Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               







































































































































































































































































院長のコラム 2020年6月15日 

ネズミの話20  ネズミと病気 ハンタウイルス感染症V






 

ネズミの話20 ネズミと病気 ハンタウイルス感染症V




2020年6月15日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類の感染症のお話の第3回目です。前回に引き続きハンタウイルスについて扱いますが、これから数回は腎症候性出血熱にスポットを当てて行きましょう。




以下、本コラム作成の為の参考サイト:


https://ja.wikipedia.org/wiki/ネズミ

https://en.wikipedia.org/wiki/Dipodidae


ドブネズミ

https://en.wikipedia.org/wiki/Brown_rat


https://ja.wikipedia.org/wiki/ハンタウイルス



腎症候性出血熱とは 国立感染症研究所

https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/416-hfrs-intro.html


https://ja.wikipedia.org/wiki/腎症候性出血熱

https://en.wikipedia.org/wiki/Hantavirus_hemorrhagic_fever_with_renal_syndrome


https://ja.wikipedia.org/wiki/漢灘江


https://watermark.silverchair.com/milmed-168-3-231.pdf

MILITARYMEDICINE,168, 3:231, 2003

Hantavirus Infection in an Active Duty U.S.Army SoldierStationed in Seoul, Korea

Guarantor:CPT David S. Sachar,MCUSA

Contributors:CPT David S. Sachar, MCUSA et al.

 全文無料で読めます。

 2001年に韓国駐留の米軍ミサイル防衛隊所属の 19歳のヒスパニック系兵士が HFRS に感染したと血清学的に診断された症例報告です。周囲にネズミが見当たらない都会での初めての感染例だろうと結論しています。


https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK234463/

Hemorrhagic Fever with Renal Syndrome: PastAccomplishments and Future Challenges

James. W. LeDuc, James E. Childs, Greg E. Glass, and A. J.Watson

In Epidemiology in Military and Veteran Populations: Proceedings of the Second Biennial Conference March 7, 1990.

 全文無料で読めます。ハンタウイルスの経緯、歴史について簡略に述べられます。


https://ja.wikipedia.org/wiki/リバビリン


https://en.wikipedia.org/wiki/Hansel_and_Gretel








https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/fb/R%C3%ADo_Hantan.jpg

Pablo.roque / CC BY-SA (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)


Hantan virus の名の元になった、朝鮮半島を流れる漢灘江 (ハンタンガン)






腎症候性出血熱

(Hemorrhagic Fever with Renal Syndrome; HFRS)




 本邦では 1960年代での大阪梅田駅周辺での流行例 (10年に亘り計 119例の感染者と2名の死亡者)、並びに70年代の実験動物ラットを介在した感染例 (22機関で 126例のハンタウイルス感染者が発生、1981年にラット飼育者が1名死亡)、或いはその後の散発例を聞くのみであり、現況では特に話題に上ることも無い、言わば耳学問としての教科書記載の感染症との位置づけにあります。しかし、現在でも中国では年間発症例が数万人に達し、韓国では 300〜400人、またヨーロッパでも数千人規模の毎年の感染例が報告されており、公衆衛生学的に重要な感染症となっています。日本の主要港湾近辺に棲息するドブネズミに腎症候性出血熱を起こす Seoul血清型のハンタウイルス感染個体が観察されますので監視を怠るべきではありませんし、一般の方々もドブネズミを遠ざけるべく環境改善に取り組む姿勢が大切でしょう。特に繁華街などの飲食店がドブネズミの棲息並びに繁殖拠点となり得ますので、侵入されない工夫が必要です。また中国本土、特に感染が蔓延している地区に渡航する際にはドブネズミが接近する可能性のある衛生環境レベルの低い場所 (安宿、農業用倉庫、野営地等含む)には近寄らない様、心懸けることが重要です。

 不顕性感染したネズミの尿、糞便、唾液にウイルスが排出され、そのエーロゾルや汚染された塵埃を肺に吸引すること、或いは皮膚の傷経由(咬傷)で感染する伝搬様式です。一般的には排泄物や汚染された媒介物経由での接触感染、詰まりは健常な皮膚経由での感染は、ハンタウイルスが起こす腎炎並びに肺炎共に、示されていません。

 ラットを飼育していると分かりますが、自分が歩く場所に、転々と尿滴でマーキングする習性があります。視力が悪くても、或いは夜間であっても、その匂いを辿れば道が分かる仕組みです。グリム童話のヘンゼルとグレーテルの物語で、父親に森の中に捨てに行かれる途中で、家に戻れるようヘンゼルが小石を点々と撒いた様なものです。従ってネズミが居れば彼らの歩く場所は全て尿で汚染されていることになります。この様な次第ですので、ウイルス汚染地区でネズミの侵入を許すような居住形態であれば、ホコリが舞い上がった拍子にヒトに対する感染は容易に成立するでしょうね。世界中の HFRS患者の 90%を中国が占めており、1950年から 1997年の間に、患者 120万人と死者 44300人が発生しました。特に黒龍江省、山東省、浙江省, 湖南省、河北省および湖北省で、患者総数の約7 0%を占めますが、言わば事実上のこれらの地区の風土病といって良いでしょう。院長は旅行したことはないのですが、ネズミの侵入を許す密閉性の悪い古い様式の建物の割合が高い、農村地区なのではと想像します。

 ハンタウイルスの複数の血清型が腎症を引き起こすのですが、セスジネズミ由来の Hantaan 血清型  (Hantaan River virus ) 並びに Dobrava 血清型ハンタウイルス  (Dobrava-Belgrade virus) が最も激烈な症状を起こし、また死亡率も高いのです。他方、ドブネズミ由来の Seoul 血清型のハンタウイルスはこれよりマイルドで、また、bank  vole (=川の土手に住むずんぐりしたネズミ) ヤチネズミが自然宿主となる Puulama 血清型のハンタウイルスが起こすものは軽症型となり、nephropathia epidemica 流行性ネフロパシー (ネフロパシーとは腎症のこと)とも呼称され、北欧のスウェーデン、ノルウェー、フィンランドで発症を見ます。まぁ、中国と朝鮮半島のものは重症型、北欧のものは軽症型と考えれば良かろうと思います。中国に於ける多数の感染については、ドブネズミの原産地が中国北部とも考えられていますので、野生のドブネズミ個体の絶対数が多く、その集団の中で維持されてきたハンタウイルスがドブネズミの人間生活への接近の過程で感染をもたらすのではないか、と院長は推測しています。

 腎症候性出血熱が欧米に注目されたのは、1950年代の朝鮮戦争の際に、朝鮮半島に駐留した国連軍兵士 2000名あまりの間で不明熱患者が発生し、数百名が死亡したのですが、症状と剖検所見から旧満州・旧日本軍の間で流行した流行性出血熱  (epidemic  hemorrhagic fever: EHF) と同一疾患であることが判明したことに拠ります。ハンタウイルスの名はこのウイルスが同定された場所を流れる漢灘江 ハンタンガンに由来します。ハンタウイルスの仲間 (別の血清型) は新大陸に於いては肺炎を起こすことが過去 25年程で知られるようになり、ハンタウイルス感染症は米国人医師や米国民の間に漸くにして強い関心を持たれるようになって来ました。

 院長は以前、防衛医科大学校で生物学を受け持ったことがあり、新入生に対して医動物学的な観点から講義を行ったのですが、その中で、自衛隊が海外での仕事が生じた場合、現地での動物由来の感染症に罹患する危険性に触れ、またコウモリなどは霊長類に系統が近いことも有り格段の注意が必要だと述べたのですが、これが彼らの役に立っていれば良いがと思っています。

 <ラットと飼育>のコラムで述べましたが、ラットをペットとして飼育することが米国を中心に流行しています。残念ながらペットのラット(ファンシーラットと呼ぶ)にも Seoul  血清型のハンタウイルスの感染が見られる事が確認され、米国 CDCが注意を呼びかける事態となっています。詳細については以下をご参照下さい。


https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/67/wr/mm6704a5.htm

Outbreak of Seoul Virus Among Rats and Rat Owners -United States and Canada, 2017

米国CDC Morbidity and Mortality Weekly Report (MMWR)

February 2, 2018 / 67(4);131-134

Janna L. Kerins, VMD; et al.







https://www.researchgate.net/profile/Filippo_Massa/publication/281602804/figure

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Filippo Maria Massa. The crucial roles played by HNF1 during kidney  development.

Human health and pathology. Universite Rene Descartes - Paris V, 2012.


ボウマン嚢 Bowman's capsule と言う丸い袋(温度計の丸い玉を連想します)の中に腎動脈

が糸くずの様に丸まって収まっていますが、そこで血液中の尿成分が濾し取られ原尿が作ら

れます。その先で栄養分や水分が再び回収され、体外に排泄される尿が完成します。腎臓

の動静脈の内皮が破壊されると、原尿の産生/再吸収に不具合が起きますが、

症状が進行すれば腎不全に至ります。






感染機序




 一般的なウイルス感染症と同様に、始まりは感冒様症状ですが、名前の通りやがて腎炎を発症し、軽度のものでは血尿、蛋白尿を示しますが、重症化すれば腎不全の一連の症候群 (低血圧とショック状態、乏尿)に移行後、2ヶ月程度で回復します。重症例の死亡率は 3〜15%、また軽症例、重症例含め 3割は出血傾向を示します。これはヒトに於ける経過ですが、齧歯類以外の他の動物にも感染する可能性はありますので、もし飼育下の動物に同様の症状が観察された場合は注意が必要です。

 一般的に、ウイルスがどうやって感染するかと言うと、生き物を構成する細胞には様々な種類が有り、細胞表面に存在する化学物質も違っているのですが、この化学物質 (受容体と言います)にピタッと嵌まる化学物質を保持しているウイルスがその細胞 (標的細胞)に取り付く仕組みです。ウイルスは生きた細胞以外では増殖出来ませんので、取り付いた細胞の中に進入して内部で数を増やし、最終的にはその細胞を破壊して身体中に散らばります。細胞を破壊された被感染個体側は、破壊された細胞の数が多ければ、臨床症状が出て生命維持に不具合が出てくることになります。ウイルスの、細胞に取り付く力 (感染力)、細胞内で増殖する割合、当該細胞の生命維持に対する重要性、また生体側のウイルスに対する免疫力、これらの総体として臨床的に軽度か重篤かの様々な病態が示される訳です。コロナウイルスに関してもこの様な理解の仕方をするとスッキリ理解出来るのではないかと思います。即ち、コロナは肺の細胞を標的とする訳ですね。

 因みに、自己免疫性疾患の場合もちょっと似ていて、免疫担当細胞側が誤った情報にて探査機能を発動し、身体の細胞或いは構造の中で特定の化学物質を持つものを攻撃し破壊します。この結果不具合が生じる仕組みです。この機序に関しては、院長コラム 2019年11月5日 『キツネの話N 俗信と精神医学U』にて、自己免疫性脳炎について触れていますので興味があればお目通し下さい。免疫担当細胞側の暴走をどう抑えるのかが治療の根本ですが一筋縄ではとても行きません。これを鑑みると、ウイルス感染症自体はまだしも単純明快な機序で推移すると言えるでしょう。但し、後天性免疫不全ウイルス、即ちエイズウイルスの場合は、免疫細胞を標的とし、自身に対する免疫攻撃を低下させる高等戦略のウイルスですので、これはこれでまた厄介です・・・。

 さて、腎炎を来すタイプのハンタウイルスは、毛細血管の内皮細胞(内皮とは一番内側の細胞の層で、常に血液に触れる側の壁面に相当します)を標的とします。血管は只のパイプではなく、何層かの構造から成ります。庭に水を撒くホースなどでも、断面を見ると内側が白く、外側が青などと層構造を示す丈夫なタイプが売られていますが、その様な構造です。一番内側の白い部分が内皮に相当すると考えれば理解し易いでしょう。

 毛細血管の内皮が破壊されれば、毛細血管の薄い血管壁からジワジワと血管の外に向かい血液が漏れてしまいます(出血傾向)。軽度であれば皮膚に静脈の分布パターン通りに斑文が生じる程度ですが、後ほど触れる予定の他の出血熱、例えばアフリカで流行中のエボラ出血熱では、皮下に大量の血液が貯留し、また皮膚表面の弱い部分から血液が体外に漏れ出すまでに至ります。HFRS 発症ウイルスの場合は、腎血管の内皮に特に親和性を持ちますので、血液から尿成分を濾し取るまさにその機能を担う場所が破壊され、腎臓が機能しなくなり、冒される領域が広ければ腎不全状態に陥ります。増殖したウイルスは尿中に排出されますので、ネズミの尿が重要な感染源となる訳です。詰まり、感染源となるネズミでも、実は僅かながら腎臓の破壊が生じていることになりますが、何ら臨床症状を現すレベルには至らず、不顕性感染で推移している訳です。