Ken's Veterinary Clinic Tokyo

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院長のコラム 2020年7月20日 ネズミの話27  腺ペスト 保菌動物






 

ネズミの話27  腺ペスト 保菌動物




2020年7月20日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第10回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 Black Death について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為の、そしてコロナ流行を如何にして制圧するのかのヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第1回目です。

 まずは https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague 並びにhttps://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease) 、その他の記述を参考に、数回に分けて解説を加えて行きましょう。



以下、本コラム作成の為の参考サイト:


ウッドラット

https://en.wikipedia.org/wiki/Pack_rat


プレーリードッグ

https://ja.wikipedia.org/wiki/プレーリードッグ


https://en.wikipedia.org/wiki/Prairie_dog


https://ja.wikipedia.org/wiki/マーモット


シベリアマーモット

https://en.wikipedia.org/wiki/Gray_marmot


腺ペスト

https://ja.wikipedia.org/wiki/腺ペスト

https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague


https://www.etymonline.com/word/bubonic


https://haleveterinaryhospital.co.uk/mice-and-rats-viral-and-bacterial-infections-2/


https://ja.wikipedia.org/wiki/ペスト

https://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease)


http://www.dr-onoe.com/post_477.html

泌尿器科専門医 ドクター尾上の医療ブログ

よこね(横痃)について








https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/79/Neotoma_cinerea

_%28bushy_tailed_woodrat%29.jpg R. B. Forbes / Public domain

Neotoma cinerea(bushy tailed woodrat) フサオモリネズミ


尻尾に毛がフサフサですね。woodrat の仲間は pack rat とも呼称されますが北米大陸の

様々な場所に広がり多種に種分化しています。まぁ、森に住んでるので woodrat モリネズミ

と呼ぶ訳です。ペスト菌の保菌動物となり得ます。




https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/fd/Black-Tailed_Prairie_Dog.jpg

Joe Ravi / CC BY-SA (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)

オグロプレーリードッグ、black-tailed prairie dog,Cynomys ludovicianus

Smithsonian National Zoo Park in Washington, D.C.


プレーリードッグもペスト菌の保菌動物と成り得ます。北米大陸に数種が棲息します。日本

国内でもペットとして飼育されている方もいますし、動物園での展示も多い動物ですね。




https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/13/Marmota_baibacina.jpg

Alastair Rae / CC BY-SA (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)

ハイイロマーモット (Marmota baibacina)


中国、モンゴル、カザフスタン、キルギスタン、南シベリアに棲息します。本種は最大種の1つ

で冬眠前には体重8kgに達する個体も観察されます。地リスとは言ってもだいぶ巨大ですね。

日頃の穴掘り仕事の筋トレで腕っぷしも強そうでネコも喧嘩に負けるかも。これの仲間もペスト

菌の保菌動物です。マーモットのハンターがしばしばペスト菌に感染します。顔つきがオケラ

にちょっと似ている様な気が。






腺ペスト bubonic plague




 ドブネズミは黒死病を惹き起こした原因であるペスト菌の感染の源として主たるものである、と時に誤って考えられています。しかし、実際にはペストを惹き起こすバクテリアであるYersinia pestis イェルシニア・ベスティスは通常は僅か数種の齧歯類にのみ維持され、たいていはネズミノミに拠り人畜共通感染症としてヒトに伝搬されます。現今に於いては、北米での一般的な齧歯類のキャリアーは地リス (マーモット、プレーリードッグ)と ウッドラットです。イヌ、ネコ、ヒトを含めた多くの非齧歯類がそうであり得る様にドブネズミ自体、ペストに罹患する可能性があります。詰まりドブネズミ自身も感染発症し死の転機を辿る訳です。人家周辺で齧歯類や家ネズミの死体が目に付く場合、周辺域でペストが拡大している危険性があります。

 ブレーリードッグに関してですが、数年前にペスト菌保菌動物と認定され、日本国内への輸入が禁止継続となりました。現在国内ペット市場で流通しているプレーリードッグは国内繁殖個体となりペスト菌に関しては安全です。院長は20年程前に研究用途で入手したプレーリードッグの冷凍標本 (死因不明!)を数頭そのまま抱えているのですが、ヘタに解凍するとコワそうで、 ((((((;゚Д゚))))))ガクガクブル  (ちょっと古い?)です・・・。

 中国やモンゴルでは山間部の草地に穴を掘って棲息する齧歯類のマーモット猟(おそらくは毛皮並びに食肉用途)に従事する者の間でペスト発症が散発的に報告されますが、これはマーモットがペスト保菌動物であるからです。

 黒死病を惹き起こす原因となるペストに感染したノミをヒトの居住圏へと運ぶキャリアーと考えられているネズミは現状ではクマネズミだろうと考えられています。人家にてドブネズミがクマネズミに置き換わったことがペスト流行の衰退に繋がったとの仮説が提出されています。しかしながらこの説に対しては、この家ネズミ交替の時期がペスト流行の増大減少時にマッチしないとの理由から、異を唱えられてもいます。

 動物がペストに罹患し直ちに死に絶えればヒトに感染を与えるまでもありませんが、ペストに感染しても即座に全滅する程の臨床症状を示さず、或いは感染・発症への耐性を持ち、伝搬役の外部寄生虫−吸血昆虫−を持つ動物であり、且つ人家に接近、棲息する動物であれば、ヒトに対するペスト菌の重要な供給源となり得ます。家ネズミがそれに該当したと言う事になりますね。まぁ、野生に棲息するペスト菌のキャリアーとヒトとを繋ぐリンクとして機能する訳です。ノミがヒトに吸血したその傷口から菌が入ることで、また罹患者、動物の斃死体からの体液(流出した血液、体液が皮膚の傷口に触れる、或いは咳等で飛散するエーロゾル化した唾液、痰などを吸引)経由にて感染を引き起こす機序になります。

 bubonic とは ギリシア語の boubon (鼠径部、鼠径部の腫れ)に由来するラテン語 bubonis の所有格である bubo  から遅くとも 1795 年までに作られた形容詞で、「鼠径部の腫れが特徴的な」の意味です。性交渉を通じ性器の粘膜を通して病原菌が侵入した場合も鼠径部のリンパ節が腫れますので、bubo や bubonic はSTD (SexuallyTransmitted  Disease 性行為感染症、性病)の中の、梅毒、硬性下疳(こうせいげかん)などの無痛性の、或いは軟性下疳(なんせいげかん)や鼠径リンパ肉芽腫(にくげしゅ)症由来の有痛性のリンパ節の腫脹 (無痛有痛合わせて横痃 おうげん、よこねと総称します)を指す言葉でもあります。ヒトが就寝中にネズミノミが鼠径部付近を好んで吸血し(体毛の中に潜んで吸血?)、付近のリンパ節が腫大することから  bubonic plague ビューボニック・プレイグ 鼠径部の腫れる疫病と命名されたのでしょう。この用語は狭義には腺ペスト (=リンパ腺のペスト)を指しますが、後述する様に同じペスト菌の感染であっても菌の侵入形式や臨床型の違いに拠り、腺ペスト、敗血症ペスト、肺ペストの3つに大別されます。本コラムでは狭義の  bubonic plague ではなく、いわゆるペスト全体について扱います。

 因みに pest ペストとは 英語の plague プレイグに相当する言葉ですが、これらは疫病の意味の他、ペスト菌によるペストそのものを指す言葉でもあります。この様に、ペストなる言葉、それの相当語は、広義の疫病並びにペスト菌に拠る狭義のペスト、の重複した意味を持ちますが、大流行を繰り返した疫病=狭義のペストだった歴史が反映されているからでしょう。注意しておきますが、英語の pest とは病害虫、農業有害鳥獣を指す一般的な言葉です。ややっこしいですね。感染症のペストとは無関係ですので、英語で pest の語を聞いても、これは害虫、害獣のことだと理解し、慌てない様にしましょう!