Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               

























































































































































































































































































































































































































院長のコラム 2019年7月5日 


『逆立ちする動物 C ヤブイヌ』







逆立ちする動物 C ヤブイヌ




2019年7月5日

皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 今回は南米のイヌ科動物ヤブイヌを採り上げます。ヤブ bush と言うと親子揃って米国大統領に就任の偉い方もおられますが、院長は真っ先に蕎麦屋を思い浮かべますね。神田淡路町の藪蕎麦には何度か通っており、火災で一部が焼ける前年の夏にも食べに行きましたが、女将が鈴の声色の独特の節回しで厨房に注文の料理を伝える声もしかと耳に残っています。それ以降は食べに出る機会が無かったのですがまたそろそろ行きたいと思っています。但し、蕎麦屋としては名店ですが、ヤブの名は動物クリニックの屋号にはちょっと遠慮したい名前のようで。

 イヌ科動物の系統分類の項で触れましたが、四肢が短くてずんぐりした体型のヤブイヌは、四肢が長くてほっそりしたタテガミオオカミと近い関係にあります(とは言っても共通祖先から分岐してから一説では600万年が経過します)。外見から判断するととても系統が近い様には見えませんが、遺伝子解析を中心とする研究結果はそれを示します。

 このヤブイヌに関しては、両手を着いて逆立ち姿勢となり、樹木などに寄り掛かりながら、そこに排尿マーキングをする変わった習性が知られています。この動作はコビトマングースのものに似ていますが、ヤブイヌでは雌のみが行う点が異なっています。



本コラムの参考サイト


https://es.wikipedia.org/wiki/Speothos


https://en.wikipedia.org/wiki/Bush_dog


https://www.chesterzoo.org/

英国チェスター動物園。

院長は以前、米国ルイジアナ州ニューオリンズに学会で出張した折、空き時間に二度近場のオーデュボン動物園に出かけてホエザルとシーアマン(フクロテナガザル)の撮影をしたのですが、この動物園なら一週間は満喫出来そうです。動物園巡りの海外旅行も楽しいと思いますが如何でしょうか?








https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c4/Bush_dog_at_Chester_Zoo_1.jpg

Photograph by Mike Peel (www.mikepeel.net)., CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org

/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons  Bush Dogs. Speothos venaticus. At Chester Zoo


耳が小さく、吻もあまり尖らずずんぐりした体型です。水中生活への適応の結果の可能性があります。

写真では分かりませんが、指間に軽度の水かきがあります。英国チェスター動物園にて。






 数年前になりますが、動物の直立二足姿勢並びに二足歩行性獲得を考察するアンチテーゼとして、ヤブイヌを研究材料として採り上げるのもいいかも、と半分天の邪鬼の気持ち?になり、その撮影をするために京都市動物園に繰り出しました。とは言っても京都大学で開催の霊長類学会の終了後に立ち寄ったまでです。大雨が降り止んだ数日後でしたが、動物園のすぐ横を流れる琵琶湖疎水に別の黄土色の流れが合流し混じり合い、うねる様な烈しい濁流となっていた事を鮮明に覚えています。

 ヤブイヌの方と言えば、良く工夫して造られた環境の中を、落ち着き無くひっきりなしに歩き回っていました。時々、垂直に立てられた丸太に対して、雌が後ろ足でぽんと乗りかかり、逆立ちしたままの姿勢で排尿しますが、この動作を雄の排尿頻度ほどではありませんが繰り返していました。体幹は予想以上に鉛直に接近し、水平面に対して85度程度の角度にまで達します。前肢ですが、肩甲骨に対する上腕骨の角度(脇を開く角度)は、外見のみでの観察ですが、人間が万歳をする時の様に開き切る事はありません。即ち、上腕骨(二の腕の骨)は体幹には大方直角であり、そこに直交して繋がる前腕骨(肘と手首の間の骨)は体幹とほぼ平行、鉛直に近く配置します。






雄が雌のマーキングの匂い(以前に付けられていたもの)を確認します。

後ろから雌が付いてきます。京都市動物園、院長撮影




すると、雄は片足を挙げてマーキングしますが、この時頭を下げ腰を上げて

軽い前傾姿勢を取ります。ペニスの先端を柱にほぼ接触させます。

京都市動物園、院長撮影






 同じマーキングをするならば、より高い位置にマーキングする方が匂いが拡散し易く、効率が良い事は想像できます。森の中であれば、地面に排尿しても匂いがすぐに吸収・分解される可能性も考えられます。木の幹に排尿すれば分解に要する時間(匂いの貯留時間)も長いかもしれません。

 逆立ちして匂い付けを行うコビトマングースは、雌雄共にこの行動を示しますが、より高い位置にマーキングすることで、他の集団に対して、この縄張りには大きな体格の個体が居るんだぞと示威する意味もあると、前々回紹介した論文に報告されています。ヤブイヌの雌の間で、マーキング位置の高さを競い合っているのか(他の集団に対しこの縄張りには大きい雌、ついでに大きい雄も居るんだぞのメッセージ?)、或いは高さの競争にしゃかりきにならずとも、そこそこの高さであれば信号として役に立つのかなどについては院長は情報を持っていません。しかしながら、他の集団に対するメッセージではなく、集団内に於けるメッセージの交換−特に何か性的な意味を持つもの−である様には感じます。






雄のマーキング後にすかさず雌が逆立ちを開始します。この時、柱の匂いは

確認しませんでした。上の写真では体幹が地面に対してまだ45度程度ですね。

後ろ足を柱に当てています。京都市動物園、院長撮影




前足で柱ににじり寄ると同時に、前足に力を入れて体重を支え、体幹もほぼ

鉛直に近くなります。後ろ足が宙に浮いていて、外陰部を柱に押しつけている

ことが分かります。前腕(肘から先)が鉛直になり、一方、ちょっと分かり難い

ですが、上腕(肘から上)は地面にほぼ平行に位置し、人間の倒立時の様に

前肢全体が伸びきって鉛直になる事はありません。頭は向こう側にあり見え

ません。京都市動物園、院長撮影





 ヤブイヌではオスが行わずになぜメスだけがこの様な行動を行うのかですが、その種に於いては尿でマーキングするのがメインのマーキング動作である場合、オスの排尿の尿線方向は身体の前方に向かいますので、逆立ちしても尿が地面に向かって落ち、意味がありません。意味が無いゆえ成長途中で学習して止めてしまうのか、或いは生得的に元々この習性を持たずメスにのみ発現する習性なのか興味深いところです。只、雄の場合も、頭を低くして腰を高めてマーキングする傾向がありますので、種として逆立ちする習性は雌雄共通して持っている様に見えます。マングースの様に、肛門腺の分泌物がメインのマーカー素材であれば、それを高い位置に擦りつける動作に解剖学的に雌雄の意義の違いはありませんが、尿である点がこの様な雌雄での決定的な行動差を招いたことは明らかな様に思います。そして、高い位置にマーキングする雌が生殖的に有利であり子孫を残したがゆえに、その様な習性が強化される方向への適応が進んだのは間違いなさそうで、次第に雌がマーキングする位置を高くしていったのでしょう。しかし、どうして雄がその様な雌を選ぶのか理由がわかりません。最新の学説をご存知の方が居られましたら院長宛にご連絡下さい。

 飼いイヌでも散歩の途中で水平姿勢で排尿してマーキングするのは普通の行動ですが、ヤブイヌに於いて、水平位の排尿マーキングから逆立ち排尿行動へと、どのようにして進化・成立していったのかを考えるのはなかなか面白そうですね。