Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               



























院長のコラム 2020年10月5日


ネズミの話42 腺ペスト 731部隊と細菌兵器







 

腺ペスト 731部隊と細菌兵器




2020年10月5日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第21回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 Black Death について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第16回目です。

 今回は<細菌兵器>としてのペスト感染症利用について、731部隊のお話を軸として解説して行きましょう。ペストに纏わるお話はこれで最終回となります。



以下、本コラム作成の為の参考サイト:


https://ja.wikipedia.org/wiki/陸軍飛行戦隊


https://ja.wikipedia.org/wiki/731部隊

https://en.wikipedia.org/wiki/Unit_731


https://ja.wikipedia.org/wiki/石井四郎



消えた細菌戦部隊―関東軍第731部隊

常石 敬一 (著)  237ページ、海鳴社 (1981/5/1)

ASIN : B000J7YR1W


https://ja.wikipedia.org/wiki/シュールストレミング


生物剤とは_バイオテロに備えて170207HP用.ppt

http://docsplayer.net/113724268-生物剤とは_バイオテロに備えて170207hp用-ppt.html


https://ja.wikipedia.org/wiki/パンドーラー

(以下一部引用)

「プロメーテウスが天界から火を盗んで人類に与えた事に怒ったゼウスは、人類に災いをもたらすために「女性」というものを作るようにヘーパイストスに命令したという。ヘーシオドス『仕事と日』(47-105)によればヘーパイストスは泥から彼女の形をつくり、神々は彼女にあらゆる贈り物(=パンドーラー)を与えた。アテーナーからは機織や女のすべき仕事の能力を、アプロディーテーからは男を苦悩させる魅力を、ヘルメースからは犬のように恥知らずで狡猾な心を与えられた。そして、神々は最後に彼女に決して開けてはいけないと言い含めてピトス(「甕」の意だが後代に「箱」といわれるようになる。詳細は後述)を持たせ、プロメーテウスの弟であるエピメーテウスの元へ送り込んだ。」








https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/ca

/Building on the site of the Harbin bioweapon facility of Unit 731

関東軍防疫給水部本部731部隊(石井部隊)日軍第731部隊旧址 PB121201.JPG

松岡明芳 / CC BY-SA (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)


石井部隊のハルピンの生物兵器施設





*帝国陸軍(関東軍)の731部隊、別名石井部隊に関しては、戦後の軍事裁判記録から相当程度にはその任務内容、また何を実際に行って来たのかが明らかになっています。正式名称は関東軍防疫給水部本部であり、細菌戦、毒ガス戦、防疫、給水を担う組織だったとされています。本コラムは動物関連コラムですので、サワリのみに触れ、その詳細について論考する事は控えます。とは言うものの、そもそも院長は自分で取材して731部隊に関する一次情報を入手しそこから物事を言う力量に無く、他者からの伝聞情報を元に論評するとの域を超える事が出来そうにありませんので、遣るにしても学術的には無価値となるでしょうね。

*情報を得たい方は、例えばアマゾンにて 731 と入力すると多くの書籍が検索され入手も比較的容易です。それらを通じて本コラムにては<敢えて触れていない731部隊の別の問題>についても知ることが出来る筈です。子供の時に、フランキー堺主演の  『私は貝になりたい』  の再放送をモノクロ画面で見て、幼少時だったにも拘わらず内容のシーンの一部を鮮明に覚えているのですが、それにちょっと似た様なことでもあります。しかし731部隊のこの面での責任が戦後曖昧にされ、関係した者が医科大の学長などに平然と就任もしていたのには驚かされます。責任が曖昧にされたのは、米国側が彼らを、また彼らの得たデータを、自国の戦略に使えると判断したからなのかもしれませんね。

*毒物学者であり、かつてマスコミにしばしば登場された常石敬一氏の著作、『消えた細菌戦部隊―関東軍第731部隊』、海鳴社 (1981/5/1) ASIN : B000J7YR1W に掲載されているのですが、ハバロフスク裁判での川島清軍医少将は、陶器製の爆弾にペスト感染ノミを詰めて空中で爆発させ、対象者に被曝させたが、後に確認すると全然感染していなかった、暑さの所為でノミの活動性が弱ったためだろう、旨の証言を確かに行っています(第7章 ペストノミ、p.191)。

*ここに来て考えたのですが、本当の本当に街に単純にペストを流行させたいのであれば、ノミを空中散布すなどの迂遠な方法を採るのでは無く、ペストに感染させた人間を多数街に戻し、ヒトーヒト間の感染を図るのが最大効率的な筈ですが、その様な実験・実戦は行っていません。これは前回触れましたが、モンゴル帝国軍がカファの街の城壁内に感染死体を投げ込んだのとされるのに似た遣り方です。医学のエリート集団でもあった731部隊側(因みに石井四郎大佐は京都帝国大学医学部卒)がこれを考え付かないない筈は有りませんし、嘗ての黒死病の惨状を知らぬ筈もありません。従来の731部隊に関する論評はこのことに対する突っ込みに不足している様に思います。核弾頭の保有と同様に、戦術兵器としての実証、開発を進め、相手側に対しいつでも大量に撒布してお前達を殲滅してやるとの武器、即ち高度な抑止力を持つ兵器、細菌兵器の開発の立ち位置、研究に留まるものであったと感じます。これには局地的にデモンストレーションする或いは侵入した敵側スパイを通じ、恐ろしい兵器を開発中で完成も間近であると相手側に匂わせることも必要になるでしょう。院長は米軍側並びに仁科博士の原子爆弾開発の話が頭を掠めたのですが皆さんはどうお考えでしょうか?







1958年「私は貝になりたい」ダイジェスト

2012/09/11 Ryuji Kimachi

https://youtu.be/3eoum9iEKEk


床屋の亭主が戦争の狂気の中に巻き込まれて行きます。

子供の時に全編見たのですが、これはダイジェスト版ですが

恐怖で途中から見ていられなくなりました・・・。





*病毒性、感染性の強さ、そして戦時下で十分な治療も受けることが出来ない状況を考えると、ペストを戦闘員並びに非戦闘員である一般市民の間に感染流行させて相手方の戦力並びに戦意を挫く、そうしてやるぞと脅しを掛けるとの遣り方は、銃器や爆薬利用のものとは異なった、いわば非火薬、爆薬系のウラに廻った戦争行為と成り得ますが、全て考えられる策を手元に握って置くのは、是非は別として当時の戦略の1つでもあったのでしょう。逆に敵国側が細菌兵器の開発を行っていると知れば、それに対抗する防御手段を講じるべく自国側でも一定の備えを行わざるを得ないことも、戦略的には必要になって来るでしょう。

*少し前の話ですが、米国のペンタゴン(国防省)に勤務する女性研究者が悪臭の研究を行っているとの紹介記事を目にしました。悪臭ガスを戦闘地域に放出して相手の戦意を落とすとの目的です。一時的に作動し相手兵士に身体上の危害を加えないとの策であれば、妙な表現ですが、まだ微笑ましいと言えそうです。スウェーデンにシュールストレミングなる塩漬けのニシンの缶詰があり、内部で発酵が進み強烈な悪臭を発するとのことですが、これなど良いかも知れません。

*戦争行為であれ、テロ行為であれ、感染性微生物を撒布する事は一時的に対象相手方を弱めるのみならず、当該微生物が変異して<手に負えない>型に変異する危険性も有り、自国陣営側のみならず全人類に対して、大きな禍根を遺しかねません。けして開けてはならないパンドラの箱ですね。

*バイオテロに関しては久米田裕子氏が以下に簡潔に纏められていますのでご参照下さい:

http://docsplayer.net/113724268-生物剤とは_バイオテロに備えて170207hp用-ppt.html

生物剤(Biological agents)とは〜バイオテロに備えて〜

大阪府立公衆衛生研究所 久米田裕子









 ペストに関連するお話は今回で終わります。長らくお付き合い戴き有り難うございました!

 しかし、自分の得意とする機能形態学や整形外科分野からテーマ内容が遙かに離れているとは言え、コラムの筆が遅々として進まず、正直なところ苦しみました。執筆している途中で戦慄も覚えましたし、また執筆後に一時的に体調が悪くなりました(只の猛暑の所為だったかも)・・・。この様な按配で、脈絡無く場当たり的に筆を執ってしまい、整理が出来ておらず内容的に重複したり前後するところが多々ありました。お詫び致します。

 動物学や微生物学、感染症の背景知識を持たない者が執筆した中世黒死病の考察、即ち、所謂歴史学徒やハイアマチュアが纏めた記事は、内外 web サイトにも数多見られるのですが、殆どの内容は、方法論的には、基本的に過去の文献を紐解き紹介しつつ (これだけでも相当に勉強になり有り難く感じますが)、それに <文系人間>固有の考察を加えるに留まります。今回のペストシリーズは、それらとは幾らか違った視点 perspective で多少はものが言えたのではと思いますが、如何だったでしょうか?まぁ、人文科学的視点と自然科学的視点を混ぜ合わせた、『ペストと人類史』のテーマでの講義ですね。

 ネズミが媒介する、ヒトに対して重要な意味を持つ感染症のコラムを書き続けると、この先数年は要しそう!ですので、ここで一度切り上げ、次回からはまた哺乳動物学的な、まったりした話題に戻りたいと思います。さて、何をテーマにしましょうか?