Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               




























































































































































































































































































院長のコラム 2020年5月20日 


ネズミの話15 ドブネズミの食性







ネズミの話15 ドブネズミの食性




2020年5月20日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 家ネズミの筆頭格?であるドブネズミのお話の第5回目です。



以下、本コラム作成の為の参考サイト:


https://ja.wikipedia.org/wiki/ネズミ

https://en.wikipedia.org/wiki/Dipodidae


ドブネズミ

https://en.wikipedia.org/wiki/Brown_rat


https://ja.wikipedia.org/wiki/有袋類

https://en.wikipedia.org/wiki/Marsupial


https://ja.wikipedia.org/wiki/後獣下綱

https://en.wikipedia.org/wiki/Metatheria


https://ja.wikipedia.org/wiki/真獣下綱

https://en.wikipedia.org/wiki/Eutheria







http://www.dpr.ncparks.gov/mammals/photos/2018/Virginia_Opossum1522190436.jpg

http://www.dpr.ncparks.gov/mammals/view.php?id=1


バージニアオポッサム 別名子守りネズミ


6000万年前に恐竜が滅びた頃からほとんど変わらずに生き延びて来ているとされる有袋類

です。尻尾の様子もラットに似ています。院長も10頭ほど飼育していましたが、頭蓋骨の大き

さに対する脳容積が小さく、我々やネズミを含む Eutheria 真獣類とは矢張り違っているなぁ

との感想です。






食性




 ラットは真の雑食性で殆ど全てのものを消費しますが、穀物が食餌の基本になります。

 1964年に動物行動学会を設立した Martin Schein 氏はラットの食性を研究し、ラットの最も好きな食べ物は 炒り卵、マカロニ、チーズ、生の人参、とうもろこしの粉で調理したものであるとの結論を得ました。彼に拠れば、最も好まれない食べ物は 生の牛肉、桃、生のセロリとのことです。


 院長の飼育経験からも生の肉類、魚介以外には人間の食べるものは基本的になんでも食べてしまうとの印象を持ちました。まぁ、味覚は人間に近い様にも思えます。但し、柔らかいものばかり与えていると前歯(切歯)が伸びてしまいますので、飼育下のラットには石の様に固めた配合飼料(ペレット)を食べさせる必要があります。家ネズミの場合、餌で歯を磨り減らすことに不足すると周囲の物を片っ端から囓り始め、これが人家の場合は電線を囓ってショートさせる等の事故にも繋がります。電線の被覆のゴム部分に辛子成分を練り込んでラットの囓り害を防止せんとの電線が売られていると聞いたことがあります。

 雑食性で思い出すのですが、有袋類(後獣下綱、我々ヒトは真後獣下綱に属します)のオポッサムを飼育していた折にはイヌ用の肉の缶詰の中身で肉団子を握り、それをぽんと投げ与えると片手で掴みながら美味そうに食べていました。生肉も食べます。鶏卵は殻毎噛み砕いて呑み込んで仕舞いこれには驚きました。リンゴを始め果物も大好きなのですが、唯一穀類は一切食べませんでした。イヌ、ネコなどでもおにぎりやご飯を食べてくれる個体はそこそこいます(と言うか昔はご飯に鰹節を掛けてネコの餌にもしていました!)が、オポッサムは目の前に差し出しても見向きもしません。これらから考えると真の雑食性ではなく、動物性タンパク質中心の雑食性と言うことが分かります。なぜ頑なまでに(調理された/されていない)穀類に見向きもしないのか不思議です。何かブレーキが掛かるように感じました。逆に言えば、穀類を餌として相手に出来ることは相当に進んだ進化形態なのかもしれませんね。含まれているデンプンを上手く消化する生理機構を獲得したと言うことなのでしょう。どこにでも生えているイネ科植物の種子を餌に出来ればこれほど強い事はありません。ネズミは前歯(切歯)と臼歯が発達していますので穀類を細粒にし消化の助けにできそうですが、オポッサムでは歯牙は奥まで先が尖っていてイヌのものにも似ています。人間は加工し或いは調理した穀類は食べられますが生米や生麦の類いは駄目でネズミほどには進化していないとも言えそうです。穀類を食べることの出来るネズミが存在するゆえに、それを餌とする肉食獣や猛禽類が生存し得る訳でもあります。

 ラットの採食行動はしばしば集団特異的であり、環境や得られる食物により変動します。ウェストバージニアの魚の孵化場近くに住むラットは幼魚を捕まえて食べますし、イタリアのポー川の土手に沿う営巣地では軟体動物(貝類)を求め川に潜水することもあります。これらはラットが仲間の間で社会的学習を行う事を示しています。北海の Norderoog ノルダーオーグ島のラットはスズメやあひるにそっと近づき殺します。ハンティングする訳ですが知能もなかなか高いのでしょう。







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ネズミと言えば真っ先にチーズとの組み合わせを思い浮かべますが真相は

果たしてどうなのでしょうか?






 さて、ネズミと言えばチーズとのセットで考えられる程ですが、上記  Martin Schein 氏の調査の様に本当にチーズが好きなのでしょうか?

 2006年に Manchester Metropolitan University の Dr David Holmes がハツカネズミはチーズ(種類は不明)を好まず、寧ろ炭水化物に富むものを好む、との報告をした事を元に、2015年に英国 BBCが再現実験行っています。

Do mice really prefer cheese?

http://www.bbc.com/earth/story/20150121-cheese-hating-mice


 ネズミとは言っても wood mouse (ヒメネズミによく似たヨーロッパに普通に棲息する野生ネズミ)での話になりますが、この記事の一番上に表示されるモノクロの動画では、確かにチーズの匂いを嗅いで確認はしますが食べずに通り過ぎ、次の炭水化物の餌を持ち帰っています。ブドウ、チェダーチーズ、ピーナッツを容器に盛っていますが、チーズが兎にも角にも一番大好きだ、と言う訳では無さそうです。尤も、これは只のお試しであり厳密な科学的な実験ではなく、単にチェダーチーズに魅力を覚えなかったからかもしれません。

 このBBCの実験報道に対しては、中島らがそれは単に新奇なものを怖れる行動であって本当はネズミはチーズが好きなのだ、と下記論文にて反論しています。


ラットおよびマウスにおけるチーズ選好

中島定彦ら

関西学院大学心理科学研究 41, 7-15, 2015

https://irdb.nii.ac.jp/01235/0002038058

(無料で全文読めます)


 この論文を読んで率直に感じましたが、固形飼料とチーズの2つを自由摂食させ、チーズの方を沢山食べたのでやっぱりネズミはチーズが好きなんだとの実験であり、正しく表現すれば、ネズミのチーズ嗜好性を証明した実験では無く、「実験用動物として飼育されるラットとマウスにて固形飼料とチーブを2つを並べたらチーズを沢山食べた」だけの結果です。嗜好性の強度を知るのは難しく、例えばチーズに到達出来るまでの経路の間に難易度を変えた障害物を置き、餌に対する<吸着度>から嗜好性の強さを探る実験系も構築し得るでしょう。BBCの実験は家ネズミではなく、普段人家に寄りつかない野生ネズミを使用したと見えますが、野生状態では存在しない妙な匂いのもの(乳を原料とする発酵食品)が有れば避けて通り、食べ慣れた類いのピーナツを食べるのが十分に予想もされることです。

 中島らは実験動物としてのラット、マウスを利用していますが、これらのネズミは上述の wood mouse とは異なり、食の嗜好性がヒトに近い動物である可能性があります。同じネズミと言ってもいろいろと嗜好性に多様性はある筈です。即ち、ドブネズミやハツカネズミは嗜好性がヒトに接近している、接近しているからこそ、ヒトの住居に侵入し食べ物を横取りする、当然乳製品も基本的に食べるだろう、との理解が成立する可能性はあります。他には、チーズには食塩が含まれていますが、一度食べ始めると食塩の含まれた餌を食べ続ける様な習性があり、チーズへの嗜好性よりもその様な理由が隠れている、との可能性があります。また、中島らは、上記の Martin Schein 氏のラットがチーズを好むとの仕事を引用していません。更に、固形飼料は伸び続ける切歯を磨り減らす意味を持ち、単なる餌ではなく、チーズと嗜好性の面で直接対照とするのが果たして適当なのかの問題も浮上します。

 以上のことから、院長がこの論文の査読を依頼されたら実験系の対照設定並びに解釈に偏りがあるとしてひとまず reject するでしょうね。読み手を感心させる様な巧みな実験系を組まないと素人やマスコミは兎も角、専門家のレフェリー側にはアピールしにくい様に感じます。可能ならば、対象動物の生物学的特徴を十分に踏まえた上で、その分野の専門家と組むのが矢張り望ましい様に思います。ネズミなる言葉でネズミを一緒くたに扱う視点がそもそも生物学的にどうかと言うところでしょう。

 まぁ、チーズにせよピーナツにせよ、脂肪分が豊富でカロリー量が高いですので、欲しがっても時々にした方が良いでしょうね。−と、ピーナツ&柿の種を食べながら毎夕ビールを呑んでいる院長が無責任にモノ申してみました。