Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               










































































































































































































































































































































































































































































































































院長のコラム 2019年10月1日


『キツネの話G 本家のキツネ アカギツネ』







キツネの話G 本家のキツネ アカギツネ




2019年10月1日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 本家のキツネであるキツネ属全12種の内の、系統の細かな枝毎に代表的な種を採り上げてきましたが、今回はその最終回として Red fox アカギツネを採り上げます。まぁ、本家本元の総領格のこれぞキツネであり、欧米や日本などでキツネと言えばこの種を指します。では早速本題に入りましょうか。



以下、本コラム作成の為の参考サイト:


https://en.wikipedia.org/wiki/Canidae


https://en.wikipedia.org/wiki/Fox


https://en.wikipedia.org/wiki/Red_fox

https://ja.wikipedia.org/wiki/アカギツネ


https://ja.wikipedia.org/wiki/キツネ属

https://en.wikipedia.org/wiki/Vulpes


https://en.wikipedia.org/wiki/100_of_the_World%27s_Worst_Invasive_Alien_Species


https://en.wikipedia.org/wiki/Nictitating_membrane

https://ja.wikipedia.org/wiki/瞬膜


https://en.wikipedia.org/wiki/The_Fox_and_the_Grapes


Nature. 2005 Dec 8;438(7069):803-19 Lindblad-Toh K et al.

Genome sequence, comparative analysis and haplotype structure of the domestic dog.

https://www.nature.com/articles/nature04338/

 (無料で全文にアクセス出来ます)



JFA 一般社団法人 日本毛皮協会

http://www.fur.or.jp/knowledge_syurui/

ここを見るとキツネの毛皮は現在ほぼ養殖ものですね。アカギツネもごく一部で毛皮用に養殖されている模様です。


https://en.wikipedia.org/wiki/Ernest_Thompson_Seton

https://ja.wikipedia.org/wiki/アーネスト・トンプソン・シートン







Modified after Fig.10 in Nature. 2005 Dec 8;438 (7069):803-19 Lindblad-Toh K et al.

Genome sequence, comparative analysis and haplotype structure of the domestic dog.

https://www.nature.com/articles/nature04338/figures/10


2005年 Nature 掲載論文の図10のキツネの系統の部分のみを切り取り加工しています。




The fable of the fox and grapes: a wooden medallion on the high chest

at the Philadelphia Museum of Art, made by Martin Jugiez c.1765-75

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Fox_and_grapes_jugiez.jpg

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0d/Fox_and_grapes_jugiez.jpg

Martin Jugiez [Public domain]


イソップ物語『狐と葡萄』から。キツネの姿形を上手く捉えています。因みにイヌにブドウを

食べさせると中毒症状を起こすことが知られる様になりましたが、キツネもブドウが食べら

れずにむしろ幸いだったのかもしれませんね。<あれは酸っぱいブドウだ>と負け惜しみ

を言っている場合ではありません。これまでのコラムで触れて来ましたが、キツネ属の動物

はベリー類を食べると報告されています。バラ科やツツジ科のベリーが平気であれば、ブ

ドウ科植物のブドウ固有の成分が中毒発症の鍵を握っているかもしれません。






アカギツネ Red fox Vulpes vulpes 



 聞き慣れない方は一体アカギツネとは何なのですか?キツネとは違うんですかと必ず質問してきますが、答えは、えぇ、日本で言う只のキツネのことですよ、となります。世界にはキツネと呼ばれる様々な動物が居るのですが、日本に棲息するキツネを思い浮かべて戴きたいのですが、毛色がニンジンなみたいなオレンジ色なので、英語圏では Red  fox  アカギツネと呼称して他と区別するまでの話です。まぁ、普通のキツネと言う訳です。

 イソップ物語始め、数多くの寓話に登場する、ずる賢いキャラクターの動物として描かれるキツネは、物語が作られた場所とその分布域から判断して全てアカギツネを指すものと考えて間違いは無かろうと思います。ひ弱な体力を補うべくの省エネ且つ功利的 (合理的?)な生活戦略が、人間には見え見えの計算ずくの狡猾さと誤解され、更に人間にはどうもネガティブなイメージに映る容貌 (皆さんご承知のように良い喩えには使われませんね) と相俟って不当な扱いを受けてきた、とも言えるでしょう。加えるに、毛皮の質が良いからと狩猟の対象として追いかけ回され、踏んだり蹴ったりです。しかし当事者のキツネ自身はその様に認識することもなく日々を送り、野生下で必死に生き延びようとしているだけなのは間違いなく、その姿に生命の尊厳の輝きを公平な目で見て取れる人間が居れば、その人こそ真の動物愛好家でしょうね。





アカギツネの分布域

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Wiki-Vulpes_vulpes.png

Red fox (Vulpes vulpes) range map: green = native, blue = introduced, orange =

presence uncertain Date 19 February 2009 Source Own work, based on:

IUCN Red List http://www.iucnredlist.org/details/23062/0 (published in 2008)

and http://www.canids.org/species/Red_fox.pdf (from Canids: Foxes, Wolves,

Jackals and Dogs - 2004 Status Survey and Conservation Action Plan,

published in 2004) Author Zoologist

改変無し、ライセンス情報は上記urlに記載。


緑は元々の棲息地、青は移入地、オレンジは不明確な地。オーストラリアにはゲームハンティ

ングとしてのキツネ狩りをする目的で持ち込まれ、現在は有害獣扱いとなっています。





Fox Village in Zao Japan! 蔵王きつね村・kitsune mura

Rachel & Jun 2015/07/01 https://youtu.be/92wtDKCtOiU


キツネの姿・形・サイズが人間との対比もありよく分かります。アカギツネはキツネ属の

最大種ですが、それでも四肢も細く体つきも線が細く見えます。流麗な動きでエネルギー

的に無駄が無さそうです。四肢の下半分の黒いことから個体変異の可能性に加え、日本

国外の亜種(毛皮用の改良品種?)の可能性もありそうです。過密飼育な様にも思いま

すが、キツネと間近で触れあうことが出来る展示施設は他に存在しないでしょう。口を開

き、その大きさで優劣を決めたり挨拶とします。


海外からの方はシカやサルなども含め野生動物と触れあうことを非常に喜びます。本国で

は<イヌ、ネコ、ヒトの世界>と<野生動物の世界>とが隔絶されているからなのでしょう

か。日本が狂犬病から清浄化されていることも関係していそうです。海外ではうっかり野生

動物に接近する事も出来ませんので。






 本家ギツネの概論の項で述べたように、アカギツネはキツネ属中の最大種です。南方を除くユーラシア大陸、並びに周辺の島嶼、北米に至るまでに広く分布することは、アカギツネの移動性並びに適応性の高さを立証します。これは乾燥した土地に縛り付いて昆虫を捕らえて食べるなどでは無く、様々な環境に適応し、何処にでも居る小型齧歯類、即ちネズミ類を巧みに捕まえて餌とする狩猟形態を身に付けたからとも指摘されています。オーストラリアには、ゲームとしてのキツネ狩りを行う為に白人が持ち込みましたが、キツネを襲う生き物が存在せず、食物連鎖ピラミッドの頂点に君臨し、他の動物に壊滅的被害を与えています。2012年の推計で720万頭を超えています。世界の侵略的外来種ワースト100 の1種に含められるほどですが、環境適応力もやはり抜群なのでしょう。因みに、持ち込まれたアナウサギもオーストラリアで爆発的に増え、少し前ですが、駆除のために毒入りの餌を空から大量にばらまいたとの報道を耳にしています。

 日本人には、行く先々で魚を捕まえて食べればタンパク源は足りるとの判断からか、新たな移住先に動物を持ち込もうとの発想はそもそもありません。(移民先へと向かう)船に動物を積み込んでしまうのは、ノアの箱舟をなぞらえているのかもしれませんね。特定の哺乳動物に対する欧米人の執着性、思い入れをここにも感じ取ることができます。動物観が日本人とは異なる訳です。





 


アカとクロス(十字)


  


シルバーとプラチナ


https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Red_fox_fur_skin_(Sweden).jpg

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Vulpes_vulpes_(cross_fox)_Norway_

%26_Canada.jpg

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Vulpes_vulpes_-_silver_fox_fur_skin.jpg

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Vulpes_vulpes_(Platinum_fox)_fur_skin.jpg

Fur skin collection, Bundes-Pelzfachschule, Frankfurt/Main, Germany Date circa

1978 Source Own work Author Mickey Bohnacker, Presse-Fotograf, Frankfurt/Main

改変無し、ライセンス情報は上記url に記載


アカギツネの毛色の変異。アカが多数派ですが、銀灰色、プラチナ、十字架の模様入り

など、野生状態でも多様性が観察されます。毛皮を人間が身に纏うことは現在では批判

も出ていますが、毛皮を失った人間がその代わりを求めた長い歴史自体は否定できま

せん。尤も、他の着る物を購うことが出来る者が貴重種を殺してその毛皮を纏う行為に

は院長も全く賛同出来ませんし、その乱獲行為により、近代に至るまでに数多くの動物

が絶滅に或いは絶滅寸前にまで追いやられた事実を忘れるべきではないでしょう。





 他の本家キツネ同様に、他の動物の巣穴を利用したり自身で穴を掘りもします。季節の良い時には密度濃く草の生い茂った地上でも休みます。捕獲下のキツネの睡眠時間は平均9.8時間/日だったと報告されています。小型の動物は無脊椎動物を含め何でも捕食し、他のキツネ(ホッキョクギツネなど)の幼獣を捕らえる時もあり、また果実や草を食べる時もあります。オオカミ、コヨーテ、ジャッカルやネコ科動物から捕食もされます。基本は雌雄の番い+その子供の小人数のグループで生活します。ペスト対策への駆除の為或いは毛皮の為に長年に亘り狩猟の対象となって来ました。身体が小さくで人間には直接脅威ともならず、また人間の生活圏の存在で恩恵を受けてきたキツネは、あちこちに移入もされ、ロシアでは家畜化の試みも為されました。

 尻尾が長く、頭胴長の7割の長さに達し、四足立位時には先端が地面に触れます。瞳孔は縦長で、瞬膜(第三眼瞼、上下では無く、横方向に眼球を覆う膜)を持ちますが、まぶたが閉じた後で眼球を覆います。因みにヒトには痕跡的な瞬膜しか有りません。体重は2〜14kg程度ですが、同サイズの飼いイヌに比較するとずっと軽く、実際、同じサイズのイヌと比較すると四肢の骨の重さが30%も軽くなります。ホネ細の華奢な身体付きと言うことですね。雌の体重は雄より15〜20%低い値です。

 現在もキツネの毛皮の需要は少なからずあると思いますが、北方系のキツネの冬毛が、密度濃く、長毛でシルキーな手触りとなります。逆に南方ギツネは短毛で被毛がガサガサとなります。スカンナジビア、ロシアの養殖物が毛皮として出回っています。

 Ernest Thompson Seton シートンの著作、

The Biography of a Silver-Fox Or, Domino Reynard of Goldur Town, 1909

 銀ギツネのドミノの物語


 では、美しい毛色のキツネ、ドミノの一家が絶えず狩猟者に狙われながらも巧みに生き抜いて子孫を残す話が展開されます。1900年代初頭には米国から英国には毎年1000枚が輸出され、またドイツとロシアからは毎年50万枚のキツネの毛皮が輸出されていましたが、シートンの物語はその当時の状況を描いたものですね。現在では毛皮の供給は養殖が主流となり、狩猟は北方の少数民族の生きる術としてほそぼそと行われているだけだろうと思います。

 因みに野生ギツネの90%はアカの毛色ですが、養殖されるのはそれ以外の毛色となります。







オジロスナギツネ

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:R%C3%BCppell%27s_fox.jpg

Ruppell's Fox in White Desert, Egypt Date 23 August 2010

Source Own work Author Helmut Boehm

Derivative works of this file: Genus vulpes.jpg

改変無し、ライセンス情報は上記urlに記載。


アカギツネに系統的に最も近いとされるキツネ。吻先が短く耳介が大きいですね。エイリアン風

な容貌?ですが、砂漠生活或いは食性への適応の結果かもしれません。皆さんはこの動物が

咀嚼力が強力で肉をガツガツと丸呑みできるとは思えますか?では何をメインに食べているの

かを次に想像してみて下さい。耳の大きさではケープギツネ、フェネックギツネなどの、より祖先

系に近いキツネに類似します。






  2005年の Nature 掲載の学説では、キツネ族がイヌ科の祖先から分岐して後、オオミミギツネ>タヌキ>フェネック>ケーブギツネ>(ホッキョクギツネ+コサックギツネ+アカギツネ)へと次々に枝を出しながら分かれて行きましたが、ケーブギツネまではアカギツネなどとは異なり、華奢な体つきだったり耳が長かったり、ずんぐりしたりと、その先のアカギツネなどとは趣が違う様に見えます。それがコサックギツネになるとちょっと変な表現になりますが、いかにもキツネ然としたオーラが出ている様に感じます(但し、アカギツネに最も近いとされるオジロスナギツネは華奢な身体で耳長です)。学問的に言えば、平地疾走性の卓越した集団型狩人とはならないまでも、イヌ型に次第に接近してきているのかなとの考えが院長の頭を掠めました。

 具体的に言えば、

<昆虫食、音をキャッチするための大きな耳介、非縄張り性、貧弱な四肢・ロコモーション及び移動性、弱い咀嚼力で細面>

<脱昆虫食・小動物狩猟性、耳介短縮化、縄張り、集団での狩猟。平地長距離走行と四肢の発達、頭蓋骨の改変に拠る咬筋の咬む力の強化と肉厚な顔貌>


 のシナリオですが、現況でのアカギツネをじっくり観察すると、まだまだイヌやオオカミの遙か手前に位置してるなぁと感じます。所詮、キツネは矢張りキツネ!であり、オオカミとは異質の域に留まっているとも言えます。非疾走型の、小動物を狙う単独跳躍式狩猟法でオオカミとは競合しない生態的地位にあって生息域を拡大してきた動物であって、オオカミがピックアップトラックならアカギツネは軽自動車と言うところでしょうか。

 前コラムでも触れましたが、アカギツネがネズミを捕獲する点でネコに収斂しているとの説も提出されていますが、頭蓋骨形態や狩猟のスタイルがネコ科とは根本的に違い、なぜその様な見解を思い付いたのか院長には理解できません。共通点はネズミを獲ることだけです。只、アカギツネとその近縁種が肉食性を強めているとの考えには同意します。これまでイヌ科の動物について数多く採り上げてきましたが、昆虫食やシロアリ食は特別に珍しいものではなく、動物性タンパク質を摂るには手軽な対象です。何もオオアリクイやアードウルフの様にシロアリオンリーに特化して歯牙も弱体化させるまでに至らずとも、昆虫食性を維持しておくことは種の存続には大変有益な筈です。捕獲難易度の高い小動物食への比重を高める事とは狩猟者としての高度な戦略があってのことです。言い換えればアカギツネは狩猟者としての方向に進化して知恵が付いたと言うことです。

 我々が普段思い浮かべるアカギツネとは、実は祖先に比べれば少しはイヌ型化 (この表現が適当かはまだ吟味する必要がありますが)した、或いはひょっとしてイヌ型に戻りつつあるキツネなのかもしれません。しかしイヌ科の他の仲間とは異なるパラレルワールドに頑張って棲息する動物であることは間違いなさそうです。。