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院長のコラム


























 

院長のコラム 2021年7月〜12月掲載分


(テキストのみ)


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*検索サイトからお越しの方は、ブラウザの<ページ内検索>を利用して目的とする用語を見つけて下さい。

*内容についてですが、動物学、生物学、医学に関する一定以上の知識、興味、関心をお持ちの方に向けてのものとなります。








飛べないトリB フクロウオウム




2021年10月15日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。トリの羽ばたきロコモーション付いて見て行きましたが、序でに?翼を使わずに地上生活するに至ったトリのロコモーションについて採り上げましょう。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。




フクロウオウム カカポ Strigops habroptilus



 本種フクロウオウム owl parrot (マオリ語でKakapo カカポ)はオウム目 Psittaciformes に属するトリの中の最大種であり、体重 4kgにも達します。見ての通りで外見はオウムそのものですが、空中飛翔を可能とするまでの力量無く、ニュージーランドの森の中の木の幹の間を跳躍したり、地面に舞い降りたりする程度の<飛翔力>に留まり、この点は時に数メートルの高さに飛翔することもある家禽のニワトリ以下とも言えます。当然乍ら体重が重い分だけ飛翔するのは困難となることはご理解戴けるでしょう。体重 4kgと言うとお茶などの入って売られる 2リットルのペットボトル 2本分ですので、これで空中飛翔させるのは巨大化した翼を備えるしかなく、その方向の機能形態面での改造を行わねばなりませんが、フクロウオウムはキウイほどには至りませんが前肢骨を小さくさせており、飛翔は放擲したトリと言えます。

 前回キウイの項にて述べましたが、元々ニュージーランドにはヒトの入植前には哺乳類はコウモリしか棲息しておらず、地面に降りてもほぼ安全ゆえ、フクロウオウムの祖先も体幹を大型化 (大型化するメリットは多々あります) して飛翔能を失う方向に進化の舵を切ったと考えて誤りでは無いでしょう。トリはその祖先が飛翔生態に特化して一度進化した為、体重を一定以上に増大することに強い制約が掛かっていますが、地表生活が許容される環境では大型化して翼を失う例はそこそこ観察されます。天敵の居る環境では、後肢を発達させて逃げ足を速くしたり或いはそれを武器として敵を蹴り倒すなどの戦略が有効ですが、地上での敵が居ないのであればその様な選択圧は掛からずに、<のほほん>とほぼそのままボディサイズを増大するだけの改変 modification も一つの方途として考えられます。フクロウオウムはそのタイプの進化の産物であった様にも見えますね。

 大型化して地表化することのメリットですが、これは哺乳動物などの大型化のメリットと同様に、体重量当たりの消費カロリーが減り、時間的に始終採食して空腹を満たす必要から解放されますし、翼の維持と運動に費やすリソースを他の面に廻す事も可能になります。飢饉に備えて皮下脂肪を蓄える事も出来ます。一番大切な事は脳重量を増大して智恵を発達させる方向の進化が可能になることなのですが、ダチョウなどを見ても分かる様に、どうも地表に降りても頭部(正確には脳)の比率を大型化させるまでに至った進化は見られません。逆に言えば、トリが地表に降りてからの時間はまだまだ浅いとも言えそうです。実際、フクロウオウムの祖先が飛翔してニュージーランドに到来したのは僅か100万年前ですので、このトリの翼を失った歴史は浅いとも言えます。哺乳類の祖先の哺乳類様爬虫類が現れたのは3億年前になりますが、我々の祖先はそれ以降の長い時間を掛けて哺乳類固有の脳にポリッシュアップして<内部配線を作り替え>、また一部の動物は大型化も成し遂げました。フクロウオウムがトリとしての動物学的制約のカラを打ち破り、一皮剥けた進化を遂げるのはこの先だいぶ長い時間が掛かるのかもしれません。

 尤も、オウムの仲間はカラスなどと同様に言葉を<オウム返し>に覚える事も出来ますし、院長が以前どこかで見たビデオでは、飼い主が指を鳴らした回数を認識して、3回指をパチンと鳴らすと英語で three と答えるなどしていましたので、これがトリックで無ければの話ですが、数量理解に関しての初期の理解の域には達しているのかも知れません。大型化して地表に降りたフクロウオウムはこの先進化して大化けしないとも言えず...。但し、過去には100万頭程度棲息していたとされますが、哀しいことに現時点での確認個体数が僅か百数十頭と絶滅寸前の危機にあるゆえ、何とか個体数を増大させるのが生物種としての当面の課題となっています。現況では陸生哺乳類の居ない複数の孤島に全個体が移され保護下にあります。ヒトがもたらしたネズミ、イタチ、ネコ、イヌなどにとっては飛べないトリが目の前にヨタヨタ歩いているのですから、卵を含め格好の餌食となってしまった結果です。ニュージーランド開拓と牧畜の持つ黒歴史そのものと言えそうですね。




カカポの機能形態



 他のオウムとカカポとの骨格を比較してみると、

@オウムでは前肢骨の長骨(上腕骨と尺骨)が長く、また竜骨突起も突出しそこに付着する胸筋−羽ばたきに必要−も強大であることが見て取れます。


Aそれとは対照的に、カカポでは後肢の大腿骨と脛骨が長さと頑強さに優っています。


Bオウムでは前肢骨>大腿骨長ですが、カカポでは前肢骨<大腿骨長と逆転しています。


Cこれらからオウムは前肢(翼)優先型の飛翔性動物、一方、カカポは後肢優先型の地上歩行型動物であることが歴然としています。


Dカカポの前肢骨は縮小傾向にありますが、キウイほどの退化は示しません。


E胸郭構造がカカポでは華奢な造りに見えます。


F頭部はいずれに於いてもトリにしては大きく強大な造りに見えます。


 月並みな表現になって仕舞いますが、一般的なオウムでは翼優先型と言え、後肢よりも寧ろ前肢即ち翼を発達させている典型的飛翔型動物であるのに対し、カカポでは後肢優先型の地表棲息性に向けて有利な改変を受けている動物であることが即座に見て取れます。外見的にはオウムそのものですが、内部形態は矢張り地表型ロコモーションに向けた改変を受けていることが理解出来ます。飛翔時に飛翔のパワーを発動する胸筋群を付着させ支える為の胸郭構造も竜骨突起含め弱体化している様に見えます。但し、そこそこの前肢機能はあると推測され、キウイの様にほぼ完全に飛翔能力を失ったトリではなく、カカポが実質的に飛べないのは、翼の縮小傾向に加え、ボディサイズを大型化させたことの2つが合わさっての事と思われます。要は、完全に地表性に向けて進化したトリではなく、その中間段階程度にあるトリとも言えそうです。胸筋の酵素活性などを調べてみると面白ろそうです。赤みが減じているのかもしれません。

 オウムもカカポも頭部のプロポ−ションが大きく見えますが、脳重量の比率が他のトリに比べて大きいのかどうか、文献をご存知の方は院長宛にご連絡を戴ければ有り難く思います。もし脳の相対重量が大きいのであれば、それがオウムの仲間の頭の良さに繋がっている可能性はあるかも知れませんね。実際の脳重量と中身の神経線維の構築を見る事がまず大切で、例えば頭蓋骨が大きいからと言って脳実質が大きいとは限りません。前にシーラカンスの仲間の化石を解析して脳腔容積が大きいことが判明し、シーラカンスは<進化>していると考えられていた時代もありましたが、実際のシーラカンスを捕獲して調査したところ、大きな脳腔には油脂が詰まっていたとの話もあります。オウムの場合も強力な噛む力の力学的構造を維持する為に頭蓋骨が強大且つ強靱化している可能性もあり得ます。

 さて、専門的な基礎知識があるとホネを見ただけでそこそこの物言い(妄想?)が可能になります。私の場合は、動物形態学の専門家として単に骨格のみならず筋肉や他の軟部組織の知識もありますので更に深い考察が出来るのかもしれませんが如何でしょうか?話は逸れますが、動物の事をもっと深く知りたい、考えたいとの向きは是非獣医学科に進学することをお勧めしたく思います。









飛べないトリA キウィ




2021年10月10日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。トリの羽ばたきロコモーション付いて見て行きましたが、序でに?翼を使わずに地上生活するに至ったトリのロコモーションについて採り上げましょう。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。



キウ



 キウィと言うと皆さんはキウイフルーツをまず思い浮かべる筈ですが、同じ温帯域にあるニュージーランドにて中国大陸原産の和名オニマタタビを中心とし、その近い種類のものを掛け合わせて品種改良されたものの商品流通名です。大してトリのキウイにも似ていませんが、ニュージーランド、並びにニュージーランド人のシンボルとしてのトリのキウイの名を付けた愛称戦略もあり、一気に世界的に普及した果物ですね。院長が子供の頃には国内では販売されていない果物であり、最初に口にした時には小さな種がじょりじょりする感触に驚き、正直今も苦手とし自分からは進んで食べる事はありません。個人的には果物ではなく何か特殊なカテゴリーの食べ物として捉えています。国内でも庭木として普通に植栽され、園芸店には雌雄株が売られているのを目にします。蔓植物ゆえに藤棚の様な日陰造りにも利用されています。


 キウィは分類自体は、鳥綱の下にキウィ目を作り独立させるのか、或いはダチョウ目に含めるのかどうか、研究者に拠り幾らかはまだ揺れ動いていますが、DNAの比較解析からは同じくニュージーランドに隔離されていたモアよりもマダガスカル島に棲息していたエピオルニス(共に絶滅種)にずっと近縁であることが知られています。現生では5種類ほどが知られていますが、全てニュージーランドの森林に棲息しています。元々ニュージーランドにはヒトの入植前にはコウモリしか哺乳動物が居なかったのですが、ヒトが持ち込んだ各種の哺乳類(ネズミ、イヌ、ネコ、オコジョ、有袋類)などに捕食されますが、現在では保護区内に良好に維持されています。


 キウィのサイズはニワトリ程度の大きさですが、現生の走鳥類 (エミュー、ダチョウ、レア、ヒクイドリ)の仲間では最小の種になります。キゥイ目として独立させようとの考え通りに、他のトリとは形態的にも異なっています。完全に飛べませんが、前肢即ち翼は退化傾向が著しく、前肢骨全体で後肢の指1本程度のサイズしかありません。飛翔筋が付着する場所となる胸骨の竜骨突起が未発達であり、尾羽も有りません。いわゆる羽根の形をしたものは見られず、エミューなどと同様に毛様の羽根を蓑の様に纏います。2本の後肢は発達良く強大で、クチバシの先端に鼻孔が空いています。これは地中の餌を探るのに有利になりますね。自重の20%に達する大きな卵を生みますが、この比率はトリの仲間の内で最大です。飛翔するトリは体重の制限から大きな卵は腹に抱える事は出来ませんが、ひょっとすると、キウィの祖先系が次第に小型化を遂げたものの、卵のサイズが大きい方が生存に有利になるとの選択(=進化圧)が働いて、卵が相対的に<巨大化>したのかもしれませんね。ブラウンキウィでは卵が1個が 450g に達する場合があります。オスが巣作りや子育てを行います。スチュワート島棲息の亜種のみ夜行性に加え昼行性ですが、他のものは夜行性です。日が落ちると活動を開始して地中や倒木にクチバシを差し込み、昆虫の幼虫やクモ、多足類、ミミズ、果実などを食べます。当然乍ら、視覚に頼って餌を見つけるのでは無く、嗅覚、触覚で餌となる虫やミミズを見つけるのでしょう。目とクチバシ部分が地中生活を送るモグラ化しているように感じられます。








飛べないトリとは@




2021年10月5日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。トリの羽ばたきロコモーション付いて見て行きましたが、序でに?翼を使わずに地上生活するに至ったトリのロコモーションについて採り上げましょう。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。




飛べないトリとは



 前回コラムまでに扱ったペンギン或いはガラパゴスコバネウなどを含め、翼での空中飛翔性を失い、各々の生息環境に適応して進化したトリはそこそこ見られます。例えば大変身近な家禽のニワトリ自体がまともに空中飛翔する能力を失いつつあるトリと考える事も可能ですし、同じキジ科のキジやクジャクも地表生活性を強化しています。ヤンバルクイナの様なクイナの仲間も飛翔性を弱めた仲間です。ニュージーランドのキウイやフクロウオウムも飛べない事で有名ですね。他方、広大な平原を備える土地には、走るのに特化しボディサイズも大型化させたアフリカ大陸のダチョウ、オセアニアのエミューやヒクイドリ、新大陸のレアも知られますし、これらは動物園でもお目に掛かれますし、ダチョウやエミューは国内でも家禽として飼育繁殖もされています。過去にはフォルスラコスの様な巨鳥−当然空中飛翔性は失っていた−も棲息していました。これは新生代中新世 (2000-1300万年前)のパタゴニアに生息した肉食性の飛べない鳥ですが、背丈は 2.5m、体重 130kg と推定され、また巨大な頭蓋骨は60cmに達していました。この様なトリに追い掛けられたら恐怖しかありませんね。

 空中飛翔が出来れば捕食者が接近してもサッと相手の手が届かないところに逃げることが出来ますし、水圏の上を横切り移動し、上空から餌を効率よく見つける事もできます。近年、ヒトがドローン機材を用いて、自分たちの街や自然の光景を容易に俯瞰することが出来る様になりましたが、飛翔する生き物は昔からそれが当たり前に出来ていた訳です。まぁ、生態的には圧倒的に特権的地位を得る事が可能になります。

 逆にこの特権を失った場合ですが、捕食者が居ない或いは少ない特殊な環境下で生き延びる、或いは二本の脚の力を利用して敵から逃げ去る、或いは脚やクチバシを武器として相手を制するなどまでに進化しないと、命脈を後に繋ぐ事が出来ません。前回までに扱ったペンギンについて考えてみますと、仮に彼らがアフリカのサバンナなどに放たれた場合、歩行も得意では無く飛翔は全く出来ませんので、即座に捕食されて終わるでしょう。この様に想像すると、ペンギンが絶海の孤島である南極大陸を中心として進化し、そこが<供給元>となり敵の居ない島嶼や辺境の地で分化・放散した事が良く理解出来ると思います。飛翔性を失いましたが、ペンギンは羽ばたき動作は維持しつつ潜水に特化してそれを利用しているトリになります。

 院長の専門が脊椎動物のロコモーション進化の研究ですので、<飛べる vs. 飛べない>の構図は大変面白く感じるのですが、勿論、単に筋骨格系の適応を解析するのみならず、生理機構の進化変遷、また生態への適応、それを裏打ちする遺伝子の解析などを総合的に考えることが大切です。手前味噌になりますが、脊椎動物に関する深い知識を持ち、多面的に動物を理解する力を持つ、獣医学を修めた動物学研究者はその点圧倒的に有利には思います。尤も、獣医学を修めた者の殆どは medical 分野に進出してしまい、動物学に進む者はごく僅かであり、学問の道に入っても各人がこれまた自己の狭い専門属性を究めますので、互いの競争原理も働かず、凡庸な、novely の感じられない仕事を十年一日が如くに行い続ける例も少なくは無い様に見えます。




 飛べないトリ、翼を失ったトリの類いは、不遇な身に在り、自己の才能を発揮し得ない様な苦しい立場にある主人公を描く物語のタイトルとしても屡々利用されて来ました。院長は1970年頃に少年サンデ−誌に連載された 『とべない翼』 を鮮明に記憶していますが、IQが高く自分の窃盗犯罪を一見温和な取調官の前で奸智で切り抜けようとする主人公が、家庭裁判所で悪質だと判定され特別少年院行きになるシーンが大変印象的でした。まぁ、油断させて相手にべらべら喋らせて本性を見抜くとの練馬鑑別所 (通称ネリカン)に出向いた家裁調査官の手口は刑事コロンボと同じに見えました。ちなみに、院長は以前は、ネリカンに道を隔て隣接する都立城北中央公園に昆虫好きの娘を連れてオオスカシバの観察などに頻繁に出掛けていました。

 さて、前置きが長くなりましたが、次回コラムから、現生の或いは近年まで棲息していた飛べないトリ−翼に因る羽ばたき推進力を失ったトリ−についてざっと概観しつつ、各々のロコモーション特性についてもその都度考察を進めるとの段取りで進めましょうか?果たして、<翼を失ったトリの類いは、不遇な身に在り、自己の才能を発揮し得ない様な苦しい立場にある>のでしょうか?









羽ばたきロコモーション 海鳥21




2021年10月1日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。今回はなぜペンギンがマイナス70℃にも達する極寒の地、南極大陸で生息出来るのかについて考えます。



ペンギンの寒冷適応戦略



 コウテイペンギンはボディサイズを大型化しましたが、これは、体重当たりの表面積を減らして体熱の損失を減らすのに適応的です。実際、或る研究者が体熱の損失と恒温性の維持に関して計算したところ、殆どの現生のペンギンはコウテイペンギンの棲息する極寒の環境下で生存するにはボディサイズが小さすぎる事が判明しました。

 温暖な環境に棲息する種を含め、全てのペンギンは上腕叢 humeral plexus と呼ばれる熱交換装置を持って居ます。ペンギンのヒレは腋窩動脈の枝を少なくとも3本持っていますが、冷たくなった血液を温かい血液に触れさせて熱交換しヒレからの熱損失を押さえます。足についても同様の機構の存在が考えられますが、この様に四肢への血流量をコントロールする機構を持つことで、手足の凍結を最低限防止しつつ体熱の放散を防止する事も出来ます。哺乳動物に於いても、例えば極寒の地に棲息するイヌ科のホッキョクギツネも同様の熱交換機構を持って居ます。ちよっとうろ覚えなのですが、この様な熱交換機構はマグロなどにもあると聞いた記憶があります。

 ペンギンの聴覚は他の一般的なトリと同等ですが、混雑するコロニーの中で親子が互いの位置を知るために利用されます。目は潜水中の視覚確保に適しており、第一に餌の位置を知り捕食者を避けるためのものになります。目のサイズは小さく感じますが、極寒の地では大きな眼球は却って凍結の危険性を高めるのかもしれません。フクロウの様に夜間活動する為の受光面積を確保する必要性もなく、小さいサイズで不足も無いのでしょう。地上ではペンギンは近眼であると示唆されていますが、研究成果はこの説を支持していません。

 血液から過剰な塩分を眼窩上腺から濾過して排泄できるのでペンギンは海水を飲むことが出来ます。鼻腔を通じて濃縮された液体として塩分が体外に排出されます。マイナス60℃の氷をついばんで水分を得ると体熱の消費が大きくなります(尿は体温で排泄される為)が、マイナス数度の海水を飲めばまだそれが防止出来ますね。

 以上の様な、形態機能、生理機構的な寒冷適応に加え、行動面で寒冷に立ち向かう方法も取られます。天候が悪化し吹雪きや寒風に見舞われると、コウテイペンギンは密集し合い団塊を作ります。恒温動物が密集すれば互いの発熱が籠もり加温され、外部の寒冷に抵抗出来る様になるとの仕組みです。一列に並んだコウテイペンギンがこの団塊の最外周に加わり、少しずつ中心部に接近して行きますが、加熱し過ぎた個体は中心部から抜け出て外周部に加わるとの、ローテーション、即ち回転式の入れ替わりを行います。中心域は37℃も温度が上昇するとの説も出ています。立位姿勢を取るが故に密度高く集まる事が出来る訳ですが、ペンギンが二足歩行化したのはこの密集化を成し遂げる為の寒冷適応の為であったと考える事も出来るでしょう。周囲が立位を取る他個体で囲まれれば当該個体は頭部のみ寒冷に晒されるに留まる訳です。

 明治時代の厳寒期に八甲田山での大量遭難死亡事故が発生しました(1902年、明治35年に発生、210名中199名死亡、近代の登山史における世界最大級の山岳遭難事故)が、この時もコウテイペンギンに倣い、立位で密集し場所を順次入れ替える策で対応していれば助かる者も多かったかもしれません。院長は生存者の写真を見たことが有りますが、多くは凍傷での両足切断者であり痛ましい姿でした。その他にも山岳遭難事故の記録を目にすると、数名のパーティが雪山で遭難し、最後は低体温由来の脳機能低下に陥り、衣服を脱いで裸になったり或いは錯乱して四方に散ったり、もう私はいいからあなたは逃げてなどと生への意思を低下させてしまい、各々凍死してしまう例が多いのです。脳に向かう血流温が低下すると途端に脳機能が低下してしまい迅速な行動や正しい判断が不可能になりますので、特に頸部に保温装置を装着する方策も取れるかも知れません。遭難時或いは遭難に備え、コウテイペンギンの羽毛を含めた身体構造、行動や生理機構に学べるところが少しはありそうにも思えます。それよりもヒトは寒冷曝露に耐える進化をして居ませんので、雪山になど登らないのが自然の摂理に沿うことであり一番なのですが。

 生物学的な寒冷適応の観点から雪男生存の可能性についてコラム化したいのですが、いつ実現できるのやら・・・。



防寒材としてのペンギンの羽毛



 前のコラムで、気温マイナス60℃の地表から、水温がせいぜいマイナス数度に留まる海水中に潜水すると温泉に入った様に暖かく感じるだろうと述べましたが、確かに水中は温度的にはずっと高いのですが、体熱を奪う効果(熱損失)は空気よりは水中の方が格段に高く、氷の下の海水の中で 40℃弱程度の体温を維持するには余程の<防寒機能>が必要になります。ヒトでも剥き出しの手を氷水に浸すとすぐに骨身に沁みて痛くなる程ですが、炊事用手袋を装着するだけでもだいぶラクになりますが、それと同様のものを備えれば良い訳です。

 ペンギンは体温を保つ為の厚い羽毛の層を持って居ます。コウテイペンギンは最大1平方センチ当たり9枚の羽根を生やす密度ですが、実はこれは南極の環境に棲息する他のトリよりもずっと低い密度です。しかしながら、コウテイペンギンは少なくとも4種類の羽根、即ち、一般的な羽根に加え、後羽、綿羽、糸状羽の3種を別に持ちます。後羽は主たる羽根に直接付着するダウン様の綿羽で、かつては潜水時に体熱を保持するトリの能力はこれに拠るものと信じられていました。綿羽は、小さなダウン羽根で皮膚に直接付着し、他のトリに比較するとペンギンではずっと密度が高いのです。最後の糸状羽は、長さ1cm以下の小さな軸だけの羽根で、先端に放射状に繊維が開きます。糸状羽は飛ぶ鳥に於いては、羽根がどっちを向いているのか、羽根繕いする必要があるのか無いのかの感覚を与えると信じられて来たので、飛ばないトリであるペンギンではそれの存在が矛盾する様にも見えますが、しかしながらペンギンは広範囲に羽根繕いをします。糸状羽が<乱れ>の感覚を伝えるのでしょう。この様な複数種の羽毛の構造や機構を通じ、羽毛の中に空気層がロックされて保たれ、冷たい水から鳥を断熱するのに役立つと同時に浮力を確実に与えます。コウテイペンギンが浮上して加速を付け氷上に躍り出る直前に、体幹から大量の空気の気泡が漏れ出ますが、体幹を絞り込んで径を細くし、水の抵抗を低下させて加速を図る工夫とも考えられます。将来的には、ペンギンの羽毛を見倣い、起毛部分を外気に合わせて適宜傾け、抱える空気層の厚さを調整可能なダウン類似ハイテクコートなどが世に出されるかもしれませんね。しかしながら、この程度の厚さの工夫された羽毛と体熱放散制御機構、或いは未だ解明されていないはずの寒冷適応の生理学的機序のもとに、極寒の地に良く生き延びているものだ、と驚異の念を覚える他にありません。

 ペンギンの黒と白のツートンカラーの塗り分けは、シャチやヒョウアザラシなどの捕食者が水中で下からペンギンを見上げた時に水面の反射の色に紛れ区別が困難となるのに、また空中から見た時に海面に紛れるのに役立ちます。これはイワシの背が青黒く、腹が銀色であるのと同じですね。殆どの種に於いて、約5万頭に1個体の割で黒では無く茶色の羽毛の雛が産まれます。これはイザベラ(色の)ペンギンと呼ばれます。イザベリニズムはアルビノとは異なりますが、ノーマルなペンギンに比べると短寿命で終わる傾向にあります。これは海の色の内に十分にカモフラージュされず敵に襲われ、また他のペンギンから仲間として無視されてしまうからです。アフリカの黒人にアルビノが産まれると非常に目立ちますが、呪術の道具に利用する為に襲われる例が頻発しています。この悲しい事実を連想しました。

 さて、ペンギンの立位二足歩行を扱いましたので、次回からは一度番外編として、トリの二足歩行に視点を移してお話を進める事にします。ペンギンの項は今回で終わります。








羽ばたきロコモーション 海鳥20




2021年9月25日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を見て行きましょう。引き続きペンギンのロコモーションについて扱います。




ペンギンの水中ロコモーション



 水中に潜水するトリには、これまでご紹介してきたウミスズメの仲間の様に、海面にぷかぷか浮かび、おもむろに海面に頭を突っ込んで倒立し、水中へと潜水動作を開始する方法もあれば、カワセミの様に水中の小魚を確認し、それをめがけて空中から急降下して一瞬の内に餌を捕獲し、すぐにUターンして水を蹴って飛翔する方法を取るものもいます。ペンギンは飛翔自体が出来ませんので、南極周辺では氷上から氷の切れ目に顔を覗かした海水面に対し、立位から腹這い姿勢にスイッチングしてその勢いのまま海水面に突入する場合もあれば、立位から突然倒れ込んむ場合もあります。氷の無い場所では、立位で岸壁から倒れ込んで水没する、或いはカモなどの様に海面に水平位で浮かんでいる状態からダイビングするか、になります。

 以前ご紹介しましたが、ケープシロカツオドリ Morus capensis の様な、矢の様に垂直急降下して或る程度の深さに潜水し、そこから羽ばたき、そして足で水を押して水平移動するタイプの潜水法も観察されます (急降下式潜水 plunge-dive) が、ペンギンは頭部含め体幹が横断面が円形に近い弾丸のような流線型を呈していますので、翼の強力な推進力産生も加わり、海面に突入せずとも潜水して直ちに高速で遊泳可能です。潜水時には、翼を大きく背側に挙上してから振り下ろす羽ばたき動作が観察されますが、ウミガメの前肢羽ばたき動作と基本動作は同じに見えます。水中でのペンギンの群れがまるで魚群のように見えます。前肢の羽ばたきのみで前進し、弾丸型の体幹の分節的なブレが全く見られず、エネルギーの無駄がありません。見事なまでに整然とした潜水遊泳です。この様なペンギンの潜水時の俊敏且つ高速な運動性を目にすると、地表でヨタヨタ二足歩行しているのは彼らの仮の姿の様に思えてしまいます。まぁ、水面下でこそペンギンの本領が発揮される訳です。ちなみに、水中での巡航潜水時には足は体幹の後方に配置して動かしません。俊敏にターンするなどの場合には、前肢、頸部、足を利用しての方向転換が行われるのでしょう。

 潜水後に海面まで上昇して息継ぎして再び潜水に入る動作も普通に見られますが、いよいよ<上陸>、特に真っ平らな氷上に上がらねばならないコウテイペンギンでは、<上陸>前に加速を付けて空中へと突撃ジャンプします。これはカツオドリが海中に没入する前に空中で加速するのとは、媒体に関しては真逆です。この上陸前の加速で気泡が多く発生しますが、これは羽毛に貯めた防寒のための空気層を絞り込んでいるからでしょう。体幹を細くして加速し易くするフィニッシュ動作の様にも見えます。この上陸動作は、捕食者に追われた時にも役立ちますね。体幹を水平にして腹這いの状態で上陸しますが、そのままソリの様に移動したり(英語ではトボガニングTobogganing と呼ぶ、トボガン Toboggan とは北米 native の利用する簡易なソリを指す)、その後すぐに直立したりします。



潜水への形態的、機能的適応



 ペンギンの水中飛翔も他の羽ばたきタイプの潜水性を持つトリに等しく、翼を用いる他にありません。但し、空中飛翔と潜水羽ばたきの両者を可能とするトリに比べると、前肢としての翼のヒレ形状化は一段と進み、翼を構成する骨の配列は他のトリとは変わらないものの、個々の骨は短縮傾向を示すと同時に頑丈化しています。前肢には風切り羽根などは無く、<剥き出し>の、幅の狭いヒレとなりますが、一見、ウミガメの前肢形状にも類似します。尤も、恒温動物ならでの高速パドリングを行う事が可能で、高速度並びに迅速な方向転換を示すキレ良い遊泳を行い、見ていて気持ちよいぐらいです。因みに、前肢は、不安定な地表を歩行する際にはバランサーとして利用出来ますが、極寒下のコウテイペンギンの氷上歩行では、前肢はぴたりと体幹に貼り付けたまま前進し微動だにしません。尾も歩行時にバランサーとして利用しているとの説も見られますが、質量も小さく、地表での風よけ、或いは潜水時の舵取り機能或いは水平尾翼としての潜水姿勢安定化に寄与するのではないかと院長は考えて居ます。

 ジェンツーペンギンはトリの中では最速で潜水移動するとされ、餌を探したり捕食者から逃げたりの際に最大時速36kmで遊泳できます。また水深 170〜200mの深さに潜ることも出来ます。尤も、コウテイペンギンも同じ程度の速度は出せそうです。寒冷海水下での数少ない観察例からモノを言いざるを得ませんので、断定的な表現は控えた方が良さそうに感じます。小型種のペンギンは通常は深く潜水することは無く、海面下近くで1〜2分潜水するにとどまります。大型種ほど深く潜水可能で、コウテイペンギンは餌を探しながら水深 550mまで潜水可能とされ、この深さですと、55気圧の水圧が掛かりますが、ペンギンの弾丸型の形状は水圧に耐える造りでもあるのでしょう。体幹の骨格もそれに耐える様な設計が為されている筈ですね。一説に拠ると、この高圧下では体容積が地表の75%にまで縮むとの算定が為されていますが、ひょっとすると肋骨などが柔軟に屈曲して体幹が細くなるのかも知れません。

 コウテイペンギンは無呼吸で20分間の潜水が可能です。クジラ同様に筋肉中に高濃度のミオグロビンを保持し、そこに酸素を貯め込む機構でも持って居るのかなどと考えて居ますが、ペンギンの長時間の息堪えの機構についてご存知の方がおられましたら院長までご連絡を!








羽ばたきロコモーション 海鳥19




2021年9月20日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。今回からペンギンのロコモーションについて扱います。



ペンギンの地表ロコモーション



 前回コラムにて、ペンギンが地表を大方直立位で立つ時には、後肢は実は膝を大きく屈している事、そしてこれはおそらくは、後肢を折り畳んで体幹に密着させ、寒冷への曝露から後肢を守る適応だろうと述べました。従って、外見的には基本的に足 foot 部分のみが顔を覗かせる形になります。

 大型のコウテイペンギンの成体では、平らな氷上での通常の歩行時には、一体化させた<体幹+折り畳んだ後肢>を鉛直軸回りに左右交互に反復回転して進みます。これは上述の様に寒冷曝露への対策とも言えますが、卵や雛を足の甲の上に乗せて下腹部で包み込むようにして前進移動する際にも適応的な歩容です。この際、体幹の前後左右へのプレはあまり観察されませんが、歩幅は稼げません。ふわふわの雪が積もった場所や凸凹した場所ではこの様な歩容では進む事が出来ません。一方、独り立ちしつつある雛鳥や小型のアデリーペンギンなどの場合、足場の悪い場所以外の平らな場所であっても、後肢をやや伸展し、スタスタと歩幅を大きくして前進しますが、この際には後肢は前後方向への運動成分を増し、同時にガチョウの二足歩行時の様な体幹の左右のブレ、即ち rolling が発生するのが明瞭に見て取れます。鉛直軸回りの反復回転性の程度は弱くなります。この歩容はコウテイペンギンが海面下に飛び込む際の加速付けの際や足場の悪いところを進む際にも観察されますが、30kgを超える体重を後肢を伸ばして支えるのは苦しいと見え、基本は短時間の動作に留まります。



 以上を鑑みるに、

 1.寒冷への適応→<ボディサイズの大型化+後肢屈曲>

     →<鉛直軸回りの反復回転性強化+平らな地表への適応>


 2.潜水への特化→後肢の体長軸に沿う配置→地表での立位姿勢


  の2つから、ペンギンの大型化、立位後肢屈曲型歩容が成立した、と考えても良いでしょう。

 暖かい場所に生息するペンギンは、これほどまでには特殊化を示さず−進化の途上にあるのか、<普通>のトリに二次的に戻りつつあるのかは別として−ボディサイズは小型化し、体幹は斜めに配置、足場の悪い凸凹した場所や岩場でもOK、体幹の鉛直軸回りの反復回転性減少且つ rolling 増大、後肢はやや伸展してスタスタ歩く、と言う次第です。即ち、ペンギンの地表二足歩行にもグラデーションが存在し、<ペンギン歩き>と単純に括るのはあまり正確とは言えませんね。まぁ、ボディサイズが歩容に違いをもたらす主たる要因だろうと院長は考えます。体重が軽ければ、後肢を伸ばしてスタスタと歩幅を稼いで前進する傾向が強まる一方、体幹の rolling も増大する、との理解です。

 歩行時の鉛直軸回りの反復運動性はコウテイペンギンでは明確ですが、これが二番目の大きさのオウサマペンギン (体重はコウテイペンギンの半分程度の10〜16kg程度)になると、一気にこの傾向が弱まり、上記の様な歩容となります。本邦のさる動物園でオウサマペンギンに行進させるのを売りにしている施設がありますが、積もった雪の上をやや大股に、体幹を大きく rolling させながら進むのが観察出来ます。まぁ、運動不足を解消させるのにも、もって来いでしょうね。。コウテイペンギンではこの様な運動は<拷問>になるのかも知れません。

 寒冷地に棲息するコウテイペンギンやオウサマペンギン、アデリーペンギンでは、地表では立位歩行の他、腹這いになり足で蹴り進めて氷上や雪上をソリの様に水平に滑り進む動作も観察されますが、これは水中での遊泳動作を地表で短時間行う動作と言えそうです。長距離をこの様な水平姿勢のままで進むことはありませんので定常的なロコモーションとは呼べないでしょう。但し、ヨタヨタと二足歩行するよりは素速く、省エネで進めるのは確かに見え、これがスムーズに行える場所ではそこそここの動作で前進します。トリの行う、空中飛翔、潜水遊泳の中間的な、地表滑空とでも呼べそうな動作です。まぁ、ペンギンにしてみても他のトリと同様に本来的に地上歩行が苦手、いや、その太って丸い体幹を考えると、実は他の一般的なトリ以上に二足歩行が苦手と言える様にも思います。この辺りは、地上を時速60kmで疾走するダチョウやレアなどとは対照的です。

 地表では直立位か水平位かのいずれかで前進し、スイッチが瞬時に切り替わるのが面白く感じます。余談ですが、院長が観察を続けているアジアのコロブス(葉食性のサル)の仲間のアカアシドゥクラングールやキンシコウでは、体幹を水平にしての四足歩行と、体幹を鉛直にしてのぶら下がり移動や二足歩行との間をスイッチングし、体幹を斜めの姿勢にしながら前進する例は全く観察されません。ロコモーション時の体長軸が90度に瞬時に切り替わる訳です。

 情報収集装置である頭部は基本的に常に進行方向に向けている必要性があります。この為、ペンギンに於いては、立位で反復回転して進むその体幹とは逆方向に頭部を回転して方向を前方に保つ動作が行われています。実はヒトの二足歩行時にもこれが行われていますが、行って居る当人は全く意識せずにこの動作を行って居ます。胸郭の回転方向とは逆の回転を起こして前進していることになります。この様な立位歩行時の体幹の分節的な回転性については、院長の昔からの研究テーマの1つですので、この先、二足歩行ロコモーションのコラムにて詳述する予定です。ペンギンの二足歩行性の進化の解明は、ヒトの二足歩行成立へのヒントを与える様に考えて居ますが、論文発表前ゆえ詳細はここでは述べることができません。ご了解下さい。








羽ばたきロコモーション 海鳥18




2021年9月15日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。前回に続きペンギンの仲間を扱います。



オオウミガラスとは?



 前回、元々のペンギンの名はオオウミガラスに与えられたものでしたが、オオウミガラスの絶滅に伴い、よく似ている現在のペンギンの方を指す言葉になった、とお話ししました。それでは本当にオオウミガラスとペンギンとはよく似ているのでしょうか?2者を比較する前にオオウミガラスはどの様なトリであったのか、その実態に迫りましょう。

 既に絶滅してしまったオオウミガラスですが、少し前にご紹介したウミスズメ科のトリの仲間ですが、他のウミスズメ科のトリよりは格段にボディサイズが大型で、全長約 80cm、体重 5kgに達します。南半球のペンギンに類似して、身体の背中側の毛色は黒く、腹側は白色です。クチバシは大きめです。翼はやや小さめで、全く空中を飛翔する事は出来ませんでした。

 交連骨格標本 (組み立てた骨格標本)が欧米各地の博物館等に遺されていますが、それを観察すると、実際、前肢骨の造りが幾らか短めに見えますが、上腕骨を胸に引きつける胸筋群の付着の場を与える胸骨の竜骨突起は強大に発達し、潜水時の強力な羽ばたき推進力を得ていたことが判ります。首はウミガラスなどと異なり短く、体幹は一体化を強めて弾丸用の形状です。後肢が体幹の後方に突き出ているのは、潜水時にカカトから先を背腹させての推進力を得るのに有利ですし、またそれは自ずと地表或いは氷上での立位を招きます。まぁ、確かにペンギンには他人のそら似でよく似ています。

 遺伝子解析からは現生のオオハシウミガラスに非常に近縁であることが判っています。但し、オオハシウミガラスの方は、他のウミスズメ科のトリと同様に空中飛翔も潜水もどちらも得意とします。オオウミガラスは他のウミスズメ科のトリと同じく、普段は海上で生活し、繁殖期のみ上陸して産卵し雛を育てていましたが、飛べないことに加え、ヒトを怖れずに居たために、こぞって乱獲されてしまい絶滅の道を辿るに至りました。陸上或いは氷上を拠点として、採餌の時のみ海中を潜水するペンギンとは、この点が異なっています。

 現生のウミガラスの交連骨格標本と比較すると、オオウミガラスは首(頸椎部分)が短く、またクチバシの高さが高くなっている点が目に付く違いですが、他の特徴は大方類似しています。

 少ない画像からの推論に過ぎませんが、院長としては形態面からは、どうしてオオウミガラスが飛翔出来ず、他方ウミガラスが飛翔出来るのかの違いが読み取れませんでした。これから考えると、オオウミガラスはボディサイズが大型化した為に、空中飛翔するパワーが出力出来なくなっただけではないのか、と推論です。ボディサイズの大型化は重さ当たりの体表面積を格段に下げるのに貢献し、寒冷環境に於いては生存に有利になります。南極大陸周辺の寒冷地に棲息するペンギンほど大型化するのと同様です。ヒトを含めた外敵の殆ど居ない環境では、空中を飛んでも餌は採れないため、採餌動作としての潜水に絞り込んで生活するのは合理性が確かにあります。斯くして、飛翔性を失うに至ったのではないでしょうか?



ペンギン vs.オオウミガラス



 立位姿勢を取らせたペンギンの交連骨格標本はどこの国の博物館でもごく一般的に見ることが出来ます。いずれも立位時に膝関節を大きく屈していることが良く判ります。人間がウサギ跳びをする時に膝を大きく屈するのに似ています。外見的には立位の胴体の下にペンギンの足先が顔を覗かしている姿しか見えませんが、中身は後肢を大きく屈している訳です。これは一つには、寒冷環境に出来るだけ後肢の曝露を避ける適応と思われます。トリでは、空中飛翔中に胴体部分がブレない様に、胸郭と骨盤が互いの可動性が低く、飛行船の胴体の様な一体化した構造ですが、更に外部に突きだした後肢を屈して体幹と出来るだけ一体化せんとの工夫でしょう。氷の下の海水に潜水中は、後肢を体幹後方に突きだして足を背腹に往復してパドリングして推進力産生の足しにしますが、海水温はせいぜいがマイナス数℃程度であり、氷上のマイナス60℃などに比べたら温泉の様な暖かさかもしれません。後肢も伸ばせる訳です。地表或いは氷上ではこの様に後肢を大きく屈した姿勢(肢位と言う)ゆえ、一体化した体幹+後肢の末端に足が出ている形になり、どうやって二足歩行するのかと言えば、体長軸、即ち鉛直線回りにこの一体構造を左右に反復回転して距離を稼ぐしか有りません。後肢を縮めているので歩幅も稼げずに、ペンギン特有のちょこまかした二足歩行になってしまいます。

 これに対し、古くから遺されて来たオオウミガラスの交連骨格標本では、大腿骨と下腿骨は90度程度に維持されています。現生のウミガラスの立位時の骨格標本でも同様の肢位を取らせています。二足歩行時には、後肢の自由度がまだ大きく、また歩幅も大きく取れますので、同じ様な性質の歩行を行うにしても幾らか効率良くは進めそうに見えます。

 その他の骨格要素の違いとしては、ペンギンでは肩の関節と胸骨の竜骨突起を繋ぐ烏口骨(うこうこつ)が頑丈に発達し、オオウミガラスのそれが小振りである事とは対照的です。ちなみに肩関節からカーブしながら腹方に伸びて左右で合する骨は鎖骨です。鎖骨はペンギン、オオウミガラス、ウミガラス共に発達が良好です。また、ペンギンではその外観からは予想されない様に、結構な合計長の頸椎を持って居ますが、オオウミガラスラでは全体長が明らかに短縮しています。ウミガラスもペンギン同様に長い頸部を持ちます。

 この様な、外見からはちょっと分かり難い骨格の違いはありますが、系統関係の離れるトリが、極地近傍の寒冷環境に棲息し、体幹を大型化させ、空中飛翔性を失い潜水に特化し、直立的な二足歩行化を行う、との共通点が有ります。これは、南北と地球の両極の対極に位置しながらも、寒冷環境に適応した結果、似た様な形態、そして恐らくは生理機構を獲得するに至ったとの、適応放散を通じての収斂現象の結果と考えて良かろうと思います。と言いますか、全くの交流を持たないトリの間で、これほどまでの類似した方向に進化したことに院長は驚かされもします。只、寒冷環境に強力に適応したのは矢張りペンギンに軍配が上がります。これは例えば、ペンギンでは産み落とした卵は、すぐに両足の上に乗せて体幹下腹部で包むようにして保温し、孵化した雛鳥も同様にして保温する習性がありますが、これは巣作りの素材すら得られず、足の下は氷しかないペンギンの生息環境への適応行動でしょう。オオウミガラスが他のウミスズメ科の仲間と同様、繁殖時に上陸し、巣の上に産卵したのとは大きく異なっています。まぁ、オオウミガラスは真のペンギン化する進化の 2歩ほど手前にあった様なところでしょうか。

次回コラムではペンギンのロコモーションついて見て行きましょう。








羽ばたきロコモーション 海鳥17




2021年9月10日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。今回から皆様お待ちかね!のペンギンの仲間を扱います。これまで潜水動作を示す幾つかのトリをご紹介して来ましたが、それに特化したペンギンの本家登場との次第です。



ペンギンとは何か?



 ペンギンは南極海域を主たる棲息場所とする飛べないトリの仲間ですが、ガラパゴスペンギンのみ僅かに赤道を越えたガラパゴス諸島に棲息しています。実はガラパゴス諸島は赤道直下にありながらも、南極から北上するフンボルト海流が南米大陸の西岸に沿って進む先に位置します。ガラパゴスペンギンの祖先も南極周辺海域からその潮の流れでガラパゴス諸島に行き着いたと考えて良さそうです。全種で濃色と白とのコントラストの利いた羽毛に覆われ、翼は泳ぐ為のヒレとなっています。潜水してオキアミ、魚、イカや他の海棲生物を捕獲します。大まかには、陸上と海中とで半々の時間を過ごします。

 最大のペンギンは寒冷環境下に棲息する コウテイペンギン the emperor penguin Aptenodytes forsteri ですが、成体で身長が平均  1.1m、体重は 35kg となります。こんなに重ければ空中を羽ばたいて飛ぶのは不可能ですね。 最小種は コガタペンギン the little blue penguin 別名 the fairy penguin Eudyptula minor  ですが、立位時で高さ 33cm、体重は約1kgです。こちらは ニュージーランド周辺並びにオーストラリア大陸南岸の温帯域に棲息します。地表歩行時に直立せずにやや前傾姿勢で歩行するので、原始的なペンギンの形態を保持しているとも考えられます。即ち、ボディサイズが小さい故に、立位を取り体長軸を鉛直線に合致させる必然性が薄かったが故に、一般的なトリに近い姿勢を保持するとも考えられるでしょう。即ち、ペンギンとして大型化すればするほど、体重心をを鉛直線上に配置し、歩行時のバランスを取り易くするとの作戦です。因みに、ヒトでも然りなのですが、立位になれば重力が下腹部に掛かり、臓器脱(直腸ヘルニア、子宮、膀胱ヘルニア)、血行不良(痔疾、下肢静脈瘤など)も来し易くなり、二足歩行は進化している、万歳!と単純に考えるのは浅慮に過ぎると思います。コガタペンギンに関しては、立位に向かう途上にあるとも、逆に立位だったペンギンが小型化するに伴い、二次的に一般的なトリの姿に戻りつつあると考えることも可能な訳です。

 現況では、大型サイズのペンギンほどより寒冷な場所に生息し、小型のものは温帯或いは亜熱帯域に棲息します。有史前のペンギンには、ヒトの身長と体重に同じな巨大種も居ました。ペンギンは亜南極域で非常に多くの種に分化を遂げましたが、少なくとも1種の巨大ペンギン種が赤道の南 2000km周囲の海域に 3500万年前に棲息していましたが、当時の気候はは現在よりも明らかに温暖でした。

: 現生のペンギンはペンギン科の6属17〜20種とされますが、ペンギン目にはペンギン科のみが存在します。詰まり、1つの目に20種程度のトリしか存在しない、孤立し閉ざされた狭い仲間たちとも言えるでしょう。哺乳動物の目 (もく order) で言えば霊長目に20種程度しか居ない(実際には我々ヒトを含めて霊長目は250種程度の大所帯です)のに匹敵しますが、実は哺乳類の分類の目とは異なり、トリの分類の目の間には互いに大きな違いが存在せず、哺乳類の科 (か family) 程度の違いしか無いとの意見もあります。トリに関連する web 上の記事を読むと、分類の目や科の帰属が研究者毎に大きく変動することに気が付きますが、これは、遺伝学的な解析が十分には進んで居ない事に加え、遺伝子自体の絶対的な差異が小さく、その僅かな違いを元にモノを言う故のばらつきが出ることもあるからなのでしょう。飛翔すると言うことで絞りに絞られた少数集団のトリの先祖、即ち同じ遺伝子を持つ集団から派生して、飛翔せねばならないとの強い環境圧が常に継続する中で、大きな遺伝的変異を生ずることなく、生き延びて来た集団がトリそのものである、と考える事も出来るでしょう。或る意味、少数精鋭集団とも考えて良いでしょう。これは、進化の初期の時代にトリとしての基本的設計が(おそらくは急速に)完成の域に達し、そのタガの元で後に幾らかの遺伝的放散を見たとも言い換える事が出来ます。ペンギン目はミズナギドリ目 (アホウドリ、ミズナギドリ、ウミツバメなどを含む)に一番近縁ですが、ペンギン目のトリが全て空中を飛べず、潜水が巧みであるのに対し、ミズナギドリ目は完全飛翔性で且つ潜水は行いません。まぁ、血は近いですが運動面での遣る事が大きく違っている訳ですね。しかし行う動作は類似していて、羽ばたき動作で前方推進し、漕ぎ進める媒体が空中と水中の違いに過ぎない訳です。<ちょっとした>スイッチの切り替えで、運動面での一見大きな違いが生まれたのでしょう。



 現在ではペンギンを知らない人はほとんど居ないと思いますが、実はペンギンが世に知られたのはそれ程昔の話ではありません。元々、北極海、北大西洋、更には地中海の西部まで幅広く棲息していた飛べない潜水性の大型海鳥であるオオウミガラス Great aukPinguinus impennis (ウミスズメ科、学名は) をスペイン語で penguigo (太っちょ)と呼んでおり、この語は16世紀には使用されています。大航海時代が幕明けし、南半球を航海したヨーロッパ人がペンギンを目撃し、ああ、ここにも北半球のペンギンの仲間が居たと同じ名で呼んだのが由来であり、一方、オオウミガラスの方は乱獲により17世紀ごろから激減し、1844年には絶滅してしまい、ペンギンが元々とは違う南のペンギンを指すに至った訳です。オオウミガラスを指す英語のペンギンの名の由来については、ウェールズ語の、頭の白いトリに由来するとの説も存在し、統一的見解に収まってはいません。オオウミガラスの現在の属名である Pinguinus はラテン語の太った、脂ぎったに由来しますが、スペイン語の、太った、と同根です。

 因みに、オオウミガラスの骨格標本は相当数が現存しており、本物かどうかは不明ですが、日本円で30万円弱程度で交連骨格標本が売りに出されている web サイトを院長も見ています。1844年に捕獲された最後の1羽は剥製として、スコットランド、グラスゴーの Kelvingrove Art Gallery and Museum に今も遺されています。確かに一見するとペンギンそのものに見えます。剥製自体は70体程度が各地に現存しています。

 オオウミガラスの方は西ヨーロッパ或いは北米東岸の沿岸地域の住民には知られたトリだった訳ですが、実際に文明国の人々が現在のペンギンの実物を見たのは、南氷洋での捕鯨船が持ち帰った個体が動物園や水族館で飼育・公開され、その可愛らしい様子からキャラクター化もされた20世紀に入ってからの事とされています。現在では各地の動物園などで、温帯域に棲息するが故に飼育し易い小型のペンギンである、ケープペンギン属 Spheniscus の、ケープペンギン African penguin  Spheniscusdemersus (体長70cm程度の中型)、  フンボルトペンギン Humboldt penguin Spheniscus humboldti などは極く普通に見る事が出来ます。

 次回コラムではペンギン vs. オオウミガラスの南北対決−どこが等しくどこが異なるのか−に絡めてお話を進めましょう。








羽ばたきロコモーション 海鳥16




2021年9月5日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。カモのロコモーションのお話の続きです



カモの地上ロコモーション



 キンクロハジロやカイツブリの様な、後肢を体幹の後方に据えてパドリングする泳法(後肢伸展維持型)に適応しているトリであれば、その状態とは90度後肢の配置を変えて体幹の腹側から地面へと突き出す地上歩行には、後肢の筋骨格形態は適応的ではない可能性があります。実際、カイツブリの仲間はヨタヨタどころかまともに地表を歩くことが出来ません。空中飛翔するか水面に浮上する或いは潜水するかの性向が非常に強く、地上歩行性を捨て去った変わったトリとも言えるでしょう。多くの海鳥は空中飛翔と海面或いは潜水で殆どの時間を過ごし、上陸するのは繁殖期の営巣時に限定されますが、それでも一応は地表を歩くことが出来ます。カイツブリは営巣自体が水面上に枯れ草などを盛り立てて巣を作ったりするぐらいで、余程地表が苦手の様に見えます。体重も軽いですので、その様な営巣も可能な訳ですが。

 潜水動作を全く行わないマガモ並びにその家禽化されたトリであるアヒルは、歩行時には鉛直軸回りに左右に体幹を目立つ様に振り (= yawing ヨーイング)、尻を振りながらのヨタヨタした歩行を示します。この時には体幹−トリの胸郭と骨盤は構造的に一体化して飛行船の胴体の様に一塊で運動します−はほぼ水平位に保たれており、進行方向軸回りの回転即ち rolling ローリングの発生は目立ちません。このヨーイング発生は、片側の足を着地して地面を後方に押すときに生じる体幹の回転−例えばボートの片側を櫓で漕ぐと船体は櫓側への回転運動を発生します−を、股関節回りの筋で逆回転を起こして解消し、体幹の向きを一定して前方に保つ機能に乏しいことを意味します。因みに、我々人間が二足歩行する時には個体差はあるものの骨盤を鉛直軸回り左右に回転させます。例えば右足を空中に浮かせて前に進める時(遊脚期と言う)には、骨盤は左に回転しますが、そのままだと右足のつま先も左側に回転して着地してしまいますが、この時には無意識的に右脚を股関節回りに右に回転させ、つま先の軌跡が後ろから前へと進行方向にまっすぐな平面上を進む様な動作が行われているわけです。これは歩幅を稼ぐのにも役立ちますし、また前方推進力を得るためにも効率的です。骨盤のyawing に対して全く意識せずに後肢を逆 yawing させている訳ですが、その様な筋の動きが生得的に脳に仕組まれている話になります。アヒルにはそれが未熟な状態にあると言っても良いでしょう。水面を左右交互にパドリングして進む時には、体幹のヨーイングは目立ちませんが、これは左右交互に細かくパドリングしてブレを軽減すると同時に、体幹の持つ水の抵抗性がこれを打ち消して問題にならないからかもしれません。

 因みにダチョウやレアなどの大型の走鳥が地表を走る場合、この様な体幹の揺れは生じず、安定且つ効率的に前進が可能です。体幹が左右にヨタヨタとブレる様では高速走行もままならず、機能形態面、運動制御面での改良が進んだのでしょう。ヒトでは骨盤の yawing が発生し、走行時には無駄なエネルギーの費出になりますが、これを如何に抑制して走るか−ダチョウ型走行の取り入れ−が陸上短距離種目の1つのカギと言えるかもしれません。院長の見た限りですが、ウサイン・ボルト選手には疾走時の骨盤の yawing が殆ど感じ取れませんでした。これが有利に作用している可能性はありますが、ボルト選手の場合は脊柱側弯症に由来する骨盤の非対称的な動きがあるとも指摘されており、更に解明を進めた方が良さそうです。以上、走るトリのコラムにて詳述する予定です。

 他方、カモの仲間に一番近い分類群のガチョウの場合ですが、地表歩行を前方から観察すると体幹が左右に明瞭にブレ、またこれと同時に鉛直軸回りの回転運動も発生します。これは接地している脚の側に体幹がローリングすると同時に、その脚回りにヨーイングが発生する歩行ですが、アヒル以上に稚拙な歩容と感じます。エネルギー面でも、体幹に余計なブレを発生させずに進行方向のみに移動させるのが得策です。ローリングの発生は、ボディサイズが大きく体重が重いので、左右交互に後肢1本で体幹を支えるのが困難度を増してしまうからかもしれません。



動揺歩行  swaying gait  とは



 アヒルの歩行の話のついでに、ヒトの動揺歩行 (動揺性歩行とも) と呼称される歩行について少し触れておきましょう。実は生き物それぞれにはロコモーション時にメインとなる体幹の反復回転運動の軸が定まっては居ますが、直交する3軸回りの回転は全て発生し、瞬間瞬間の回転軸の配置は各軸回りの運動を合成した運動の軸となります。従って厳密に言えば、推進力を稼ぐための反復回転性以外の運動成分を含みます。メインの回転性以外の運動性を無駄なものである、余計なブレが起きていると考える時、その運動性を<動揺>と定義する事も可能です。そして、この動揺の程度がノーマルな値を超えていると視認される場合には、その様なロコモーションを動揺性ロコモーション、ヒトの場合には動揺性歩行と大雑把に呼称することになります。この考え方は身体の各パーツの運動性についても当てはめることが可能で、例えば、体幹の動きが正常な範囲にあっても、後肢だけ特異な運動性を示す場合もあり得ます。尤も、四肢含めて或る部分の動作が異常であれば、それは目立たずとも必ず身体の他の部位に波及して影響はしている筈ですが。院長コラムのイヌの変形性股関節症などの項でも採り上げましたが、歩容 gait を見れば、患者、患畜のどこに異常が起きているのかを、その道のプロであればほぼ一瞬で確実に絞り込む事が可能です。

 筋ジストロフィー患者等に観察される歩容 gait の場合ですが、各患者さんの病型や進行程度に拠り個人差はありますが、片足を地面から挙げて前に降り出す時(遊脚期)に、挙上の高さを稼ぐと同時にバランスを保つべく、体幹全体を反対側(接地している側)に傾けてしまう歩行を行い、これを左右交互に繰り返すと、前方から見た時に体幹が時計の振り子の様に大きく左右に反復回転して見える事を言います。体幹が鉛直軸回りにではなく、前後方向軸回りに反復回転する動作 (= rolling  ローリング)になります。即ち、体幹回転の軸性がアヒルの歩行の振れとは大きく異なり、どちらかと言えばガチョウの歩行に近いですね。実はこの歩容を動揺(性)歩行と呼称するのも、まだ曖昧性を含んでおり、より正確には異常運動の軸性を明確にしてローリング歩行  rolling gait とでも呼ぶべきですね。因みに横軸回りの回転運動は pitching ピッチングと呼称しますが、四足哺乳類が平地を疾走するロコモーションの際には、四肢と体幹を含めこれが主たる軸性になります。

 筋ジストロフィーに関しては、https://www.kensvettokyo.net/column/202002/20200201/ のコラム含め8回に亘り詳細に解説していますのでご覧ください。

 因みに、アヒル歩行なる医学用語は、英名 goose gait, 或いは waddling gait で表記され、アヒル歩行では無くガチョウ歩行と和訳するのが正しいのですが、これは、神経麻痺や筋の障害(筋萎縮など)に拠り足関節の背屈筋が正常に動作しない為に遊脚相で下垂足(つま先がダラッと下がってしまう)を呈するところを、足先端部が床面に接触しない様に患肢を通常より高く挙上し、また踵着床時に足底部が床にペタペタと着いてしまう歩容がガチョウの歩行と似ているところから名付けられものです(南山堂Promedica より引用並びに一部改変)。筋ジストロフィーの場合は、足の背屈筋のみならず全身の筋が萎縮しますが、同様の歩容が発生することになります。この名称に関してですが、元々からして、ヒトの疾患の症状を動物の名前を冠した名で呼称する自体が適切であるとも思えませんので、この様な呼称はもう止めるべきでしょうね。歩容を語るにしては残念ながらロコモーション的な視点、特に運動軸性の概念に欠如している呼び名にも見えます。 

 上にも述べましたが、正常歩行時のヒトの骨盤は鉛直軸回りに反復回転し、胸郭はこれとは反対に回転しますが、後肢は進行方向軸に沿って振り出され進みます。これは股関節が骨盤とは逆方向の鉛直軸回りの回転を発生させている為ですが、これで後肢を左右にブラさずに効率よく前方に進む事が出来る訳です。筋ジストロフィー患者の<ローリング歩行>時には、この様な体幹並びに後肢の鉛直軸回りの各反復回転性、即ちヒト型の歩行は基本的に全て維持されています。まぁ、正常な gaitに異常な運動成分が加わり、その異常部分が目立つと言う訳ですね。

 二足歩行と言っても色々なタイプがありますが、ヒトの二足歩行の進化、即ちヒト型二足歩行の進化は院長の専門とする分野であり、後日別コラムで纏める予定です。









羽ばたきロコモーション 海鳥15




2021年9月1日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。カモの仲間の続きですが、ぼちぼちロコモーションの話に入りましょう。



カモの水中ロコモーション



 冬期に上野の不忍池−古江戸湾のどん詰まりの生き残り−に飛来する各種のカモを観察していると、オナガガモが体幹を直立させて身体の前半分を水没させて餌を採るシーンが普通に観察されます。尖った尾羽を上に突き立てて<垂直半分潜水>を行う訳ですが、マガモはどうかと言うと、そこまでの明確な<垂直半分潜水>は行わない様に見えます。いずれにしても、この様な方法で川底或いは湖底にクチバシが届く、水深の浅い場所で無いと採餌は困難になりそうです。ハクチョウは長い首を利用可能な分だけより水深の深い場所でも餌が採れますが、ハクチョウの首が長いのも無用に長い訳では無く理由があることが改めて理解出来ます。jまぁ、いずれも潜水は出来ませんので、小魚を捕獲して食べるのも得意では無いでしょう。浅場で植物を食べるのがメインと考えて良さそうです。院長の小学校ではアヒルが飼育されていましたが、近くの溝で玉網で捕獲した鮒−当時は農薬の大量消費時代以前であり、都区内でも<その辺>の用水路や溝を掬うと鮒ややドジョウ、ヤゴなどがわんさか捕獲出来る良い時代でした−を与えると喜んで食べました。アヒル自身では俊敏な動きをする魚を水面から首を突っ込んで捕獲するのは得意そうには見えませんでした。

 これらのトリに対し、北極圏には氷の穴から寒冷な海中に羽ばたいて潜り、10m 下の海底にびっしりと固着するムール貝を捕食するカモが存在します。この様な氷に閉ざされた場所では餌は海面下にしか有りませんのでダイビングする以外の生存の道は無く、推進力を得るために羽ばたき動作を行うものと考えられます。帰路に海面に向かって浮上する際には羽ばたきも脚でのパドリングも行わず、大きな浮力が作用していることが分かります。身体の中に空気が多く詰まっているのでしょう。これ故に水底に達するためには翼を利用して懸命に羽ばたく必要があるとも言えそうです。但し、この羽ばたき動作自体が稚拙に見え、また羽ばたきの反動としての体幹の背腹方向へのブレも大きく、エネルギー効率からみると習熟した潜水羽ばたきには見えません。水底にある餌を採る点で、マガモなどの採食法の延長線上に位置する様に見え、基本的に潜水して水平方向に移動して小魚などを追い求める潜水動作ではない様に見受けられます。これは海女がターゲットとする海底のアワビやサザエ−移動性に乏しい−を捕獲するのと同様に、基本的に垂直潜水。垂直浮上型の遊泳と言えそうです。水中を横方向に移動して逃げる魚を追い求める巧緻性の高い潜水ではなさそうな訳ですが、尤も、この先に進化してウミスズメ科のトリやカツオドリなどの様に潜水を巧緻化させ、水平移動も巧みとする可能性はあるでしょう。

 ここに来て思い出しましたが、40年程前にTVのドキュメンタリー番組で見たのですが、沖縄の或る離島出身で本土でサラリーマンをしている男性が故郷の海で素潜りしてカメを捕獲するシーンが放映されました。離島の掟で、素潜りしてカメを捕獲する事が一人前の男であると認められる通過儀礼であり、男性はこれに挑んだ訳です。海面下を水中移動しタイマイの様なカメの捕獲に成功したところで番組は終わりましたが、この様な潜水・水平遊泳での漁法は沖縄の猟師には極く一般的な事なのかもしれませんね。ヤスで魚を突く、魚群を網に追い立てるなどの際に水平型の潜水が行われそうです。まぁ、海女のスポット的な垂直往復漁法とは性格を異にする漁法です。トリの潜水動作を考える過程で、海女の潜水漁法の特徴が明確に<浮上>しましたね。



 話を元に戻しますが、小型のカモであるキンクロハジロ Tufted duck,  Aythya fuligula は、完全に体幹を水没させての潜水が巧みであり、体幹の真後ろに後肢を配置したまま、足ゆびを大きく開いて大方左右同時のパドリングを行い、水中を上下左右自在にスイスイと進む事が出来ます。この時に翼は利用せずに畳んだままです。俊敏な各方向への動きが出来ますので、ウなどと同様に小魚などを追い求めて捕獲する事も可能な筈です。因みに、キンクロハジロよりもずっとサイズの小さいカイツブリ (これはカモの仲間ではありません)の潜水動作中も、似た様な後肢の利用を行います。この後肢の利用法は、カツオドリが後肢を腹の下側に屈してから後方へと伸展して後方に水を押しやる方法(後肢屈伸動作型、向きは異なるがカエルの脚の動作に似ている)と異なり、船が船尾に取り付けたプロペラで推進力を得る方法(後肢伸展維持型、ヒトのクロール泳法の後肢動作もこの一種)にも似ていて、不要な水の抵抗を産まない点でより効率的な遣り方でしょう。アザラシの後肢も体幹の真後ろに配置して足の平を叩く様にして、前肢のパドリングに拠る推進力産生の助けとしますが、この動作に類似しています。

 この様に同じカモの仲間とは言っても、潜水能力の差異が大きく、水面に浮かんで首を水面下に突っ込む程度のものから。垂直型潜水、更には巧みに水平型潜水遊泳するものまで多様性に富んでいることが分かります。余談ですが、院長は、と或る動物商から輸入中に死亡したキンクロハジロの冷凍標本を数体譲渡され、冷凍庫に入ったままになっているのですが、折りを見て肉眼解剖的な観察を行おうと考えて居ます。








羽ばたきロコモーション 海鳥14




2021年8月25日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。カモの仲間のお話に入りますが、お盆も過ぎ秋の気配も漂って来ましたので、ロコモーションの前に食材としての話から始めましょうか。



カモ duck とは?



 本邦には渡り鳥として冬場を中心として各種のカモやツルの仲間が飛来し、都心部でも公園の池などに浮かんでいる姿を良く見る事が出来ます。院長の高校からも近かった上野の不忍池には冬期に大量のカモが飛来し、間近で観察することも出来ますし、以前、『忠犬ハチ公と農科大学』のコラムにてチラとご紹介しましたが、森鴎外 『雁』 の一番最後の弐拾弐にて、帝大の同じ学科の石原が石を当てて落とした雁を、夕方の薄暗がりの中、不忍池に入り引き揚げるのを「僕」 と岡田が見ているシーンの描写があり大変印象的です。考えて見れば、都心にて野生の鳥獣をこれほど間近で観察出来る機会はこれ以外には無いでしょう。但し、インフルエンザ等の各種のウイルスを媒介する生き物でもありますので、接近する場合は塵埃を吸い込まぬ様にマスクを着用した方が良さそうには思います。大方の雁鴨類は冬鳥ですが、カルガモやオシドリは渡らずに通年観察する事ができます。皆さんご存知の様に、カルガモが雛を引き連れて池を移動するシーンは毎春マスコミが採り上げる定番ネタですね。一部のカモは狩猟対象種であり、伝統的な猟法から銃器使用に拠る狩猟まで執り行われます。実はカモとは通称であり、カモ目カモ科の鳥類の中で、見た目が雁(カリ)に比べて体が小さく首があまり長くないものの総称であり、独立した分類項目ではありません。

 マガモ Mallard or Wild duck  Anas platyrhynchos  は汎世界的に温帯域を中心に分布しますが、越冬の為に晩秋に日本に飛来し春先にはカップルを作り北の繁殖地に戻ります。冬場には都内各地の河川や湖沼の何処にでも目撃される種類ですが、実は各地の海辺や河口付近でも観察されます。狩猟もされ、その余興で作成した剥製(オス個体が大半、メスは色彩が地味ゆえ売り物にならない)なども数多く出回るのですが、買い求める者はごく少数でしょう。と言いますが狩猟者の自己満足の意味合いが強そうです。院長の父親は一級建築士でしたが、図面の消しかすを払うのに鴨の羽根のハタキを愛用していました。現在でもこれは普通に入手出来ますし院長も1つ持って居ます。

 マガモなどは古代から食用とされて来ましたが、当時の人々には食べ物に事欠く冬場に勝手に<向こう>から遣って来てくれる有り難いご馳走扱いだったのでしょうね。弓矢で撃ち落とすか、囮の鴨(デコイ)で引き寄せて投網を投げかける様な方法で捕獲したのでしょう。現在、宮内庁が管轄する鴨場としては、埼玉県越谷市の「埼玉鴨場」と千葉県市川市の「新浜鴨場」の2か所があり、両鴨場のそれぞれ約12,000平方メートルの元溜 (もとだまり)と呼ばれる池には,毎年1万羽を超える野鴨などの渡り鳥が越冬のため飛来します。鴨場は,鴨の狩猟期間 (11月中旬から翌年2月中旬)に,天皇陛下の御発案に拠り内外の賓客の接待の場として使用されますが、狭い水路に訓練したアヒルを用いて鴨を誘導し、待ち構えていた者がそれを大きな玉網(叉手網 さであみ)で捕獲する方式です。昆虫採集で蝶を捕獲する遣り方と大差はありません。野生のトリですので狩猟免許や狩猟方法を環境庁などに事前申請する手筈と思いますが、足輪を付けて放鳥するので学術的な生態調査扱いなのかもしれません。余談ですが、鴨の捕獲に当たる職員らは普段は那須の御料牧場に勤務する者らをこの時に臨時に派遣するのでしょうか?



 カモの家禽化された種類には、アヒル(Domestic duck, マガモ由来)、バリケン(Muscovy duck,  南米産のカモの一種ノバリケンを家禽化したもの)などがあります。アヒルは肉、卵、ダウン採取の為、或いは公園の池などに放って鑑賞するペット用途に改良された家禽です。院長の通った小学校の小池にも白いアヒルが放たれていたことを鮮明に思い出します。カルガモとアヒルの交配種である合鴨は院長もよく食べます。ローストにしてオレンジソース掛けにしても美味しく、スライスした肉は鴨葱丼の具にしたり鴨蕎麦に利用したりもできます。胸肉を脂肪を付けたままで大きなサイコロ型にブツ切りにし、金串に刺して岩塩を降り、焼き鳥にしても大変美味しく食することが出来ます。野生の鴨は季節に拠り食べる餌が異なり、穀類を鱈腹食べて肥えた冬場は美味いのですが、昆虫類を食べるそれ以外の季節ははツーンとした臭みが強くなります。狩猟後直ちに放血して血抜きを徹底すればまだ良いですが、あとは適宜薬味を利用して臭みを取る調理になります。この辺は海産魚の扱い(旬と調理法)に似ています。

 北京ダックはアヒルのローストですが、皮+皮下組織の部分のみ食します。院長も横浜中華街の名店で食べた経験はありますが、値段の割には大した食材でも無い様に感じますが、中国人は珍重する様ですね。因みに中華圏では動物の皮が好まれ、ブタにしても皮が余った品種が飼育されますし、実はチャウチャウも元々は食用に改良されたイヌ!になります。

 皮蛋(ピータン)はアヒルの卵を強アルカリ下に於いてタンパク質を固めて熟成した食べ物ですが、日本人にはちょっと受け入れ難い食材でしょう。タンパク質の凝固を強めるためにウラで鉛の化合物を利用する例が多く、健康被害も懸念されるところがあります。

 日本のがんもどきは、「雁擬き」であり、豆腐をメインに適宜混ぜ物を入れ、カモの味に似せたところに由来するとの説があります。西日本では飛竜頭(ひりゅうず、ひりうず、ひろうす、ひりょうず)とも呼ばれ、実際、金沢出身の院長の友人は、上京時にがんもどきの語を理解せず、現物を見せると、あっ、これはひろうずと呼ぶものだと教えて呉れました。語源はポルトガルのフィリョース(小麦粉と卵を混ぜ合わせて油で揚げたお菓子)であるとも主張されており、がんもどきも天ぷら同様に南蛮由来の起源を持つ食材なのかも知れません。味は鴨肉に似ても似つきませんが、昔の人はこれで我慢して来たのでしょうか?余談ですが、youtube で、さるメキシコ女性がメキシコではボイルした牛乳の表面に出来る膜(固有名詞が付けられています)を掬い取り、それから母親がクッキーを作ってくれたが最高に美味しかったと話していました。これは日本だと豆乳から作る湯葉に相当しますが、日本では畜産品の代わりに大豆タンパクで類似したものを作る食文化が見られる様ですね。

 世界三大珍味の1つフォアグラは、アヒルやガチョウに穀物を強制給餌させて脂肪肝にしたものを食するものですが、出荷前の28日間、毎日トリの口を開かせて漏斗の口の様な道具を差し込み餌を流し込みます。トリの側は元々歯が無く餌は丸呑みですが、砂肝で穀物をすり潰して胃に送る仕組みです。動物虐待だと近年は騒がれもしますが、主たる生産国であるフランスとハンガリー政府は生産者達の権益を守っています。スペインの闘牛がけしからんと主張したり日本の捕鯨を止めろと主張する様な国には、アフリカから同じ人間である黒人を奴隷として拉致し、現在に至るも酷い扱いをする国、或いは勝手に植民して先住民の生活していた大陸を乗っ取り、ここはオレの国だ何が悪いと平然としている国なども混じり、相手からの、お前のところは野蛮だとの一方的な主張など正々堂々と却下して自国の食文化を守ることには一理あります。まぁ、外交上、黙っていないで相手国の歴史性を知り、その基盤の上に自然科学的にガツン!と反論することが大切でしょう・・・。

 フォアグラはフランスではクリスマス料理には欠かせない食材となっています。見た目はアンキモに似ていますが、院長の経験ではアンキモの方が美味かったような・・・。真冬にアンキモをつまんで熱燗を流し込むのが最高で。但し、食べ過ぎるとビタミンA中毒になりますのでご注意を。

 因みに、アヒルは野生のマガモを飼いならして家禽化する過程で多くの品種が作出されましたが、翼が縮小して極く短距離しか飛翔出来なくなりました。これはおそらくは人間の側が飛んで逃げないような方向に選別を続けた結果の反映でしょう。他方、バリケンの方は飛翔能力がまだ遺っていて、時折各地で逃げ出して半野生化した個体が観察されます。家禽化の完成度が高くはないのかもしれません。アヒルの方は、元々野生状態で飛ぶ力をほぼ失っていたセキショクヤケイを家禽化したニワトリとは、飛べない事の由来が異なっている訳ですが、翼退化の遺伝的なメカニズムは人為的な選別圧にしろ自然淘汰圧によるものにしろ、実は似通っているのかも知れませんね。








羽ばたきロコモーション 海鳥13




2021年8月20日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。飛べないウであるガラハゴスコバネウがなぜ飛べなくなったのかを引き続き考えます。ガラパゴスコバネウの翼の退縮が、極めて稀な疾患としてヒトに見られるセンセンブレンナー症候群の原因遺伝子と同じ遺伝子の異常に関連している、との Kruglyak 氏のグループの論文を前々回、前回と紹介しました。今回は、真逆の視点から、即ち、このセンセンブレンナー症候群の実状からこの論文を批判的に吟味していきましょう。まぁ、久しぶりの医学的なお話になります。



センセンブレンナー症候群



 英語版 Wikipedia の本疾患の記事が専門用語の羅列であり、解説記事としてのデキが悪い、いや、まだ記事としての体を為していないと感じますが、現時点では日本語版の記事も無いので、まずは一応和訳しながら解説を加えて行きましょう。


https://en.wikipedia.org/wiki/Sensenbrenner_syndrome

から引用:

Wikipedia contributors, "Sensenbrenner syndrome," Wikipedia, The Free Encyclopedia, https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Sensenbrenner_syndrome&oldid=1013733763 (accessed August 16, 2021).



(以下原文の一部)


Sensenbrenner syndrome

Other names Cranioectodermal dysplasia


Sensenbrenner syndrome (OMIM #218330) is a rare (less than 20 cases reported by 2010) multisystem disease first described by Judith A.Sensenbrenner in 1975.It is inherited in an autosomal recessive fashion, and a number of genes appear to be responsible. Three genes responsiblehave been identified: intraflagellar transport (IFT)122 (WDR10), IFT43- a subunit of the IFT complex A machinery of primary cilia, and WDR35(IFT121: TULP4). It is also known as Sensenbrenner-Dorst-Owens syndrome, Levin syndrome I and cranioectodermal dysplasia (CED)


Presentation

These are pleomorphic and include

dolichocephaly (with or without sagittal suture synostosis), microcephaly, pre- and postnatal growth retardation, brachydactyly, narrow thorax,rhizomelic dwarfism, epicanthal folds, hypodontia and/or microdontia, sparse, slow-growing, hyperpigmented, fine hair, nail dysplasia, hypohydrosis,chronic kidney failure, heart defects, liver fibrosis, visual deficits, photophobia, hypoplasia of the posterior corpus callosum, aberrant calciumhomeostasis


Electroretinography shows gross abnormalities.


Two fetuses of 19 and 23 weeks gestation have also been reported. They showed acromesomelic shortening, craniofacial characteristics withabsence of craniosynostosis, small kidneys with tubular and glomerular microscopic cysts, persistent ductal plate with portal fibrosis in the liver,small adrenals, an enlarged cisterna magna and a posterior fossa cyst.


Cause

The gene IFT122 is located on the long arm of chromosome 3 (3q21-3q24). The gene lies on the Watson (plus) strand and is 80,047 bases inlength. The encoded protein has 1241 amino acids and a predicted weight of 141.825 kiloDaltons (kDa). It is a member of the WD repeat proteinfamily. WDR35 is also a member of the WD repeat protein family. The gene is located on the short arm of chromosome 2 (2p24.1-2p24.3) The genelies on the Crick (minus) strand and is 79,745 bases in length. The encoded protein is 1181 amino acids in length and its predicted molecularweight is 133.547 kiloDaltons. The gene IFT43 lies on the Watson (plus) strand of the long arm of chromosome 14 (14q24.3). A mouse model forIFT122 has been created. Mutants deficient in IFT122 show multiple developmental defects (many are lethal), including exencephaly, situsviscerum inversus, delay in turning, hemorrhage and defects in limb development. In the node, primary cilia were absent or malformed inhomozygous mutant and heterozygous embryos, respectively. Impairment of the Sonic hedgehog pathway was apparent in both neural tubepatterning (expansion of motoneurons and rostrocaudal level-dependent contraction or expansion of the dorsolateral interneurons) and limbpatterning (ectrosyndactyly).


Pathophysiology

The IFT machinery is organized in two structural complexes - A and B. These complexs are involved in the coordinated movement ofmacromolecular cargo from the basal body along axonemal microtubules to the cilium tip and back again. The anterograde movement of IFTparticles out to the distal tip of cilia and flagella is driven by kinesin-2 while the retrograde movement of particles back to the cell body is drivenby cytoplasmic dynein 1b/2. The IFT-A protein complex is involved in retrograde ciliary transport. Disruption of IFT43 disturbs transport from theciliary tip to the base. Anterograde transport in the opposite direction remains normal resulting in accumulation of the IFT complex B proteins inthe ciliary tip.


Pathology

The visual defects are due to photoreceptor dystrophy. The chronic kidney failure is due to tubulointerstitial nephropathy. The liver fibrosis issecondary to ductal plate malformation.




センセンブレンナー症候群

 別名頭蓋外胚葉異形成症

 センセンブレンナー症候群 (OMIM#218330) は、Judith A. Sensenbrenner (ジュディス A. センセンブレンナー)が 1975年に最初に記載した稀な (2010年までの報告で20症例以下) 多系統疾患である。常染色体劣性形式で遺伝し、幾つかの遺伝子がそれに関与する様に見え、これまでに3つの責任遺伝子が同定されて来ている。これらは、繊毛内タンパク質輸送遺伝子 (IFT)122 (WDR10)、IFT43遺伝子 - これはIFT複合体A 一次繊毛装置のサブユニット、それとWDR35 (IFT121: TULP4) 遺伝子である。

 本疾患はセンセンブレンナー−ドルスト−オーウェンス症候群、レビン症候群 1、また頭蓋外胚葉異形成症 (cranioectodermal dysplasia, CED) としても知られる。



症状

 本疾患は多形性を示し以下の症状を含む:

 長頭症(矢状縫合癒合症の有り無し)、小頭症、出生前後の成長遅延、短指症、胸郭狭窄、近位点型小人症(=上腕骨と大腿骨の短縮型小人症)、内眼角贅皮、歯数不足及び或いは矮小歯、疎で成長の遅い色素過剰の細い毛髪、爪の異形成、乏汗症、慢性腎不全、心不全、肝線維症、視覚障害、羞明、脳梁後部の低形成、カルシウム恒常性の異常


 網膜電図像は肉眼的な異常所見を示す。


 妊娠19週並びに23週齢の胎児2体も報告されているが、四肢先端中部骨格短縮、頭蓋骨縫合早期癒合症を欠く特徴的な頭蓋顔面、尿細管及び糸球体の微小嚢胞を伴う矮小腎、肝臓内の門脈線維症を伴う持続性胆管板、小副腎、大脳大槽の拡大及び後頭蓋嚢胞を示した。



原因

 遺伝子IFT122は、3番染色体の長腕上に位置している (3Q21-3Q24)。この遺伝子はワトソン(プラス)鎖上にあり、長さは80,047塩基である。コードされたタンパク質は1241個のアミノ酸を持ち予測重量は141.825キロダルトン(KDA)である。このタンパク質はWDRタンパク質ファミリーの一員である。


 WDR35 もまたWDRタンパク質ファミリーの員である。遺伝子は第2染色体の短腕 (2P24.1≦2P24.3)上に位置しており、遺伝子は Crick(マイナス)鎖上にあり、長さが79,745塩基である。コードされたタンパク質は1181個のアミノ酸長を持ち、その予測分子量は133.547キロダルトンである。遺伝子IFT43 は、第14染色体の長腕のワトソン(プラス)鎖にある (14q24.3)。


 IFT122のマウスモデルが作出されている。は、IFT122を欠く突然変異個体は、多系統の発達障害を示し(多くは致死的)、これは外脳症、内臓逆位、旋回遅延、出血、及び四肢発達障害を含む。ノード(受精後7.5日頃のマウス胚は、体の中心部、腹側表面に「ノード」と呼ばれる窪んだ構造を一時的に作るが、ノードを構成する数百の細胞には繊毛(ノード繊毛)が生えていて、この繊毛が回転運動することにより左向きの水流がながれ、細胞の対称性を破り臓器が正しく形成されると考えられている)中に於いては、一次繊毛はホモ接合の突然変異体には欠損し、またヘテロ接合の胚ではその形態発生異常を来した。


 ソニックヘッジホッグシグナル伝達経路の障害は、神経管パターニング(運動ニューロンの拡大と背外側介在ニューロンの体軸前後方向のレベル依存性の収縮或いは拡大)並びに四肢パターニング(無指合指症)の両者に於いて明らかであった。



病態生理学

 繊毛内タンパク質輸送装置 (IFT machinery) は2つの構造複合体 A, Bで編成されている。 これらの複合体は、軸腔内微小管に沿う基部から繊毛の遠位端への、またその逆方向の、高分子輸送の協調運動に関与している。IFT粒子の繊毛並びに鞭毛の遠位端への前向的な動きはキネシン-2によって駆動されるが、一方、粒子が細胞体に戻る逆行的な運動は細胞質ダイニン1B / 2によって駆動される。IFT-Aタンパク複合体は逆行性の繊毛輸送に関与している。 IFT43 の破壊は繊毛の端から基部への輸送を妨害する。 これと逆方向の前向性の輸送は正常なままであり、結果として繊毛先端のIFT複合Bタンパク質の蓄積をもたらす。


病理学

 視覚障害は光受容体ジストロフィーに拠るものである。 慢性腎不全は尿細管間質性腎症に拠る。肝線維症は胆管板奇形に続発する。


(以上院長和訳)




*外見的に目立つところとして頭蓋骨の異常、左右幅の狭い胸郭、四肢骨近位の短縮、指の短縮などの奇形が挙げられますが、臓器の形成不全や目の異常など多々の臨床像が観察されます。

*端的に言えば、細胞と細胞の正しい信号の遣り取りに利用される繊毛の異常、機能不全が生じ、正しい発達、成長が阻害されるとの疾患です。多くは致死的で出産に至りませんが、挙子され得た者はまだ軽い症状であると言えるのかも知れません。但し、臓器障害などに拠り早世する可能性はあります。

*しかしながら、ガラパゴスコバネウでは翼が短い以外の特徴以外は特に見られず、別段<病気>ではありませんし、後肢の大腿骨が短縮も示さず、寧ろ強大に発達していて潜水に利するぐらいです。翼の骨も上腕骨が特に短縮していることはなく、翼を構成する前肢骨全体が等しいプロボーションのままに縮んでいる様に見えます(前回コラムの図参照)。生まれた全ての個体で翼が短いので、常染色体劣性遺伝形式ではなく、翼を短くする遺伝子はホモ接合体の筈ですが、これが為に一段と強い病理像を呈することもありません。仮に臓器障害があれば強負荷運動である潜水などはとても出来ないでしょう。

*以上から判断すると、ガラパゴスコバネウの翼の退縮は、ヒトのセンセンブレンナー症候群とはだいぶ趣を異にしていることが分かります。他に同様の遺伝子の異常が見付かったにしても、どうして翼のみにその様な形態変化が起きるのかを解明しない限り、1つの仮説の域を出ない、と院長は感じました。

*翼の発達時のみ遺伝子が作動するが、他の部位には異常を起こさずに動きが抑制される、などの(都合の良すぎる!)補償的な遺伝的機序が働く可能性も考えられますが、謎だらけですね。実は発見された遺伝子の異常は無関係であり、全く別の機序で短縮した翼が形成される可能性も捨てられません。即ち、ニワトリが飛翔力をほぼ失ったのと同じ様な進化の理由が作動した可能性です。フクロウオウムのカカポやヤンバルクイナなどを含め、翼が退縮することに関与する共通の遺伝的な変異が、全く別個に存在する可能性もあります。もしそれが証明し得ればノーベル医学生理学賞が貰えるかも知れません。皆さんはどうお考えでしょうか?


 ガラパゴスコバネウの項は今回で終わり、次回からはまた別の海鳥のお話に入ります。飛べなくなった−これはロコモーション上の重大な変化になります−トリに関しては後日纏めて別コラムを仕立てる予定です。








羽ばたきロコモーション 海鳥12




2021年8月15日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。飛べないウであるガラハゴスコバネウがなぜ飛べなくなったのかを引き続き考えます。



ガラパゴスコバネウはなぜ飛べなくなった?(その2)



 前回、Science 誌に掲載の論文の解説記事を採り上げましたが、要は、ガラパゴスコバネウにヒトのセンセンブレンナー症候群(= cranioectodermal dysplasia ,CED, 頭蓋外胚葉異形成)を惹起する遺伝子 IFT122 と CUX1 の異常が見付かり、しかもその疾患のヒトの臨床症状が頭蓋骨の変形、胸郭の発達不良並びに四肢の短縮、呼吸器の異常を伴うものであり、ガラパゴスコバネウの姿に似ている、と言う話でした。どう言うことかと手短に述べれば、ガラパゴスコバネウはセンセンブレンナー症候群類似疾患を発症しているウである可能性があるとの主張で、それゆえ、遺伝子治療で正常遺伝子を導入すれば<正常な>ウに戻る可能性もあるし、他のトリでこれらの正常な遺伝子をノックアウト(遺伝子機能を潰す)すればガラパゴスコバネウと同様な形態のトリが誕生するかも知れない、と言う話になります。呼吸器の異常が併存すれば潜水行動は不可能と考えられますので、ガラパゴスコバネウにはその様な生理学的な異常を起こすまでには至らない、類型、或いは亜型の状態が発現していると考えるべきでしょう。

 これは、環境に適応するなどのプラスの理由で翼と胸骨を縮小したのとは異なり、病気の状態のウがたまたま天敵が存在しない環境下に在ったため、支障なく生きながらえて今日に至る、とのその次の推論を許容する話になります。飛ぶことを止めたトリは少なくはありませんが、空中飛翔性を捨て地上性或いは水中性に特化する方がそのトリには適応的、即ち望ましかった例は確実にあり得る (これはダーウィンの進化論で説明は可能です)筈です。例えば、空中飛翔するには翼を羽ばたかせる為の強大な胸筋群が必須ですが、飛翔なるロコモーションの為に摂食したエネルギーが大量に消費されてしまい、またそれを維持するべくタンパク質の必要量も大きくなるでしょう。仮に飛ぶのを止めれば、その分の採餌は少なくて済みますし、エネルギーやリソースを他の部位や生理機構−例えば地表を走る事−に回すことも可能になります。飛翔なるロコモーションの手段が生きる為の主目的化し、飛ぶ為に餌を求める様な生き方であるとすればそれを止めることで、人生ならぬ鳥生の別の充実を見い出せもする訳です。生息場所に天敵が存在しないとの前提で、生息環境下で飛ばないで地表を歩いて餌を求める方にメリットがあるなら、飛ばない方向に進化が進むでしょう。アフリカのダチョウ、南米大陸のレア、オセアニアのエミューとヒクイドリは大型化し、或いは速度高く走る事も可能で、自身の身を守るレベルにまで到達しています。ニュージーランドのキウイやフクロウオウム(現地語でカカポ)などの非大型の飛べないトリはその様な地表に降りる進化の道を選択したと思われますが、人類の上陸以前には哺乳動物として数種のコウモリしか居なかった為に棲息が容易でした。この点は、ガラパゴスコバネウと似ています。

 この事に関しては下記の記事が示唆を与えて呉れます。

https://www.nationalgeographic.com/science/article/on-islands-even-flying-birds-are-edging-towards-flightlessness

Birds on Islands Are Losing the Ability to Fly

ByEd Yong Published April 12, 2016

 (本コラムでは内容には触れませんが、飛べないトリについて扱うコラムにて解説する予定です)




 これは院長の考えですが、ガラパゴスコバネウの場合は適応しての翼の退化傾向とは別の機構、即ち、突然にマイナスの改変が生じたものの、それを出発点として生きる為の適応が二次的に加えられたトリもあり得ることを示します。

 ガラパゴスコバネウは一番近いウの仲間であるミミウの仲間から約240万年前に分岐しましたが、遺伝子の突然変異で翼の未発達のウとして当初に分岐したのか、或いは分岐して以降のある時期にその突然変異が起きたのかは不明ですが、既に潜水して餌を獲る行動自体に支障なく、淘汰されずにその遺伝子異常が温存され個体数が拡大して行ったのでしょう。飛べずに飛翔しないことは、ボディサイズの大型化を許容し、これは寒冷水中への潜水行動には有利になりますし、また単位体重量当たりのカロリー消費量が減少しますので、採餌する時間間隔を拡大出来、飢えにも強くなります。天敵が居なければこの様な別の枝への進化が可能だったと言う訳です。

 遺伝子突然変異は当該種に不利に作用する事が殆どですが、それが生理機能などに影響をもたらさずに、当該種のロコモーション面でも不利益をもたらさないような改変 modification −より正確には奇形と呼称しても良いでしょう−に留まるのであれば、生存に特に問題も起きない筈です。

 勿論、他の研究者が、これが単一の原因では無く別の遺伝子異常などもあり得るだろうと指摘するのはもっともですが、院長は、何らかの遺伝子異常に基づく疾患+二次的な適応改変の和が今日のガラパゴスコバネウの姿を作り上げているとの、複合原因説を提出するものです。

 ガラパゴスコバネウが雛の状態そのままに翼を発達させずにアダルトに育ったとの説(ネオテニー、幼形成熟)を提唱する者も居ますが、ネオテニーは実は非常に曖昧な概念であり、何らかの原因により、ある部分の臓器や組織を発達させるべき広義の遺伝の作用が阻害され、或いは量的作用が少ない、小さいが、他の部位は<まともに>個体発生したがゆえのモザイク的な成体が誕生した話となります。この様な状態で存続するためには、最低、生殖機能が<まとも>である必要がありますが、他の部位は個体生存に特に支障が出ない範囲で<退化>して痕跡的になっても許される訳です。ダーウィンの進化論に乗っ取れば、当然幼形成熟するのが当該種の生存にとってより優位だったからとそうなったと解釈する事になりますが、Parker 女史が考えるのと同様に、ガラパゴスコバネウにとって翼を縮めて飛べなくなったことが有利な選択であったとは院長もちょっと思えません。まぁ、この論文は、ダーウィニズムで全てこの世の生き物の形態や生き方が解釈出来るものではないとの、一種クギを差した論文とも受け取れ、従来の<文学的進化論>の解釈にj毎度辟易させられてきた院長には一服の清涼剤となりました。しかし、ダーウィニズムに異を唱えることに躊躇するのか、執筆者が奥歯ににモノが挟まった様な慎重な態度を示すのが院長には多少気になりました。

 因みに、ニュージーランドにはフクロウオウム科のトリが数種棲息していますが、飛べないのはカカポだけになり、ひょっとして、翼を形成するのに必要な何かの遺伝子に突然変異が起き、それが天敵の居なかった環境下にて温存されてきた可能性はあります。ガラパゴスコバネウで検証されたのと同類の遺伝子異常がカカポに仮に発見されるならば大変面白いと思います。

 次回コラムでは、センセンブレンナー症候群の実態に迫り、本当にこの様な遺伝子突然変異に基づく改変の結果、翼が縮小し得るのかについて、逆方向から考えてみたいと思います。








羽ばたきロコモーション 海鳥J




2021年8月10日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。飛べないウであるガラハゴスコバネウがなぜ飛べなくなったのかを考えます。



ガラパゴスコバネウはなぜ飛べなくなった?



 肝心の話、詰まりは、なぜ翼を縮小させて飛べなくなった鵜が一つの種として生きながらえているのか、ですが、これは前回に触れたヘテロアクロニー(異時性)なる概念で解釈する事も行われてきています。<何らかの理由>に拠り、翼を発達させる遺伝子の数、或いは作用が減弱し、幼体のままで成体化したなどの解釈 (ネオテニー、幼形成熟)などもその解釈の1つになります。換言すれば、身体が翼の発達しない雛の様な状態に留まるのに対し、性腺含めて他の部位がまともに発達したとの解釈です。この様に解釈するのは自由ですが、ではなぜ進化的にその様な結果になったのかに対しては、飛ぶよりも専らダイビングで捕食する生活の方が効率的だったから(要不要論に基づく適応)などが登場し、進化学説に纏わる固有の思いつきレベルのオンパレードがここにも始まってしまいます。まぁ、キリンは高いところの木の芽を食べられる様に首が伸びた、と大差無い考え方になります。これらは形態を規定、決定する遺伝子の作用が不明だった時代の解釈であり、本質的に学問的な考察であるかは甚だ疑問に感じられる事でした−院長はこの様な説を聞いて子供心に進化などを語る者は優れた人間の遣る事では無く馬鹿ばかりだと常に感じていましたが、自身がすっかりそれに填まってしまい−が、近年になり遺伝学が著しい発展を遂げ、形態に対する責任遺伝子の探求も開始される様になりました。<文学的進化論>の時代が漸く幕を下ろし、<自然科学的進化論>の構築に向けて世の中がいよいよ大きく動き出したのでしょう。まぁ、進化を突き進め様とせずに計測だけを行う類いの形態学者は単なる愚か者だろうとは今も薄々感じていることですが・・・。

 理由の如何に関わらず、飛翔出来ずに地上をヨタヨタと歩く訳ですから、捕食者の居ない場所でしか生存が出来なくなります。飛べずともダチョウやエミュー、ヒクイドリの様に大型化、平地疾走型、はたまた凶暴化する?、或いはペンギンの様にヒトが容易に近づけない寒冷な孤島に棲息する、などまでに至れば、捕食者に遣られっ放しとはなりませんが。沖縄の飛べないクイナ (元々クイナの仲間は地上性が強く飛べない種も多い)であるヤンバルクイナも捕食者から逃れて森の奥に隠れて棲息していたゆえに生き延びて来られた訳ですね。この点はニワトリの原種とされる東南アジアの森に棲息するセキショクヤケイなども同様です。考えて見ると飛べなくなったトリは結構居ますね。このことは、本来的にトリは空を飛びたくは無かった生き物なのか、との疑義を抱かせますが、これに関しては別コラムでじっくり扱う予定です。



如何にして不器用なガラパゴスコバネウはその翼を失ったのか?

How  the  clumsy  Galapagos  cormorant  lost  its flight?



 今から4年前の2017年に、ガラパゴスコバネウの翼が<縮んだ>原因について Science 誌上に1つの論文が発表されました。非常に綿密且つ重厚な内容ですので、是非お目通しされることをお勧め致します。Kruglyak 氏の研究グループに拠る遺伝的な発見並びに実験形態学的な追試を行ったとのペーパー(論文)です。因みに Kruglyak はウクライナ語の苗字で、クルジュヤークと院長の耳には聞こえましたが、カタカナでは正しく表現出来ない発音を含みます。本コラムではクルジュヤークと表記しますが、この旨ご諒解下さい。

https://science.sciencemag.org/content/356/6341/eaal3345.full

A genetic signature of the evolution of  loss  of  flight  in  the  Galapagos  cormorant

Alejandro Burga,  Weiguang Wang,  Eyal  Ben-David,  Paul  C. Wolf,  Andrew  M.  Ramey,  Claudio Verdugo, Karen Lyons, Patricia G. Parker, LeonidKruglyak

Science  02 Jun 2017: Vol. 356, Issue  6341,  eaal3345, DOI:  10.1126/science.aal3345

 (全文無料で読めます)

 この論文の発表に合わせ、Science 誌の関連サイトに、Ryan Cross 氏に拠るこの論文の解説記事が掲載されていましたので、そちらを和訳がてら解説していきましょう。

https://www.sciencemag.org/news/2017/06/how-clumsy-galapagos-cormorant-lost-its-flight

How the clumsy Galapagos cormorant  lost  its  flight,  By  Ryan  Cross,  Jun.  1,  2017 , 3:15 PM

doi:10.1126/science.aan6921



(以下本文)

How the clumsy Galapagos cormorant lost its flight?

By Ryan Cross

  Fernandina, the westernmost island  in  the  Galapagos  archipelago,  is a  pristine  spot. It is also a place regularly inundated by lava flows that  set its waters boiling. Yet that hasn’t  stopped  one  odd  bird  from  calling  Fernandina  home: the world’s only flightless cormorant. Now, a new  study proposes an explanation for how the  stumpy-winged  seabird  lost  its ability  to fly - through more than a dozen genetic anomalies that it  shares with humans suffering from a  variety  of  rare skeletal  disorders.


  For most birds, flightlessness would  be  a  severe problem.  But,  as  Charles  Darwin  concluded on his famous voyage to the Galapagos,  isolation can allow species with such  seeming  disadvantages  to  thrive. The  big  question  for modern scientists is how animals like the  flightless cormorant got to be this way  in the  first  place.  Unlike  penguins,  ostriches , kiwis,  and emus?which evolved into their flightless  forms more than 50 million years ago - the  Galapagos  cormorant  (Phalacrocorax harrisi)  diverged  from its soaring relatives a mere 2 million  years ago. That more recent split  suggests  a  relatively  small  number  of  genetic  changes  differentiate high-flying cormorants from their land-lubber  cousins.


  University of California, Los Angeles, g eneticist  Leonid  Kruglyak began  looking  into  the  evolution of flightless cormorants after visiting the  islands. Since he could find no  conclusive  studies  on  the  large-bodied  bird,  he  set  out  to sequence its DNA, using samples from the lab of  Patricia Parker, an ecologist at  the  University  of  Missouri  in  St.  Louis  and  the  St.  Louis  Zoo. Parker and her team have spent years in  the islands, sleeping outdoors and  working  from converted  fishing  boats  to collect  more than 20,000 blood samples from Galapagos animals.  Kruglyak’s team then compared the  Galapagos  cormorant  DNA  to  that  of  three  other  related birds?the double-crested cormorant, the  neotropical cormorant, and the  pelagic  cormorant.


  Since many developmental genes  shoulder  multiple  roles,  Kruglyak’s  team  reasoned  that a genetic factor for flightlessness would not be  found in a protein mutation,  which  could  lead  to  a  fatal  outcome.  Instead,  they  began  searching for irregularities in the vast segments of  DNA between genes called the  noncoding  regions,  hoping  to  find  clues  about  how the same genes might be regulated differently.


  But that comparison yielded no  results,  so  they  turned  back  to  the  coding regions-the genes that produce proteins-to search for  mutations that would change  a  protein’s  ability  to  function  normally.  They  discovered  about  a dozen mutated genes in the Galapagos  cormorants known to trigger rare  skeletal  disorders  in  humans  called  ciliopathies,  often  characterized by misshapen skulls, short limbs, and  small ribcages. Since Galapagos  cormorants  have  short  wings  and  an  unusually  small  sternum, the researchers suspected this link was  significant, they write today in Science.


  Ciliopathies in humans arise  from  gene  mutations  affecting  cilia- the  microscopic  hairlike  extensions  used to convey chemical messages  between cells that control  vertebrate  development.  When those  signals  go off-kilter,  the body  can grow  in  a visibly abnormal way.  Sensenbrenner syndrome is  one  example,  a  rare  condition  reported  in  only a  few  dozen  people characterized by an elongated skull, short  limbs and fingers, a narrow  chest,  and  respiratory  problems.  One  of  the  genes  linked  to Sensenbrenner, called Ift122, was similarlymutated  in the Galapagos cormorant.  Another  gene r esponsible  for  cilia  production,  Cux1,  seemed  to  play a role in the cormorant’s  stubby wings.


  Next, the researchers put Ift122  and  Cux1 to  the  test.  They  inserted  the  mutated  Ift122  gene  into soil roundworms, which use cilia to  detect their surroundings.  Compared  to  their  regular  counterparts,  the  mutated  worms clumped together instead of dispersing across their  petri dish environment, thanks to  improperly  functioning  cilia.  When  they  inserted  the  cormorant’s Cux1 gene into cartilage-producing  mouse cells growing in a dish,  the  cells  showed  stunted  development.


  But the connection between  these  genes  and  flightnessness  is  still  a  hypothesis,  Kruglyak  notes. “The ideal experiment would make a  Galapagos cormorant fly or  another  cormorant  not fly,”  he  says,  which  one  day  could  be done with a tool like CRISPR gene editing. “As  technologies improve, we  can  imagine  testing  these  gene  mutations  in  birds  and  watching the wings develop.”


  “This study is important and  exciting  for  adding  a  mechanism  for  how flightlessness  might  evolve,” says Natalie Wright, a biologist at the  University of Montana in Missoula  who  studies  the  evolution  of  flightlessness on  islands. She adds that most researchers suspect flight is  lost thanks to changes that cause  birds  to  retain  juvenile  characteristics  into  adulthood.  The Galapagos cormorant- whose stubby wings  make it resemble an  overgrown  baby  bird - is  a  perfect  example.


  But researchers caution that  this  isn’t  the end  of  the  story.  “The  biggest  caveat  to this study is that the authors did only a relatively  basic screen for changes in  noncoding  regions,”  says  Tim  Sackton,  who  studies  the genomics  of flightless birds at Harvard University. No  single mutation alone caused the  cormorants  to  lose  their  ability  to  fly.  So  even  though it is more straightforward to study the effects of  mutations in protein-coding genes,  there  are  likely  more, undiscovered  mutations  that  affect flightlessness in the noncoding regions,  Sackton suggests


  Do the Galapagos cormorants gain  anything  by  their  ungainliness?  Parker  thinks  not.  “In  fact, it might be possible that the Galapagos  cormorant is a little worse at  catching  fish,  since  they  don’t  have  to  muster  up the  energy  for flight,” she says. Granted, they might just  be freeloading off their largely  predator- and  pathogen-free  island  abode.  “That  may  be  one  reason  why  those  bizarre clunky animals are  able to trundle along and  do  just  fine,”  Parker  says.



(以下院長和訳)

如何にして不器用なガラパゴスコバネウはその翼を失ったのか?

ライアン・クロス


 ガラパゴス諸島の最西端に位置するフェルナンディア島は手付かずの場所である。そこは溶岩流が規則的にあふれ出て海水を沸騰させる場所でもある。それにも拘わらず、世界で唯一の飛べない奇妙な鵜はフェルディナンド島を我が家と呼び続けるのである。さて、新たな研究は、寸足らずの翼の海鳥が、さまざまな珍しい骨格障害に苦しんでいる人間と共有する1ダース以上の遺伝的異常を通じ、如何にして飛ぶ能力を失ったかについての説明を提出している。


 ほとんどの鳥にとって、飛べないことは深刻な問題になるだろう。しかし、チャールズ・ダーウィンがガラパゴスへの彼の有名な航海に関して結論した様に、その様な不利益に見えるものを抱える種に隔離は生存することを許容し得る。現代の科学者にとっての大きな質問は、如何にしてこの飛べない鵜の様な動物がそもそも成立したのかである。5000万年前以前に進化の結果飛べなくなったペンギン、ダチョウ、キウイそしてエミューとは異なり、ガラパゴスコバネウ(Phalacrocorax harrisi)は、空に舞い上がっていた祖先からわずか200万年前に分岐した。この様に、より最近に分岐したことは、比較的少数の遺伝的変化が空中を高く飛ぶ鵜と無様に地上を歩くその親戚の差異をもたらした事を示唆している。


 ロサンゼルス在のカリフォルニア大学の遺伝学者レオニド・クルジュヤークは、島を訪問した後、飛べない鵜の進化を調べ始めた。彼はこの大きな鳥に関するそれまでの決定的な研究を見つけることができなかったので、セントルイス在のミズーリ大学並びにセントルイス動物園の生態学者である Patricia Parker 女史の研究室からのサンプルを使用して、DNA のシーケンスに乗り出した。Parker と彼女のチームは、2万検体以上の血液サンプルを集める為、屋外で眠り改装された漁船に乗り作業を行い、島で何年も費やしている。クルジュヤークのチームは次にガラパゴスコバネウの DNAを他の3つの関連する鳥、ミミヒメウ、ナンベイヒメウ及びヒメウのそれと比較した。


 多くの発生遺伝子が複数の役割を担うので、クルジュヤークのチームは、非飛行性の遺伝的要因はタンパク質変異には見られないだろうと推論した。と言うのはそれは致命的な結果につながり得るからである。その代わりに、彼らは、ひょっとして同じ遺伝子がどのように異なって調節されるか、についての手がかりを見つけることを願いつつ、非コード領域と呼ばれる遺伝子DNAの膨大なセグメントの不規則性を検索し始めた。


 しかし、その比較は結果が得られなかったので、彼らはンパク質の正常に機能する能力を変える突然変異を検索するべく、コード領域−タンパク質を生産する遺伝子−に舞い戻った。彼らは、ガラパゴスコバネウに、繊毛病と呼ばれる人間の稀な骨格障害を引き起こすことが知られている約1ダースの変異遺伝子を発見したが、これはしばしば奇形頭蓋、短肢及び小胸郭で特徴付けられる遺伝性疾患である。ガラパゴスコバネウは短い翼と異常に小さな胸骨を持っているので、研究者たちは両者の関連が意味を持つと感づいて、今日 Science 誌に発表している訳だ。


 ヒトの繊毛症は、繊毛 -脊椎動物の発達を制御する細胞間で化学的メッセージを伝達するために使用される顕微鏡的な毛状の延長物 -に影響を与える遺伝子変異から生じる。それら細胞間の信号の遣り取りが不調になると、身体は目に見えて異常な方法で成長する可能性がある。センセンブレンナー症候群(=  cranioectodermal dysplasia ,CED, 頭蓋外胚葉異形成)は一例であり、これは、細長い頭蓋骨、短い四肢と指、狭い胸部、および呼吸器の問題を特徴とする、僅か数十人の人々に報告されたまれな状態である。IFT122 と呼ばれるセンセンブレンナー症候群発症に関与する遺伝子の1つは、ガラパゴスコバネウで同じく変異していた。 繊毛産生に預かるもう1つの責任遺伝子 CUX1は、このウの寸足らずの翼発生に役割を果たす様に見えた。


 次に、研究者たちは IFT122 と CUX1 の検証に取り掛かった。彼らは土壌線虫に変異 IFT122 遺伝子を挿入した。土壌線虫は繊毛を周囲を探る為に利用するからである。通常の対照と比較して、変異した線虫は、繊毛を適切に機能させることが出来ない為、ペトリ皿面を歩き回って分散するのではなく1つに凝集した。また、培養容器中で成長中の軟骨生産マウス細胞にウの CUX1遺伝子を挿入した時、細胞は発育不全を示した。


 しかし、これらの遺伝子と非飛行性との間の関係性はまだ仮説であるとクルジュヤークは記す。 「理想的な実験は、ガラパゴスコバネウを飛行させるか、或いは別の鵜を非飛行性にさせるだろう」と彼は言う。これはいずれの日にか、CRISPR 遺伝子編集のような道具を用いて行い得るだろう。「技術が向上するにつれて、私たちは鳥のこれらの遺伝子変異をテストし、翼が発達するのを見ることが想像できる。」


 「この研究は、ひょっとして非飛行性が如何に進化したのか、のメカニズムを追加する為には重要且つ刺激的である」と、島嶼のトリの非飛行性の進化を研究しているミズーリ在のモンタナ大学の生物学者である  Natalie Wrightは言う。ほとんどの研究者がトリが幼若の特徴を成体にまで保持させている変化のお蔭で飛行性が失われたのではないかと考えて居る、と彼女は付け加える。ガラパゴスコバネウ−その寸足らずの翼が成長しすぎた赤ん坊鳥に似させている−は(彼らには)完璧な例な訳です。


 しかし、研究者らはこれが物語の終わりではないと注意する。 「この研究への最大の警告は、この著者等は非コード領域に於ける変化に対しての比較的に基礎的な篩掛けしか行って居ないことだ、とハーバード大学で非飛行性の鳥のゲノムを研究している Tim Sacton は言う。単一の突然変異だけがこの鵜の飛ぶ能力を失わせたのでは無い。それで、タンパク質コード遺伝子における突然変異の影響を研究することがよりストレートだとしても、非コード領域における非飛行性に影響する発見されていない突然変異がそれ以上にありそうだ、と Sacktonは示唆する。


 ガラパゴスコバネウは彼らの不格好さで何か得をしているのか?パーカーはそうは考えない。「ガラパゴスコバネウが飛行の為の(餌からの)エネルギーを集める必要がないゆえに魚を捕まえるのが少し苦手であることが、実際のところひょっとしてあり得るかもしれない」 と彼女は言う。それを認めるにしても、彼らは主たる捕食者と病原体のない島の住居に居候しているだけかもしれない。「それは、それらの奇妙な動物がゆのんびりと動いても上手く遣っていける理由の1つかもしれません 」と Parkerは言う。



 次回のコラムでこの内容−特にセンセンブレンナー症候群−について解説していきます。








羽ばたきロコモーション 海鳥I




2021年8月5日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。今回は飛べないウであるガラハゴスコバネウのロコモーションついて見て行きましょう。



ガラハゴスコバネウのロコモーション



 web 上に投稿されるガラハゴスコバネウの動画の本数は数多く、これは本種が世間から可なりの関心を持って注目されていることを意味します。潜水時の動画−ガラパゴスの冷たい海流の中で撮影するのは容易ではなさそうです−の本数はあまり多くはありませんが、それらを見ると本種の潜水遊泳の動作は、他のウのそれと比較して特に変わっているところが無いことが分かります。実際、基本的な潜水形態は<拍子抜けするほど>同じです・・・。

 翼は体幹の背外側にピタリと貼り付け、足をパドリングして推進力を得ています。只、後肢が足(=かかとから先)の部分を含め、大きく、太くて頑丈そうには見えます。海流の速い海中で潜水し、かつまた、水面に浮上してもそこから空中を飛翔して自分の営巣地に戻る術がありませんので、兎にも角にも、強大な推進力が無いと生存には非常に不利となるでしょう。これはボディサイズが大型化したことに拠る、潜水時の抵抗性に打つ勝ち、また体重を支えて地上歩行性を維持する為にも必要な改変と言える筈です。海面に浮かんでいる時は左右交互にパドリングして進みますが、潜水時には左右対称的に利用してまっしぐらに海底へと潜ります。これは強力な推進力を得ると同時に体幹の左右の揺れを抑制する点で有利であり、ウミガメが左右対称的に<羽ばたく>のと同様でしょう。潜水時には尾羽を水平に広げる場面が観察されますが、これは体幹の上下方向の揺れを低減し、また上下方向への舵取りに用立てている様に見えます。ウ科に一番近い仲間にヘビウ科のトリが居ますが、いずれも長大な尾翼を持って居ます。ヘビウも潜水して魚を捕獲しますが、この時に左右交互に後肢を利用してパドリングしますが体幹の振れがなく非常に安定して前進します。尾羽は、上下動を抑制して安定させる航空機の水平尾翼同様の機能を少なくとも果たす様に見えますが、ウの仲間の尾羽を含め、機能的な比較解析を進めると面白ろそうに見えます。



アロメトリーとヘテロクロニー



  ガラハゴスコバネウはウの仲間での最大種ですが、ボディサイズの大型化は潜水中に体熱が奪われぬようにする為にも適応的と考えられます。尤も、仮に歯抜けした様な翼ではなく、<まともな>翼が体幹をカバーしていた方が断熱面で損はしない筈ですが、体幹を small feather と down (綿毛)が厚く覆い空気の断熱層を形成しますので、その面で不足は無いのでしょう。まぁ、空中飛翔性を放擲したことがボディサイズ増大の制限を取り払い大型化を可能にしたのでしょう。アロメトリー (相対成長) の概念から、ボディサイズが大きくなると身体の各部位のバランスがどの様に変化するのか、変化すべきなのかを考える機能形態学な解析は大変面白いのですが、ガラハゴスコバネウの場合は脚の比率が大きくなった訳ですね。

 因みにアロメトリーの考え方に関連する進化用語に heterochrony ヘテロクロニー (異時性)なるもの − 一般の方でこれら2つの用語をご存じの方は殆ど居られないでしょう − があり、これは、進化の過程に於いて、祖先型や他の器官と比較すると、ある器官の個体発達中の発現、比率或いは発達過程に要する時間などが異なっていることを示す概念になります。これは当該の生き物のサイズ、形態、器官の有無や生理的特徴の違いにも繋り、分かり易く言えば、遺伝子発現の時間、期間、規模により身体がデフォルメを受けて祖先などとは異なった生き物に変貌するとの概念です。考えて見れば、これもどうも生物の進化に於いては当たり前過ぎる機構の1つでもありますが、 Ernst Haeckel が 1875 にこの概念を提唱した当時は遺伝学の発達無く、遺伝学の進歩に拠りこの機構が解明されつつありますが、院長としてはこの概念を特に強調して語るのは時代掛かったことの様に感じられてしまいます。只の形態の比較に留まってしまい、その先の解明に進まない作文で終わって仕舞う研究例は院長は少なからず見ています。尤も、この様な仕事自体は形態の記載を本業、骨幹とする形態学なる学問に於いては何らやましいところは無く正当な学究行為ですが。各種の異なる形態の魚を網目に乗せ、どこが発達或いはどこが歪んでいる、との有名な比較図を目にされた方々も多いのではと思います。厳しいことを言いますが、単に形を比較してグラフの類いを描いたところで、それは調べ物、勉強に過ぎず、形態を決定するより深い機構を解明する、或いは、思いつきレベルでは無い進化仮説を構築するので無ければ生物学的な価値は高くないだろうと院長は考えます。対するアロメトリーの概念は、形態学に於いては機能形態的なメカニカルな比較を根拠にして最終的には検定され得るものですので、実質的な重要性は別として、比較機能形態学に於いては、これに触れずに進む事は出来ず、この先も生き残る概念だろうとは思います。

 さて、ではガラハゴスコバネウの翼が<縮んだ>事は、翼を発現させる責任遺伝子の<作用が弱かった>からと単純に考えて良いものなのでしょうか?次回コラムではこの問題に迫って行きます。








羽ばたきロコモーション 海鳥H




2021年8月1日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。

 エトピリカのロコモーションの項 https://www.kensvettokyo.net/column/202106/20210625/ にてもチラと触れましたが、ウミスズメ科とは別の科に属し、潜水動作を活発に行うトリとして、ウの仲間を引き続きご紹介しましょう。今回は飛べないウとして知られるガラパゴスコバネウ並びに棲息地であるガラパゴス諸島についてざっとお話しして行きます。次回にはこのウの機能形態面について論考する予定です。



ガラパゴスコバネウ Flightless cormorant Phalacrocorax  harrisi  



 ガラパゴスコバネウ  ガラパゴス小羽根鵜 flightless cormorant  (Galapagos cormorant とも呼称される) Phalacrocorax  harrisi  は、飛べない鵜として非常に有名なトリです。エクアドルのガラパゴス諸島の内の、 イサベラ島北部および西部・北東部の一部、フェルナンディナ島の2島にのみ棲息するウです。分類的には、過去には本種のみを一属一種の Nannopterum 属に含めるなどされましたが、最近の分類では他のウの仲間と同じく  Phalacrocorax 属に含めるのが主流です。名前の通り空中を飛翔出来ませんが、飛べないのはウの仲間の内の唯一の種になります。

 ここでガラパゴス諸島−スペイン語でゾウガメを意味する galapago に由来−についてざっと触れておいた方が良さそうですね。日本文化は極東の離れ小島で独自の高度な発展を遂げたがゆえに、他の世界の世界認知軸とは座標系を別のものとしており、その秩序の元で運営されている社会です。物作り、教育、言語、対人関係観、宗教観、自然観、そして動物観からして大きく異なり、他国から日本へ、そして日本から他国に渡り生活することは、大きな文化的衝撃を当人に与え、良い意味での  intercultural な break through 突き抜け、を得られる大きな利点があります。これが孤立して独自の動物相を発達、維持させているガラパゴス島になぞらえられ、携帯電話1つとってもガラパゴス携帯などと日本人自らがは呼びますが、そこに別段卑屈な姿勢は存在しません。ガラパゴス諸島は、複数の大小の島と岩礁から構成される島嶼ですが、エクアドル−Ecuador はスペイン語の赤道の意−本土の西約906キロにあり、現時点では123の島に名前がついています。最北のダーウィン島と南のエスパニョラ島の間は220km離れており、最大のイサベラ島は面積44588平方km(四国の面積の1/4)の火山島で、その島のウォルフ火山は海抜1700mに達します。

 数多くの固有種で知られており、チャールズ・ダーウィンがビーグル号での第2回目の航海時にそれらを調査し、彼の観察と標本収集は、彼の、自然淘汰を通じての進化理論構築の発端に貢献しました。まぁ、隔絶された地理的位置にあり、各々の島が海流で遮断され交通が困難であり、各島での動物が独自の進化を示すに至った島嶼です。本邦の場合は4つの大きな島の間の行き来は特に困難ではありませんが、大陸とは日本海流並びにしばしばの荒天に阻まれ、行き来は容易ではありませんでした。しかしそれも、ガラパゴス諸島と南米大陸との隔絶を考えるとだいぶマイルドには見えます。孤立した島嶼で棲息する動植物が独自の進化を遂げる例は、東京都の小笠原諸島の動植物になどにも見られ、現象としてはそれ自体は珍しいことではありませんが、ガラパゴスの場合は、多種の独自な種が島嶼内の島毎(小笠原と異なり各島のサイズが大きい)に明確に棲息し、それがダーウィンの脳髄を大きく刺激したと言う話でしょう。

 ガラパゴス諸島の動物相 fauna については改めて別項にて解説したいと考えて居ますが、10回以上の長期シリーズになりそうな予感はします。その前にもう一度 『種の起源』を批判的観点も交えて読み直す必要もありそうで・・・。



以下、https://en.wikipedia.org/wiki/Flightless_cormorant からの部分和訳 

 (パラグラムタイトルのみ改変)



形態と習性


 他の全てのウと同様、本種は趾間にヒレのある頑丈な足を備え、水中で強力に漕ぎ進め魚や小型のタコ、他の小さな海棲動物を補食します。海底の獲物を捕食しますが海岸から200m以上離れる事はありません。


 ウの仲間では最大種で、全長89 - 100cm、体重 2,5−5.0kg、翼の長さは飛翔に必要と考えられ長さの1/3に留まります。飛翔に必要な筋肉が付着する場である胸骨の竜骨突起も、また著しく縮小しています。


 本種は、彼らの短くギザギザの翼を除いては、ちょっとアヒルのように見えます。体幹の上半分は黒く、下部は茶色を呈し長いくちばしは先端で曲がり、目はトルコ石の色です。ウ科のすべての仲間と同様に、4本の趾(あしゆび)はヒレ皮によって繋り、雌雄は外観が似ていますが、雄は大きく約 35%が重いのです。若い個体は大方は成体に似ていますが、色が暗く、身体が艶のある黒色である点で異なります。成体は低いうなり声で発声します。


 他のウと同様、この鳥の羽根は防水性を持たず、一回の潜水毎に陽光下でその小さな羽を乾燥させて過ごします。彼らの風切り羽根とその輪郭は他のウと非常に似ていますが、本種の体幹の羽根ははるかに厚く、柔らかく、より濃密に生えています。尾腺からは非常に少ないアブラしか出ません。密な羽毛に閉じ込められている空気層が身体が水びたしになるのを防ぎます。




分布と生息地


 このユニークなウはガラパゴス諸島に固有のもので、その内の僅か2つの島、即ちフェルナンディナ島、及び、イザベラ島の北西部の海岸にのみ棲息します。これは、東へ向かって流れる赤道深層の季節的な湧昇 (クロムウェル海流) に関係していますが、この流れが冷たく栄養豊富な海水をガラパゴス諸島西側のこの2つの島に供給する訳です。個体数はこれまでに激しい変動を受けました。 1983年に発生したエルニーニョの南方への振れ EL Nino-Southern Ovishillation(ENSO) で個体数は 5割の400頭iに減少しましたが、その後急速に回復し1999年までに推定 900頭に増加ました。


 本種は、火山島の岩礁海岸に生息し、湾や海峡を含む浅い沿岸水域で採餌をします。本種は場所を移動しない性質が非常に強く、自分が居住する数百メートルの長さの海岸線の範疇で、生活の殆どの時間を過ごし、また繁殖します。この固着的な性質は、主たるコロニー間で、特にフェルナンディナ島とイザベラ島の間のコロニー間に於ける遺伝的違いに反映されています。




繁殖


 営巣は、海面温度が最も寒く餌が豊富で、雛への熱ストレスの危険性が低下する4月〜10月の間に起こる傾向があります。現時点では、最大約12対からなる繁殖コロニーが知られています。求愛行動は海で始まります。雌雄は首を蛇の様に曲げて互いの周囲を泳ぎます。それから彼らは土地に移動します。営巣用の海藻は、主に雄によって持ち込まれ、雌に贈られ編み込まれます巣は高潮帯のすぐ上に作られます。


 雌は一般的に巣ごとに3個の白い卵を産みますが、通常は1頭の雛だけが生き残ります。孵化の為には雌雄が均等に協力します。孵化後には、両親は雛を熱や寒さ、捕食からの守り、給餌すべく、引き続き責任を共有し続けます。尤も、雌は雄よりも40−50%多い餌を雛に提供します。雛が独立する70日齢に近づいている時に、仮に餌が豊富であるならば、雌はそれ以降の雛の世話を任せ、新たな雄と番い繁殖を進めます。斯くして、雄ではなく雌個体が、一繁殖シーズンに複数回の繁殖を行い得るのですが、10年以上の研究は、これを可能とする十分な餌が入手出来る環境条件はまれにしか起きないことを示しています。


 両性の年間生存率は凡そ90%で、寿命は凡そ13年です。 繁殖による集団の増加は本種個体数を維持するのに十分です。




保護


 本種は捕食者の居ない生息地で進化しました。敵が全く存在せず、主に餌に富んだ海岸線に沿って潜水しして食物を摂取し、繁殖地に旅行する必要がないので、鳥は結果として飛ばなくなりました。実際、風切り羽根の中で空気を貯める翼は、海表面から潜水するウには不利であったろうと思われます。しかし、人間が島を発見して以来、島は捕食者フリーではない状態が続いています。長年に亘り、猫、犬、豚が島に持ち込まれ続けています。更に、本種は人間を恐れず、簡単に近づくことができ、捕獲できます。


 過去には、持ち込まれ野生化したイヌが、イザベラ島の本種に大きな脅威でしたが、その後島から根絶されています。フェルナンディア島へのラットや猫の将来の持ち込みは、種に対する潜在的な巨大な脅威です。漁網は現在の脅威となっています。これは、ウの餌の入手可能性を低下させるだけでなく、しばしば鳥が網に巻き込まれて死に至る結果をもたらしています。


 季節的な寒冷水が本種の繁殖戦略を形作ってきました。繁殖期間の数度の海面温度の上昇やそれが繁殖期を通じて維持されること (すなわちENSO発生)は、繁殖成功率を低下させます。 ENSO発生は、最近の数十年間で頻度と規模を増加させている様に見えますが、これは気候変動に関連する可能性があります。大規模な原油流出は脅威をもたらすでしょう。しかしながら、本種の生息数は小さくその範囲が限られており、本種の繁殖能力は、個体数が危機的水準を超えている限り、災害からは迅速に回復することができるのです。


 本種は世界的な珍鳥です。2004年に チャールズ・ダーウィン研究所 が行った調査は、約1500頭が維持されていることを示しました。 2009年に、バードライフインターナショナルは、僅か900頭と算定しましたが、より最近の2011年の評定では1679頭としています。本種は以前は IUCN によって絶滅危機種に分類されましたが、最近の研究は、本種が以前に信じられていたほど稀なトリではなくなり、生息数が安定していることを示しています。その結果、本種は2011年に脆弱種へとランクダウンしました。


 本種の全個体はガラパゴス国立公園および海洋保護区の中に棲息しています。さらにガラパゴスの島々は1978年に世界遺産に登録されました。チャールズ・ダーウィン研究所は、経時的な個体数の変動を追跡するために定期的に種を監視して来ています。保全の為には、年間監視プログラムの継続、種棲息地域内の人間の訪問の制限、および鳥の採餌範囲内での網を用いる漁業の防止が提言されています。


 (以上院長訳)









羽ばたきロコモーション 海鳥G




2021年7月25日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。

 エトピリカのロコモーションの項 https://www.kensvettokyo.net/column/202106/20210625/ にてもチラと触れましたが、ウミスズメ科とは別の科に属し、潜水動作を活発に行うトリとして、ウの仲間を引き続きご紹介しましょう。



ウの水中ロコモーション



 鵜飼いのウ、即ちウミウが潜水する際には、ゆっくりと首を水面下に突っ込んでそのまま潜水する場合も有りますが、カラダを一度水面上で軽くジャンプさせてから体幹を腹方に屈し、クチバシから真っ逆さまに没入する方法を採るのが一般的です。これは少しでも運動エネルギーを増して勢いを付けて潜水する為である他、潜水に好適な姿勢を整えるとの意味もあるでしょう。

 潜水中は、翼を畳んだ状態で2本足を同時に或いは左右交互にパドリングして推進力を得ますが、翼で軽く羽ばたきを行い推進力の足しとする例も報告されています。しかしながら、院長も複数のウの潜水動画を確認しましたが、翼を利用する例は全く見ず、全て足のみで推進力を得ていました。と言う次第で、ウの水中遊泳方式は足だけで馬力を得ると考えて良いと思います。翼を使いませんので、舵取りは足の動き、また首の動きを利用している様に見えます。左右の足で同時にパドリングすれば体幹を左右に揺れ動かす力成分も打ち消し合い、まっすぐに進む事が出来ます。長い首を背腹方向に屈伸する動作(S字型のくねらせ)も観察されますが、ペダリングする際のリズムメーカーとして踏ん張る力を入れる事が出来るのでしょう。水深45m迄潜ったとの記録が有ります。水中では獲物の魚を求め、高速かつ巧みな舵取りで進み、捉えた獲物を水中でそのまま呑み込む場合もあれば、咥えたまま水面に浮上し、その場で丸呑みするシーンも観察されます。


考えて見れば、水中で翼を折りたたんで身体の流線型を保ち、足でペダリングして推進力を得る方法−魚雷に類似−も大きな合理性があります。翼を利用すると水の抵抗を増大し、同時に構造力学的に弱い前腕部の揺れ動きを発生させますので、全体としての馬力は増大できても、ウ型の潜水に比べるとエネルギー効率的には落ちる可能性があります。また実際のところ、空中を飛翔するに必須の翼を傷める危険性もある筈です。おそらく、ウの祖先型は水面を足でパドリングして漕ぎ進める力が強大で有り、水中で翼を利用するのではなく、水面を浮かんでいる翼を畳んだままの姿で潜水に習熟する方向に進化したのでしょう。カツオドリ科とウ科は系統発生的にはだいぶ近い仲間同士なのですが、潜水して魚を捕る方向に共通して進化はしていますが、水中遊泳時の翼利用の有無、水中への突入の有無など行動特性を大きく異にしています。共通祖先からは、<ちょっとした>切っ掛けで別々の道を歩んだ訳ですが、機能形態的な要因のみならず、中枢神経系に拠る運動制御性自体に別の進化を生じ、それがロコモーション上の大きな違いを生み出した可能性はありそうです。

 ウの仲間は潜水後に、地表で陽光下で翼を広げでじっとしている光景が良く観察されます。ウは翼に防水性を持たせるための分泌腺が貧弱であり、これゆえに、翼に水が沁み通ってしまう為にこのような姿勢で乾燥させるとの説が唱えられています。皮膚に接近した層は空気層を保持できるが、それより表層には水が沁み通るとの説も提出されていますが、実際のウで実験すればすぐに片が付く議論だと感じます。この動作はガラパゴスの飛べないウであるガラパゴスコバネウにも観察されますが、示さない種類のウも存在します。体温調整に役立つ、消化の為、魚の存在を示す、など様々の説も提出されていますが、カワウでの詳細な研究はこの動作が確実に翼を乾かすためのであることを示しています。ガラパゴスに棲息するウミイグアナは冷たい海中に潜水して海藻を食べるのですが、岡に上がってからは冷えたカラダを陽光で温める為に岩場でじっとしています。しかし、恒温動物且つ断熱性高い羽毛で覆われたウが潜水後に体温を陽光で回復させると考えるのは的外れに思えます。








羽ばたきロコモーション 海鳥F




2021年7月20日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。

 エトピリカのロコモーションの項 https://www.kensvettokyo.net/column/202106/20210625/ にてもチラと触れましたが、ウミスズメ科とは別の科に属し、潜水動作を活発に行うトリとして、今回はウの仲間をご紹介しましょう。



カワウ  Great cormorant  Phalacrocorax carbo



 カワウは、カツオドリ目 Suliformes ウ科 Phalacrocoracidae ウ属 Phalacrocorax に属するトリ Great cormorant  Phalacrocorax carbo  ですが、両極海域を除く各大陸の広い範囲に棲息するトリであり、汎世界的に観察されます。学名の Phalacrocorax  はラテン語のウに相当し、また carbo もラテン語の炭ですので、炭のように黒いウ、の意味になります。確かに、顔面を除けばカラスを連想させる黒いトリですが、背や翼は褐色味を帯びています。繁殖期には頭部が白くなり、腰の両側に白斑が出ます。全長約は 80-101cm、翼開長130-160cm、体重1.81-2.81kg 程度と大型のウです。因みに、飛べないウであるガラパゴスコバネウはウ属の最大種であり、またウミウもカワウよりは大型です。黒い足には水かきが良く発達しています。明るい色のクチバシを持ちますが、上クチバシの先端が下に曲がり非常に鋭く、下クチバシの基部が帯状に黄色く目に付きます。川鵜の名前ですが、河川ばかりでなく湖沼、河口、浅海域でも普通に観察出来ます。ウミドリとは異なり、海水を好まないのは事実の様です。

 カワウは集団で過ごす寝ぐらを持ち、夜間はそこで休息し、明け方には隊列を組んで飛翔し5〜10km程度先の餌場に向かいます。水辺に繁殖コロニーを作り周年繁殖が可能ですが、この群れは数十羽から数千羽にまで達することもあります。一夫一妻で、枯れ枝などを利用して樹上や鉄塔などに皿形の巣を作り雌雄で育雛します。潜水して魚類を捕獲しますが、1分以上、水深10m近くまで潜水することもあります。ウ類の翼羽は油分が少なく濡れ易いため、潜水後に濡れた翼を広げ長時間を掛けて乾かします。

 集団営巣場所では、生木の枝を折り取り利用する為、樹木が広範囲に亘り枯死し、多量の糞により営巣場所や餌場周辺の環境が悪化します。近年生息数が急速に増大し、漁業被害も含め農林水産業被害が拡大しており、2007年6月1日以降は狩猟鳥として指定されましたが、肉や羽毛等含め利用法が無いトリとされ、駆除は進みません。確かにわざわざこのトリを狩猟して料理して食べようとの気持になれませんね。胸肉はそこそこの量が得られそうですが、肉は実際、臭みが強いとのことです。関東では上野の不忍池に集うのが有名ですが、院長の記憶では、不忍池にカエルを増やそうと全国各地からカエルを寄付して貰い池に放ちましたが、数年繰り返しても全く増えず、これはカワウが全滅させたものと判明した、との報道を目にしたことがあります。この先も日本各地で個体数が増加することが予想されます。



ウミウ  Japanese cormorant  Phalacrocorax capillatus



 ウミウはカワウが汎世界的に分布するのに対し、ロシア南東部、朝鮮半島、中国東部、日本のみに分布し、岩礁海岸に生息します。本邦では九州以北の海岸で局地的に繁殖し、繁殖地付近では留鳥として周年生息しますが、寒冷地では越冬のため南西諸島まで飛来した記録があります。全長84-92cm。翼開長133-152cm。体重2-3kg程度、全身黒い羽毛に覆われます。繁殖期にはカワウと同様の色彩模様になります。学名の種小名 capillatus はラテン語 capillus 髪の毛、の形容詞ですので、髪の毛のあるウ、の意味になりますが、皆さんにはそう見えますか?

 カワウが大きな集団繁殖コロニーを形成するのに対し、ウミウのコロニー規模は小さく、海岸の断崖の隙間に枯草や海藻を組み合わせた皿状の巣を作り、5-7月に1回に4-5個の卵を産み、雌雄交代で抱卵します。国内の鵜飼いには本種が用いられますが、中国ではカワウを利用します。本種がカワウより大きいのですが、中国内陸ではウミウが捕獲出来ないこともあるからでしょう。

 三陸リアス線に切り替わる直前に、山田線の鵜住居(うのすまい)駅を通過したのですが、黒屋根の民家が駅のすぐ近く、線路際までぎっしりと建ち並んでいました。リアス線のぴかぴかの駅名表示板がホームに立てられており、白い紙で目隠しされていたことを思い出します。現在の写真を見ると駅周辺が原野化していますが、津波の大被害を受け町が壊滅し、死者・行方不明者 583人を出しました。ウミウの方は断崖絶壁に避難し無事だったろうとは思いますが、この駅名を思い返す度に哀しい気持になります。因みに流出した駅舎は2018年に再建されました。



鵜飼い Cormorant  fishing



 鵜飼いは、現代でも中国や日本などで行われている漁法ですが、日本では『日本書紀』や『古事記』に記述が有り、平安時代からは貴族や武士などが鵜飼見物を行ってきた歴史もあり、現代でも各地で観光としての鵜飼が行われています。一方、ヨーロッパ、特に英仏ではで 16世紀から17世紀 の短期間、漁の為では無く貴族のスポーツとして行われました。ギリシアとマケドニア国境の湖では現在も古来からの鵜飼いが行われています。中国の鵜飼いは日本から伝わったとの見解がありますが、中国ではサギを利用したり、カワウソを使う同様の漁法も存在した模様です。 日本では野生個体を捕獲したウミウを使うのに対し、中国では家畜化されたカワウを使います。これは中国の広大な内陸部ではウミウが供給され得ないからでしょう。

 日本の鵜飼いに使われるウはウミウであり、国内の2箇所を除く11か所すべての鵜飼は、茨城県日立市の鵜の里で捕獲されたウミウを使用しています。トンネルを抜けると鳥屋(とや)と呼ばれる海岸壁に設置されたコモ掛けの小屋まで一般人も見学に訪問できます。鳥屋の前方に放した囮のウミウにつられ休憩に近寄ってきたウミウを、鳥屋の中からかぎ棒を出し、ウミウの足首を引っかけて鳥屋に引きずり込み捕獲します。野生のトリですので捕獲個体に対しては環境省に捕獲申請を行うことになる筈です。雌雄捕まえて繁殖させる手もありそうですが、飼育個体は野性が減少し漁に支障が出るとのことですが、中国のカワウは人間の完全な飼育下にあっても漁が可能ですので、伝統を守るとの意味合いが強いのかも知れませんね。

 岐阜県岐阜市の長良川鵜飼ならびに関市の小瀬鵜飼は、宮内庁式部職である鵜匠(風折烏帽子、漁服、胸あて、腰蓑を身に着ける)によって行われています。これは世襲制の国家公務員です。長良川の鵜飼は1300年ほど前まで起源をさかのぼり、近世に至るまで時代の権力者の庇護下に有りました。明治維新後は1890年に宮内省主猟寮属となりました。特に宮内庁の御料場で行われる8回の漁を御料鵜飼と呼び、獲れた鮎は皇居へ献上されるほか、明治神宮や伊勢神宮へも奉納されます。

 中国では日中も鵜飼いが行われ、カワウは良く調教されており、小舟から自由に放たれたウは魚を捕獲すると自分から船に戻ります。どうも動物の家畜化に関しては中国人の知恵が一枚上を行っている様に院長には思えてしまいます。国内では夜間にかがり火を焚いて鮎を集め、それをウに捕獲させる方法を取ります。ウの首の付け根には紐が巻かれており、一定以上のサイズのアユは飲み込めず、鵜匠はそれを吐き出させて漁獲とします。ウの側も折角捕まえた魚を人間に横取りされてしまう訳で、次第にやる気を無くします!ので、適宜休みを与えながら調子の良さそうな個体を選んで漁に出る訳です。嘗ては徒歩鵜 かちう、と言って川岸を歩きながら紐に繋いだウ、に魚を捕らせる漁法もありましたが今は廃絶しています。これは、高級キノコのトリュフを採掘する際に紐に繋いだブタを連れて行き、ブタの嗅覚でキノコを見つけさせる姿を連想もさせます。

 有名な松尾芭蕉の俳句、

 おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉   芭蕉  (真蹟懐紙・夏・貞享五)、ですが、句の前文を見ると、鵜飼いがとても面白くて他の人にも見せてあげたいぐらいだ、立ち去るのが名残惜しい、とあり、コキ使われるウを哀れんだ、との解釈は誤りになります・・・・。








羽ばたきロコモーション 海鳥E




2021年7月15日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。



カツオドリ gannet  



 エトピリカのロコモーションの項 https://www.kensvettokyo.net/column/202106/20210625/ にてもチラと触れましたが、ウミスズメ科とは別の科に属し、潜水動作を活発に行うトリとして、今回はカツオドリの仲間をご紹介しましょう。

 カツオドリの名は、イワシの大群を追ってきたカツオの居場所を知らせてくれるトリとして猟師が命名したことに由来しますが、実はイワシの群れを追って飛翔するトリは狭義のカツオドリだけではなくミズナギドリなどの他のトリの仲間も含まれます。

https://ja.wikisource.org/wiki/ソーラン節

ソーラン節

作者:北海道民謡

著作権者:不明(北海道民謡、著作権保護期間満了)

引用:ソーラン節, https://ja.wikisource.org/w/index.php?title=%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E7%AF%80&oldid=107315 (2021年7月18日最終訪問).


7番まである歌詞の内、以下5つにカモメのことが歌われています。

ヤーレン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン

  <にしん来たかと 鴎に問えば わたしゃ立つ鳥 波に聞け>

チョイ ヤサエ エンヤンサーノ ドッコイショ ア ドッコイショ ドッコイショ

<>内が、以下に置き換わります:

  <沖の鴎に 潮どき問えば わたしゃ立つ鳥 波に聞け>

  <躍る銀鱗 鴎の唄に お浜大漁の 陽がのぼる>

  <沖の鴎が 物言うならば たより聞いたり 聞かせたり>

  <沖の鴎の 啼く声聞けば 船乗り稼業は やめられぬ>


 ソーラン節は日本海域のニシン漁を歌ったものですが、日本周辺の亜熱帯域に棲息する種名 カツオドリ Brown Booby Sula leucogasterが混じっていたとは考えられず、鳴き声を立てる鴎ということでウミネコなどかも知れませんね。まぁ、カツオドリと同様に、漁の目印となって呉れる生物学的指標として人間の役に立っている訳です。ヒトと動物の関係性を表す一つの事象として面白いと思います。

 カツオドリの仲間 (ペリカン目、或いはカツオドリ目カツオドリ科)は、全長 60-85cm、翼開張 130-150 cm、体重1kg程度であり、強大な翼を持ち、4本の足指の間には水かきを持ちます。クチバシは長く尖り、基部が目立つ色彩を呈し、ノコギリ様のギザギザを備えます。上クチバシの先端は軽度に下に向けて曲がり、また海面に突入時に水の侵入を防止する為に、鼻孔は外に向かって直接に開きません。目は前方に位置し、広い空間を立体視出来る仕組みを備えています。魚類や軟体動物を食べますが、魚影を見つけると、羽ばたいて空中にホバリングし、上空から急降下して潜水して捕獲します。写真画像を見ると、尖ったクチバシとそれに続く突起物の無いヌメッとした頭部は、海水に突入する際の抵抗を低減するに大いに役立つ様に見えます。熱帯、亜熱帯域に棲息する種もいれば温帯域から寒冷海域に棲息する種類もあります。英名  gannet は、古語の ghans に由来しますが、これは goose ガチョウと同系の言葉です。コロニーを作り地表に降りている カツオドリを見ると、遠目には ガチョウの体型に似て見えなくもありません。

 典型的な ウミドリであり、繁殖期に大規模なコロニーを作る時以外は地表に立ち寄りません。樹上や断崖等に巣を作り1回に1-4個(多くの種では1個)の卵を産みますが、雛同士が殺し合う習性を持つとされ、多くの種では1羽の雛しか育ちません。 長年の繁殖行動に拠り、島嶼や崖の近辺などに、カツオドリを含む海鳥の死骸・糞・エサの魚・卵の殻などが、数千年から数万年ほどの長期間堆積して化石化し、これはグアノと呼ばれ、窒素源としての肥料、或いはリンを得る為に嘗ては大量に採掘されましたが、現在ではいずこもほぼ資源としては枯渇しています。



カツオドリの水中ロコモーション



 水中に潜水するトリには、これまでご紹介してきたウミスズメの仲間の様に、海面にぷかぷか浮かび、おもむろに海面に頭を突っ込んで倒立し、水中へと潜水動作を開始する方法もあれば、カワセミの様に水中の小魚を確認し、それをめがけて空中から急降下して一瞬の内に餌を捕獲し、すぐにUターンして水を蹴って飛翔する方法を取るものもいます。後のコラムでご紹介しますが、ペンギンは飛翔自体が出来ませんので、氷の崖からダイビングするか、海面に浮かんでからダイビングするか、になります。

カツオドリの仲間は、矢の様に垂直急降下して或る程度の深さに潜水し、そこから羽ばたき、そして足で水を押して水平移動する潜水法を示します。海上を水平飛翔し、魚影を認めると、その上空で羽ばたき静止(ホバリング)し、狙いを付けると高速に海面に向かい羽ばたきますが、没入する直前で翼を畳み、細長い弾丸様に姿になります。時速100kmを超える速度で急降下して潜水する (急降下式潜水 plunge-dive) しますが、丸で矢が海面に降り注ぐ様に見え、その姿には驚嘆させられます。この様な急降下方式は潜る深さを稼ぐのに効果的ですが、水深10m程度までには一気に潜水可能です。これは、高い運動エネルギー状態のままに一気に潜水深度と遊泳速度を稼ぐ作戦ですが、翼と足のヒレを使っての潜水遊泳力を補足する方法と考える事も出来るでしょう。まぁ、水中遊泳の勢い付けですね。水中で羽ばたきは行うものの、ウミスズメやウミガラスなどに比較すると、1回毎の羽ばたきに力を込めて遅いストロークで飛翔し、この時に体幹が背腹にひしゃげて揺れ動く場面も観察されます。<余裕>を持って水中飛翔を楽しむ姿ではありません。翼は半分程度に折りたたんで雨傘をすぼませた感じがします。翼の上腕部に力を掛け、構造的に水中ではぶよぶよと撓る前腕部は進行方向に出来るだけ平行に配列して水の抵抗を軽減する肢位なのでしょう。潜水時に水かきのある足を利用しこちらからも前方推進力を得ていることが明確に分かります。

 因みに、アオアシカツオドリ Blue-footed_booby  Sula nebouxii (中央アメリカ西岸、ガラパゴス諸島に棲息、種名カツオドリ Brown booby  Sula leucogasterに近縁)が地上を歩行する動画では、身体の割には大きな足を地面に左右交互にぺたぺた着けながら、身体をヨタヨタと左右に振り不器用に歩きます。ヒトが潜水用の足ヒレを履きながら地上を歩く姿を連想させられます。潜水時の推進力を得るためにその様な足のサイズと形になったものと思われますが、カツオドリは、地上歩行性の重要性を低下させ、空中飛翔と海中飛翔の2本建てに生きる方向に進化しているトリであることが判ります。

 カツオドリは左右幅の大きな強大な翼を保有し、強力な空中飛翔を行います。空中での羽ばたき無しの滑空も可能とします。詰まりは、空中飛翔の完成度が高いトリと言えますが、その分、翼の幅が大きくは無く、滑空は出来ずにストローク数を上げて空中飛翔するウミスズメなどに比較すると、水中飛翔はあまり上手くは無いトリだと言えそうです。








羽ばたきロコモーション 海鳥D




2021年7月10日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。



ウミスズメ科のロコモーション



 これまでのコラムで折々触れて来ましたが、ウミスズメ科のトリはいずれも北太平洋やアラスカ、北大西洋に亘る寒冷な海域に棲息し、基本的に繁殖期のみ孤島や断崖絶壁にコロニーを作り繁殖し、繁殖期の前後に換羽して模様替えをすると同時に一部のトリではクチバシの様相が変化するとの共通性を示します。開いた時の翼の左右幅はやや小さめで、単位時間当たりの羽ばたき回数を増やして飛翔し滑空型の飛翔は行いません。一方、海中にあってはいずれの種も巧みな潜水能を示し、主に翼で羽ばたく事で推進力を得、水深数十メートルにまで海中遊泳しますが、小魚を求めて巧みに三次元的な移動、方向転換を可能とします。

 潜水が出来れば、海中の豊富な魚を直接に餌とすることが可能となりますが、水面近くに浮上した魚を狙ってクチバシで捕獲する初期型から、軽度に水中に突入し餌を捕獲し、Uターンして水上に舞い戻るへと進化し、更に到達し得る水深を深めると同時に水中遊泳するトリへと改変が進んだのでしょう。ウミスズメ科の仲間はその際に翼で羽ばたく方向に進んだと言う訳です。

 Youtube にアップされたウミスズメ科の潜水ロコモーションに関しては、色彩の鮮やかでヒトからの関心を集め易いと思われるエトピリカの仲間、それと個体数が多く大型で海中を多数個体が群舞するウミガラスの動画が大半を占め、ウトウやウミスズメなどの地味で小型のトリの潜水動作の動画は非常に少なく、見るにしても水族館等にて、来館したアマチュアが偶発的に撮影した動画ばかりになります。余談ですが、動物園や水族館等で動物行動を撮影するには、視点をフラフラと変えず、カメラを定点的に固定すべきです。上からのシーンを撮りたいのか、水中動作を撮りたいのか撮影テーマを絞り込むことが肝要です。あとは適宜カメラを回しますが、撮影の95%以上は役立たずの無駄動画となると腹を括るしか有りません。院長の場合は狙った動作の撮影に計数十時間を掛けるべく通い詰めますが、行楽で訪問してby chance で撮影するアマチュアには、学術的に役立つ撮影はだいぶ厳しいかも知れませんね。

 さて、本邦の天売島はウトウの最大の繁殖地ですが、陸上或いはその島への渡船上から撮影された動画は数多く存在しますが、海中のシーンは見かけません。これには一定の予算を確保してプロのダイバーに依頼する他はありませんが、そこまで遣る者が居ないと言う事になりましょう。潜ったところで水の透明度が無ければ綺麗な絵も得られず、投資する価値が無いと判断されている可能性もありますね。まぁ、ロコモーションについて知りたいと思う本人が自分の得たい画像を自前で得る以外に無いのが実際のところでもあるのですが。


この様な限定される状況にあり、数少ない動画をざっと見ての感触の範囲に留まりますが、ウトウやウミスズメの潜水飛翔は、ウミガラスの様な大型の種に比して、より空中飛翔を行っている動作に近い泳法を示す、即ち、薄目を開けて見れば空中を素速く飛んでいるのと大差無い飛翔形態を見せている様にも感じます。これらの小型のウミスズメ類に比べると、ウミガラスでは、翼の開く幅をより縮め、くの字に折り畳み、空中飛翔時とは明らかに異なる羽ばたき型を呈する様に見えます。より力を込めて<一挙手>毎に羽ばたく様に見える訳です。またこの時に、翼の上腕部と前腕部に撓り(しなり)、即ち、羽ばたき時の引き寄せ動作に時間差が発生しているのが明瞭です。

 どうしてこの様な違いが生ずるのか、ですが、これにもボディサイズの問題が関与していると院長は考えます。筋肉は単位断面積当たりが産生出来る張力がほぼ一定ですので、例えば或る動物のサイズが等しいプロポーションのままに2倍になるとすると、体重は8倍になりますが、筋の断面積は4倍にしかならず、同じプロポーションのままでは同じロコモーションが不可能になります。これには中身の<建築資材>の配分を替えて外見的にもデフォルメするしかありません。そしてロコモーションを行う為の媒体−足掛かり−が空気から重たい水に代われば、その形態並びにロコモーション動作に対しても、より強い改変圧力が掛かる筈です。この様な事から、ボディサイズの小さなウミスズメはまだしも空中飛翔に近い動作で水中をスイスイと飛べても、ボディサイズの大きなウミガラスなどでは、空中飛翔とは大きく変わった姿で水中飛翔を行うのだろうと考えます。サイズが小さければ、構造力学的に翼を撓らせずに剛体として水中飛翔することはまだしも可能ですが、大型化すれば、翼の特に遠位方が水の抵抗を大きく受けて動作的に一体化し得ない現象も発生するでしょう。尤も、この撓りが、円滑な遊泳動作に役立っている可能性はあります。

 水中で餌を獲ることに比重が増せば、前肢である翼をより強力に羽ばたたせる為に、近位側の上腕骨−胸筋−胸骨を強大化させると同時に遠位の筋骨格要素を縮小させる方向に改変が進みますが、これは空気中での飛翔動作に不利益を生むことになります。この様な進化の流れ、詰まりはボディサイズの大型化、翼の改変、空中飛翔からの<卒業>を経てペンギンのような動物が誕生したのでしょう。ボディサイズの大型化は、同時に寒冷に対して適応的です。また水中遊泳に適するべく、身体の流線型化も一層進んだことになります。この様な形態的並びにロコモーション上の改変についてはペンギンの項にてまた考察する予定です。








羽ばたきロコモーション 海鳥C




2021年7月5日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。



その他のウミスズメ科A



 前回のウトウに続き、この際?ですので同じウミスズメ科のトリを幾つか紹介しましょう。実はウミスズメ科の仲間には、ウミスズメを始め、ウミオオム、ウミバト、ウミガラスなど、他のトリの名前にウミを冠した種が数多く含まれます。ウミバトは英名が Pigeon guillemot とハトの名前が付き、実際、ハトに似た外観ですが、これ以外のトリは和名のみの話であり、スズメ、オウム、カラスなどには似ていません。なぜその様な和名にしたのかは不明ですが、おそらく博物館等に勤務している少数の者等がこの様な<お気楽>な命名をしたのでしょうね。

 ウミスズメの仲間はエトピリカやウトウなども含め、大半が北太平洋の千島列島やアリューシャン列島、カムチャッカ半島、北米大陸西岸に重なり合って棲息しています。サイズに或る程度の大小は見られますが、まぁ、寒い海域で潜水して小魚を捕らえ(潜水捕食者 diving predator)、規模は異なりますが離れ小島で集団営巣するトリ、とのイメージで間違いではありません。

 いずれも、翼を拓いたときの左右幅か大きくも無く、これではアホウドリと全く異なり、気流に乗って空中を悠然と滑空することなど不可能で、羽ばたきの単位時間当たりの回数を増やして飛翔するしかありません。飛翔中の羽ばたき動作を見ると、いずれもハトのそれに類似する様に感じます。一方、この小さめの翼は潜水して水中飛翔する強力なプロペラとして適応的に見えます。アホウドリの翼では水鳥では水の抵抗で撓(しな)ってしまい、推進力を得る以前に折れてしまいそうですが、短めの翼で剛性を高め、強力な胸筋群を利用してダイビングするには向いていそうです。空中飛翔を止めてしまったトリの1つにペンギンが居ますが、ウミスズメの仲間の様な祖先型のトリが、更に潜水性を強める一方空中飛翔性を廃止してペンギンに進化したのでしょう。因みに、この様な<飛べなくなったトリ>については纏めてコラム化する予定です。




ウミスズメ Ancient murrelet  Synthliboramphus  antiquus

 全長 20-24cm,  体重 153-250g, 開いた翼長幅 45-46cm。属名Synthliboramphus の由来は sunthlibo + rhamphos = compress + bill で偏圧されたクチバシの意。antiquus = ancient 古老の意だが、これは本種の背中の色が灰色であり、老人がまとうショールを思わせることに由来します。「英名の"ancient"は「古代の」「年老いた」という形容詞だが、この名は後頭部の模様を老人の白髪に例えたものである。」との日本語のwikipedia の記述は誤りでしょう。後頭部に老人を思わせるその様な模様は見られませんので。

 他のウミスズメ科と分布域は重なります。黄海からロシアの太平洋沿岸域、アリューシャン列島、カナダのブリティッシュコロンビア沿岸に棲息しますが、冬期にはカナダから黄海、日本沿岸へと8000kmを渡る個体も見られ、北太平洋を横断する唯一のトリです。2月にはまた元のカナダの海域に戻ります。この際の1日の飛翔時間は4,5時間程度です。遺伝学的な解析の結果、本種の原産地はアジアにあり、北米に進出したのは極く最近であることが判明しています。詰まり、渡りをするのは古里に舞い戻る訳ですね。冬期にカリフォルニアまで南下する個体も見られます。非繁殖期は10羽ほどの小さな群れで行動し、羽ばたいて潜水し、時には水深40mまで潜ります。




ウミバト Pigeon guillemot  Cepphus  columb

 全長 30 - 37 cm で体重は 450- 550 g 程度です。属名 Cepphus は古代ギリシア語の kepphos 即ち白い海鳥を意味する言葉です。Cepphus columb で、ハトの様な白い海鳥の意味ですね。英名の guillemot の方は英語のWilliam に相当するフランス語の人名 Guillaume (ギヨームと発音する)に由来すると考えられています。まぁ、ウィリアムのハトの意味ですね。繁殖期の羽毛は、虹色の光沢感のある焦げ茶色で、焦げ茶色のクサビを打ち込まれたような翼の斑文が目立ちます。非繁殖期の羽毛は表層は黒く下層は白で薄い灰色を呈します。長いクチバシと爪は黒、足と口の内側は赤です。非繁殖期即ち冬毛への換毛は8-10月に起きますが、この間の約1ヶ月は全く飛ぶことが出来なくなります。

 Cepphus 属は3種類が棲息しますが、いずれも北太平洋或いはアラスカから北大西洋に掛けて分布しています。個体数が多く絶滅の危惧はありません。夏場には普段の生息域から幾らか南下する程度で大きな渡りは行いません。長期に亘り同じ雌雄で番を作る習性が有り海辺の岩場に小さなサイズのコロニーを作り繁殖します。1,2個の卵を生み雌雄で孵化させます。水面或いは水中で追いかけ合う<水遊び>として知られる行動が観察されますが、これが番いを維持させまた前交尾行動として機能している可能性があります。口内の赤色も同様に性的な信号として機能するかも知れません。特に繁殖期には鳴き声を発しますが、これはテリトリーを守り、番の絆を強めたり近づく敵を威嚇するのに役立ちます。

 ウミバトはも6-45m 程度の深さに潜水しますが、通常は15-20m 程度が好まれます。潜水時間は 10-144 鋲ですが通常の平均時間は87 秒程度で、次の潜水までの時間は 98 秒程度です。良く歩行し直立姿勢を習慣的に取ります。他のウミスズメの仲間よりも翼が短く丸味を帯びています。これは飛翔よりも潜水に大きく適応していることを反映しています。飛翔時には助走無しでは離陸出来ませんが一旦飛ぶと77km/s で飛んだとの記録があります。潜水時には2.1 回/秒の割で翼を羽ばたき、またウミスズメとは異なり足でも推進力を得ます。潜水時に水平に75m進んだことが記録されています。




ウミオウム Parakeet auklet  Aethia  psittacula

北太平洋海域に棲息しますが冬季には幾らか南下します。全長25cm 程度の小型の海鳥でオレンジ色の短いクチバシを持ちますが、下のクチバシが上に曲がって特有の外観を示します。これを持ってウミオウムの和名を命名した模様ですが。本種全体としては全くオウムに似ても似つきません。このクチバシは海底から小さな獲物をつまみ上げるのに役立つ他、大きな食物をバラバラにするのにも役立つことが観察されています。ウミバト同様、特に繁殖期に様々な鳴き声を発しますが同様の機能を果たすと考えられています。水深30mほどまで潜り、沿岸からかなり離れた外洋で餌を捕ることが知られています。北太平洋域に約100万羽が棲息すると推定され、絶滅の危惧はありません。




ウミガラス Common  murre or  Common  guillemot  Uria  aalge

 ウミスズメの仲間の内では大型の種類です。全長 38-46 cm, 翼を開いた幅は 61-73 cm,  雌雄に外観上の区別は着けがたく、体重は南方域では1044g, 北方域では 1250g に及びますが、75-1,250 g 程度と報告されています。 属名のUria はギリシア語のouriaa 即ち水鳥に由来します。種小名aalgea はオランダ語のaalge に一致しますが、auk ウミスズメに相当する古ゲルマン語由来です。北極を中心とする海域、即ち北太平洋と北大西洋、北極海に広く分布します。冬期には本州北部まで南下します。生涯の殆どを海上で過ごし、冬期には巣に戻る事も見受けられるものの、基本的に繁殖期のみ孤島や捕食者の到達出来ない崖などに、他個体との間に隙間が無い場合もあるほどに個体密度の非常に高いコロニーを作ります。1平米に20ペアが営巣していた例が知られています。相互に毛繕いをしますが、これは繁殖の成功率を高めストレスを軽減するのに役立ちます。

 巣を作らず剥き出しの岩や土の上に1個産卵します。卵は一端が尖ったセイヨウナシ型を呈し転がって断崖からは落ちにくい形状にも見えます。しかしながらこの特有の卵の形状については様々な仮説が提示されていますが確定的なものはありません。棲息域を異にする幾つかの亜種に分類され、少しずつ羽毛の色が異なります。

 直線的な高速飛翔が可能ですがあまり機敏な飛翔は出来ません。潜水時の方が操作性が良く、通常は30-60m 程度潜水し記録では最深180m の記録があります。

 非繁殖個体や繁殖に失敗した個体が他個体の雛に強い関心を抱き給餌などの世話をすることが良く観察されます。雛は孵化後16−30日程度で巣を離れ、まともに飛べない中、翼をばたばたさせながら時には457mの高さから滑空して海面に降ります。その後最長2ヶ月間雄が雛の近くに居て世話を焼きます。巣立ち後約2週間で雛は飛翔可能になりますが雄が餌を食べさせ世話をする訳です。雛は海面に降下後すぐに潜水が出来ます。雛は1000km も南に移動します。一方雌は雛の巣立ち後最長36日間(平均1日間)巣に留まります。ウミガラスは番を作りますが繁殖に失敗すると解消されます。

 ウミガラスは素速く翼を羽ばたたかせて時速80km で飛翔可能です。一列の群れになって海面すれすれに飛ぶのが良く目撃されます。しかしながら、翼の平方センチ当たり 2g の負荷が掛かることから、細やかな飛翔は苦手であり離陸するのも容易ではないことを意味します。換毛期には45-60 日飛ぶことが出来ません。ウミガラスの羽ばたき音はヘリコプターの音にとても似ているとしばしば描写されます。海中では獲物を追跡して潜水飛翔します。通常は1分以下ですが30m程度は進みます。潜水深度は180mに達したことが記録されており数分間水中に留まることが可能です。体長20cm 程度の魚を好んで捕食しますが巣から100kmも餌を求めて離れることがあります。冬期には海面上で休みますが、この時の代謝率は空中を飛翔している時より 40% も増大します。

 原油流出の影響で繁殖可能な成体の冬期の死亡率が2倍になりますが、これは3歳以下の個体には殆ど影響しません。その個体が4−6歳になり繁殖することでこの死亡率が補填される訳です。ロッククライミングやバードウォッチングでウミガラスの繁殖が脅かされています。人数を制限する試みが為されています。

 ニューファウンドランドなどでは他のウミガラスの仲間と共に消費されています。肉色は暗く非常に脂ぎっていますがこれは餌の関係です。19世紀半ばにはサンフランスシコからの業者がファロン諸島に遣って来て毎年50万個の卵を獲りサンフランシスコ市民の食べ物に供していました。個体数は多く、繁殖ペアが730万頭、または個体数1800万頭と推定され絶滅の怖れはありません。



 次のコラムからはウミスズメの仲間のロコモーションを詳しく見て行きます。








羽ばたきロコモーション 海鳥B




2021年7月1日

 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。

 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。



その他のウミスズメ科 ウトウとは



 前回までにウミスズメ科のトリであるエトピリカのロコモーションについて触れましたので、ついでに?その周辺のトリについても触れることにしましょう。エトピリカはウミスズメ科ツノメドリ属に属しますが、その一番近縁な属がウトウ属ですので、ウトウについてまず扱っていきますね。

 ウトウ (善知鳥) Rhinoceros auklet Cerorhinca monocerata はウトウ属の唯一の現存種です。Rhinoceros puffin と呼んだらどうかとも提唱されていますが、Rhinoceros は哺乳動物のサイを、puffin はエトピリカの仲間のツノメドリを意味します。この名称は 本種のクチバシの上の突起 (rhamphotheca 角鞘)がサイの角を連想させることに由来しますが、繁殖期の成体にのみ存在します。エトピリカのクチバシの込みいった鞘と同様に毎年新たに生え替わります。この角は実は蛍光発色性を持ち、おそらくは生殖の為の信号装置として機能しているのでしょう。ウトウは一夫一婦制の終生に亘る番いを作るトリですが、上下のクチバシと繁殖期のツノが発する蛍光の量が個体ごとに異なり、個体識別に役立っているのではないかとの説も提出されています。繁殖期には目の後ろとクチバシの後ろの白くて細い毛の束も現れます。ツノとこれらの毛の束は冬期には脱落します。ボデイサイズはエトピリカと同程度でハトよりは大きいです。

 ウトウは、朝鮮半島、北日本沿岸から、樺太、アリューシャン列島、更に北米大陸の西岸に沿いカリフォルニアのチャンネル諸島に至るまでの北太平洋沿岸に広く分布します。沖合並びに沿岸域にて越冬しますが、季節変化に応じて幾らかの移動を示す場合もあります。本邦の北海道の天売島が世界最大の繁殖地として知られ、約100万羽が繁殖することが知られ、「天売島海鳥繁殖地」として国の天然記念物に指定されています。繁殖維持に問題は見られず絶滅のおそれは有りません。本種に近いエトピリカが個体数を減らしてきていますが、本種が栄えているのはその地味な外見が役立っているからなのかも知れませんね。

 繁殖期は初夏に始まり、5,6月の間に亘ります。土に1〜5m程度の巣穴を掘ったり天然の洞窟や空隙を利用します。緩やかな傾斜地に巣穴を構えるのを好みますが、これはウトウの飛翔力が劣る為です。雛がかえると、親鳥は夜間に給餌しますが、これは捕食者を避け、カモメなどから捕食した餌を奪われること(労働寄生 kleptoparasitism)への応答であると信じられています。ウトウは小魚類やイカなどを捕食します。餌を求めて巧みに潜水しますが、水深57m、148秒の潜水時間が記録されています。



 ところで何故<ウトウ>と呼ぶのでしょうか?能楽の演目である『善知鳥』では、下記の様にウトウの親鳥の鳴き声に由来するとの考えに立つ様ですね:

 以下wikipedia から引用、ウィキペディアの執筆者. “善知鳥”. ウィキペディア日本語版. 2021-05-13.

https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%96%84%E7%9F%A5%E9%B3%A5&oldid=83475318,

(参照 2021-06-26).

 「善知鳥(うとう)は、能の演目のひとつ。ウトウという鳥を殺して生計を立てていた猟師が死後亡霊となり、生前の殺生を悔い、そうしなくては生きていけなかったわが身の悲しさを嘆く話。人生の悲哀と地獄の苦しみを描き出す哀しく激しい作品となっている。四番目物(五番立てと呼ばれる正式な演能の際に四番目に上演される曲で、亡霊などが主役になるもの)で、喜多流では「烏頭」と呼ばれる。 また、地唄にもこの能を基にした曲があり、地唄舞の演目としても知られる。

あらすじ

 旅の僧侶が立山にさしかかったとき、猟師の亡霊が現れ、現世に残した妻と子のところに蓑笠を届けて、仏壇にあげるように頼む。僧侶は承諾するが、この話を妻子に信用させるために何か証拠の品を渡すように言い、猟師は生前着ていた着物の片袖を渡す。僧侶が陸奥国の外の浜にある猟師の家を訪ね、妻子に片袖を見せると二人はただ泣くばかり。僧侶が蓑笠を仏壇にあげて経を唱えると、猟師の亡霊が現れ、地獄の辛さを話し、殺生をしたことや、そうしなくては食べていけなかった自分の哀しい人生を嘆く。ウトウは、親が「うとう」と鳴くと、子が「やすかた」と応えるので、猟師はそれを利用して声真似をして雛鳥を捕獲していたため、地獄で鬼と化したウトウに苦しめられ続けていると話し、僧侶に助けを求める。 」


 殺生をしなければ生きて行けない者の悲哀と地獄行きの辛さを語る能の演目ですが、これがキリスト教圏になると、動物とは人間が利用して良い様に神が拵えた存在ですので、殺生の罪の概念は基本的にはありません。命を連綿と繋げていくためには食と性が欠かせませんが、日本では<食>に纏わる殺生が禁忌となり(不思議なことに魚類には及ばない)、一方、キリスト教圏では<性>へのタブーが強く残りました。例えば繁殖期の離島に渡り、ウトウを捕獲しようとすれば一網打尽で捕獲し大金を得ることも出来たろうと想像しますが、後ろめたさも募っていく訳ですね。伊豆諸島の鳥島はアホウドリの営巣地ですが、八丈島出身によって1887年(明治20年)から捕獲が始まり、捕獲が禁止される1933年(昭和8年)まで推定約1,000万羽が乱獲されました。羽毛採取の為に住んでいた島民125名が1902年の大噴火で全滅したのですが、生き物を殺生して自分たちが大儲けしたがゆえに、他からの同情にも限界があったろうことは想像されます。ひょっとすると、関係者等は、地獄で鬼と化したアホウドリに苦しめ続けられているやも知れませんね。