Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               

































































































































































































































































院長のコラム 2020年1月20日 


『イヌの退行性脊髄症A 病態と原因』







イヌの退行性脊髄症A 病態と原因




2020年1月20日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 退行性脊髄症  Degenerative Myelopathy  について3回に分けて採り上げますがその第2回目です。



以下、本コラム作成の為の参考サイト:


https://canna-pet.com/dog-paralysis-common-causes-treatment/


American College of Veterinary Internal Medicine

https://www.acvim.org/


岐阜大学動物病院神経科

https://www.animalhospital.gifu-u.ac.jp/neurology/medical/spine_dm.html


https://ja.wikipedia.org/wiki/ウェルシュ・コーギー・ペンブローク

現在もエリザベス女王が飼っており、ジョージ6世の頃からイギリス王室で飼われていたことでも知られる。


https://ja.wikipedia.org/wiki/ウェルシュ・コーギー・カーディガン

紀元前1200年頃ケルト民族により中央ヨーロッパより導入された。



https://www.colliehealth.org/degenerative-myelopathy/


https://ja.wikipedia.org/wiki/ミエロパチー

https://en.wikipedia.org/wiki/Myelopathy


http://www.caninegeneticdiseases.net/dm/basicdm.htm


https://ja.wikipedia.org/wiki/ミオパチー


https://ja.wikipedia.org/wiki/ニューロパチー


https://ja.wikipedia.org/wiki/対麻痺


難病情報センター 筋萎縮性側索硬化症

http://www.nanbyou.or.jp/entry/52


一般社団法人 日本ALS協会

http://alsjapan.org/how_to_cure-summary/



2009年発表の米国ミズーリ大学の研究グループに拠る論文

Awano, T., et al. Genome-wide association analysis reveals a SOD1 mutation in canine degenerative myelopathy thatresembles amyotrophic lateral sclerosis.

Proc Natl Acad Sci U S A. 106: 2794-2799,  2009.







https://www.colliehealth.org/wp-content/uploads/2017/08/dm2.jpg


右が正常、左が退行性脊髄症の脊髄横断面図。中心のH字型の部位が脊髄の

灰白質(神経細胞の塊)、それを取り巻く部位が白質(神経細胞から延びる神経

線維の束)。左図の矢印部位の神経枝(上の左右2つが感覚神経、下の左右が

運動神経側)が消失しており正常の色調に染色されません。






病態



 初期には胸椎部分の脊髄の白質の退行性変化が起こります。白質とは脊髄の外側の部分ですが、神経細胞(脊髄の真ん中の灰白質−Hの字型の部位−に存在する)から発した神経の枝である軸索が密集する部位となります。脳から四肢へと運動の命令を送り、また四肢から脳への感覚信号を送る神経線維が存在する部位が共に冒され信号の伝達が出来なくなり症状が出る訳です。

 退行性変化は、脱髄(神経細胞から出る1本の太い枝である軸索を取り巻くカバーに相当する部位が消失する)並びに軸索自体の消失からなり、脳と四肢との間の信号伝達に支障を来します。2009年に米国ミズーリ大学の研究グループが本疾患の発症に大きなリスクとなる遺伝子の変異を同定しました。

 発症の機序に関しては、運動神経(運動ニューロン)の脱髄、消失が起きる点に於いて、ヒトの筋萎縮性側索硬化症 ALS の臨床像にも近いものですが、ALSでは通常感覚神経と自律神経は冒されず、例えば膀胱直腸障害は起きません。DMでは感覚ニューロン側並びに自律神経ニューロンも全て冒されます。

 神経変性疾患の中の1つの疾患です。






https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Welchcorgipembroke.JPG

Welsh Corgi Pembroke, 05/01/2008, Source Own work, Author Pmuths1956

This file is licensed under the Creative Commons Attribution-Share Alike 3.0Unported license.

ウェルシュ・コーギー・ペンブローク

現在もエリザベス女王が飼っており、ジョージ6世の頃からイギリス王室で飼われていたことでも

知られる。断尾された個体。コーギーとはウェールズ語 (ケルト語の一派)でこびと犬を指します。






原因



 上でも触れましたが、2009年に米国ミズーリ大学の研究グループに拠り、本疾患にはSOD1タンパクを作る遺伝子が変異していることが突き止められました。SOD1タンパクは細胞内で発生した活性酸素(分子では無く原子状の形態の酸素)を解消する作用を担うものですが、活性酸素を封じることが出来ないために神経細胞が破壊され脱落していくことが考えられます。しかし実際には、この遺伝子が変異していても活性酸素を消滅させる作用は維持されていることが判り、直接的な活性酸素に拠る害で神経細胞が変性、死滅する機序ではないらしいことが考えられています。現在では遺伝子の異常に拠り、三次元構造に異常を来すタンパク質が作られ、これが毒性を持つのではないかとの説が考えられています。

 実のところ、ヒトのALS 筋萎縮性側索硬化症の場合、家族性の症例では同じくSOD1の遺伝子の変異が観察されることが知られています。しかしながら、ALSでは運動神経のみ傷害されるのに対し、DMでは全ての種類の神経が傷害されるなど大きな違いがあります。また何故にSOD1の変異により、神経細胞のみが特異的に変性するのかの説明も出来ません。神経細胞内では他の細胞と異なり活性酸素からの害を防止するべくSOD1がせっせと作られ続けているのでしょうか?そして遺伝子の異常に拠り異常な構造の毒性を持つSOD1タンパクが蓄積されていくとの機序なのでしょうか?

 イヌでは数多くの犬種にこの遺伝子変異が存在する事が知られるに至っています。臨床上問題となるのは、ジャーマンシェパード、ローデシアン・リッジバック、ウェルシュ・コーギー・ペンブローク、ウェルシュ・コーギー・カーディガン、ボクサー、チェサピーク・ベイ・レトリーバー、スタンダードプードルですが、本邦では大型犬の飼育頭数は少なく、事実上コーギーの疾患と捉えて宜しいでしょう。この遺伝子(父母から1つずつ貰うので遺伝子はペアで存在する)がペアで正常、片方が変異、ペアで変異、の順に発症確率が高まります。






https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Cardigan_Welsh_Corgi,_Profile.png

Cardigan Welsh Corgi, Profile 11 December 2011, Source Own work,

Author FatFairfax  This file is licensed under the Creative Commons

Attribution-Share Alike 3.0 Unported license.


ウェルシュ・コーギー・カーディガン

紀元前1200年頃ケルト民族により中央ヨーロッパより導入されました。こちらは尻尾は

長いままで断尾されていません。






 一定の老齢犬以上に発症することから、SOD1の異常により神経細胞内に生時から少しずつ蓄積されてきた異常物質が遂に限界値を超えて細胞を死滅させ始めるのだと考える事も可能ですが、証明はされていません。以下飽くまで単なる院長の思いつきレベルの話を述べます:脊椎骨(数多くの骨が連結している)の頭部と骨盤との中間位は対傾椎骨 (たいけいついこつ)と呼称し、ここが一番背腹方向に折れ曲がる大きな可動域を持って居ます。この大きな運動性に拠り当該箇所の脊髄に栄養障害の発生或いは物理的圧迫が加わり、遺伝的脆弱性を抱えた犬種に対して発症の引き金となり、それが隣接する神経に次々と悪影響をもたらし波及していくのではないかと想像しています。これは1つには、コーギー犬では胴長短足の形態的特徴から脊椎骨への運動負担が大きく(脚が短いので背骨の屈伸の助けで歩幅を大きくする)、その内部を通過する脊髄にも影響が大きいので頻度高く発症する可能性を考えてのことです。

 発症すると進行が速い点に於いては、以前の精神医学に関するコラムにて触れた抗 NMDA受容体脳炎を想起させます。しかし抗 NMDA受容体脳炎の方は、何らかの切っ掛けで免疫系が暴走を開始し、脳神経細胞に対する外的要因で一気に組織が破壊されて急激な進行を見るものであるのに対し、DMや ALSでは免疫系の異常攻撃に起因する病態では無く、神経細胞内部での異常に起因するものだろうと思われます。自己免疫性の疾患であれば遺伝的背景+環境要因の組み合わせとして高齢にならずとも発症することが期待されますが、高齢個体で発症することは異常物質の蓄積が関与することを示唆するものでしょう。これはアルツハイマー型痴呆なども然りですね。遺伝的要素が強ければ異常物質の蓄積が急速であり、その分若い時代に発症するとの解釈です。しかしながら、ヒトの ALSに対して現在のところ唯一の薬効が認められている薬品である リルゾール (促進性神経伝達物質 グルタメートの阻害剤)は、神経の軸索に害を及ぼす グルタミン酸の作用を抑制する作用機序 (神経細胞内への害となるカルシウムの流入を抑制)のものですので、単純に <異常物質蓄積仮説>だけでは説明出来ないところが確かにあります。

 因みに、ヒトの ALSに関しては、一般社団法人日本神経病理学会ホームページに東京都神経科学総合研究所 の柳清光氏執筆の記事が掲載され大変分かり易く纏められており参考になります。 http://www.jsnp.jp/cerebral_11_main.htm

 体外に神経細胞を取り出して培養し様々なテストが可能なら、まだしも病因の解明は進む筈ですが、これが困難なのも痛いところです。この様な訳で、現在までのところ、DM は ALSなどと同様、殆ど原因不明と言って良い疾患ですが、院長の予想ですが、10年単位程度でジワジワと解明が進んで行くのではと考えています。