「背伸び」をしてマーキングする行動と併せ、マーキング動作への雄の必死さが見て取れます。縄張り内により高い位置でマーキングすることで、<より大きなサイズの雄が居る集団だ、喧嘩をしても敵わない>との威嚇効果を相手側集団に示す意味がある筈ですが、実戦を回避する為の1つの上手い遣り方だと院長は感じます。

 イタチ科のスカンクが雌雄共に肛門腺から強烈な匂いの液体を噴射する前に、威嚇、警告行動の1つとして逆立ち並びに逆立ち歩行する事が知られていますが、コビトマングースとは少し意味が異なりますが、これも示威行動の1つです。但し、<欺瞞的威嚇行動>ではありませんので、すぐに逃げないと実弾が発射され大変なことになりますが。

 飼いイヌが自発的に逆立ちして排尿する例は珍しくなく、youtube でも複数の動画が投稿されています。知能が高い動物ですので、「何かの拍子」にこの行動を学習したのでしょう。これはイヌとしての種に定型的に観察されるものではなく、詰まりは遺伝的に組み込まれたものではありません。雄イヌで逆立ちして排尿する個体もありますが、尿線が下に向かい、高い位置に尿のマーキングが出来ません。また立ち上がって高い位置のマーキングを確認する動作も観察されません。即ち、マーキング行動としての意味を欠いていますので、「遊び」と考えて妥当だと思います。






Skunk does a handstand 2016/03/23 https://youtu.be/NMgUtSJPcZQ


コビトマングースやヤブイヌとは大きく異なり、マダラスカンクは足を対象物に寄り掛からせる

ことなく、完全に前肢のみで逆立ち並びに逆立ち歩行します。独立的な逆立ちを行う唯一の

哺乳類かもしれません。前方を見るべく頭を背側に曲げていますが、姿勢的には苦しそうです

ね。ボディサイズが小型であり、前肢への負担が少ないが故にこの姿勢が取れるのでしょう。

この動作を見たら一目散で逃げることが肝要です。マーキング行動では無く、敵への威嚇

並びに攻撃行動です。






 動物行動学の論文ゆえ、腕の挙上の角度や体幹の鉛直線からの角度等を見る視点はありません。コビトマングースは非常に小型の哺乳類ですが、大型の動物では、二乗三乗の法則から、逆立ち時に手で体重を支えるのが負担となり、逆立ち動作は大変に辛い動作となります。コビトマングースの様な小型サイズの動物の場合、一瞬の逆立ち動作に対してエネルギーコストが掛かる云々の議論は意義が薄いと感じます。コビトマングースで同体格の雌の匂い付け位置が低いことは、妊娠等により体幹重量が増大して、逆立ちが辛くなる要因の可能性を院長の頭を掠めました。縄張り維持に対する意欲が雄ほど高くはない可能性もありそうです。また分泌物は雌雄で匂いの差がある筈ですが、雌の匂い付けは相手側集団に対して、雌の存在を報せる重要な信号となる筈です。この論文にはそれに対しての考察や言及が全くありませんね。雄が自分の集団の雌とは違う雌の存在を知る事は、遺伝子の煮詰まりを防ぎ攪拌を行う上で、また別の意味を持つ可能性があります。

 尿や肛門腺、身体の他の部分からの分泌物を枝や幹、岩に擦りつけて縄張りを主張する行動は数々の動物種に観察され、特に珍しいことではありませんが(霊長類でもワオキツネザルに見られます)、匂い付けする場所の高さを競い合う方向への進化は、姿勢の位置の(水平位から垂直位への)変化の観点から大変面白く感じたところです。通常の動物が逆立ちしたり逆立ち歩行するメリットはありませんので、匂い絡みでこの様な姿勢、動作を獲得したのであれば、例えばヒトが二足歩行を開始したのは、ロコモーション的に便利になる為ではなく、遠くを見たり、他より大きく見せて威嚇力を増す為だった、などとの仮説も説得性を持つことに繋がるからです。詰まり、樹上で二足歩行する方が合理的な解決策だった、との、ロコモーションの利便性以外の説明も否定できなくなる事になります。尤も、二足歩行性の獲得は、ロコモーション自体の進化だったとの仮説を構える院長にとっては、それらは二足歩行能獲得のためのメインの理由とは考えませんが。

 次回はコビトマングースよりは一回り以上体格の大きい、マダラスカンクの逆立ち動作について触れます。