Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               



































































































































































































院長のコラム 2020年6月20日 

ネズミの話21  ネズミと病気 ハンタウイルス感染症W






 

ネズミの話21 ネズミと病気 ハンタウイルス感染症W




2020年6月20日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第 4回目です。前回に引き続きハンタウイルス感染症の腎症候性出血熱についてお話を進めます。



以下、本コラム作成の為の参考サイト:


https://ja.wikipedia.org/wiki/ネズミ

https://en.wikipedia.org/wiki/Dipodidae


ドブネズミ

https://en.wikipedia.org/wiki/Brown_rat


https://ja.wikipedia.org/wiki/ハンタウイルス


腎症候性出血熱とは 国立感染症研究所

https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/416-hfrs-intro.html


https://ja.wikipedia.org/wiki/腎症候性出血熱

https://en.wikipedia.org/wiki/Hantavirus_hemorrhagic_fever_with_renal_syndrome


https://ja.wikipedia.org/wiki/漢灘江


https://watermark.silverchair.com/milmed-168-3-231.pdf

MILITARYMEDICINE,168, 3:231, 2003

Hantavirus Infection in an Active Duty U.S.Army SoldierStationed in Seoul, Korea

Guarantor:CPT David S. Sachar,MCUSA

Contributors:CPT David S. Sachar, MCUSA et al.

 全文無料で読めます。

 2001年に韓国駐留の米軍ミサイル防衛隊所属の19歳のヒスパニック系兵士がHFRS に感染したと血清学的に診断された症例報告です。周囲にネズミが見当たらない都会での初めての感染例だろうと結論しています。


https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK234463/

Hemorrhagic Fever with Renal Syndrome: PastAccomplishments and Future Challenges

James. W. LeDuc, James E. Childs, Greg E. Glass, and A. J.Watson

In Epidemiology in Military and Veteran Populations: Proceedings of the Second Biennial Conference March 7, 1990.

 全文無料で読めます。ハンタウイルスの経緯、歴史について簡略に述べられます。


https://ja.wikipedia.org/wiki/リバビリン









腎症候性出血熱

(Hemorrhagic Fever with Renal Syndrome; HFRS)




症状




 ウイルス汚染源に暴露後 1〜2週以内に発症し、稀には発症まで 8週間要するケースもあります。北欧型の  Nephropathia epidemica 流行性ネフロパシーでは、潜伏期は 3週間です。初期の症状は突発的な烈しい頭痛、背部痛、腹痛、発熱、悪寒、吐き気、霧視で始まり、人に拠っては、顔面紅潮、目の炎症と充血、発疹を示すこともあります。後には、低血圧、急性ショック、血管からの血液漏出、また急性腎不全を起こし得ますが、これは重度の浮腫発生に繋がり得ます。

 この病気の重篤度は感染ウイルスの種類により変化します。前に触れた様に、Hantaan  並びに Dobrava 血清型 virus は通常烈しい症状を起こしますが、他方、Seoul,  Saaremaa, 及び Puumala virus はよりマイルドな像になります。完全な回復には数週〜数ヶ月を要します。




 病気の経過は以下の5フェイズに分けることが可能です:


熱症期

 頬や鼻の紅潮、発熱、悪寒、手のひらの発汗、下痢、倦怠感、頭痛、吐き気、腹部及び背部痛、インフルエンザに見られる様な胃腸症状並びに呼吸器障害、が観察されます。これら症状は感染後 2〜3週後に起こり、3〜7日継続します。まぁ、ウイルス感染に対して身体の各所で免疫側のと烈しい攻防が繰り広げられる時期ですね。大方のウイルス感染はこの展開を取りますが、ここで食い止められないと、その次の段階からは罹患したウイルス感染症の特徴がいよいよ発現します。親和性の高い細胞に取り付いて増殖を始める訳です。


低血圧期

 血小板数の低下と共に起こります。頻脈と低酸素血症に繋がる場合もあります。この期間は短く、2日続き得ます。腎臓は血圧コントロールにに密接に関与する臓器ですので、そろそろ腎臓に来たのかな、と言う段階です。血小板が減少するのは血管からの出血が発生(内皮細胞が破壊される)し、止血のために多数動員されるからでしょう。


乏尿期

 3日〜7日続き腎不全の発症及び蛋白尿で特徴付けられます。腎臓の尿を濾過する部分が破壊され、尿が作れなくなったり、或いは栄養分であるタンパク質が尿中に漏出する過程です。


利尿期

 一日当たり 2〜3リットルの排尿で特徴付けられますが、数日から数週続き得ます。健康な成人では毎分 1ccの尿が作られますので一日換算で 1.5リットル程度となります。多尿傾向であり、腎臓での原尿の再吸収能がまだ完全ではない事を示すものと考えられますが、免疫が体内のウイルス駆逐に成功し、破壊された腎動静脈の血管内皮が再生され機能し始めた段階ですね。


回復期

 腎炎症状が改善し回復に向かい始める時期です。




 この症候群は致命的ともなり得ます。慢性腎不全に移行する場合もあることが知られてれています。また、死亡率は数パーセントはあるものの、 ヨーロッパで見られる nephropathia  epidemica 流行性ネフロパシーでは症状はよりマイルドな像を示します。






https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S0048969718316061-fx1_lrg.jpg

Science of The Total Environment

Volume 636, 15 September 2018, Pages 1249-1256

Impact of meteorological factors on hemorrhagic fever with renal syndrome

in 19 cities in China, 2005-2014

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0048969718316061

Jianjun Xianga et al. doi.org/10.1016/j.scitotenv.2018.04.407


天候が良く豊作になると齧歯類が増え、排泄物に暴露される者が増えて患者数が増大する

とのイラストです。食料貯蔵庫の管理等にまず注意すべきと院長は考えてしまうのですが。


https://www.nsf.gov/news/news_summ.jsp?cntn_id=107095

2006年7月12日にテキサス工科大博物館がハンタウイルス肺症候群予防を呼びかける為に

たまたま作成した図があります(版権所有者である Zina Deretsky 氏, NationalScience

Foundation にコンタクトが取れずここに掲載できません)が、この図にそっくりです・・・。






診断と治療




診断


 HFRS は臨床像のみからでは確定診断が難しく、血清学的証拠がしばしば必要となります。一週間の間隔を置いた検査で IgG 抗体価が4倍上昇し、ハンタウイルスに対する IgM タイプの抗体が確認出来れば急性ハンタウイルス感染症の良い証拠になります。感冒様症状で発熱し、原因不明の腎障害と時に肝不全を示す患者に対しては HFRS を疑うべきです。



治療


 現在世界各地で感染爆発を起こしているコロナウイルス感染症と同じく、HFRS に対する根本的治療法や確立されたワクチンは全く存在しません。治療は人工透析を含めた支持療法(=姑息療法)になります。中国や韓国に於けるリバヴィリン ribavirin (ウイルスのRNA合成を中断させる作用を持つ抗ウイルス薬)を用いた治療では、発熱開始後 7日以内に投与されるのであれば、発症期間の短縮並びに死亡率を減らす結果となりました。この様な抗ウイルス薬はウイルスそのものの増殖を抑制する薬理的作用機序を持つものですが、様々な副作用から免れ得ず、全身状態の低下した患者に易々と投与できるものではありません。因みに、抗ウイルス製剤に関しては、院長も以前ヘルペス B陽性のカニクイザルを扱った際にはヒトの感染症専門医から薬 (アシクロビル)を貰い、万一の咬傷受傷等の事故時には服用するよう指導を受けましたが、副作用として精神障害を起こす可能性がある旨の能書きの記述があり、脳炎になるのも困るが精神障害もイヤだと思ったことを覚えています。



予防


 作業場やキャンプ地での齧歯類とのコンタクトを排除する事と同様、家屋内や周辺での齧歯類の制御が今日でも第一の防疫戦略となります。密閉された食貯蔵場所や小屋がしばしば齧歯類蔓延の理想的な場所となります。利用の前にその様な空間を開放しエーロゾルを逃がすことが奨められます。実験動物飼育者等に対しては、齧歯類の排泄物に直接接触することを避け、並びにそれから舞い上がるエーロゾルへの暴露を避けるべくマスクを着用することが求められます。


 朝鮮戦争時に国連軍兵士側に多数の患者が出ましたが、従軍者の多くは第二次大戦にも参戦した者と思われます。他の地域で行ったのと同様の感覚でキャンプを行い感染に繋がったものと思われます。第二次大戦中に日本兵が感染した出血熱 (実は後日同じ感染症と判明)に関しては院長はそれを記述する当時の医学雑誌掲載論文をまだ入手し得ていませんが、国連軍の大多数を占める米軍側はその情報を掴んで居なかったのでしょう。


 動物の軍事利用等含め、『軍隊と動物』については後日纏める予定です。








 次回コラムからは、新世界で問題となる ハンタウイルス肺症候群  (hantavirus pulmonary  syndrome HPS)  を扱います。